転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第10話 納品、そして商談

 あまりのチートスキルっぷりにげっそりしながら、俺は翌日の昼まで、ひたすら宿の部屋で時間を潰した。なぜかって? 納期より大幅に早く納品したら絶対によくないことが起こるからだ。親切心から早めに納品したら、それが当たり前になって自分の首を絞めることになる。

 

 納品までの暇つぶしにキノコ大百科やストレージの能力の詳細を確認していたのだが、このキノコ類ストレージ、思っていた以上にかなり便利な機能が搭載されているらしい。取り出す際に「こういう形で」とイメージしながら念じると、その荷姿で出力できるのだ。そういえば、初日に緊張と混乱の中で商人ギルドでシイタケを取り出した時も、きちんと布で包まれていた。あの時は、何も気づかなかったが、俺の無意識のイメージを、スキルが勝手に具現化してくれていたのだろう。芸が細かいことだ。非常に助かる。

 

 そして、「キノコ大百科」。こいつは、使い方次第で、本当に悪いことができる。俺が今まで見たことも聞いたこともないようなキノコの情報はもちろん、この異世界にしか存在しないようなファンタジーキノコの生態まで、名前さえわかれば、詳細がたちどころに表示される。これを読んでいるだけで、一日中暇つぶしができそうだ。

 

 これでまだキノコ大百科「レベル1」なのだから、末恐ろしい。

 

 そうこうしているうちに、昼になった。

 

 現在俺は身一つで商人ギルドの重たい扉を開け、豪華なホールを歩く。案内してくれるのはカミュさんだ。なんでも、「鑑定士」に、納品物がギルドの基準を満たす品質か、正式に見てもらう必要があるらしい。

 

 カミュさんに案内されたのは、ギルドの奥深くだった。ひんやりとした石の廊下には、薬品や古いインクの匂いがかすかに漂っている。やがて、一つの部屋の前で俺たちは立ち止まった。

 

「こちらです。鑑定士のマルコ先生は、少々気難しい方ですが、腕は確かです。くれぐれも失礼のないようにお願いします」

 

 忠告とも脅しとも取れる言葉を残し、カミュさんは扉をノックした。

 

 中から「入れ」という低い声が聞こえ、俺たちは部屋に入る。そこは、実験室と書斎を兼ねたような、独特の空間だった。壁一面に、薬草や鉱物と思しきものが入ったガラス瓶が並び、中央には大きな石の台座が鎮座している。その向こう側には、白衣を着た小柄な老人が、腕を組んで座っていた。

 

「鑑定士のマルコだ。品物を見せてもらおうか」

 

 マルコと名乗った老人は、感情の読めない目で俺を一瞥した。顔には深い皺が刻まれ、首から下げた鑑定用のルーペが、ただ者ではない雰囲気を醸し出している。

 

 いよいよだ。俺は内心の興奮を抑え、ストレージから商品を取り出す。

 

「こちらでございます」

 

 音もなく、しかし、確かな存在感をもって、空間から一つの木箱が現れる。中には、朝露に濡れているかのような圧倒的な新鮮さを保ったシイタケが、ぎっしりと詰められていた。

業務命令のシイタケ一箱! 納期通り、確かに持ってきたぞ、ヴァレンテのクソジジイめ!

 

 マルコ老人は無言のまま木箱に近づくと、まずは手近なシイタケを一つ、繊細な手つきで手に取り、眉間に深く皺を寄せた。

 

「ほう」

 

 マルコはシイタケを鼻に近づけ、深く香りを吸い込む。次に、鑑定用のルーペを目に当て、傘の裏のヒダ一本一本を、まるで宝石でも鑑定するかのように観察し始めた。その眼差しは、検体を解剖する解剖医のように真剣そのものだ。

 

「傷一つない。傘の開き、肉厚、軸の締まり、完璧だ。何より、この瑞々しさに満ちた『魔力』の気配……まるで、今この場で摘んできたようだ」

 

 独り言のように呟くマルコの言葉を、俺もカミュさんも、息を詰めて聞いていた。長い、長い沈黙が、部屋を支配する。俺は固唾を飲んで、彼の最終的な評価を待つ。

 

 やがて、いくつかのシイタケの鑑定を終えたマルコ老人は、ふぅ、と天を仰ぐように一つため息をつくと、こちらに鋭い視線を向けた。

 

「……小僧。お前、一体どこでこれを手に入れた」

 

 その声には、純粋な困惑と、プロフェッショナルとしての抑えきれない興奮が入り混じっていた。

 

「商人ですので。企業秘密、とだけ。お答えしておきます」

 

 俺が前世で培った笑みを浮かべて返すと、老人はちっと一つ舌打ちした。

 

「ふん、まあよかろう。結果を報告する。『極上品』だ。市場に流通している最高級品を、さらに一段上回る品質。傷一つなく、魔力の含有量も申し分ない。これほどの品は、儂は見たことがない」

 

その言葉に、俺は内心で、天に向かってガッツポーズを取った。やはり、俺のスキルの力は、この世界のプロの目から見ても本物だった。しかもまだまだ成長途中だし、ストレージの中にはまだ大量のシイタケがそれほど腐るほどある。

 

「し、して、買取価格は……」

 

 カミュさんが、上擦った声でマルコ老人に尋ねる。

 

「市場価格の倍で買い取っても安いくらいだ。ヴァレンテ様も、これならば文句は言わんだろう。シイタケは1箱2000エルグ。それで手を打て」

 

「なっ……!」

 

 カミュさんが絶句する。俺も絶句する。シイタケ一箱20万だぞ?! バカじゃねえの?!

 

「け、契約通り、売上の7割がヒナビシ殿の取り分となりますので……お支払いは、1400エルグです」

 

 カミュさんが、帳簿に数字を書き込みながら、震える声で告げた。

 

 1400エルグ。日本円にして、約14万円。たった一日、いや、実質数秒の労働で、俺は前職の手取りに近い額を稼ぎ出してしまったのだ。少ない? 黙ってろ。泣くぞ。

 

 普通ならここで引き下がるんだろう。だが俺は山ほど在庫を抱えた商人だ。この機会に売り払わないと供給過多でどんどん値下がりすると考えるのが自然だ。俺は絞られるだけの乳牛になるつもりはない。こちらからも「付けさせてやる種馬」になってやるのだ。

 

「なんともなんとも、マルコ様のお眼鏡にかなったようで恐悦至極でございます。さて、ここで一つ、ご相談があるのですが」

 

 俺は口の中が乾燥したまま、マルコ老人とカミュさん相手に商談を始める。

 

「このシイタケを調達する際に群生地を発見しましてね。これと同じ品質のシイタケがもう3、4箱ほど手持ちにございます。もしこちらも購入してくださるのであれば、お互いにとって良い商いになると思うのですがこの在庫、買ってもらえませんか?」

 

「まずは品物を見てからだ」

 

 そう切り出した俺の言葉をマルコはバッサリと切る。まあそれも当然か。俺はストレージからもう4箱分、シイタケを取り出した。カミュさんは顎が外れんばかりに口を開いている。初めて出会ったときはこんな人じゃないと思ったんだけどな。

 

「……よかろう。買う。シイタケ5箱分で10000エルグ。ブドランガ商人ギルド所属、第一級鑑定士、マルコ・フライアの名において、確かに全て買い取る」

 

「お買い上げいただき誠にありがとうございます」

 

 さすがのマルコ老人も興奮のためか声が震えている。カミュさんに至っては卒倒しそうなほどに顔が青ざめている。ごめんよカミュさん。

 

 俺は興奮で震えそうになる手を抑えながら、鑑定室を後にして、支払いカウンター越しに差し出された、ずしりと重い金貨の入った袋を受け取った。その重みが、俺の成功を何よりも雄弁に物語っていた。

 

「……これでは重すぎて持ち運べませんなぁ。商人ギルドに『預金部門』のようなものがあればそちらで預けたいです」

 

 カミュさんとは別の、女性のギルド職員は泣き出しそうな顔で対応に当たっている。今回の取引の利益7000エルグから当面の活動資金1000エルグを引き出し、残りは銀行に預けるような感じにした。こんな大金持ち歩くなんて命がいくつあっても足りないぞ。

 

「カミュさん。今回は非常に良い取引ができました。またこれからも、末永くお付き合いくださいませ」

 

「え、ええ……こちらこそ。サブマスターにも、ご報告しておきます。……次回の納品も、期待しておりますので」

 

 ギルドを出ると、傾きかけた太陽が祝福のように俺を照らしていた。

 

 懐には、ずしりと重さを主張する500エルグ金貨2枚。預金口座には60万円ぶんの資産。ストレージにはまだまだ大量のシイタケがある。

 

 商人ヒナビシとしての初仕事は、これ以上ないほどの大成功に終わった。

 

「さて、と」

 

 俺は金貨の重みを確かめながら、次の計画に思いを巡らせる。

 

 まずは、活動の拠点となる家か部屋を借りるべきだろう。そして、もっと効率よくキノコを栽培・運搬するための道具も欲しい。この大金は、ゴールじゃない。次なるステージへ進むための、スタート資金だ。

 

 やりたいこと、やるべきことが、次から次へと溢れ出してくる。

 

 異世界での俺のビジネスは、今、まさに始まったばかりだ

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