転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第11話 家探し、の前に

 商人ギルドを後にした俺の足取りは自分でも驚くほど軽かった。全財産7000エルグ。日本円にして約70万円。この世界の貨幣価値を正確に把握しているわけではないが、商人ギルドの反応を思い返せば、これが新人の商人が初日で手にするには破格の大金であることは間違いないだろう。

 

 太陽はすでに遠くの高い山に差し掛かり、ブドランガの街は夜に向けての活気で満ち溢れていた。石畳の道を人々が行き交い、露店の商人たちの威勢のいい声が響き渡る。

 

 昨日まではその喧騒の全てが自分とは無関係な、異世界の壁のように感じられた。だが今は違う。俺もまたこの街で働き、生活する一員なのだ。そう思うと、道端で談笑する主婦たちの声も、荷馬車の車輪が立てるゴトゴトという音さえもが、心地よいBGMのように聞こえてくるから不思議だ。

 

「さて、と」

 

 俺は雑踏を少し離れた広場の噴水の縁に腰掛け、一息ついた。緊張しっぱなしだったからいつものお気楽モードを取り戻すにはしばらくかかりそうだぜ。

 

 次の目標は、活動の拠点となる家か部屋を借りること。今の宿は快適だがあくまで仮の宿だ。商人として活動するには人目につきすぎるし手狭でもあるし不審だ。何より、自分の城とも呼べる落ち着ける場所が欲しかった。この世界で、地に足をつけて生きていくための、最初の土台が欲しいのだ。

 

 しかし、どうやって家を探したものか。日本ならば不動産屋へ行くのが当たり前だが、この世界に同じようなシステムがあるのだろうか。街の掲示板の「部屋あります」なんて貼り紙でも探すべきか? あるのかすらわからないけど。

 

 考えあぐねていると、ぐう、と腹が鳴った。腹が減っては戦はできぬ。空腹の状態で作業するほど無駄なことはない。俺には今、食べていけるだけの金も、将来の収入もあるのだ。空腹を我慢してまで優先する仕事などないし、これから抱えていくつもりも毛頭ない。

 

 しばらく歩いて俺はいつもの活動拠点の酒場の扉を開いた。すると、「鉄斧ガントレット」のメンバーがいつものように酒を飲みつつ談笑していた。最初は冒険者ギルドに納品して日銭を稼ぐつもりだったが、それよりも良い方法が見つかったのだ。近況報告くらいしておきたかった。

 

「どうも。なんだがずいぶんと久しぶりな感じがいたしますな」

 

 俺はそんな声をかけつつ、ジェフの隣にさりげなく腰掛ける。やはりジェフは酩酊しているようで、真っ赤な顔でノロノロと俺を見つめると輝かんばかりに笑みを浮かべた。

 

「おお! ヒナビシじゃねえか! 飲め! 食え! 話聞かせろ!」

 

 ジェフはいつもの威勢の良い女給仕にエールを5杯と適当な食事を注文する。……5杯? なんで?

 

 ちらりと対面のクロエとイリスを見やると、げんなりしたように大きくため息を吐いた。

 

「ジェフが3杯、クロエが1杯、ヒナビシさんが1杯」

 

 眠そうなイリスがそう解説してくれた。ははーん、ジェフは今日もぶん殴られるな?

 

「おお、これはこれはありがたい! そうそう、皆さんにご案内してもらった商人ギルド、めでたく仮登録と相成りました! これも皆さんとの巡りあわせのおかげ! 感謝いたします」

 

「本当か!? そいつはよかった! おめでとう!! 飲め!!」

 

 隣のジェフに肩を組まれながら、俺は運ばれてきたエールのジョッキをつかんで一息に飲む。ぐっへえ~!! 沁みるぅぅ~!!

 

「俺たちもな、今日やっとダンジョンの最深部で主を倒したんだ! 俺の斧が大蛇の尾をぶった切って、怯んでる隙にクロエがボッコボコにしてな!!」

 

 俺はしばらく、エールを飲みながら冒険談に耳を傾けていた。死線を超え、傷ついた仲間と協力し、そしてついにダンジョンの財宝を手に入れる。超大作の冒険活劇だった。ジェフが時折大げさな身振り手振りで大蛇の大きさを表現するたびに、クロエが冷静に「もう少し小さかったわ」と訂正を入れるのが面白かった。イリスは、疲れたのか、ほとんどまどろんでいるようだった。

 

「いやあ、すごいですね。命がけの仕事だ」

 

 俺が心からそう言うと、ジェフは豪快に笑った。

 

「そうさ! だから冒険者は稼げるんだ! 商人さんも楽じゃないだろうが、命のやり取りがないだけマシだろ?」

 

「ちょっと、ジェフ」

 

 ジェフの言葉をクロエが制止すると、俺は少し複雑な気持ちになった。確かに、命のやり取りはない。だが、その代わりに、俺は前世で培った全てのビジネススキルを総動員して、神経をすり減らしている。それはそれで、違う意味で命を削っているようなものだ。

 

「まあ、そうですね。なんとか頑張ってます」

 

 俺は曖昧に答えながら、シチューを一口食べた。この世界のシチューは、前世のそれよりも素朴な味だが、疲れた体に染み渡る。

 

「…ところで、俺、家を探してるんです。どこか良い場所を知りませんか?」

 

 俺がそう尋ねると、ジェフは少し考え込んだ後、ニヤリと笑った。

 

「家か! それならちょうどいい場所があるぜ! 家を探すっていうならあそこだ。あの、ええと……」

 

 もう泥酔しているのだろう。ジェフの言葉をクロエが引き継いだ。イリスはもうほとんど寝ている。

 

「『石と木材不動産』のギリアム氏にご相談されるのがよろしいかと思います。彼は元々大工の棟梁だった方で、建物の構造に非常に詳しいんです。特に、個人商人向けの、少し古くても味のある物件を多く扱っていると評判ですよ」

 

「石と木材不動産……」

 

 なんとも素朴で、信頼できそうな名前だ。

 

「はい。場所は中央市場を抜けた先、職人街の入り口にあります。商人ギルドに所属していると伝えれば、親身に相談に乗ってくれるはずです」

 

「ありがとうございます。本当に助かります」

 

 そうして、夜はより深くなる。俺と鉄斧ガントレットのメンバーは、いつまでもいつまでも笑って酒を飲んでいた。

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