転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第13話 レーナ様という女

 さて。ついに拠点を手に入れた俺は怖いものなんてない。今以上に金を稼ぐだけだ。今日も商人ギルドに顔を出して、ほんのひと包みのシイタケをカミュさんに納品して駄賃を受け取る。それで十分だった。はずだったのに!!

 

「お待ちください、ヒナビシ様」

 

 シイタケを納品して帰ろうとすると、凛とした、有無を言わせぬ響きを持つ女性の声に俺は呼び止められた。

 

 振り返るとそこには、ギルドの制服とは明らかに違う上質な黒いスーツを着こなした女性が、涼やかな顔で立っている。すんげえ美人だ。

 

「私、ギルドマスターの秘書を務めております、セリアと申します。マスターがヒナビシ様と、ぜひ、お話をされたいと」

 

「……マスター、が?」

 

 嘘だろ!? 俺は聞き返した。サブマスターのヴァレンテではなく? あの、狐目のジジイの、さらに上司が

 

!?

 

 俺の内心の動揺などお構いなしに、セリアと名乗る秘書は、完璧な笑みを浮かべて言った。

 

「ええ、マスターが。さあ、こちらへどうぞ」

 

もはや、俺に、拒否権はなかった。

 

 セリアに案内されて、俺は、ギルドの最上階、今まで、その存在すら知らなかった、特別なエリアへと足を踏み入れた。

 

 そこは、下の階の豪華だがどこか商売の生々しさが漂う雰囲気とは、全く異なっていた。静寂に包まれた廊下。壁にかけられた、前衛的な現代アートのような絵画。そして、窓から見える、ブドランガの街並みは、まるで、箱庭のようだ。

 

 やがて、一番奥にある一際大きな扉の前で、セリアは立ち止まった。

 

「レーナ様。ヒナビシ様をお連れいたしました」

 

「――どうぞ」

 

 中から聞こえてきたのは、若々しく、そして、透き通るような、女性の声だった。

 

 通された執務室は俺の想像を遥かに超えていた。豪華な調度品や威圧的な魔導書はない。

 

 そこはまるで、前世の、どこかのお洒落なIT企業の社長室のような、コンパクトで、洗練された空間だった。ガラス張りの巨大なテーブル。壁一面の、巨大な世界地図。そして、部屋の隅には、なぜか、見たこともないデザインの、コーヒーメーカーのようなものが置かれている。この世界にコーヒーメーカーなんて存在するのか? そもそもこの世界に電力なんて概念はないはずでは?

 

 そ、し、て、その部屋の主は。

 

 大きな窓を背に、革張りの椅子に、深く腰掛けていた。

 

 長い、艶やかな黒髪。雪のように白い肌。そして、全てを見透かすような、怜悧な、黒い瞳。

 

 年の頃は俺と同じくらいか、あるいは、少し下かもしれない。

 

 彼女が、この巨大な商人ギルドを束ねる、ギルドマスター、レーナ。

 

 そのあまりの若さと、異質なほどの美しさに、俺は完全に気圧されていた。

 

「――ようこそ、ヒナビシ君。私が、ここのマスター、レーナよ」

 

 彼女は、椅子から立ち上がると、俺の元へと歩み寄ってきた。その動きは、どこまでも、優雅だった。

 

「君の噂は、聞いているわ。ヴァレンテさんが、面白い拾い物をした、とね。そして、マルコとフィリアスが、まるで、子供のようにはしゃいで、君の『商品』を、神の恵みだと、報告してきた 」

 

「……恐縮です」

 

 俺は、必死に、練習してきた、商人見習いの笑みを、顔に貼り付けた。

 

「ええ、おかげさまで、良い取引を、させていただきました」

 

「そう。良かったわ」

 

 レーナは、にこり、と微笑んだ。それは、どんな宝石よりも、人の心を惑わすような、完璧な笑みだった。

 

 だが、次の瞬間。彼女の口から、この世界の、誰も、絶対に、理解できないであろう、言葉が、放たれた。

 

「ところで、ヒナビシ君。一つ、聞いてもいいかしら?」

 

「は、はい。何でしょう」

 

「君は、何年の日本で死んだの?」

 

「………………は?」

 

 俺の、思考が、完全に、停止した。

 

 今、この人、は、なんと言った?

 

 俺が、あまりの衝撃に、金魚のように、口をパクパクさせていると、レーナは、くすくす、と、楽しそうに笑った。

 

「……あら、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかったわ」

 

 彼女は、俺の目の前まで来ると、その黒い瞳で、まっすぐに、俺の目を見据え、そして、言った。

 

「―――久しぶりね、同郷(にほん)の人は。私は、レーナ。前世では、確か、『相川(あいかわ) 玲奈(れな)』だったかしら」

 

 俺の中で、築き上げてきた、異世界での、全ての常識が、音を立てて、崩れ落ちていく。

 

 転生者? 俺以外にも、いたのか? いや、そりゃいてもおかしくはねえだろうけどよ!! その相手は、この街で、最大級の権力者である、商人ギルドの、トップ。こんなデタラメな負けイベントなんてあるかよ!!

 

「ひ、雛菱、優、です。前世でも、同じ、名前、でした……」

 

 俺は、もはや、蚊の鳴くような声で、そう答えるのが、精一杯だった。

 

「ユウ君ね。よろしく」

 

 レーナ――相川さんは、にこやかに、そう言うと、俺に、一つの取引を、持ち掛けてきた。

 

「単刀直入に言うわ。私と、組まない? あなたの、その、規格外の生産スキルと、私の、このギルドを、そして、私のスキルを、組み合わせれば、私たちは、この世界の、経済の全てを、支配できる」

 

 彼女の瞳は、もはや、ただのギルドマスターのものではなかった。

 

 それは、世界を、チェス盤のように見下ろし、その全てを、自分の意のままに、動かそうとする、魔の、瞳だった。

 

 俺は、何のために、商人ギルドに入ったんだっけ?

 

 そうだ、ただ、のんびりと、ぐうたら、暮らすためだ。 

 

 それなのに、どうして、俺は、異世界に来て、たった数日で、同郷の、とんでもない野心を持った、魔王(たぶん)に、世界征服(経済的な)の、共同経営者に、スカウトされているんだ。

 

 

 俺の、のんびりゆったりスローライフ計画。

 

 それは、今、同郷の先輩の手によって、正式に、死亡宣告を、受けたのだった。

 

 返事もできない俺を前に、彼女は、悪戯っぽく、笑い続けていた。

 

 くそがよ。

 

 

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