転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第17話 鉄斧ガントレット

 俺はずっと、テーブルに一人座ったまま動けなかった。酒場の喧騒がなぜかひどく遠くに聞こえる。頭の中を占めているのはただ一つ。今朝この場所を険しい顔で去っていった、三人の冒険者のことだけだった。

 

「(無事なんだろうか)」

 

 俺はなぜ彼らのことがこんなに気になるのだろう。

 

 思えば、彼らは俺がこの世界に来て初めてまともに口を利いた相手だった。何も知らない俺にこの街のことを教えてくれた。俺の下手な世辞に本気で照れてくれた。

 

 俺は彼らのことをただのビジネスパートナー候補としてだけではなく、一人の友人として案じていたのだ。

 

「(……柄にもないな)」

 

 俺が自嘲するように呟いた、その時だった。

 

「『鉄斧ガントレット』の連中、今度は全員無事だといいがな」

 

 近くのテーブルで飲んでいた、熊のように大きな冒険者が、ぽつりとそう漏らした。

 

「今度『は』?」

 

 俺が聞き返すと、男は一度、ため息をついた。

 

「あんた、新顔だな。知らねえのも無理はねえ。とはいえ、俺が知ってるのも、噂話だけだがな」

 

 彼はエールを一口呷ると、声を潜めた。

 

「なんでも、一年前に隣町を半壊させた『呪われた鉱山のワイバーン』。奴らの因縁の相手さ。その討伐に、向かったらしい」

 

「ワイバーン!?」

 

 俺は息を呑んだ。ワイバーンといえば、ドラゴンに準ずる、それはそれは凶暴なモンスターのはずだ。そんなもの相手に、たった三人で? 

 

「無謀だ。誰もがそう言ってる。だがな、あいつらにとっちゃ、ただの魔物退治じゃねえんだ」

 

 男は、続けた。

 

「一年前、そのワイバーンとの戦いで、『鉄斧ガントレット』は仲間を一人殺されてる。昔は、四人パーティだったのさ。だから、これはただの仕事じゃねえ。残されたあいつらの……弔い合戦なんだろうよ」

 

 その言葉に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

 弔い合戦。

 

 そうだ。彼らのあの目は、金や名誉のために危険に飛び込む者の目ではなかった。仲間を失った悲しみと、消えない怒り。そして、その無念を晴らさんとする、揺るぎない覚悟。

 

 俺が足を踏み入れることのできない、彼らの世界。それはただ命のやり取りがあるというだけではない。仲間との絆、守るべき誇り。そういう、金では決して測れないもののために、彼らは命を懸けているのだ。

 

 俺には、その覚悟の全てを理解することはできなかった。だが、その生き様のあまりの気高さに、胸が熱くなるのを感じていた。

 

 うらやましいな。素直に、そう思った。

 

 その時だった。

 

 ガラン、と酒場の扉が勢いよく開かれ、そしてそこに三つの人影が現れた。

 

「戻ったぞ!!」

 

 ジェフの、疲れ切ってはいるが、確かな歓喜に満ちた声が、酒場中に響き渡る。

 

 瞬間、それまで騒がしかった酒場の中が、水を打ったように静まり返った。

 

 そして。

 

「おおおお! 『鉄斧ガントレット』が、帰ってきたぞ!!!」

 

 誰かのその叫び声を皮切りに、店中が、地鳴りのような歓声と割れんばかりの拍手に包まれた。

 

 三人ともボロボロだった。

 

 ジェフの自慢の大斧は、何か巨大な獣の爪で抉られたかのように、無残にひしゃげている。

 

 クロエの鋼鉄のガントレットは、赤黒いワイバーンの返り血で汚れ、彼女自身の顔にもいくつもの細かい傷がついている。

 

 イリスは気丈に立ってはいるが、その顔は魔力を使い果たしたのか、雪のように真っ白だった。

 

 だが、三人は確かに生きていた。そして、その顔には、死線を乗り越え、宿願を果たした者だけが浮かべることのできる、誇りと、深い安堵の色が浮かんでいた。

 

「おかえりなさい」

 

 俺はいつの間にか立ち上がっていた。その声に気づいたジェフがこちらを見て、ニヤリと歯を見せて笑った。

 

「おう、ヒナビシ。待たせたな」

 

 三人は歓声の中を掻き分けるようにして俺のテーブルへとやってきた。

 

「席、空いてるわね」

 

 クロエがそう言うと、俺の向かいにどさりと腰を下ろす。

 

 俺は慌てて女給仕を呼び止め、一番高いエールと、ありったけの肉料理を注文した。

 

「すごかったですよ。皆さんがいなくなった後、酒場の皆が噂してました。誰もが無事には帰れないだろうって」

 

 俺は運ばれてきたエールを彼らの前に並べながら言った。

 

「へっ、どこのどいつだ、そんな縁起でもねえこと言ってたのは!」

 

 ジェフはエールを一息に飲み干すと豪快に笑い飛ばし、じろりと店内を見渡した。そこかしこで「死にぞこないが!」「うるせえ、次はてめえの番だ!」といった、荒々しいが、温かい祝福の罵声が、笑い声交じりで飛び交った。

 

「確かにちいとばかし厄介なトカゲではあったがな! クロエの拳があいつの顎を砕いて、怯んだところを、俺が首をたたき切ってやった! イリスも、ボロボロになりながら、最後まで俺たちを回復し続けてくれた!」

 

「……治癒魔法が、間に合って、よかった」

 

 イリスがテーブルに突っ伏しながら、か細い声で呟く。

 

 それからしばらく、俺は彼らの武勇伝をただ夢中で聞いていた。

 

 鉱山に巣食う巨大なワイバーンの吐き出す灼熱の炎。ジェフが盾となりそれを受け止め、クロエがその隙に懐へ飛び込む。クロエの拳が竜の硬い鱗を粉々に砕き、怒り狂ったワイバーンによって受けた傷を、イリスの聖なる光が癒していく。

 

 それは俺が今まで生きてきた平和な世界とは全く違う、命のやり取り。俺はそのあまりの壮絶さに、ただただ圧倒されていた。

 

 ひとしきり話し終えた後、クロエがふと俺の方へ向き直った。

 

「……それで、ヒナビシさん。あなたの依頼の話、まだ有効かしら?」

 

 俺ははっと我に返る。そしてまっすぐに彼女の目を見据え返した。

 

「はい、もちろんです。ですが皆さん、これほどの死闘の後です。しばらく休みが必要なのでは?」

 

 俺の気遣うような言葉に、クロエはふっとその厳しい表情を緩めた。

 

「ありがとう。でも、大丈夫。それに」

 

 彼女はちらりとジェフとイリスを見た。

 

「たまには、あなたのような依頼主と、のんびり森を散歩するような仕事も、悪くないわ」

 

 その言葉に、俺は救われたような気持ちになった。

 

「……では改めて。俺の最初の冒険の護衛を、あなた方にお願いできますか?」

 

 俺がそう言うと、ジェフはニカッと笑う。

 

「おう、任せとけ! 明日、一緒に冒険者ギルドで手続きして、明後日には出発しようぜ!」

 

 クロエとイリスも静かに頷く。

 

 こうして、俺と「鉄斧ガントレット」との間に、正式な契約が結ばれた。

 

 それはただの金で雇われた関係ではない。互いの生きる世界を認め、尊敬しあう、仲間としての最初の一歩だった。

 

 その夜、俺たちは、空が白むまで語り明かした。彼らが語るのは、命を懸けた冒険譚。それに、周りの客たちが茶々を入れ、酒場全体が、一つの大きな宴会場のようになっていた。

 

 とてもうらやましくて、そして、とても楽しい夜だった。

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