転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第18話 冒険の準備

 大宴会から数時間後、俺はひどい二日酔いの頭を抱えながら冒険者ギルドへと向かっていた。隣には昨日の死闘を繰り広げたとは思えないほどケロッとした顔のクロエとイリスが歩いている。ジェフは案の定、酒場でまだ突っ伏して寝ているらしい。

 

「ジェフさんは大丈夫なんですか?」

 

「放っておけばいいわ。どうせ昼頃には何事もなかったかのように起きてくるから」

 

 クロエの呆れたような、しかしどこか愛情のこもった言葉に俺は苦笑した。

 

 冒険者ギルドを訪れるのは俺が初めてこの街に来た時に登録して以来だった。あの時は周りを見る余裕なんて全くなかったが、ここは商人ギルドの静かで洗練された雰囲気とは全く違う。

 

 武具がぶつかり合う音、大声で自慢話をする冒険者たちの声、そして汗と鉄と微かな血の匂い。そこは力と活気が渦巻くまさしく戦士たちの集う場所だった。

 

 俺たちが入っていくとギルド内のいくつかの視線がこちらに集まるのを感じる。

 

「おい見ろよ。『鉄斧ガントレット』だ」

 

「昨日のワイバーン退治からもう動けるのかよ。化け物かあいつら。でもジェフがいねえな」

 

「飲んだくれて寝てんだろ」

 

「あのヒョロっとしたやつは誰だ?」

 

 ひそひそと交わされる噂話。そのほとんどが彼らへの畏敬の念に満ちていた。俺は改めて自分がとんでもない大物パーティと関わりを持ったのだということを実感していた。

 

 俺たちは依頼の受付カウンターへと向かう。クロエが俺が昨日話した依頼内容を羊皮紙にまとめたものを職員に手渡した。

 

「依頼主(クライアント)はこちらの商人ヒナビシさん。パーティは我々『鉄斧ガントレット』を指名で。契約お願いするわ」

 

「は、はい! 『鉄斧ガントレット』指名依頼ですね! ただいま手続きを!」

 

 職員はクロエの顔とパーティ名を見ると途端に背筋を伸ばし慌てて手続きを始めた。どうやら彼らはこのギルドでも相当な有名人らしい。

 

 職員がギルドの正式な依頼書に内容を書き写していく。

 

 【依頼ランク:C】

 

 【依頼主:商人ヒナビシ(商人ギルド所属)】

 

 【依頼内容:希少な植物性素材の探索における護衛】

 

 【期間:1日】

 

 【行き先:ブドランガ周辺の森林地帯】

 

 【指名パーティ:鉄斧ガントレット】

 

 【基本報酬:日当150エルグ】

 

「以上でよろしいでしょうか」

 

 職員の問いにクロエは頷く。

 

「ええ。問題ないわ」

 

「では依頼主であるヒナビシ様。こちらの羊皮紙にサインをお願いします」

 

「あぁ、すいません私から一つ追加を」

 

 俺は職員を制してクロエに向き直った。Cランクの日当150エルグ。相場通りなのだろうが、昨日ワイバーンを討伐した英雄たちに、ただの森の散歩(になる予定)をさせるのだ。正直、これではこちらの気が引ける。これは、未来への投資だ。金は使ってこそ意味があるのだ。

 

「依頼が無事に完了した場合、成功報酬を支給します。確保した素材の市場価格に応じて、ですが。最低でも基本報酬の一日分は上乗せでお支払いすると、ここに記載してください」

 

 俺がそう付け加えると、クロエとイリスが、わずかに目を見開いた。職員は依頼書の末尾に【特別条項:目標素材の確保に成功した場合、成果に応じて成功報酬を別途支給する】と付け加える。

 

「では、サインをお願いします」

 

 そうして俺は、差し出された羽根ペンを受け取った。ずしりと重い。これはただのペンではない。俺がこれから彼らの命を預かるという契約の重みそのものだった。俺は厳粛な気持ちで、羊皮紙に「ヒナビシ」と自分の名前を書き込んだ。

 

「確かに。これにて依頼は正式に受理されました」

 

 職員が契約成立の印を押したその時だった。

 

「おいおいマジかよ」

 

 近くのテーブルから嫌味な声が飛んできた。誰だあいつ。

 

「あの『鉄斧ガントレット』がCランクの冒険ごっこのお守りだってよ。ワイバーンを倒したかと思えばずいぶんと落ちぶれたもんだな、おい」

 

 声の主はいかにもガラの悪そうな冒険者パーティのリーダー格の男だった。その侮辱の言葉にギルド内の空気が一瞬で凍りつく。俺は自分のせいで彼らが馬鹿にされたことに腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じ、俺が何か言い返そうとするよりも早くクロエが動いた。

 

 彼女は静かにその男の方へ向き直って歩き出すと氷のように冷たい声で言った。

 

「あなた。今何か言ったかしら?」

 

「ひっ!」

 

 男はクロエの殺気すら感じさせる視線に完全に怯んでいた。二人の距離はもう1メートルもない。また鼻っ柱が粉砕されるのか。

 

「私たちは仕事を選ばない。依頼主の誠意と報酬が見合っているかどうか。それだけで判断する。あなたのような他人の仕事にケチをつけるしか能のない三流より、よほどプロだと思うけれど?」

 

 そのあまりにも完璧な正論に男はぐうの音も出ないようだった。クロエはその男に一瞥をくれると興味を失ったようにこちらに向き直った。

 

「行きましょうヒナビシさん。出発の準備があるわ」

 

 俺は彼女のその凛とした姿にただただ見惚れていた。そして心に誓った。彼らのこの信頼に俺は商人として最高の成果で応えなければならないと。

 

 それから半日、俺はクロエとイリスに引きずられるようにしてブドランガの街を駆け回ることになった。

 

 まずは防具屋。「あなたは戦わないのだから重い鎧は不要。でもモンスターの爪や牙から身を守る最低限の防御力は必要よ」そう言ってクロエが俺のために選んでくれたのは硬化処理を施された丈夫な革のベストとすね当てだった。

 

 次に道具屋。「解毒薬と傷薬は必ず持って。それとナイフくらいは持っておいたほうがいい」イリスが自分のことのように俺の装備を一つ一つ丁寧に選んでくれる。

 

 そして最後に服屋。俺は今まで着ていた薄汚れた旅人の服を脱ぎ捨て、動きやすく丈夫な冒険者見習い用の服とブーツに着替えた。鏡に映った自分の姿はどこか見慣れない、しかし少しだけ逞しくなったように見えた。

 

 全ての買い物の代金はもちろん俺が支払った。これも依頼主としての当然の務めだ。全ての準備を終え俺たちはそれぞれの家路についた。

 

「じゃあ明日早朝。酒場で」

 

 クロエのその言葉を合図に俺たちは解散した。

 

 俺は自分の新しい家に戻ると買ってきたばかりの冒険者用の装備をベッドの上に広げた。革のベスト、丈夫なブーツ、そして腰にはイリスが選んでくれた救急ポーチとサバイバルナイフが二振り。

 

「(なんだか本当に冒険が始まるみたいだな)」

 

 俺は柄にもなく少しだけ胸が高鳴っているのを感じていた。それはこれから始まる未知への期待感か。あるいは最高の仲間たちと共に旅に出られる喜びか。

 

 商人ヒナビシの初めての冒険。その準備は万端に整った。俺は明日からの旅に思いを馳せながら新しい家の新しいベッドで深い眠りに落ちていった。

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