転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。 作:菱形の面積
森の洞窟からの帰路は驚くほど穏やかだった。ジャイアントスパイダーとの闘いを繰り広げた後だというのに、ジェフはいつもの調子で豪快に笑い、クロエは静かにしかし時折、森の歩き方のコツを俺に教えてくれる。イリスはいつもの眠そうな表情で、道すがら採取できる薬草を収穫していた。行きの道中の殺伐とした空気が嘘のようだ。警戒とかしなくていいのか? それともジャイアントスパイダーの返り血? とかが魔物除けになってるのか?
俺のストレージには今回の最大の目的であったゲッコウダケの原木と、そして偶然の産物である未知のファンタジーキノコたちが静かに眠っている。
なんだかドタバタした一日だったが、夕暮れ時に俺たちはブドランガの町の入り口へとたどり着いた。
「よし、それじゃあ仕事はここまでだ! ヒナビシ、報酬は明日にでもギルドで受け取っておくぜ!」
「はい! 今日は本当にありがとうございました!」
俺が深々と頭を下げると、三人はひらひらと手を振っていつもの酒場の方へと消えていった。おそらく今夜も祝杯と称した宴会が開かれるのだろう。ジェフがまたぶっ倒れるんだろうな。
一人になった俺は寄り道をせずまっすぐに自分の新しい家へと向かう。軽い音を立てながら木の扉を開け、中へ入る。
「ただいま」
誰に言うでもなくそう呟くと、静かな家が「おかえり」と答えてくれたような気がした。
俺は買ってきたばかりのオイルランプに火を灯すとリビングの中央に置かれたこれもまた新品の机の前に腰を下ろす。ここが俺の作戦司令室だ。
俺は羊皮紙の上に羽根ペンで今回の遠征で得られた「成果」とそしてこれからやるべき「課題」を書き出していく。
1、ゲッコウダケの原木、確保完了。
これは今回の目的であり、最大の成果だ。これで俺は自分の城であるこの家の地下室でいつでもゲッコウダケを安定的に栽培できるようになったってことだ。レーナさんからの最初の依頼はこれでクリアしたも同然だろう。
2、「鉄斧ガントレット」との信頼関係の構築。
これも大きい。彼らはもはやただのビジネスパートナーではない。俺がこの世界で初めて心から信頼できる仲間だ。彼らがいれば今後の素材探索の行動範囲は格段に広がるはずだ。
3、未知の新規キノコ4種の入手。
そしてこれだ。俺は羊皮紙の上にあの洞窟で偶然手に入れてしまったキノコたちの名前と、キノコ大百科から調べた情報を書き出した。
「ザンコウタケ」「オンパキノコ」「シジマタケ」はまぁちょっとありえそうなファンタジーキノコだったが、「リュウケツダケ」は格が違った。
【リュウケツダケ、古代の竜や、強大な魔獣が死んだとされる場所の奥深く、その魔力が長い年月をかけて結晶化した「魔晶石」の上にのみ稀に発生する伝説級のキノコ。まるで、地面から噴き出した鮮血が、その瞬間に固まってできたかのような、深い紅色と、ぬめりのある光沢を持つ。現時点ではスキルレベルが低く栽培不可能】
「まーたクソバカキノコか」
俺はペンを置いた。ダメだ。これはダメなやつだ。伝説級のキノコとかスキルレベルが低くて栽培不可能とか、絶対に希少価値が高いに決まってる。これは奥の手だ。何に使うのかわからないが、どうしようもなくなった時に出そう。
「はぁ……」
俺は大きなため息をついた。
俺のスキルはどうやら俺がのんびりぐうたら暮らすことを全く望んでいないらしい。次から次へと面倒事の種を俺の元へ運んでくる。
今はこれらのヤバすぎるキノコのことは一旦忘れよう。俺の当面の目標はただ一つ。レーナさんからの依頼を完璧にこなしギルドからの信用を勝ち取ることだ。いつまでも仮登録のままってわけにはかない。
俺は地下室へと向かった。
ひんやりとした静かな空間。ここが俺のビジネスの心臓部。俺はストレージから森の洞窟で手に入れたゲッコウダケの原木を取り出した。重てえな。そして地下室の一番湿気の多い隅の場所にそっと安置する。
あとはスキルをかけてやりながら待つだけだ。ギリギリ間に合うだろうか。いや、ギリギリアウトか?
地上に戻りさらに階段を上って、俺は二階の寝室の窓から夜空を見上げた。
ブドランガの街の灯りが星のように瞬いている。少し前まで俺はこの街で一人ぼっちだった。
だが今は違う!
俺には頼れる仲間ができた。そしてこの温かい自分の城がある。やるべきことは山積みだ。面倒事も多い。
だがそれはもはや苦痛ではなかった。
新しい生活を自分の手で一つ一つ作り上げていく喜びに満ちた作業だ。
俺は明日からの計画に思いを馳せながら新しい家の新しいベッドに横人り、すぐに深い眠りに落ちていった。
明日からはひたすらスキルを使うんだ。体を少しでも休めておこう。
夢を見た。俺はガキの頃のド田舎で祖母ちゃんと山を散歩していて、道端で見つけたキノコの名前を聞いていた。祖母ちゃんはずっと笑顔だった。俺もずっと、笑顔だった。