転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第22話 エルフの錬金術師

 今日は約束の納品日である。

 

 俺は家の地下室ですくすくと育つゲッコウダケの幻想的な光を、ただぼんやりと眺めていた。

 

 スキルレベルが上がったおかげで栽培期間は二分にまで短縮された。その気になればこの地下室、いや、家ごとをゲッコウダケで埋め尽くすことすら可能だろう。

 

 昼過ぎにセリアさんが俺の家へやってきて、丁重な口調でこう告げた。

 

「ヒナビシ様。レーナ様が執務室にてお待ちです」

 

 俺は頷くと鉄斧ガントレットが見繕ってくれた冒険衣装に身を包んで商人ギルドへと歩き出した。

 

 再び通されたギルドの最上階。あの魔王のような女の前に俺は立っていた。

 

 俺を案内してくれた秘書のセリアさんは一礼すると、静かに部屋を後にしていく。

 

 部屋の中には俺を含めて3人。

 

 一人はもちろん大きな窓を背に優雅に椅子に座るギルドマスター、レーナ様こと相川玲奈。

 

 そしてもう一人。ソファに腰かけながらこちらを値踏みするように観察している銀の長髪と尖った耳を持つ美しい男。

 

 エルフだ。初めて見た。

 

「(報告会じゃんねこれ)」

 

 俺の前世のサラリーマンとしてのトラウマが蘇る。胃がキリキリと痛み始めた。

 

「ようこそヒナビシ君。待っていたわ」

 

 レーナさんが完璧な笑みを浮かべる。

 

「こちら、紹介するわね。錬金術部門の部門長、フィリアス所長よ。彼があなたの『商品』に大変興味があるそうなの」

 

「フィリアスだ」

 

 エルフの男は短くそう名乗った。その薄い翠色の瞳には感情の色が全くない。彼は俺という人間ではなく、まるで新しい研究対象のサンプルでも見るかのような目で俺を観察している。

 

「(やばい。こいつはレーナさんとは別の意味でやりにくいタイプだ)」

 

 俺の危険察知アンテナが警報を鳴らす。こういう職人気質の天才肌タイプは一番扱いが難しいのだ。ましてエルフ。俺の常識が通用するかも怪しい。

 

「レーナ様。フィリアス様。本日はお時間をいただきありがとうございます」

 

 俺はまず深く頭を下げた。

 

「レーナ様よりご依頼のありました品、ただいま納品に上がりました」

 

 俺はそう言うとストレージから今回の成果物を取り出した。事前にイメージして出力する。

 

 ドンとテーブルの上に飾り気のない箱が現れた。中にはもちろんゲッコウダケがぎっしりと詰められている。

 

 俺がその箱の蓋をゆっくりと開けた瞬間、部屋の空気が変わった。箱の中から溢れ出した青白い幻想的な光が執務室全体を優しく照らし出したのだ。

 

「うわ……ぁ……」

 

 レーナさんが感嘆の声を漏らす。だがフィリアスの反応はそれ以上だった。

 

 彼はソファから弾かれたように立ち上がった。そして吸い寄せられるかのように箱のそばへと歩み寄った。

 

 常に冷静沈着だったはずのエルフの顔に、初めて驚愕と歓喜の色が浮かんでいた。

 

「これは……」

 

 フィリアスの震える指先がそっと箱の中の光るキノコに触れる。

 

「あのシイタケの時とは比べ物にならん……! これは結晶化したマナそのものだ……まさかこんなものが存在するなんて考えもしなかった!」

 

 そのあまりの熱狂ぶりに俺は少しだけ引いていた。だが同時に内心でガッツポーズを決めていた。

 

 最高のプレゼンテーションができた。

 

 やがて我に返ったフィリアスは今度は俺の方へ向き直った。その目はもはやただの研究者のものではない。獲物を前にした飢えた獣の目だ。商人の瞳ではない。未知に立ち向かう研究者の瞳だった。

 

「ヒナビシ君! このゲッコウダケはいかなる環境で栽培されたのだ!? 土壌の魔力成分は!? 与えた水の源流は!? そして何よりこの完璧なまでの菌糸の活性状態を維持するための秘訣は何なのだ!?」

 

 立て続けに浴びせられる専門的すぎる質問の嵐。

 

「(わかるかそんなもん!)」

 

 俺は内心で絶叫した。俺がやったことと言えばスキルを発動させただけだ。

 

 だがここで動揺してはいけない。俺はこの商品を持ってきたのだから。

 

 俺はすっと人差し指を立てると静かに首を横に振った。

 

「フィリアス様。それは企業秘密です」

 

 俺がそれらしい笑みを浮かべてそう言うと、フィリアスは「ぐっ……!」と悔しそうに言葉に詰まった。

 

 その俺たちのやり取りをレーナさんは満足そうに眺めていた。

 

「まあまあフィリアス。落ち着いて。彼のその『秘密』こそが最大の武器なのだから」

 

 彼女はそう言って場を収めると俺に向き直った。

 

「素晴らしいわヒナビシ君。期待以上の成果よ。ところで、他のキノコはどうなりそう?」

 

「現時点では難しいですね。もう少しこのブドランガを調べないことには何とも」

 

 そう、と残念そうに彼女が指をぱちんと鳴らすと秘書のセリアさんがどこからともなく現れ、俺の前に一枚の小切手を差し出した。金額は……目ン玉飛び出そうだ。どうすりゃいいんだこれ……。

 

「この一箱で終わりではないわよね?」

 

 彼女は悪魔のように微笑んだ。彼女の言葉にフィリアスの目も再び強く輝く。宝石のように綺麗な瞳だ。

 

「ヒナビシ君にはしばらく、このゲッコウダケの安定供給をお願いするわ。目安は毎月木箱20箱。最低でも10箱は納品するように。多い分には困らないからギルドがすべて買い取るわ。そしてフィリアス。あなたはこれを使って今までにない全く新しいポーションを開発するの。ちなみに、ヒナビシ君が今用意できるのはどれくらいかしら?」

 

「この場でなら、あと木箱4箱ですね」

 

 ほんとは180箱くらい出したいものだがさすがにまずい。徐々に徐々に納品するのだ。だが、フィリアスはその答えですら驚いたようだった。カミュさんみたいな反応してるなこの人。

 

 俺のぐうたら生活への道がまた一歩遠のいた。

 

 だが不思議と嫌な気はしなかった。

 

 目の前には俺の未知の才能を心から評価し、必要としてくれる二人の天才がいる。

 

 それは前世では決して味わうことのできなかった得難い充実感だった。

 

 商人ヒナビシの本当の社畜生活。それは案外悪くないものになるのかもしれない。

 

 俺はこれから始まる面倒くさくそしてとてつもなく刺激的な日々に、諦めとほんの少しの期待が入り混じった深いため息をつくしかなかった。あれ? よく考えたら9か月は何もしなくても在庫持ってんのか。

 

 どうしよう。ダメ人間になりそうだ……。

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