転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。 作:菱形の面積
ノックの後しばらくして、ギギギ、と年季の入った音と共に扉が開く。そこから顔を覗かせたのは、まだあどけなさの残る年齢の、快活そうな女性だった。そばかすの散った頬、無造尽に結わえられた鳶色の髪には、木の屑がいくつか付いている。その手は、女性らしい華奢さとは無縁の、固いタコのできた、まさしく職人の手だった。
「はい、なんでしょう? うちはしがない零細工房ですんで、高価な木材の売り込みなら間に合ってますよ」
彼女は、俺の身なりを見て商人だと判断したのだろう。少しばかり警戒した、棘のある口調だった。
「突然お邪魔して申し訳ございません。私、しがない商人の『ヒナビシ』と申します。ある面白い素材を製品にしたいと考えていまして、腕の良い職人さんを探しているんですよ」
営業スマイルを浮かべながら言う俺の言葉に、彼女はあからさまに眉をひそめた。
「面白い素材、ねぇ。そういう話は聞き飽きてます。どうせまた、変な形の流木とか、硬いだけの石ころとかでしょう? 悪いけどそういう酔狂に付き合ってる暇はありません」
彼女がぴしゃりと扉を閉めようとした、その瞬間。俺は慌てて靴を扉に挟みこみ、懐から紹介状を取り出した。痛った。
「待ってください! こちらを! 『石と木材不動産』の、ギリアムさんからの紹介状です!」
「ギリアムさん」という名前に、彼女の動きがぴたりと止まる。そして、訝しげな顔で俺から紹介状を受け取ると、その場で無言で読み始めた。
彼女は羊皮紙に書かれた内容に目を通すうちに、みるみる表情を変えていった。最初は驚き、次に呆れ、そして最後には、深い深いため息をついた。
「……もう、お父ちゃんてば、本当に余計なことを」
お父ちゃん?
俺が聞き返すと、彼女はバツが悪そうに頭を掻いた。
「ああ、すみません。父が何かご迷惑をおかけしませんでしたか? わたし、あの不動産屋の娘なんです」
まさかの事実に、今度は俺が驚く番だった。ギリアムさんの、あの娘を語るような優しい目は、本物の父親の目だったのだから。
「いえ、とんでもない! ギリアムさんには、家探しの時から大変お世話になっておりまして。家具の注文も――」
「父の話はいいんです」
リッカさんは俺の言葉を遮ると、改めて俺をじろりと見た。その目には、もう先ほどのような棘はない。
「で、その父が『とんでもない素材だ』なんて大袈裟に書き立ててる、面白い素材とやらを、見せてもらってもいいですか?」
俺は頷くと、ストレージからオンパキノコを取り出し、彼女に差し出した。リッカさんは、その水晶のようなキノコをまじまじと見つめ、指先でそっと触れる。
「これが音を吸う? 綺麗なキノコにしか見えませんけど」
「試してみますか?」
俺が言うと、彼女は工房の奥を指さした。そこには、木材を固定する万力と、使い込まれたノミが置かれている。彼女は工房の扉を閉めると、慣れた手つきで木材を固定し、ノミを手に取った。
「ちょっと、うるさくなりますよ」
彼女が木槌を振り上げ、ノミの柄を力強く叩く。カーン! カーン! と、甲高い音が工房の中に響き渡った。鼓膜がびりびりと震えるほどの音量だ。俺は、その音に向かって、オンパキノコをそっとかざした。
すると、どうだろう。あれほどけたたましかったノミの音が、コン、コン、という、角の取れた柔らかな音へと変わったのだ。
ノミを打つリッカさんの手がぴたりと止まる。彼女は信じられないという顔で、オンパキノコと、自分の持つノミを交互に見た。
「……嘘でしょ」
彼女はもう一度、力いっぱい木槌を振り下ろす。カーン! という音が、俺がキノコをかざした瞬間、コン、という音に吸い込まれていく。
やがて、彼女は道具を置くと、子供のように瞳を輝かせながら、俺の手からオンパキノコをひったくった。そして、それを自分の耳に当てたり、壁に押し当てたり、床に転がしたりしながら、興奮気味に独り言を呟き始めた。
「すごい。何これ。この仕組みどうなってるの? もし、これを薄くスライスして板の間に挟み込んだら? いや、粉末にして接着剤と混ぜて塗料に?」
その姿は、もはやただの大工ではなかった。未知の素材を前にした、好奇心溢れる、真の発明家そのものだった。フィリアスさんと気が合いそうだ。俺は、彼女のその姿を見て確信した。ギリアムさんの言った通りだ。この人しかいない。
しばらくの間、彼女の独り言に満ちた熱狂は続いた。だが、ふと我に返ると彼女はキノコをテーブルに置き、腕を組んで、今度は商人を見る目で、俺をまっすぐに射抜く。
「分かった。ヒナビシさん、だっけ。この素材は面白いよ。で、あなたは私に何をしてほしいの? 私に何をくれるの?」
その瞳は、先ほどの少女のような輝きとは違う、自分の腕一本で生きてきた、プロの職人のものだった。俺は彼女のその真摯な問いに、笑みで応える。
「私は、あなたに『相棒』になってほしいのです。私がこのキノコを供給する。あなたには、最高の『作品』を作ってもらう。そしてそれを商人ギルドに納品して代金をもらう。そこから生まれた利益は、私が2割、あなたが8割をもらう。雇用じゃない、対等なパートナーとしての契約です」
俺の提案に、リッカさんは少しだけ目を見開いた。彼女は、今まで商人たちから、下請けとして買い叩かれることしか経験してこなかったのかもしれない。本当は俺は取り分もらわなくてもいいくらいちょっとした金があるんだが、タダより高い物はない。
「……いいわ、乗った」
彼女は、力強く頷いた。
「ただし、条件がある。商品の最終決定権は私にあること。あなたの奇妙なキノコを最高に格好良く使うのは、私だから。それでいい?」
「もちろん。最高のパートナーの判断を、私が疑うはずないでしょう」
俺たちが固い握手を交わした瞬間、工房の片隅で埃をかぶっていた、奇妙な形の椅子が目に入った。まるでリクライニングチェアみたいだな。
「あれは?」
「ああ、失敗作よ」
リッカさんはぶっきらぼうに言う。「背もたれに仕掛けがあって、座る人の体型に合わせて形が変わるんだけど……蝶番の音がうるさくて、誰も買ってくれないの」
それを聞いて、俺はリッカさんと顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、笑い出した。
俺の「自由研究」は、最高のパートナーを見つけたのかもしれない。