転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第28話 防音箱

 ひとしきり笑いあった後、リッカさんは俺に問う。

 

「ヒナビシさんは、このキノコで具体的に何を作りたいんですか?」

 

 その瞳は、もう俺をただの商人として見てはいなかった。同じ夢を見るかもしれない、未来の相棒を見る目に変わっていた。俺はその熱意に応えるように、レーナさんから託された想いを語る。

 

「壁の薄い宿屋や長屋で、隣の生活音に悩まされている人たちの暮らしを少しだけ快適にするための道具……例えば、壁に貼るだけで音が静かになるような。そんなものを作れないかと」

 

 俺の言葉に、リッカさんは一瞬、どこか遠い目をした。

 

「素敵、ですね」

 

 彼女は自分の工房をぐるりと見渡す。

 

「わたしが子供の頃、お父ちゃんは工房で夜遅くまで仕事をしていました。でも、お母ちゃんが病気がちで。わたし、いつも、お父ちゃんが気兼ねなく仕事に打ち込めるように、そしてお母ちゃんが静かに眠れるように、音を消せる壁があったらいいなって、ずっと思ってたんです」

 

 彼女もまた、俺と同じ、いや、それ以上に、この技術を心から求めていたのだろう。

 

「やりましょう、ヒナビシさん! 最高の『静かな壁』、作ってみせます!」

 

 彼女は自分の工房をぐるりと見渡した。そこには、伝統的な家具とは少し違う、独創的で、使う人の暮らしに寄り添うような優しさを感じる作品が、いくつも置かれていた。彼女もまた、俺と同じように、人々の生活を豊かにするものを作りたいと願っていたのだ。

 

「でも、問題はこの素材をどう加工するか、ですね」

 

 彼女は頬に手を当てて考えを巡らせる。

 

「まずは、このキノコがどこまで薄く切れるのか、木材と接着できるのか、試してみないと始まりません」

 

「でしたら、これでどうでしょう」

 

 俺はそう言うと、ストレージからもう一つ、今度は少し大きめのオンパキノコを取り出した。

 

「このキノコは、幸いにも予備が少しあります。この場で、何か簡単なものを作って、素材の性質を試してみませんか?」

 

「いいんですか!?」

 

 リッカさんは、まるで子供がおもちゃを前にしたかのように声を弾ませた。俺たちが最初に作ることにしたのは、ごくごく単純な、小さな木箱だった。一つは普通の木箱。もう一つは、内側にスライスしたオンパキノコを貼り付けた、試作品の「防音箱」だ。

 

 リッカさんの仕事は、見ていて惚れ惚れするほど見事だった。彼女が特殊な薄刃のカンナを手にすると、オンパキノコはまるで紙のように、均一な厚さのシートへとスライスされていく。そのシートを、彼女が調合した接着剤で、寸分の狂いもなく箱の内側へと貼り付けていく。

 

 その間、俺にできることといえば、木屑を掃除したり、彼女が求める道具を手渡したりするくらいだったが、それでも不思議と楽しかった。前職で火のついた現場の応援に行ってわけもわからない生産ラインに組み込まれた時を思い出す。一つの目標に向かって、誰かと一緒に物を作る。その喜びを、俺は改めて知ったのかもしれない。

 

「よし、できましたよ!」

 

 一時間ほどして、二つの木箱が完成した。見た目は全く同じだ。リッカさんは悪戯っぽく笑うと、どこからか小さな鈴を取り出した。

 

「では、実験と行きましょうか」

 

 彼女はまず、普通の木箱の中に鈴を入れ、スライドさせて蓋を閉めてから、箱を振った。チリンチリン、と澄んだ鈴の音が、木の板を通してはっきりと聞こえてくる。

 

 次に、彼女は内側にキノコを貼り付けた「防音箱」に鈴を入れた。そして、俺と顔を見合わせ、こくりと頷いてから、箱を振る。

 

 工房の中は、静まり返っていた。

 

 耳を澄ますと、かろうじて、コロ、コロ、と何かが箱の中で転がるような、くぐもった微かな音が聞こえるだけ。あの甲高い鈴の音は、完全にキノコの壁に吸い込まれて消えていた。

 

「……すごい」

 

 俺とリッカさんは、同時に声を漏らし、そして、腹の底から笑い合った。成功だ。大成功だ。

 

「これならいけます!」

 

 リッカさんが興奮気味に言う。

 

「これなら街中のどんな騒音だって、優しい子守唄に変えられますよ!」

 

 俺たちの「自由研究」は、最高の形で、その第一歩を踏み出した。まだ製品もない。売り先も決まっていない。だが、工房の中には、確かな手応えと、未来への明るい希望が満ち溢れていた。

 

 当初求めていた俺だけが幸せなそこそこの生活とはかけ離れてきたが、俺の能力が世間に認められるのはうれしいのだ。承認欲求ってやつか? 商人だけにってね! ガハハ。

 

 笑えよ。

 

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