転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。 作:菱形の面積
「ど、どうしたんですか!? こんな短時間でシイタケ採取の依頼をこなすなんて!!」
冒険者ギルドの受付嬢が、カウンターから身を乗り出すように叫ぶように言うもんだから自然と注目が集まる。まさか俺、なんかやっちゃいました? シイタケを集めただけだが??
「実は以前から目をつけていた群生地があったんですよ! そこで運よくこの依頼があって助かりました! おかげで今日は天井のある場所で寝られます!」
前世の社会人経験で培った笑顔でさらりと嘘を言うスキルのおかげで、俺は楽々と冒険者ギルドにシイタケを納品して代金を受け取る。シイタケ20本で200エルグ。ギルドで販売していた水から考えた物価的に1エルグが約100円みたいだから、これだけで2万円分の稼ぎだ。それに、まだストレージにはシイタケがたんまり眠っている。たまんねえな。
だが、ここでストレージの中身を全部出すわけにはいかない。そうすると怪しまれるし、何より追い剥ぎが怖い。シイタケ60本で600エルグ、ヒョロヒョロのちゃらんぽらんが持ち歩いていると知ったら暗がりでぶちのめして身包み全部剥がすという世界かもしれない。世紀末かな?
「今後とも良い仕事を続けていきたいと考えていますので、よろしくお願いします!!」
爽やかな笑みを浮かべながら素早くギルドを出る。長居する理由なんてないし、悪い人に目を付けられたら怖い。俺はケンカすらやったことないんだぞ。
夕日が顔を照らす。バタバタした一日だったが、収穫はあった。主にシイタケ。それ以外にはスキルとパークポイント。このスキルがあれば、本格的にキノコを栽培して流通網に乗せることで安定して稼ぐことはできるだろう。だが、そのためにはこの世界のことをより詳しく知らなくては、危ない。タブーがどこに潜んでいるのかわからないし、ひょっとしたら規制されているキノコだってあるかもしれない。
異世界で捕まって縛り首なんて御免だぞ。俺は。
ギルドから出て適当に歩く。水くらいしか飲んでいないので、腹が盛大に鳴った。緊張と興奮で今まで気づかなかったが、一仕事を終えて空腹なんだと実感する。
腹が、減った。
異世界ファンタジーで飯と言えば、酒場だろう。それか食堂。
俺は酒が好きだから酒場に行くことに決めた。決して、酒が飲みたいわけではない。酒場には情報が集まると昔から決まっているのだ。本当に酒が飲みたいわけじゃない。ただ、その、雰囲気がね? 飲む雰囲気ならね? そりゃ飲んじゃうよね?
夕日もそろそろ山に消えるかといったところで、適当な酒場を見つけて転がり込む。むわっとした熱気、酒と肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐった。もうダメだ、飲もう。
「いらっしゃい! ひとりかい? 相席でもいいならすぐに座れるよ!」
給仕だろうか、俺に気づくと一人の女性が迎える。相席かぁ、前世ではあんまり好きじゃなかったけど、この異世界の情報を聞けるなら良いのではないか? しかも、酔っ払い相手だ。怪しまれたら次の日に覚えてないくらいいろいろ飲ませて聞き出してしまえば良い。
「倒れそうなくらい空腹なんで、すぐに座りたいな」
「アッハハ! アンタみたいなヒョロい兄ちゃんは、まず食わなきゃ戦えないよ! さ、こっち座りな!」
豪快な女性に促されて、俺は4人掛けテーブルで男の隣に腰掛ける。既に座っていた3人は俺を上から下まで見渡した。
「お食事中にお邪魔します」
「おう、気にすんな。アンタ、冒険者か?」
「いや、商人見習いっす」
顔を真っ赤にした大男が、呂律の怪しい口調で尋ねる。リーダー格だろうか。
「ジェフ、お水飲んで。また倒れるわよ」
「この前みたいに倒れたら、今度は置いていくからね」
俺の向かいに座っている二人は女性だ。二人とも酔っている感じはない。この三人、どういう関係だろうか。冒険者パーティか?
「商人さんなら酔いを素早く消す薬とか扱ってないですか? うちのリーダー酒癖が悪くてもう困ってるの」
片方の女性が、やれやれと肩をすくめる。
「うーん、ちょっと聞いたことないっすねぇ。何か情報があればお届けします。……申し遅れました。私はヒナビシといいまして、ちょうど今日この町へやってきたんです。それまではあの高い山の向こうで商いをしておりました。ここで会ったのも何かの縁、いろいろとこの町のことを聞かせてほしいですなあ。美しいお嬢さんがたとお話できるだけでも幸せなのに、こうして顔を突き合わせて食事ができるとは男冥利に尽きるってもんです」
芝居がかったセリフだが異世界では珍しいらしく、女性二人はまぁ、と口元を抑えて顔を赤らめた。チョロくね? すると、ジェフと呼ばれた酔っ払い男が豪快に笑った。
「ガハハハハハ! イリスはともかくクロエを口説くなんて見る目がない男だな!! こいつは――」
ジェフがその先を説明するより早く、ジェフの向かいに座っていた女性の拳がジェフの鼻っ柱に突き刺さった。気のせいかちょっとめり込んでないか? 手を戻すと鼻が曲がって血が流れている。鼻以外のところからも流血してない??
「いっでぇええええ!! やりやがったなクロエ!! イリス! 早く治癒してくれ!!」
「しばらくこのままにしておきましょ」
「うん」
こわー……パンチの瞬間見えなかったぞ……ボクサーのジャブより早いんじゃないか?
そんな流血沙汰で始まった食事だったが、俺が頼んだエールと煮込みシチューと串焼きが運ばれてくる頃には、ジェフも治癒魔法でなんとか回復していた。
流血沙汰から始まった異世界初めての食事だったが、30分もすると互いに打ち解けてきていろいろな情報を引き出せた。……こういう風に表現すると悪人みたいだな俺。
まず、この町の名前は「ブドランガ」といい、周囲を数多くのダンジョンに囲まれている。そのダンジョンの恩恵で発展してきたことから冒険者の比率が多い。つまりそれ以外の職業人口が少ないのだ。これは商売をする上でかなり有利になる。なんでかって? 単純に商売敵が少ないのだ。だから素材のキノコ類を売るだけでもかなりの利益になるかもしれない。
ただ、冒険者以外の職業人口が少ないということはキノコ類を買う人口も少ないということで、これはかなり不利だろう。総合するとどっこいどっこいって感じだな。
そしてこの世界、魔法は当たり前に存在するし魔法使いも珍しいわけではない。特殊な能力持ちも存在して、人間以外の種族も存在する。能力の詳細をパーティメンバー以外に明かすのはあまりしない事とのことで、俺のスキルはとりあえず安心して使用できそうだ。ただし、人目につかないところでだが。
だってそうだろ!? 今まで栽培に苦労していたキノコが山ほど収穫できます! なんてなった日には相場は崩壊して俺は極貧! 死ぬ未来が見える!
だから俺は栽培したキノコをゆーっくり市場に流して安定して稼ぐのさ。楽な商売だ。なんてったって元手がゼロなんだもの。
ほかにもいろいろと大変貴重な情報を手に入れられたが、一日中頭を使ったので大変眠い。3人組の冒険者「鉄斧ガントレット」の面々はタフだ。ネーミングセンスどうにかならなかったのか??
さて、長い付き合いになるわけでもないので適当に切り上げることにする。それとなくお会計の金額をそばにいた給仕に聞いて、その半額である50エルグをおいて逃げるように立ち去った。
イリスとクロエは「こんなに受け取れない」と言っていたが、「素敵なお嬢さんたちとの出会いに感謝を込めて」と無理やり握らせた。彼女たちはまた顔を真っ赤にして照れていた。やっぱりチョロくね??
俺は酒場に併設された宿の鍵を受け取り、部屋へ向かう。こうして俺は異世界転生一日目を終えたのだった。