転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。 作:菱形の面積
ヴァレンテが仕掛けた、アイセンタム商人ギルドの電撃的な吸収合併。その報はブドランガの町に空前の好景気と、そして未曾有の混乱をもたらしていた。
ブドランガ商人ギルドの建物は、今やアイセンタム商人ギルドから流れてきた職員たちでごった返し、廊下を歩くにも一苦労するほど活気に満ち溢れている。誰もが、勝利の美酒に酔いしれていた。
たった二人、この世の終わりのような顔をしている、ギルドの幹部たちを除いては。
鑑定室の主、マルコは、もはや鑑定室とは呼べない、ガラクタの山と化した部屋の真ん中で頭を抱えていた。
「なんだこれは」
彼の目の前には、アイセンタムから「資産」として送られてきたおびただしい数の魔法具が、山のように積まれている。金ピカで、悪趣味な宝石が散りばめられ、そしてそのどれもが、制御の甘い魔力をだらしなく垂れ流している。低俗な娼婦のようだと、マルコは吐き気すら覚えた。
「鑑定士のマルコだ」
と、彼は目の前の、人の良さそうな笑みだけが取り柄の、アイセンタムの鑑定士に、死んだ魚のような目で告げる。
「この、『万物を断ち切る伝説の聖剣』とやらの、どこに『価値』があるのか、説明してもらおうか」
「は、はい! ご覧ください、この力強い魔力の輝き! まさに一級品でございましょう!」
元王都の鑑定士が、胸を張って一本の剣を掲げる。その剣は、ブンブンと唸りを上げながら、刀身が虹色に明滅していた。質問にすら答えていないではないか。
マルコは、こめかみをピクピクと痙攣させながら、その剣を指先で弾いた。キン、と、黒板を爪で引っ掻いたような、不快な音が響き渡る。
「……ただ鳴っているだけだ。この程度のものなら誰でも作れる。付与された『鋭利化』の魔法も、素材の質が悪いせいで、効果が安定しておらん。こんなもので斬れるのは、せいぜいバターまでだ。等級、ゴミ。次」
「そ、そんな……!」
「不満ならばそれで腹でも切れ! できんだろうがな!!」
マルコの怒声が響き渡る。彼はこの数日、来る日も来る日も、このガラクタの山と、そして、このガラクタを「一級品」と呼んで憚らない、元王都の能天気な鑑定士たちの再教育に追われていた。彼の、物の魂を見抜く繊細な鑑定眼は、安物の魔力に当てられすぎて、今や、ただの乱視になりかけていた。
「(本物に触れたい……)」
彼の脳裏に月雫のポーションの、純粋で、清らかな魔力の感触が蘇る。あれこそが「本物」だ。それに引き換え、今目の前にあるのは、わざと粗悪品を作ったのではないかと言うようなゴミだけだ。
「マルコ様! こちらの『賢者の竪琴』は、いかがでしょう!?」
ビブラートのかかった、ひどい音が竪琴から流れ出した。マルコはついに、何かがキレる音を、自分の中で聞いた。
一方、錬金術部門の長フィリアスもまた、静かな地獄を味わっていた。
エルフである彼は、本能的には静寂と秩序を何よりも愛する。だが、今の彼の研究室は、旧王都ギルドからやってきた、騒々しくて、手際の悪い錬金術師たちによって、無秩序の荒野へと成り果てていた。
「所長! ポーションの色がレシピ本と少し違うのですがどうしてですか!?」
「フィリアス様! ビーカーの底が抜けました!」
「先生! 混ぜる順番、これで合ってましたっけ!?」
四方八方から飛んでくる、赤子のような質問の嵐。フィリアスは、瞑想でもするように、目を閉じて、その全てを無視していた。
彼の意識は、ただ一点。目の前で、水晶の蒸留器から、一滴、また一滴と落ちる、「月雫のポーション」の原液にのみ、注がれていた。
元からブドランガで錬金術に携わっていた職員は、最初こそ手助けをしていたのだが、鼻持ちならない態度にすっかりと愛想を尽かしてして無視を決め込んでいた。
「(……静かに。呼吸を合わせるのだ)」
その究極の集中を、背後からの能天気な声が打ち破った。
「フィリアス様! やりました! 新人一同、協力しあって、ついに、最高品質の回復薬を完成させましたぞ!」
元アイセンタムの錬金術師たちが、得意げな顔で、完成したポーションの棚を、ガラガラと押してきた。その棚にはたった一本のポーションだけが収まっている。フィリアスはゆっくりと、そこ一本を手に取ると、コルク栓を抜き、香りを一嗅ぎしただけで、静かに、しかし、有無を言わせぬ威厳で告げた。
「やり直しだ」
「ええっ!? なぜです!?」
「有効成分のほとんどが揮発している。これは、ポーションではない。ただの、少し気の利いた薬草風味の水だ。全て廃棄しろ」
「そ、そんな! お慈悲を……」
「私に従えないのならばここで任せる仕事はない」
絶望に顔を歪ませる部下たちを尻目に、フィリアスは、そっと窓の外に目をやった。
その時だった。
研究室の扉が、乱暴に開かれた。そこに立っていたのは、鬼のような形相のマルコだった。
「フィリアス! 茶を……一番良い茶を淹れてくれ! もう我慢ならん……!」
「マルコ。お前もか」
二人の老練な、そして気難しいマイスターは、互いの、疲労と絶望に満ちきった顔を、ただ黙って見つめ合った。
そして、どちらからともなく、同時に、同じ結論に辿り着いた。
「……飯でも食いに行くか」
自分たちの地獄から逃げ出すため、二人は肩を並べて急ぎ足で外へと歩き出した。アイセンタムの錬金術師たちは金魚のフンのように二人に付きまとおうとしたが、元からブドランガに所属していたギルド職員達から壮絶に詰められて涙を浮かべていた。