転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第35話 クソ強ポーション(劣化版)

 ここ三ヶ月、ブドランガの冒険者ギルドはかつてないほどの熱狂に包まれていた。今まで踏破不可能とされていた高難易度のダンジョンが、次々と最深部まで攻略されているのだ。その快進撃の中心にいるのは、ギルドでもトップクラスの実力を持つ、Sランクのパーティーたち。

 

 そしてその力の源は、商人ギルドが新たに開発した「月雫のポーション」だ。

 

 効果から考えれば破格の値段だが、それでも普通の冒険者が使用するにはあまりにも高価すぎる。ただし、「劣化版の」ポーションをヴァレンテから大量に融通してもらった鉄斧ガントレットだけは話が違っていた。

 

「来るぞ! 全員魔法に備えろ!」

 

「嘆きの霊廟」の空気は以前と変わらず、死のように冷たく淀んでいた。だが、鉄斧ガントレットの三人の心は以前とは全く違っている。かつてこの場所で味わった死の恐怖は、今や鋼のような自信へと変わっていた。

 

 最下層の玉座の間。主であるエンシェントリッチを前に、ジェフの怒声が響き渡る。生者から魔力と生命力を吸い取る最悪のアンデッド。以前、彼らはこのボスを前にして、命からがら逃げ帰った苦い記憶がある。

 

 リッチの骨ばった両腕がゆっくりと掲げられる。紫色の、禍々しい魔力が渦を巻き始めた。広範囲の呪詛魔法の発動直前だ。

 

「イリス!」

 

 クロエの鋭い声が飛ぶ。だが、イリスは以前のような悲壮な覚悟を浮かべてはいなかった。彼女は静かに、そして絶対的な自信を持って、詠唱を始める。

 

 そして詠唱が完了すると、黄金の光のドームがパーティー全員を包み込む。ほぼ同時にリッチから放たれた紫黒の呪詛が、聖域の壁に激突し、絶叫のような耳障りな音を立てて霧散した。

 

 以前なら、この一撃を防いだ時点でイリスは魔力欠乏に陥り、勝負は決していた。だが今の彼女は違う。

 

 聖域を展開したまま、イリスは腰のポーチから、あの小さな水晶の小瓶を静かに取り出す。そしてその中身、劣化版の「月雫のポーション」を、ゆっくりと一口だけ飲み込んだ。

 

 それは通常のマナポーションが持つ、荒々しい魔力の奔流ではなかった。まるで、清らかな泉の水が、魂に染み渡るように、消耗しきっていたはずのマナが、静かに、しかし、圧倒的な勢いで満たされていく。

 

 エンシェントリッチが、ありえないものを見るかのように、ありありと驚愕の感情を現した。目の前の少女からは、先ほどとは比べ物にならないほどの圧倒的な聖なる魔力が、再び立ち上っているのだ。

 

「クロエ! ジェフ! 今!」

 

 イリスの号令を合図に、ジェフが雄叫びを上げて突進する。その背後からクロエが疾風のように駆け抜けた。

 

「まだ! まだ足りない!」

 

 イリスは二人が時間を稼いでいる間に、もう一度、そしてもう一度、光のドームを展開する。黄金の光のドームが、三重、四重にも重なり合い、その聖なる光の奔流は、もはや防御魔法ではない。アンデッドであるリッチの骨身を焼き尽くす、浄化の炎と化していた。

 

 エンシェントリッチが陽炎のように揺らめき、動きが鈍ったその一瞬の隙を、クロエは見逃さなかった。

 

「もらった!」

 

 鋼鉄のガントレットが唸りを上げ、リッチの胸郭に叩き込まれる。聖なる光によって脆くなった骨は、爆ぜるように粉々に砕け散った。そして間髪入れずに、ジェフの大斧がリッチの脳天に振り下ろされ、たやすく両断した。

 

 断末魔の叫びさえなく、永い永い時を刻んできたエンシェントリッチは、黒い粒子となって、静かに消滅していった。

 

 以前は、死さえ覚悟した撤退。それが今やたった数分で、しかもほぼ無傷での圧勝に終わったのだ。

 

 静まり返った玉座の間で、三人はぜえぜえと肩で息をしながら、互いの顔を見合わせた。

 

「信じられねえ。イリス、お前、光のドームを四回もぶっ放しやがったぞ」

 

「このポーションがあったから。マナの許容量以上に澄んだ力が、流れ込んでくる」

 

「それって体に害はないの?」

 

 クロエの問いに、イリスはふるふると首を横に振った。

 

「しいて言えば、溢れた分の魔力を使い切らないと、目が冴えて眠れそうにないくらい。だからいつも一口ずつ飲んでる」

 

 その可愛らしい副作用に、三人はどっと笑い出した。クロエは空になった小瓶を、そっとイリスの手から受け取る。

 

「ただの道具じゃないわね。闘いのルールそのものを変えてしまう力だわ」

 

 彼らは、改めて、自分たちが手にしているものの、とてつもない価値と、そして、少しばかりの恐ろしさを実感していた。

 

「さて、と」

 

 ジェフは、玉座の間に山と積まれた宝物へと、目を向ける。

 

「こいつを持って帰って、ヒナビシに最高の土産話を持って行ってやらないとな」

 

 クロエも、イリスも、力強く頷いた。

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