転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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閑話 ブドランガにおけるアイセンタムの変質について

 我が友クラウスへ。

 

 ブドランガの空の下で筆を取るのはこれで何度目になるだろうか。君に宛てた最初の手紙で、私はこのギルドの幹部たちを「怪物」と評した。その評価は今も変わらない。彼らは間違いなく、我々のような常人とは全く違う理で動く、恐るべき存在だ。

 

 だが、ここ数日で、私と、そしてここへ連れてこられた元王都の同僚たちに、奇妙な変化が起き始めている。それを君に伝えたい。

 

 我々は怪物の巣で生きるうちに、その流儀を学び、そして、少しずつ、我々自身もまた、変質し始めているのだ。

 

 繰り返しになるが、これから記すのは、今はブドランガにいる、王都の元同僚から聞いたことだ。全てが真実だとは限らない。

 

 第一の変化は、「鑑定室」で起こった。

 

 君も知っているだろう? 王都の鑑定士たちの悪癖を。彼らは物の価値を、その来歴や持ち主の権威、そして何より「そうであってほしい」という願望で判断していた。

 

 だが、ここでの支配者、鑑定士マルコは、そんな感傷を一切許さなかった。彼は当初、我々が「至宝」として持ち込んだ資産の山を、文字通り「ゴミの山」として一蹴した。王都の鑑定士たちは、当然、激しく反発した。だが、マルコの目は、本物だった。彼が「水につけて三日置けばただの石ころになる」と断じた魔石は、本当に三日後に輝きを失ったのだ。

 

 それからというもの、マルコの鑑定室は、さながら地獄の特訓場と化した。彼は、王都の鑑定士たちに、毎日、何百という数の素材や道具を、ただひたすらに鑑定させ続けた。少しでも鑑定額を誤れば怒声が飛ぶ。誰もが、彼の完璧主義に音を上げたが、逃げることは決して許されなかった。

 

 だが、先日のことだ。一人の若い鑑定士が、山と積まれた銅鉱石の中から、たった一つだけ、微量のミスリルを含んだ鉱石を自力で見つけ出したのだ。彼は、震える手でそれをマルコに差し出した。マルコは、それを一瞥すると、「よし」と一言呟き、こくりと一つ、頷いた。

 

 その瞬間、鑑定室にいた元王都の職員たちの間に、歓声が上がったのだ。まるで、戦に勝利したかのように。あのマルコに、認められた。その事実が、彼らにとって、どんな褒賞よりも価値あるものに変わっていたのだ。彼らは、もはや、物の値段を見ているのではない。マルコがそうであるように、物の奥に眠る「真実」を見出そうとする、本物の職人の集団へと変貌しつつあった。

 

 第二の変化は、「研究室」で起きている。

 

 錬金術師フィリアスの神殿。そこは、王都の錬金術師たちにとって、絶望と、そして、生まれて初めての「創造の喜び」を味わう場所となったようだ。

 

 王都での錬金術師の仕事は、レシピ通りに素材を混ぜ合わせるだけの単なる「作業」だった。だが、フィリアスは、我々にレシピを渡さない。彼は、ただ結果だけを提示するのだ。

 

「この回復薬の効果を三倍にしろ。ただし、材料費は半分に抑えろ。期限は、八日後だ」

 

 無茶苦茶だ。誰もがそう思った。これを書いている素人の私ですら不可能だと思う。だが、彼らは、初めて自分たちの頭で考え始めた。薬草の組み合わせを変え、煮出す時間を調整し、今まで誰も見向きもしなかった素材の可能性を探る。失敗の連続。小さな爆発。異臭。研究室は、連日、戦場のようだったという。

 

 彼らは自らの傲慢さと無力さに気づき、当初歯牙にもかけずに見下していたブドランガ所属の錬金術師たちに謝罪と、助力を申し出た。

 

 そして昨日。ついに一つのチームが、全く新しい調合方法を発見し、フィリアスの要求をクリアしてみせたのだ。フィリアスはその報告書を黙って受け取ると、ただ一言、こう言ったそうだ。

 

「……それで? なぜ、その調合で効果が三倍になった? その理由を私に説明してみろ」

 

 王都のギルドでは、誰も「なぜ」とは問わなかった。結果さえ出れば、それで良かったのだ。だが、このエルフは、結果ではなく、「なぜ」という真理を求める。我々は、ここで単なるポーション作りではない、「錬金術」という学問そのものを、ゼロから叩き込まれているのだ。

 

 そして、これを書いている私自身も変質しているのだろう。

 

 会計官リリア様の元で、私は今、旧ギルドの資産整理と、新たな事業の予算管理を任されている。彼女の帳簿に曖昧な数字は一つもない。全ての数字が、冷徹な事実として、寸分の狂いもなく、未来の利益へと繋がっている。彼女の下で働くうちに、私は、今まで自分が、いかに杜撰で、非効率な仕事をしてきたかを、骨の髄まで思い知らされた。

 

 先日、新しい事業計画の予算案を作成した。「キノコの栽培計画」。到底不可能なように思える。だがリリア様は、それに、莫大な投資をすることを、即座に承認した。

 

「この事業はすぐには実らないでしょう」と彼女は言った。「ですがいつかは必ず実を結びます」と。

 

 もはや私には、彼女たちの思考の、ほんの入り口さえも理解できない。

 

 クラウス、君にこの変化が伝わるだろうか。我々はもはや、王都にいた頃の、ただの凡庸なギルド職員ではない。怪物たちの下で、我々自身もまた、異常な速度で、異常な方向へと、「成長」させられているのだ。

 

 仕事は、以前の何倍も厳しい。だが、不思議なことに、ここには、王都にはなかった「誇り」がある。

 

 私は、この怪物の巣で、もう少し、あがいてみようと思う。

 

 君の友人、アルベルトより。

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