転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第39話 偶然ってすごいね(白目)

 凄まじい経済戦争のせいか、俺の心はここのところ、どんよりと曇っていた。そんな俺の気分を晴らそうとしてくれているのか、リッカさんが、先日俺が洞窟で見つけた雑多なキノコたちの仕分けを手伝ってくれている。

 

 普通なら赤の他人に手札を見せるようなことはしないのだろうが、ビジネスパートナーなのだ。使える手札は使って、価値に変えなくては宝の持ち腐れというもの。ただし、リュウケツダケの存在だけは隠し通している。

 

 工房には金槌の軽快な音と、リッカさんの楽しげな鼻歌が響いている。

 

「それにしても、ヒナビシさんの見つけてくるキノコは面白いものばかりですね」

 

 彼女は、金槌で叩いてもびくともしない、貝殻のようなキノコ……キノコ大百科によれば「シジマタケ」というらしいものを、カチカチと石のように鳴らしながら子供のようにはしゃいでいる。その純粋な好奇心に満ちた姿を見ていると、俺の心も、少しずつ、軽くなっていくようだった。

 

 防音衝立を完成させたリッカさんは、このところ、新しいデザインの丸テーブルの製作に夢中だった。寸分の狂いもない、完璧な「真円」の天板を作るのだと、息巻いている。

 

「うーん。やっぱり、木材を曲げるのって、難しい! お父ちゃんならうまくやるのかな?」

 

 彼女は、蒸気で柔らかくした木材を型枠に沿わせて固定しようと、悪戦苦闘していた。俺は、その手伝いをしようと、彼女が使う『にかわ』の壺を温め、隣に立っていた。

 

「リッカさん、にかわ、温まりましたよ」

 

「ありがとうございます! ちょっと、そこの木屑を……あっ!」

 

 俺が声をかけた瞬間、彼女がそちらに気を取られて体勢を崩した。その拍子に彼女の手が作業台にぶつかり、温めたばかりのにかわの壺が、ガシャンと音を立ててひっくり返る。

 

 べちゃーっ、と、粘着質の液体が、山盛りの木屑と、そして、先ほどまで彼女が遊んでいた、石のように硬いシジマタケの上に、無残に広がってしまった。

 

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……ぷっ」

 

「あはははは!」

 

 どちらからともなく、俺たちは、吹き出した。工房中に、俺たちの、間抜けで、そして、底抜けに明るい笑い声が響き渡る。

 

「もう、今日は、おしまいですね」

 

「ですねえ」

 

 リッカさんは顔を真っ赤にしながら言った。俺たちは、その日はもう作業をやめて、めちゃくちゃになった作業台のことは、明日の自分たちに任せることにした。もうどうにでもなーれ。

 

 おはようございまーす。翌日である。俺が工房を訪れると、リッカさんが作業台の一点を、真剣な顔でじっと見つめていた。

 

「おはようございます、リッカさ」

 

「ふんぬっ!」

 

 ガチン、という音とともにノミが飛んできた。なんで??? 

 

「うわっ!?」

 

 間一髪で避けたが、ノミは俺の顔の横の壁に深々と突き刺さっている。少しずれてたら俺の顔面に穴が開くところだったな。

 

「ウワーーーーッ!!!」

 

「あ、ヒナビシさん、おはようございます。それ、気をつけてください。跳ね返ってくるので」

 

「はね……?」

 

 リッカさんはこともなげに、そう言った。彼女の横には、刃こぼれしたノミが数本、無残に転がっている。そして彼女が格闘している相手は、昨日俺たちがやらかした、にかわと木屑とキノコの塊だった。

 

「こいつ、昨日からずっとこうなんです。ノミで叩いても、刃の方が欠けちゃうし……」

 

「そんなに硬いんですか?」

 

「ええ。だから、もう、こうなったら、意地でも……!」

 

 彼女は、一番大きな木槌を、力いっぱい、振り上げた。「ええい!」という、可愛らしい掛け声と共に、木槌が、黒い塊に叩きつけられる。

 

 カンッ! 

 

 凄まじい衝撃音と共に、木槌はまるで、鋼鉄の床でも叩いたかのように猛烈な勢いで跳ね返り、リッカさんの顔面スレスレを通り過ぎて工房の壁にゴツンと激突した。

 

「ひゃっ!?」

 

「あぶねっ」

 

 リッカさんは、目を白黒させながら、へなへなと、その場に座り込んでしまった。

 

「……だ、大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫です……。それより、ヒナビシさん、見ましたか、今……? 木屑とにかわが固まっただけの塊が、鋼の木槌を、跳ね返したんですよ?」

 

 彼女は、震える指先で、塊の中に、粉々になって混ざっている、シジマタケの欠片を指し示した。

 

「原因は、こいつです。昨日偶然、私の不注意で、木屑と、にかわと、このキノコが混ざった。その時何かとんでもない反応が起きたんです! このキノコは、最高の『硬化剤』なんですよ!」

 

 その瞳は、もはや、ただの職人のものではなかった。探究者の瞳だった。フィリアスさんみたいだあ。

 

 俺たちはすぐに、その偶然を必然に変えるための実験を開始した。俺が石臼でシジマタケをペースト状にし、リッカさんが、木屑の粒子の細かさや、膠の濃度を調整していく。

 

 工房の中は、粉と、木屑と、俺たちの笑い声で、めちゃくちゃになった。だが、その時間は不思議なほど楽しかった。重く沈んでいた俺の心も、彼女の創造への情熱に引っ張られるように、すっかり晴れ渡っていた。

 

 そして、夕暮れが近づき数時間後。俺たちはついに、完璧な配合比率を発見した。

 

 型枠から取り出された一枚の黒い板。それは、木屑とキノコから生まれたとは思えないほど、緻密で、そして美しい、全く新しい素材だった。

 

「やりましたね、リッカさん」

 

「ええ! やりましたよ、ヒナビシさん!」

 

 俺たちは子供のように、ハイタッチを交わした。会社の飲み会でこういうことやったらキャラが違うってドン引きされたっけなあ。

 

 俺は、その黒い板をそっと、手に取った。月雫のポーションは、確かに、ギルドに富と、勝利をもたらした。だがそれは血と謀略の匂いがする。

 

 けれど、この名もなき黒い板はどうだ。これさえあれば、人々の暮らしをもっと安全に、もっと豊かに、そしてもっと、温かいものにできるかもしれない。

 

 そうだ。これだ。これこそが、俺が、この世界で、本当に、やりたかったことなんだろう。

 

 俺は、隣で同じように興奮と喜びに打ち震えている、最高の相棒の顔を見て、心の底から、笑った。

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