転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第42話 パンドラの箱

「よしできた!」

 

 家のリビングで俺は叫んだ。何を隠そうようやくキノコ栽培のための手順書が書きあがったのだ。とはいえ、キノコ大百科の説明をより簡単に、理解しやすくしただけなので大した苦労ではない。じゃあなんでこんなに時間が経ってるんだって? 黙ってろ。泣くぞ。

 

 ともあれ、これだけではキノコ栽培はできない。俺のチートスキルみたいに一朝一夕でキノコがポンポン収穫できるはずはないのだ。このへんの調整は責任者に任命されたカミュさんとすり合わせてまずは実験的に行い、徐々に広めていく必要があるだろう。

 

 最初の栽培品目はシイタケ、シメジ、マイタケの三種類にした。俺にとってなじみ深いキノコだし、なによりレーナさんにキノコ鍋の話をしてからというもの俺もキノコ鍋が食べたくてしょうがないのだ。あー春菊と豆腐と肉と一緒に食べたい!!

 

 まあこの異世界では無理だろうね、なんてちょっとばかしセンチメンタルな気分になりながら、カミュさんと相談するべく商人ギルドへ向かった。

 

 女性職員に案内されてカミュさんを訪ねると、彼は新しく割り当てられた執務室で神経質そうに書類と格闘していたが、俺の姿を目にするとはじかれたように立ち上がった。

 

「これはこれはヒナビシ殿。先日はお食事までごちそうになってしまい……」

 

 ペコペコと頭を下げるが、顔に疲労は見えない。よしよし、しっかり休んでくれているようだ。

 

「全然気にしないでくださいよ。同じ目標に向かって進む仲間じゃないですか。さて、今日はついにキノコの栽培方法をまとめた資料をお持ちしました。とある筋から手に入れた、確かなものですよ」

 

 正直な話スキルのことを隠す必要はないのだが、人の口には戸が立てられない。カミュさんに限ってそんなことはないだろうが、うっかり誰かの耳に入った瞬間にこの俺のスキルは瞬く間に周囲に広まってしまう。そうなればホントに命の保証なんてない。

 

 俺の差し出した資料をカミュさんは恭しく受け取り、そして神経質そうに文字に目を通す。

 

「まずはギルドの一部分で試験的に栽培を、と思っているのですが――」

 

「必要ありません」

 

 カミュさんは震える声で俺の言葉を遮る。俺、なんかやっちゃいましたか??

 

「これほどまでに詳細に記述されているのであれば、栽培の魔法を用いてすぐに実証できます」

 

 栽培の魔法なんてあんの!!?

 

「栽培の魔法があるなら、キノコ栽培なんてとっくに実用化されているんじゃないんですか?」

 

 おもったことが口に出てしまう。だってそうだろ!? だが、カミュさんはゆっくりと首を横に振った。

 

「栽培の魔法と名前がついていますが、実際のところは成長促進魔法です。ですから発生と生育の条件が整わなければ効果を発揮しないのです」

 

 どうしよう、俺とんでもなくまずい事業に足を突っ込んだのかもしれない。パンドラの箱を開けてしまったようだ。

 

 俺の顔からサァーっと血の気が引いていくのがわかる。

 

 成長促進魔法。文字通り植物の時間を進める魔法だろう。今までそれがキノコに使えなかったのは、単に「どうすればキノコが生えるか」という具体的な条件――湿度、温度、原木の種類、菌の植え付け方――が分からなかったからだ。闇雲に時間を進めたところで、条件が合わなければ木は腐るだけだろう。

 

 だが、俺が渡したこの「手順書」には、その答えが全て書いてある。

 

「カミュさん、ちょっと待ってください。その魔法っていうのは誰でも使えるんですか? 高位の魔術師じゃないと無理とか、魔力を大量に消費するとか……」

 

 俺は縋るような思いで尋ねる。コストがかかりすぎるなら、まだ大量生産への抑止力になる。

 

「いえ、栽培の魔法は生活魔法の延長にある極めて初歩的なものです。農村の子供でも才能があれば使えますし、魔力の消費も微々たるものです」

 

 終わった。

 

 低コスト、低難易度、そして俺の提供した完璧なマニュアル。

 

 これらが組み合わさった時に何が起きるか。無限キノコ編の始まりである。

 

「すぐに実験しましょうヒナビシ殿! ギルドには専属の魔術師が常駐しています。地下の空き倉庫を使えば、手順書にある『湿度が高く薄暗い場所』という条件も満たせます!」

 

 カミュさんの目が、かつてないほどギラギラと輝いている。いつもは胃薬を常備していそうな神経質な彼が、今は獲物を見つけた肉食獣のようだ。これが商人の性なのか、それともレーナさんの薫陶を受けた結果なのか。

 

 俺の制止も聞かず、彼はベルを鳴らして部下を呼びつけると、矢継ぎ早に指示を出し始めた。

 

「原木の手配を! 種類はナラかクヌギ! 数は十本! それと魔法班から手の空いている者を至急地下倉庫へ! あと水を桶に五杯!」

 

「あ、あの、カミュさん? もう少し慎重に」

 

「慎重? ええ、もちろんですとも! ヒナビシ殿の資料にある通り、寸分の狂いもなく条件を整えます!」

 

 違う違う、そうじゃ、そうじゃない。

 

 俺が言いたいのは市場への影響とか俺の心の準備とかそういう社会的な慎重さの話であって、実験手順の正確さの話ではないのだ。

 

 だがカミュという暴走機関車はもう止まらなかった。俺はあれよあれよという間にギルドの地下倉庫へと連行されてしまった。

 

 薄暗い地下倉庫には、カミュさんの手配した原木と水、そして少しおどおどした若い女性の魔術師が待機していた。

 

「あ、あの……栽培の魔法でキノコを育てるんですか?」

 

 彼女も困惑している。そりゃそうだ。普通は野菜とか花とかに使うものなのだろう。

 

「ええ、頼みます。この資料の通りに原木に傷をつけ、シイタケの根元を植え付けました。あとは水を十分に含ませてあります。君にはこの原木に対して、優しく、時間を促すように魔力を流してほしいのです」

 

 カミュさんが俺のマニュアルを見ながら的確に指示を出す。

 

「は、はい。やってみます」

 

 魔術師の女性が杖を構え、湿った原木に向ける。

 

 俺は心の中で祈った。失敗しろ。せめて「なんか生えてきたけど小さい」くらいで終わってくれ。

 

 淡い緑色の光が杖の先から放たれ、原木を包み込む。

 

 最初は何も起きなかった。

 

 だが、数秒後。

 

 ポコッ。

 

 原木の表面が小さく盛り上がった。

 

 俺の心臓が嫌な音を立てる。

 

 次の瞬間、まるで早送り映像を見ているかのような光景が目の前で繰り広げられた。

 

 たった一つのキノコとはいえ、あっという間に生えてしまった。

 

「ひぃっ!?」

 

 魔法を使った本人が悲鳴を上げて後ずさる。自分の魔法でこんな怪奇現象が起きたらそりゃ怖いだろう。俺だって怖い。

 

 だが、ただ一人、カミュさんだけは違った。

 

「素晴らしい!!」

 

 彼は震える手で、原木に生えたシイタケに触れた。

 

「ヒナビシ殿、これは革命です! 農業革命です!」

 

 カミュさんがバッと俺を振り返る。その目には感動の涙すら浮かんでいた。

 

「この技術があれば、天候に左右されず、狭い土地でも、食糧を無限に生産できる! 飢饉など過去の言葉になるかもしれません! ヒナビシ殿、あなたは救世主だ!」

 

「いや、あの、俺はただ美味しいキノコ鍋が食べたかっただけで……」

 

「ご謙遜を! すぐにマスターへ報告書を上げましょう! そしてギルド主導で大規模な栽培農園を建設し、農村に技術指導員を派遣して――」

 

「待って!! ストップ!!」

 

 俺は思わず叫んでいた。これ以上カミュさんの妄想を走らせてはいけない。このままでは俺は「キノコの神」として祭り上げられ、過労死するまでマニュアルを書かされる未来が見える。それに何より、急激な変化は必ず反動を生む。

 

「カミュさん、落ち着いてください。革命というのは、時にギロチンを生むんですよ」

 

「ギロチン?」

 

「いいですか、いきなりこんな技術を公開したらどうなります? 農作物の価格は大暴落、市場は大混乱です。俺たちが目指すのは『みんなが幸せになること』であって、経済を破壊することじゃないですよね?」

 

 俺が必死に説得すると、カミュさんはハッとして口元を押さえた。

 

「た、確かに……。ヴァレンテ様がいらっしゃったら、『愚か者』と一喝されるところでした……。申し訳ありません、あまりの成果に我を忘れておりました」

 

 よかった、話の通じる人で。カミュさんは深呼吸をして、いつもの神経質な表情に戻る。

 

「では、どう進めるのが最善とお考えですか? ヒナビシ殿」

 

「どうしましょうね……とりあえずはいったん持って帰らせてください」

 

「わかりました。私も考えてみます。ですがこの手順書、本当に素晴らしいですね」

 

 カミュさんは愛おしそうに俺の手順書を撫でている。俺のキノコ大百科のおかげとはいえ、ここまでやれとは言ってないんだがな。

 

「とりあえず、今日はもう帰って寝ます。何か思いついたらすぐに報告しますよ」

 

 ゲロ吐きそうなくらいな後悔のなかで、やっとのことで俺はそれだけの言葉を絞り出した。

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