転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

49 / 56
第45話 リュウケツダケ

 夜。図書館の建築計画に、俺は満足感を覚えながら自宅の柔らかいベッドで眠ろうとしていた。よーし、これで暇つぶしできる施設ができるぞ。なんて考えていたが、ふと気づいてしまった。

 

 もしかして俺、かなりタスクを抱え込んでないか???

 

 冷や汗がじっとりと背を濡らし、嫌な予感に心臓が早鐘を打つ。横になったまま、俺は今持っている仕事を思い出し始める。

 

 まずは何といっても、ゲッコウダケをはじめとするキノコの納品の仕事がある。フィリアスさんが開発した月雫のポーションの原料であり、俺の最大の収入源だ。これに関してはスキルを使って無尽蔵に育てられるから大した手間ではない。

 

 次に、カミュさんに責任者をしてもらっているキノコの栽培方法の普及。手順書を作成してカミュさんとリリアさんに丸投げしたから、あとはあの二人に任せてしまっても問題ないか?

 

 あとは、リッカさんとの新素材、新製品の開発の仕事もある。防音パネルやあの黒い板状の新素材はギルドが一括して買い上げてくれている上に、俺の懐にも無視できないほどの金額が振り込まれている。リッカさんやギリアムさんはしきりに俺にお礼を言ってくれているが、俺は何もしてない。本当に何もしてない。

 

 最後に、本日決まった図書館の建築計画。これもオリヴィアさんに丸投げしたから、俺は抱えきれない資金をレーナさんを通して投資するだけでいいはずだ。

 

 今のところ、俺に責任のある仕事なんてないはずなんだ。なのになんだ、この胸騒ぎは? 

 

  胸騒ぎの正体を探るように、俺は天井の木目をじっと見つめた。

 責任ある仕事はない。全部、優秀すぎるパートナーたちに丸投げしている。俺はただの「素材提供係」であり「資金源」だ。それが俺の望んだポジションであり、最も安全な立ち位置のはずだ。

 

 だが、本当にそうか? 脳裏に、ヴァレンテの言葉が蘇る。

 

「君はキノコの供給源という、巨大な川の『水源』を握っている」

 

 水源。そうだ、俺は水源だ。じゃあ、もし水源が枯れたらどうなる?

 

 フィリアスの研究は止まる。月雫のポーションの供給は絶たれる。

 

 カミュの進める農業革命は頓挫する。期待した農民たちは路頭に迷うかもしれない。

 

 リッカの工房は、新素材が入らずに休業に追い込まれる。

 

 そして、建設予定の巨大図書館。着工した後に俺の資金が尽きたり、ギルドとの関係が悪化したりしたら、巨大な建物はただの廃墟と化す。

 

 俺一人が転んだら、この街の経済の、かなりの部分が一緒に転ぶ構造になっていないか???

 

「……おっも」

 

 物理的な重さではない。精神的な重圧が、ふわりとした羽毛布団の上から俺を押しつぶそうとしていた。俺は「暇つぶし」や「責任回避」のために丸投げしたつもりだった。だが、それは逆に言えば、彼ら全員の運命を、俺というたった一本の頼りない糸で繋いでしまったということだ。

 

 しかも、俺のパートナーたちは全員「怪物」だ。彼らは俺の予想を遥かに超える速度と規模で事業を拡大していく。つまり、俺にかかる負荷も、加速度的に増していくということだ。

 

「これ、もしかして……もう逃げられないやつか?」

 

 のんびりスローライフ? 隠居? そんなものは、夢のまた夢。俺は、自分で作った巨大な回し車の中を、死ぬまで走り続けるハムスターになる運命なのでは?

 

 背筋が凍る。今さら気づいた。俺は最強の布陣を敷いたつもりで、自分自身を最強の檻に閉じ込めてしまったのかもしれない。

 

 ガバッと起き上がる。寝ていられない。不安を打ち消すためには、何か行動を起こすしかない。そうだ、現状を確認しよう。もっと具体的な、最悪のケースを想定して、対策を練るんだ。

 

 俺はベッドから這い出し、机に向かった。羊皮紙を広げ、震える手でペンを走らせる。

 

『リスク管理表』

 

 1.キノコ栽培スキルの消失、または減退。

  →対策:在庫の大量備蓄(実行中だが、消費スピードが上がっているため不安)

 2.誘拐、暗殺。

  →対策:どうしようね?

 3.過労死。

  →対策:ほどほどに休む?

 

 書けば書くほど、不安が増していく。

 特に「3」だ。俺は何もしていないようで、精神的には常にフル稼働している。リッカさんとの工房での作業は楽しいが、あれだって立派な労働だ。

 

「……癒やしが必要だ」

 

 俺はペンを置いた。このままでは、ストレスで胃に穴が開く。異世界に来てまで胃薬のお世話になるのは御免だ。

 

 何か、心を落ち着けるもの。金や権力や責任とは無縁の、ただ純粋に俺を癒してくれるもの。

 

 窓の外を見る。月が綺麗だ。月雫のポーションの輝きに似ているが、今の俺にはそれが「納期」の光に見えてしまう。

 

その時、不意にガリッ、と。静まり返った裏口で、硬い爪が木を削るような音が響いた。

 

「(ビビるな……中心部からは離れてるが、ここはブドランガの町中だぞ)」

 

 自分に言い聞かせ、護身用のナイフを手に裏口を開ける。

 

 そこにいたのは、大型の犬だった。いや、普通の犬じゃない。深い緑色の毛並みに、頭部にはシカのような二本の角。そして、腹部から流れる血が地面を汚し、荒い息を吐きながら倒れ込んでいた。

 

 その姿を見た瞬間、俺は前世の記憶を呼び起こされていた。祖母ちゃんの家で飼っていたラッキーという大型犬。遊びに行くたび、ちぎれんばかりに尻尾を振って飛びついてきた最高に可愛かったあいつ。中学生の時に事故で死んだ、あのかわいい犬。

 

「なん……っ!」

 

 思考が白濁するが、体が先に動いた。放っておけばこの犬は死ぬ。それだけは絶対に、絶対に嫌だ。

 

 増殖ストレージを開き、しまい込んだままにしていたリュウケツダケを取り出す。どうせ持て余すんだ。これを使わずに死なせたほうが後悔する。キノコ大百科の解説を確認した。

 

【生命力の塊そのものであり、最高位の回復薬・霊薬の材料となる。他の薬草とは比較にならないほどの強力な再生作用を持ち、煎じて飲むだけでも瀕死の重傷を癒し、失われた部位さえ再生させるという逸話が残る】

 

「おい、食えるか? いいから無理にでも食え!」

 

 言葉が通じないのは分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。口元に寄せると、犬は苦しげに目を閉じながらも、キノコを一口齧り、やがて一本丸ごとを飲み込んだ。

 

 倒れた犬の体から、大きく深い溜息が漏れる。

 

 次の瞬間。傷口から赤い霧が立ち上り、みるみるうちに肉が塞がっていく。犬はゆっくりと目を開け、その四肢で力強く立ち上がった。

 

「……人間よ、感謝する」

 

 低く、威厳に満ちた声が脳内に直接響いた。言葉わかるの!?

 

「同胞に追われ、もはや帰る場所はなくなった。不躾ながら、貴殿に保護していただきたい。見返りに、我輩の権能を授けよう」

 

「……まあ、立ち話もなんだ。とりあえず中に入りなよ」

 

 なんだか、また奇妙なことになってしまった。ちなみに、犬が落ち着いた後で増殖ストレージを確認したら、あんなに貴重だと言っていたリュウケツダケが、何故か「4本」も予備で残っていた。

 

 俺のスキル、やっぱりクソバカなんじゃないかな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。