転生特典が「キノコ栽培」だったので戦闘は避けるようにします。   作:菱形の面積

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第5話 まるで就活みたいだぁ(直喩)

 俺は鉄斧ガントレットの三人に連れられて、ブドランガの街を歩いていた。石畳で舗装された道は、想像していたよりもずっと清潔で歩きやすい。前世では山のド田舎生まれだった俺にとっては、こんな素晴らしい道はない。

 

 道の両脇には、武器屋、防具屋、道具屋といった、いかにも冒険者向けの店がずらりと並んでいる。そして、その合間を縫うように、屋台の威勢のいい声や、肉や魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「活気のある街ですね。冒険者が多いって昨日聞いていましたんで、もっとこう……言っちゃあ悪いですがむさ苦しい感じかと思っていました」

 

「はは、昔はそうだったらしいぜ。だが、先代の領主様がダンジョンから上がる税収を使って街を整備してくれてな。おかげで随分と暮らしやすくなったんだと」

 

 ジェフが胸を張って答える。どうやら領主は善政を敷いているらしい。それは商人にとってもありがたいことだ。悪辣な領主に賄賂を要求されたり、こちらから賄賂を贈って悪だくみをするなんて俺はやったことないし、そういう犯罪とは生涯無縁でいたいのだ。商売の基本は三方良し? とかいうらしいし?

 

「まずは商人ギルドに行きたい、で合ってるかしら?」

 

 クロエが、前を歩きながら振り返って尋ねる。足のラインが出るぴっちりしたズボンを履いているので、尻の形までわかりそうだ。俺はデカい乳よりキュッとした尻派なんだ。あまり俺を興奮させないでくれ。

 

「ええ、お願いします。何をするにも、まずは身分を保証してもらわないと始まりませんから」

 

「堅実なのね。ヒナビシさんは本当に商人見習い?」

 

 眠たげな女性、イリスが俺の後ろから問う。彼女は丈の長いスカートを履いている。出発の時ちらっと見ただけだ。ちなみに俺はパンチラも好きだ。というか嫌いな男なんておらんだろ。

 

 本当に商人見習いか? という質問だが……あったりまえだろ! 俺は前世では商売なんてしたことないんだぞ!! なんでこんな立ち回りできてるのか俺自身が不思議なくらいなんだよ!!

 

「ええ、見習いですよ。だからこそ、石橋を叩いて渡るんです」

 

 イリスの意外そうな視線に、背後を振り向いた俺は営業スマイルで返す。彼女はふいと顔を逸らしたが、その横顔は少しだけ感心しているように見えた。気のせいか? そうだったらうれしいな。視線を前に戻す。うおっ……すげえ尻……。

 

 案内された商人ギルドは、街の中央広場に面した一等地に建つ、ひときわ立派な石造りの建物だった。銀行か市役所と見紛うほどの威容だ。

 

「……でかいな」

 

 思わず心の声が漏れた。

 

「俺たち冒険者ギルドより立派だな」

 

「稼いでる額が違うのよ、きっと」

 

 ジェフとイリスが、どこか羨ましそうに呟く。金は力。万国共通どころか世界を超えても真理らしい。

 

「それじゃあ、俺たちはここで。何かあったら冒険者ギルドに声をかけてくれ。俺たちのパーティ名を言えば、誰かが伝えてくれるはずだ」

 

「ええ、本当に助かりました。この御恩はいずれ必ず!」

 

「それじゃあお礼のお礼になっちゃうわよ」

 

 俺たちがひとしきり笑うと、三人はひらひらと手を振って去っていった。さて、と。いよいよ本番だ。俺は意を決して、重厚な樫の扉を押し開けた。おっも。

 

 中は、外観に負けず劣らず豪華だった。磨き上げられた大理石の床、高い天井から吊るされたシャンデリア。銀行のロビーのような空間に、いくつもの受付カウンターが並んでいる。 俺が一番手前のカウンターへ向かうと、眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな男が顔を上げた。

 

「ご用件は?」

 

「こちらで商売を始めるにあたり、ギルドに登録したいのですが」

 

 俺がそう言うと、男は値踏みするように俺を上から下まで眺めた。 本当に俺に値段をつけようとしているみたいだ。奴隷商人かこの男は。

 

「登録、ですか。身元保証人は? この街での実績は?」

 

 いきなり来た。転生したら起こるテンプレート通りの門前払い。だが、想定内だ。

 

「保証人も実績もありません。ですが、ギルドに多大な利益をもたらす商品を持参いたしました。まずはこれを見ていただけますか?」

 

 俺は懐から布に包んだ何かを取り出し、そっとカウンターに置いた。

 

「……これは?」

 

「最高級のシイタケです」

 

 男が訝しげに布を解くと、中から現れたのは肉厚で形の良い、見事なシイタケ一包み分だった。男は一瞥して、鼻で笑う。

 

「シイタケ、ですか。確かに上物ですが、こんなものがギルドへの利益に繋がると?」

 

「ええ。もし、これを安定的に、そして大量に供給できるとしたら、話は変わってきませんか?」

 

 俺は、男の目を見据えて言った。その瞬間、男の目がきらりと輝いたのを俺は見逃さなかった。

 

 男の眼鏡の奥で、鋭い光が明滅した。それまでの侮蔑と退屈の色が消え、まるで獲物を見つけた狩人のような、獰猛な光だった。商人の瞳だ。

 

「……ほう。安定的に、大量に、ですか」 男は独り言のように呟くと、俺の手元にあるシイタケと俺の顔を交互に見比べた。

 

「その話、詳しくお聞かせ願いましょうか。……奥の応接室で」

 

 空気が変わった。男は内線用のベルを一つ鳴らすと、すぐに別の職員がやってきてカウンター業務を引き継ぐ。彼は俺に「こちらへ」とだけ言い残し、背を向けた。その背中からは、もはや俺を侮る雰囲気は消え失せていた。

 

 通されたのは、いかにも高価そうな調度品が並ぶ重厚な応接室だった。革張りのソファに腰掛けるよう促され、待つこと数分。扉が開き、先ほどの男ともう一人、初老の紳士が入ってきた。狐のように目が細く、見た目は柔和だが、その実、隙なく全身を観察されているのが肌でわかる。こいつが、大物だ。やだよーこの雰囲気!

 

「紹介しよう。こちらは当ギルドのサブマスター、ヴァレンテ様だ」

 

「ふむ」

 

 ヴァレンテと名乗った老人は、俺が差し出したシイタケを指でつまみ上げ、あらゆる角度から吟味している。

 

「キノコは専門ではないがギルドのサブマスターとして眼は肥えていると自負している。なるほど確かに、これは素晴らしい。傘の開き具合、厚み、香り、どれをとっても一級品だ。現在市場で流通しているものより遥かにね。これを、安定的に、そして大量に、かね?」

 

「はい。ヴァレンテ様」

 

 俺はソファから立ち上がろうとしたが、ヴァレンテはそれを手で制した。

 

「結構だ、座りたまえ。それで、その『大量』とは、どれほどの量を指すのかな? 君の懐から、その見事なシイタケがもう一つ二つ出てくる、という話かね?」

 

 試されている。俺の器量と、そして何より商品供給能力を。さすがにスキルの本質までは当てられないだろうが、商人相手の駆け引きは怖い。すごく怖い。大人じゃなかったらおしっこちびってるぞ。

 

「まさか。手ぶらで商談に臨むほど、無作法ではございません」

 

 俺は笑みを浮かべると、懐と見せかけたストレージから、再び布包みを取り出した。一つ、二つ、三つ……。テーブルの上に、次々と最高級のシイタケが詰まった包みが置かれていく。最終的に、テーブルの上には最初のものを含めて十の見事なシイタケの包みが並んだ。ストレージはこれで空っぽだ。これで満足してくれ! 頼む!! これ以上増やすと本当に相場が崩れる!!

 

 応接室に、沈黙が落ちる。 最初の受付担当の男は、信じられないものを見るように目を見開き、ヴァレンテは細い目をさらに細め、テーブルの上のキノコと俺の顔を、値踏みするように見比べていた。こいつも俺に値段をつけようとしているんだろうが、最初の男の時より価値が跳ね上がっているはずだ。そうであってくれ!!

 

「……面白い。実に、面白い」

 

 やがて、ヴァレンテの口角がゆっくりと吊り上がった。

 

「君、名は?」

 

「ヒナビシと申します」

 

「ヒナビシ君。君は我々に、このキノコを独占的に卸したい。そう考えて良いかね?」

 

「はい。そのためのギルド登録をお願いしたいのです。実績がないのは承知しております。ですから、まずは『仮登録』という形でも構いません。私の納品実績を以て、本登録の可否をご判断いただきたい」

 

 俺は一世一代のハッタリをかました。だが、勝算はあった。これだけの商品だ。目先の利益に聡い商人なら、食いつかないはずがない。そして、この話を断った場合に生まれる損失だ。損失の計算をしたら、絶対に絶対に、ぜーったいに俺を逃がしはしないだろう。

 

 ヴァレンテは数秒間、指でテーブルをトントンと叩いて思考していたが、やがて顔を上げた。

 

「よろしい。君のその自信、商人ギルドが買おう。ヒナビシ君を、本日より商人ギルドの『仮登録』商人として認める。ただし、条件がある」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「君が納品する全てのキノコは、一度ギルドを通して鑑定し、我々が値付けを行う。そして、販売はギルドが管理する市場で行うこと。取り分は、売上の7割を君に、3割をギルドに。これでどうだ?」

 

7割。破格の条件だ。普通、駆け出しの商人がギルドを通せば、手数料やら何やらで良くて5割と思っていた。それだけ、俺の商品に価値を見出してくれたということか。 だが、ギルドの言い値ということだ。二束三文で買いたたかれたら開き直って相場ぶち壊してやるからな!!

 

「……謹んで、お受けいたします」

 

 俺が頭を下げると、ヴァレンテは満足そうに頷いた。

 

 こうして、俺は異世界に来て二日目にして、商人ギルドの組合員証を手に入れた。ずしりと重い青銅のプレート。それは、この街で商売をするための通行手形であり、同時に、巨大な組織に組み込まれた乳牛の証でもあった。

 

 ギルドを出ると、西に傾いた陽の光が眩しかった。 振り返ったギルドの建物は、まるで巨大な獣が口を開けているように見えた。 俺は、あの獣の腹の中に、自ら飛び込んだのだ。緊張でからからになった喉。悲鳴を上げる胃。こんなストレス前世でもあんまり体験したこと……いや、そこそこあったな。うん。

 

「なにはなくとも……とにかく飯を食おう」

 

 とにかく、腹が減った。

 

 

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