雪風と飛宗 作:六平ァ!!
次の日、座村の意識は目を開けずに覚醒した。
徐に起き上がった座村は、傍に寝かせてあった飛宗を掴み、ゆっくりと立ち上がった。伸びをして筋肉をほぐすと、その後ろから誰かが起き上がる音がした。
「……おはよう」
「おう、おはよう」
タバサだった。
目を擦っているのか、かなり眠そうな声をしている。ただ座村と同じタイミングで起きたあたり、生活リズムはしっかりしているのだろう。
座村が手探りで掛けてあった上着を取り、それを羽織っている最中、タバサ徐に聞いてきた。
「ちゃんと寝れた?」
「問題ねェ。悪くなかったぜ」
「そう……」
嘘は言っていない。
草の上の寝心地も案外悪くなかった。流石に前の世界の自宅のベッドには劣るが、野宿よりはマシだ。
「部屋の前で待ってるぜ」
「分かった」
座村はタバサが着替えるのを察し、昨日とは違って外で待つことにした。
しばらく経ち、部屋を出てきたタバサと合流した。その後、座村は彼女に手を引かれて食堂に向かう。
食堂の中ではすでに生徒達が集まっていた。
タバサによるとここは正式には「アルヴィーズの食堂」と言うらしい。場所は学院で一番背の高い、真ん中の本塔の中である。
座村には見えなかったが、タバサによるとテーブルは学年で分けられ計三つあり、一つのテーブルで一学年は座れると言う。
座村はタバサに袖を引かれながら、二年生のテーブルに向かっていた。座村は飛宗を杖代わりに椅子に足をぶつけないよう、ゆっくりと歩いていた。
その時だった。目の前に突き出された足に気づいた座村が、その足を踏んづけたのは。
「あがっ!?」
「おっ、悪ィ悪ィ、誰かの足踏んじまったか?」
タバサは振り返り、足を踏まれた生徒の姿を確認した。
去年からタバサにちょっかいをかけていた生徒で、最終的にタバサとの決闘でボロ負けした少年だった。
どうでもいい人種なのであまり覚えていなかったが、やはりと言うべきか、盲目の座村に対しても意地悪をしてきたようだ。
「お、お前!貴族であるこの僕の足を踏んでおいて、謝罪もなしか!」
「あン?突き出してるもんだからな、そりゃ踏んじまうだろ」
「ふざけるな!平民の分際で!!」
少年は貴族が踏まれた事に腹を立てており、タバサの方にも指差してこう言った。
「ミス・タバサ!ここは貴族の食卓だ!なんでこんな平民を連れてきたんだ!?しかもこいつは使い魔だろう!!」
「許可はとってある」
「許可だと?ここは貴族の食卓だ!君はこの場の伝統を汚すつもりか!何を考えてる!?」
少年がその言葉を言うと、周りからもクスクスと囁き声が聞こえた。
どうやら止める気はないらしい。彼らは少年と同じく、平民が貴族と同じ食卓にいるのが気に入らないのだろう。表には出さないがプライドがあるようだ。
座村はこの出来事でこの世界の社会構造を察した。どうやらこの世界では、魔法が使える者はある種の特権階級らしい。
日本で言えば妖術師がかつての士族のように扱われるようなものだろうか。時代が違えばこのようなこともありえよう。
だが座村はその構造を理解しても、自分や主人が馬鹿にされてるこの状況を、むざむざと黙っている男ではなかった。
「……なるほどねェ。ここじゃ魔法が使えるってだけで偉いのか」
「は?」
「食卓で足を突き出す不躾者のクセによォ……よく貴族になれたな、お前サン。親の顔が見てみてェわ」
「な、なんだと貴様──」
「お、やんのか?」
座村が飛宗を構え、鯉口を切ろうとした時、タバサが袖を掴んだ。
「だめ」
「……わーってるよ。威嚇しただけだ」
座村はそう言って刀を納めた。
少年の方は杖を取り出す前段階で固まって動けないのか、呆然としていた。
「タバサに感謝するんだな、不躾のガキ」
「くっ……」
一通り懲らしめたところで、座村は大人しくタバサが用意した椅子に座った。少年の方はというと、歯切れ悪く遠い席に行った。
「おはようタバサ。それにサムラも」
食事が配られ始めた最中、二人に声をかけたのは、朝からご機嫌なキュルケだった。
「朝から楽しそうだなァ?」
「ええ、少しヴァリエールを……
腐れ縁?と座村が疑問に思っていた時、タバサがそれに注意を促すように応えた。
「意地悪」
「仕方ないじゃない?向こうが突っかかって来るんだから、ねぇ」
座村はその話を聞いていたが、どうやら座村のまだ知らない友人との話らしいので、突っ込むのはやめにした。
そのヴァリエールという子も、おそらく次の授業で出会うだろうと考えて、座村は頬杖をついた。
「皿があるね」
「あるわね」
「……なんか貧しいものが入ってるね」
「あのね?ほんとは使い魔は外よ外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」
「はぁ!?」
「(この声は昨日の……)」
座村の耳に遠くからそんな声が聞こえたので、そっちの方を向いた。
声からして昨日の痴話喧嘩していた少年少女だろうか。目が見えないので姿は確認できなかったが、それだけは確信した。
「おい!じゃあ、あの人はどうなんだよ!生徒じゃないじゃないか!」
「さぁ?あの人は別の子の使い魔だから、許可取ったんじゃないかしら?」
「俺にはとってねぇのかよ!」
「知らないわよ」
「(うるせェ……)」
食事前くらい静かに出来ないのかと、座村は頬杖をつきながらうんざりして顔を逸らした。
魔法学院の教室は、講義を行う魔法使いの先生が一番下の段に位置し、階段のように席が続いている構造をしている。
タバサが座村の手を引いて教室に案内すると、二人は同じ机の席に隣り合わせで座った。本来、使い魔と生徒は同じ机に座るかそばに置くので、使い魔が人間の場合これが正しい事になる。
「キュルケ。さっきから気になってたんだが、お前の後ろになんかいるな?」
座村は食堂を出てから、キュルケの後ろに変な生き物がついてまわっているのを音で確認していた。
キュルケに質問してみると、彼女は目が見えていない座村に気を遣って説明してくれた。
「ああ、この子はサラマンダーのフレイムよ。私の使い魔」
「なるほどなァ。触っていいか?」
「ええ。でも口元は気をつけて」
座村が試しにそのサラマンダーとやらに触ってみる。
ゴツゴツとした感触はでかいトカゲを思い起こさせる。体はオオサンショウウオくらいはあるのだろうか?と思って尻尾を探ってみると、なにか熱いものに当たって手を離した。
「あっつ!コイツ火を吹くのか!」
「サラマンダーはそういう生き物」
「フフフ、お気に召したようで何よりよ」
「あち〜」と言いながら手を振り回して冷ましている座村をタバサが横目で見ていると、教室の入り口が開かれたのが見えた。
すると教室の生徒達がクスクスと笑い始めた。座村も音でそれに気づくが、どうやら自分が笑われているのではなく、今し方入ってきた生徒に対して笑っているのだと気づいた。
「なんだァ、アイツ使い魔いねェのか?」
「隣の男の子が使い魔」
「なに?」
タバサの説明に、座村は開かない目をギョッとさせた。
確かに入ってきた女子生徒の隣には、一人少年らしき人物がいる。教室に入ってきて目線をキョロキョロとさせているので、まさかとは思っていたが……
「使い魔に人間が召喚されるってのは、イレギュラーじゃなかったのか?」
「貴方と彼が初めての例」
「マジかよ……」
なるほど、ならあの少年は使い魔仲間かと思い、後で挨拶することも考えた。
そんな風な事を考えていると、扉が開いて、先生らしき人物が入ってきた。
歩き方からして、中年の女性だった。何かのローブに身を包み、帽子を被っている。ただ少しふくよかなのか、足並みはそこまで早くなかった。
彼女が壇上に立つと、生徒達が静まり返る。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズ、と名乗った女性教師がそう言うのを聞き、座村は隣の席のタバサが頷くのを感じ取った。
「おやおや。ミス・ヴァリエールとミス・タバサは、変わった使い魔を召喚したものですね?」
と、そこでシュヴルーズが座村ともう一人の使い魔を見てとぼけた声で言う。皮肉を言われているのか?と思ったが本人はそのつもりがないらしい。
すると、どこかの席からか少年が立ち上がり、便乗して皮肉めいた事を言い始めた。
「やい、ゼロのルイズ!タバサは仕方ねぇけどよ、お前はその辺歩いてる平民を連れてきたな!」
その言葉にキレたのか、ルイズと呼ばれた少女が立ち上がった。長い、ブロンドの髪を揺らして、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。
「違うわ!きちんと召喚したもの!こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな!"サモン・サーヴァント"すらできなかったんだろう?」
ゲラゲラと教室中の生徒が笑うのを聞き、座村はくだらない言い争いだと思いつつも、少し変に感じた。
同じ人間を召喚した事で失敗扱いなら、なぜあの少年はタバサに関する言及を避けたのだろうか?
まるであのルイズという子だけが、出来が悪いみたいな扱いだ。いくらなんでも依怙贔屓なのでは?とも思った。
「あのヴァリエールって子は、今まで一度も魔法が成功したことがないのよ」
座村の疑問を察してか、キュルケが小声で補足してくれた。
「それに比べて、タバサはこの学院でも数少ないトライアングルのメイジだもの……残念だけど、どちらを馬鹿にするかなんて決まっているわ」
「なるほどなァ」
ある種のいじめなのか、と座村は思った。
同じ失敗扱いでも、どうやらタバサとルイズの間には信頼の差があるらしい。この場合、実力の差もあるだろう。
理由は違えど、実の娘が受けてきた理不尽と同じ境遇……座村は静かに眉を顰めた。
最終的にその喧騒は、女教師が杖を振るい、生徒達の口に粘土のようなものが張り付けた事で解決した。
「魔法には"火"、"水"、"土"、"風"……それと今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです」
「へェ……」
座村はもちろん初耳だ。
魔法とはどんなものか気になっていたが、さっきうるさい生徒達の口を塞いだように、それぞれの系統に合わせた魔法があるらしい。
妖術とはかなり違った。妖術は人間に宿る不思議な力──"玄力"を用いて発動する固有の技だ。
それらに系統などは存在せず、どちらかと言えば個人の技量や素質によってどんな妖術か決まる。
ただ、玄力自体は座村の世界では誰にでもあるものだ。なので理論上、
ちなみに座村の持っている妖刀は妖術の上位互換だ。込めた玄力を増幅させ、人体では生成・保持できないほど超高密度に練り上げ、強力な術として発動できる刀剣……それが妖刀だ。
「そして知っての通り、異なる系統の魔法を足せばより強力な呪文になります。二系統なら"ライン"、三系統なら"トライアングル"、四系統なら"スクエア"と……」
「ほォ?」
さらに講義が続く中、ここに座村が強く反応した。
「(系統が違う魔法を、足せるだと?)」
それは妖術にはなかった応用性だ。
妖術は一人につき一種類の術しか発動しない。稀に二種類以上発動する者もいるらしいが、普通は妖刀でもない限りあり得ない。
どうやら魔法とやらは、妖術と違ってかなり汎用性の高い技術のようだ。座村としても少し興味が出てきた。
「先生!危険です!」
「やります!」
と、座村が考察を巡らせているとキュルケが声を上げた。
耳を澄ますと、先ほどルイズと呼ばれた少女が試しに石に魔法を使い、金属に変えるのを実演するようだ。
ほーん、と思っていたら隣の席のタバサが机の下に身を隠していた。
「ン、何してんだ?」
「危険、隠れて」
何言ってんだ?と思ったが、せっかくなので座村は魔法の力を見てやろうと思った。
立てかけてある飛宗を引き寄せ、座ったまま鍔に親指を立てた。
「飛宗──」
座村はタバサにバレないよう、こっそりと鯉口を切る。そして使うべき能力の名を小声で独りごちる。
「梟」
そして、梟の能力を発動。
魔法の反応を玄力として視覚する。
「──っ!?」
だが、頭の中に映し出された景色に座村は驚愕した。
ルイズという背の小さい女が込めている玄力の量が、あまりにも大きすぎたのだ。
そして信じられないことにまだまだ込め続けている。あの玄力量、妖刀に匹敵するどころかそれすら超えているんじゃないか。
しかもまともにコントロールしていない。いや、出来ていないのか。どのみちまずい、あれは暴発する!
「やべェっ!!」
座村の直感がそう告げた。
次の瞬間、耳をつんざく音共に大爆発が起きた。
なぜ座村が玄力探知で魔法を見えたのかについては、次回詳しくお話しします。