竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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共和歴  43年
XX-00 伝承法の終わり


Ver1.0

 

 

 アバロンの園と呼ばれ、帝都であった頃から人々に親しまれている庭園に鎮座する巨木の下で、一組の男女が町の華やかな気配を耳に納めていた。

 庭園の中心を埋め尽くした木の根に佇む2人の内、巨木を背に凛として根に腰を降ろしているのは赤髪赤目の小柄な女性であり、身に纏うアバロンの聖衣の胸元が大きく押し上げられている事から成熟した存在である事は明らかであったが、どこか幼さの残る顔立ちがその認識を揺らがせ、角や尾という精霊種が持つような特異な部位を有しているのも重なる事でどこか神秘的な雰囲気を纏っていた。

 対する男性は死の間際に居る老人であり、木の根に座る力も残されていないのか固い根に背を預け、赤髪の女性の両膝を枕に目を伏せ、遠くから届く喧騒に僅かな笑みを浮かべていた。

 

「――――」

 

 赤髪の女性は膝の上に在る老人の額を愛おしそうに撫で続けており、愛しい人の最期の“(いろ)”を心に留めながら背後に居る巨木が奏でる水音を“目”で捉える。

 ビーバー帝が退位した頃に植えられ、人々の憩いの場となるように整備された庭園を覆い尽くす程に成長したこの子は赤髪の女性にとって皇帝の次に永い付き合いのある友人であり、膝の上にいる愛しい人が居なくなってしまった後に彼女の本当の姿を知る最後の友になるのだろう。

 

「(……こんな時に、揶揄(からか)わないでよ)」

 

 成長するにつれて空気(まそ)の吸引を行い始め、それを糧に魔力の籠った果実を実らせる事でバレンヌ帝国に恩恵を(もたら)し、その傍らで周囲の水の浄化を初めた時は『私の方がお姉さんなんだからね』と魔力で意思を伝えて牽制したのは年上のする事ではなかったと思える恥ずかしい思い出であるが――。

 ただの樹木の域を越えた存在となったこの巨木は、赤髪の女性が枷を破る時までずっと居てくれる事だろう。

 そのまま気を逸らすように“人払い”の魔術を施したアバロンの園の外に“目”を向けるも、膝の上に居る愛しい人の“(いろ)”が薄くなっていっているのを認めた赤髪の彼女は、自分と一番長い縁を持った人間の最期が近い事を認め、幾つもの初めてをくれた彼に視線を下ろす。

 

「――――」

 

 人間の最期を看取るのは、もう何度も通って来た経験ではあるが――自分の『番』となった者の最期を前に赤髪の女性は躊躇いながらも口を開く。

 

「…………貴方は、幸せでしたか?」

「――ベルフェは……判り切った事を聞くのが――本当に好きなのだな」

 

 赤髪の女性の問いに老人は自らの額に当てられていた小さな手に腕を伸ばし、柔らかな女性の手に皺枯(しわが)れた細い手が重ねられる。

 

「――皇帝としての責務を果たし、人としての人生を謳歌しながら、世界を繋ぐ役にも立てた。……こんなに恵まれた人生は――」

 

 そこから続いた末期の“答え(いろ)”は見えたものの、それが言葉となる前に“魂”が(あふ)れる。

 

「――――」

 

 その懐かしい“存在(いろ)”達に視線を上げると、いつのまにか有翼種の女性が木の根に座っている赤髪の女性を見下ろしていた。

 

「…………」

 

 枷を得られても尚『美味しそう』とは思ってしまったものの、赤髪の女性が40年程前に抱いていた強烈な衝動が表れる事は無く、皇帝だった頃にもよくあった本能的な恐怖(しせん)を察した有翼種は一瞬距離を取ったものの、気を取り直すように座っている女性の傍に寄り、膝を降ろしながら空いている方の左手を両手で包み取る。

 

『空の先を見せてくれてありがとう』

 

 包んだその手を解きながら続けた言葉を最後に、ワグナスの影を討った弓と大剣の使い手である風の精霊皇帝が『伝承法』から解けていく。

 そうして立ちあがった有翼種は赤髪の彼女の脇を抜け、彼女がその背中を見送ったあとに待っていた次の“気配(いろ)”に視線を戻すと、アバロン宮殿を改装した博物館に要る筈の人形が赤髪の女性を見下ろしていた。

 他の人間とは比べものにならぬ程に長い付き合いとなった人形(にんげん)は言葉もなく発条(ゼンマイ)回しを差し出し、赤髪の女性に背中を向ける。

 今となっては意味のない行為ではあるが、この人間と居た時はいつも補助動力を補填していた記憶があり、赤髪の女性がそんな想い出に浸りながら発条を巻き終えると人間は静かに立って踵を返し、硬さの残る一礼を返す。

 

『私に命をくれた事、感謝しています』

 

 術法は苦手であったが全ての武術を卒なく熟した人形皇帝は先程の有翼種と同じように『伝承法』から解け、その硬さの残る背中を見送ると、次は気まずそうな雰囲気を纏っている術者の“気配(いろ)”が“目”に止まり、赤髪の女性はその相手に向き会う。

 眼前に居る妙齢のお洒落な女性は当時最強の女魔術士であり、単身で空を飛ばぬ竜と拮抗して見せた術法の使い手は、自分の我儘と仕出かしてしまった事を誤魔化すように明後日の方向を向く。

 赤髪の女性の本性との決闘は退位した後に起こった事であったが、破れた事は『伝承法』の中で聴いている筈であり――そもそもとして、『伝承法』の力を真面な人間では受け止められなくした元凶はその不都合な結果を踏み倒す事にしたのか、最後は赤髪の女性が好きだった笑みを向けてくれる。

 

『貴女様の願い通り、未来の人間は貴女様を必ず超えますわぁ』

 

 そうして『宮廷魔術士が皇帝に付き随う』という伝統を終わらせた術法の皇帝も『伝承法』から解け、あの頃と同じ自信に溢れた堂々とした歩みのまま赤髪の女性の横を通り過ぎる。

 その凛とした横顔に一瞬だけ視線を向けた後に視線を正せば、コムルーン島を救った聖騎士が立っていた。

 彼の最期に立ち会う事は出来なかったが、彼は赤髪の女性が自身の異常性を深く開示し、それを切っ掛けに多くを語り合った友人となり、彼の方に思い残す事は無いのか静かに一礼するに留めようとするも、それを咎めるように細い影が彼に寄り添う。

 

『――私としては頂いた恩に報えなかったという想いのままでしたが……貴女様が満足出来る結果を残せたとあれば、私の人生は良いものだったのでしょう』

「…………ソプタンにはもう伝えてあるから、向こうでも大いに誇ってくださいね」

 

 すれ違う人々を魅了していたあの娘も『伝承法』中で聖騎士と共に居たのか、それともこの世界で百年以上待ち続けた魂の残滓なのか――はたまた赤髪の女性の記憶が創り出した意識の再現であるかは終ぞ判らなかったが、帝国の復興に生涯を尽くした皇帝も『伝承法』から解け、現代にあっても仲睦まじかったと伝えられている最愛の妻と共に世界に溶けていった。

 

「――――」

 

 当時の赤髪の女性は緩やかな死に抗っていた状態であった事から彼等の最期に立ち会う事が出来ず、未練として残り続けていた2人の背中を彼女が見続けていると――正面から頭を地面に打ち付けたような音が届いた。

 

『『――――』』

 

 解けていく順番からして予想は付いていたが、正面に戻した視線の先にはそれぞれ黒と赤色を基調とした質の良い服を纏った2人の伊達男――様々な意味で世界に名を残した2人の船乗りが居り、今の音は自から土下座を敢行していた赤色の方の頭を更に床へと押し付けつつ、自らの頭も床に頭を擦り付けた彼等が発した音のようだった。

 

「……世界にはまだ貴方を憎んでいる人も居るけれど――私は、貴方が間違っていたとは思っていないよ」

 

 その過分な謝意に対して赤髪の女性が言葉を向けると2人は顔を上げてくれ、「私が貴方達を騙した事も原因だと思うから――お相子でいい?」と続けると赤色の方はみっともなく男泣きを続け、歴代皇帝の中でも最も自由に動き回った黒色の方に引っ張られるように2人の皇帝も『伝承法』から解けていった。

 自分が今よりも遥かに拙い頃の輝かしい想い出――黒色の方と共に世界を走り回った解放感と、赤色の一途な想いに応えようとした充足感。

 そして、それまでの『イロウル・ベルフェジール』を捨てる決意をした時に伝えられた‘イロウル’の言葉の意味を理解出来るようになった赤髪の女性は「……どうあっても避けられない歪みを正す機会だったのは判るけれど――やっぱり苦いなぁ」と未だに残る後悔を飲み込んだ後に視線を上げると、猫のような雰囲気を纏う女性とその母親、そして祖母が並んで待っていた。

 中央に立つ女皇帝は当時の自分の拙い判断の象徴のような存在であり、その両脇に控える祖母や母親もまたその犠牲となったような存在となり――法律的には正しかったという判断が覆る事はなかったが、こちらも苦い想い出となる。

 

『叔母様……私達と一緒に居てくれて、本当にありがとう』

 

 そんな赤髪の女性の内心を知る由もない女皇帝――バレンヌ帝国を外の世界と繋げた平民出の彼女は過分に過ぎる言葉を最後に付き添いの2人と共に『伝承法』から解け、在りし日の彼女のように飄々と育ての親の脇を抜け、彼女が一時置いてから振り返ると待ってましたと言わんばかりに手を振りながら世界に溶けていった。

 

「……婚姻する時は、あんな悩んだくせに」

 

 苦い想い出もあるが、それ以上に楽しい想い出も多かったあの頃に笑みを浮かべながら正面に視線を戻せば――随分と懐かしい青年が居た。

 長く見続けた金ぴかの鎧姿ではなく、友人として語り合えた頃の姿をしていた彼は気まずそうに頭を掻く。

 赤髪の女性が知る限り、彼は最も長く『伝承法』の中に在り続けた皇帝であり、互いの偉業も醜聞も熟知している事からなんとも気まずい雰囲気が漂うものの、最後は沈黙に耐え兼ねた青年が言葉を紡ぐ。

 

『……貴女を我がバレンヌ帝国に引き込めた事が、私の最大の功績なのだろうな』

 

 最期の言葉をそう定めた青年は、親しい人を紹介するように脇へと逸れる。

 

「…………お初にお目にかかります、陛下。――ベルフェ・フェル・バレンヌと申します」

『うむ』

 

 その先に現れたのは、自分の目では見掛ける事も出来なかった『伝承法』を始めた人物であり、赤髪の女性が愛しい人や彼の仲間と成し遂げた彼の夢に関する意見を二言三言交わした後、礼と共に親子2人で『伝承法』から解け――最期の1人が残る。

 

「――――」

 

 これが本当に最後なのだと思った赤髪の女性が視線を上げる事が出来ずにいると、愛しい人は動けなくなる前までしてくれたように、彼女の頭頂部――角と角の間を優しく撫でる。

 その単純な行為は赤髪の女性が一番好きになった時間であるが、それはもう訪れる事のない日常であり――。

 そうして残された時間を使い尽くした愛しい人は、他の皇帝達と同じように赤髪の女性の脇を抜けようとするも――その服の袖を、彼女は思わず掴んでしまった。

 

『君も……一緒に来るか?』

 

 そうして立ち止まった最期の皇帝が差し出した手に、幼子のような小さな手が伸びようとする。

 伸ばされているその手を掴んでしまう事は全ての終わりの切っ掛けであり――消え行く彼に赤髪の女性がしようとした事も、彼の優しさに甘えてこの世界から消える事も『正しくないこと』となる。

 

「――――」

 

 本当の『正しいこと』は自分の首に課せられた首輪にこそあり、その願いと想い出に応え続ける事が――私を私にしてくれた帝国への手向けとなる。

 

「私――頑張るよ」

 

 どれを選んでも後悔するであろう選択を前に、赤髪の女性は『定めてくれた正しいこと』を続ける事を心に刻み、掴んでいた袖を放し、伸ばしていた手を降ろす。

 

『――――そうか』

 

 そんな寂しさとも安堵とも取れる言葉を最期に、バレンヌ帝国最後の皇帝の魂が世界へと還っていく。

 

 

 それがこの伝説の終わりであり、1人残された邪竜が世界を見定め続ける始まりでもあった。

 





02シリーズの予約投稿が続いていく中で閲覧推移の記録のデータを見返している内、『偉大な先人であるジークさん』に習えばいいんじゃね? プロットだけは最後まで出来てるし。
と、思い立ってから急遽書き連ねた想定外の導入部となります。

完成まではとても長い時間が掛かるかと存じますが、お付き合い頂ければ幸いです。


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