竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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01-09 栄華の下に巣食う者達

01-09 栄華の下に巣食う者達

Ver1.0

 

 

 

 直参を集めこそすれども目的地を伝えずに宮殿を出たジェラールは城下の酒場へと向かい、そこの店主と短な会話を交わした後――最終的には墓地から地下へと赴く事となった。

 

「――――」

 

 数年前から通い詰めていた場所にこのような通路があった事にイロウルは驚き、今後は地下にある“気配(いろ)”も探っていこうと認識を改めた‘竜(ベルフェジール)’であったが――。

 

「…………なに?」

 

 そうして広げた“視界”に現れた“気配(いろ)”に、彼女は思わず眉を顰める。

 それらはモンスターと呼ばれる存在に似た“気配(いろ)”であり「(何故、こんな存在が町の地下に?)」と2人(イロウル)が怪訝に思う中、ジェラールが進んだ先にもそれらとは異なる剣呑な“感情(いろ)”が漂っていた。

 彼が直参と共に立ち入ったのは酒場のような場所であり、地下である為に空気の対流が弱いのか様々な臭いがそこには残っており、種族的に酒精が苦手な‘ベルフェジール’としてはそれだけでも参っていたのだが、周囲の人間――外見は町中に居る市民のように見える――が総じて拒絶的な“感情(いろ)”を漂わせているとなれば気を張って警戒しなければならない。

 

「――――」

 

 同時に、互いがこれ程に剣呑な気配を纏っているというのに双方共に剣に手を伸ばさない事への考えの及ばなかった‘ベルフェジール’が自分の内に居る‘人間(イロウル)’に説明を求めると、彼女は「(ジェラール陛下と敵対している彼等にしか出来ない事があるのでしょう)」と予想を述べる。

 

『(それなら……そうなるね)』

 

 得られた‘イロウル’の言葉を竜の例に当てるなら、近隣に位置する『姫』と『姫』――否、同じ『姫』を巡って争っている『番』と『番』とが協力しなければならないような関係なのだと思えば‘ベルフェジール’にも理解が及び、そんな間柄であるのなら剣呑になるのも当然と思えた。

 そうしてこの場所の状況を把握した‘ベルフェジール’であったが――ジェラール達の話は彼女の思惑とは違う方向に向かい始める。

 武力を筆頭とした全ての力において帝国(ジェラール)の方が勝っているのだから裁量権は彼の方にあるのだと‘ベルフェジール’は考えていたものの、目の前で進む現実は皇帝の方が先に協力する流れとなり、彼は直参を連れて別の扉から外へ出る。

 その扉の先はアバロンの下水道と繋がっており‘イロウル’はこの世界の文化レベルでこれだけの施設が整っている事に驚き、‘ベルフェジール’は先程見つけた“気配(いろ)”がまごうことなきモンスターであった事に唖然とし、人の営みの足元にこれ程の魔境が広がっていた事を信じられないでいた。

 

「(直接放流式でしょうから海洋性のモンスターが入り込む余地はあると考えてはいました。――町まで上がって来ないのは警備が徹底しているのか、それともある程度の損失を『気にしていない』のか……)」

 

 動揺を隠せぬ2人(イロウル)に対し、この世界の住人であるジェラール達は目の前の魔境を気にする事もなく歩み続け、それが当然であるかのように立ち塞がったモンスター達と戦闘状態に突入する。

 

「…………そう」

 

 思う所はあれども戦いにソレを持ち込むほど愚かではないイロウルは息を吐くように術法を放ち、進路上に居るモンスターの数を減らす。

 流れるように放たれた『ウインドカッター』の術法は風の魔石を介さずに創ったこの世界の術法であり、この1年の修練が確実な成果を出している事に彼女は息を弾ませる。

 元居た世界の人間の魔術は自分の内に効果を走らせる術が多く、外部に何かを行使する際にはソレ等の術式を組み込んだ魔石を投げる事でその効力を世界に表しているとの事だった。

 人間とは比較にならない程の魔力を有する竜であればそんな小細工を労せずとも外界に威力を放出する事が出来るのだが、現実へ干渉する事への制約が緩いこの世界においてその理を利用しない事は非効率の極みであり、理論を知ってしまったとなれば実現せねばならないと‘ベルフェジール’は息巻いていた。

 とはいえ竜にとっても使い慣れている『元居た世界の魔術』を『この世界の術法』として行使するには湖で漂っていた魚を滝に登らせるような変化が必要となり、術式の変調には多大な労力が掛かったものの――最近では違いを意識せずとも撃てるようになっていた。

 

「――これなら……『ファイアボール』でなくとも捌けるね」

 

 同時に、汚水に満ちた閉所という火を使うのに躊躇う環境から範囲火力を出せない事を危惧していたものの、『生成』してから『投げる』という過程を飛ばせる事は攻撃頻度の増加に直結しており、絶え間なく放たれる『ウィンドカッター』に加えてソーモンで新調した長剣も仕事をしている事から直参の火力要員としての仕事は果たせているだろう。

 

「――やっぱり、切れ味が悪い」

 

 とはいえ、クジンシー討伐後からの新しい武器となったこの長剣はイロウルの剣と比べれば鈍らと言っても過言ではない代物であり、剣身から返ってくる感触は切るというよりも叩き飛ばしている感覚が強く、‘ベルフェジール’は手に残る微かな痺れに不満を零す。

 この世界の術法が魔術よりも優れているのと同じように、北バレンヌに普及している武具の大半が全金属製である事から『品質』の面では元居た世界とは比べ物にならない程に優秀なのだが――魔術的な刻印を施されている物はなく、その優れた品質が全く活かされていなかった。

 そして、こんな不出来な武器を持つ事になったのは‘イロウル’の方針によるものであり、ジェラールは寛容なのかもしれないが王権の類は絶対的な命令権を有しており、この世界に普及している剣よりも優れた武器である自分の剣を取られる事を恐れた彼女がその宝物を封印した結果、今のイロウルはこんな棒切れを持たされていた。

 

「(――母様の剣とは比べるもないのは確かですが、一般家庭の給金で換算すれば1年分にもなる高級品となります)」

『(イロウルが最善を考えていてくれているのは判っているよ』

 

 申し訳なさが滲んでいる‘イロウル’の釈明に‘ベルフェジール’は理解で応じつつ、ジェラールの進路上に屯っていた軟体動物の類に『ウィンドカッター』を複数叩き込む事でバラバラに分解する。

 ‘イロウル’の言葉通り剣の品質が素晴らしい事は確かであり、強化するにあたって構造強化せずに済んだ分だけ多くの刻印魔術を描けたものの、その方面では素人である‘ベルフェジール’からすればどう描いても不満の残る品となってしまい、竜から見ても芸術品の類に見えるイロウルの剣とは比べるのもおこがましい出来となっていた。

 

『(……刻印魔術の知識がある人間が居たら、イロウルの剣みたいなのを創り放題になるんだろうね)』

 

 消費魔力の割に微々たる効果しか発揮できていない長剣を振りながら、‘ベルフェジール’はそんな詮無い事を思うものの――。

 

『(――まぁ、こんな事でイロウルが安心出来るなら……それでもいいかな)』

「(……ありがとうございます、ベルフェジール様)」

 

 心の内でそんな余所見をしながらも、イロウルは進路上にいるモンスターを『ウインドカッター』で切り刻み、彼女やエメラルドの術法による先制打撃に続くように殺到したジェラール達は所々が欠損した残敵へと接敵し、新たな道を確保する。

 それは直参の1人が入れ替わっても尚変わらぬ彼等の闘い方であり、その流れを繰り返す事でモンスターの駆除と安全を両立する一行は下水道の奥へと進んでいく。

 陣形は皇帝が先頭に立つインペリアルクロスという攻撃的な形ままであり、防御と反撃を担当する皇帝(ジェラール)の後方右翼に近接火力を担う傭兵(ヘクター)が続き、左翼の竜術士(イロウル)と中央の宮廷魔術師(エメラルド)が術法でその行先を援護し、最後尾の帝国猟兵(テレーズ)が弓と水術で全員の支援するという流れに変化は無い。

 ちなみに、帝国軽装歩兵(ジェームズ)と交代する形で直参に加わったヘクターはクジンシー討伐を成した英雄の1人となった彼の代わりになる事に難色を示していたものの、単純な武技という点ではヘクターに分があるのは周知の事実であり、当のジェームズの後押しもあって直参への参入を果たしていた。

 そんな彼は今、見込まれた通りの剣技を振るっており――1年前のゴブリンによるアバロン襲撃の頃からジェラールに畏敬の念を抱き始めていた事もあってか皇帝との連携は素晴らしく、その武技はここが汚水に塗れた戦場である事を忘れそうになるほど絵になっていた。

 

「…………」

 

 その見目暑苦しい“技量(いろ)”を好ましく眺めている‘ベルフェジール’であったが、同時に、町の地下という人間の営み近い場所にモンスターの巣窟がある事に引っ掛かりを覚えていた。

 しかし、周囲の“気配(いろ)”を鑑みるにコレがこの世界の日常的な景色のようであり、『(ここの人間は逞し過ぎるなぁ)』と思いながら、彼女は視線の先に居た軟体動物(オクトパス)に『ウインドカッター』を放り込む。

 

「――イロウル」

 

 そんな戦塵の中、ふと足を止めたジェラールは左後ろに居る術者(イロウル)へと視線を飛ばし、皇帝の所作を見た直参達は進出から周囲の警戒へと流れるように体勢を切り替える。

 

「現状では何とか処理出来ているが……1年前に機先を制し続けていた『ファイアボール』の術法を使わないのは何故だ?」

 

 向けられた視線の後に続いたのは純粋な問い掛けであり、その皇帝の願いを叶えるべくエメラルドとテレーズが警戒範囲を広げ、話し相手に指名されたイロウルの負担を減らしに掛かる。

 

「――酸欠の危険や可燃性ガスへの引火が気になっているのですが……エメラルドも、気にはならないのですか?」

 

 上役からの問い掛けに‘ベルフェジール’は‘イロウル’から得た知識から来る懸念を伝え、それと重ねるように今し方『ファイアボール』をぶっ放したばかりの美女へと視線を振るも、当の彼女は質問の意図が判らないのか小首を傾げる。

 

「…………そうですか」

 

 為政者であるジェラールが知らないのは致し方ないとしても、学者に近い立場である術者(エメラルド)ですら知らないという事実に驚きながらイロウルが地下の環境と炎が生まれる原理を軽く説明すると、2人から驚愕の吐息が零れる。

 

「――――」

 

 ‘イロウル’の知識にあるそれら現象は‘ベルフェジール’にとっては大した問題では無いのだが、人間にとっての呼吸は生命活動に直結する事象であり、それが不可能となれば如何に優れた彼等であっても死に瀕する他ない。

 そして、今の外見(イロウル)の構造的にジェラールしか背負えない‘ベルフェジール’としては起こらぬ事を願う事しか出来ない上、‘イロウル’の知識によるとそうまでして彼を地上に返せたとしても呼吸を害された事による障害は生き残っても意識が残らぬ時があるとなれば気が気ではなかった。

 

「……私も、『ウインドカッター』に専心する事に致しますわ」

「イロウルの言う毒気が民の居る地上にまで漏れ出る事は無いのか?」

 

 そう言って意識切り替えたエメラルドに対し、為政者としての顔を強くしたジェラールの口調は切実なモノであり、その言葉に圧を感じながらもイロウルは酸欠や有毒ガスの特性を軽く説明する。

 

「――――そうか」

「――陛下。知見を深めるのは素晴らしい事ではありますが、こんな場所で話す事では無いのではないでしょうか?」

 

 ヘクターは興味も無いのか我関せずの立場で周囲を警戒していたのだが、流石に足を止め続ける事を良しとしなかったテレーズが助け舟を出す。

 

「そうだな。――イロウルの火は意図しない爆発が起こる可能性がある事から下水道では使えないと考えていいのか?」

「この場で使うのは少し怖いですが……空気の流れからして、目標となるモンスターが居ると思しき辺りならば使っても問題ないかと存じます」

 

 悪臭塗れである事からあまり鼻を使いたくはないのだが、周囲の空気から情報を取得するに気流の流れは比較的早く、幸いな事にその方向は進行方向からのものであった。

 

「判った。――戦う前に妙な毒気で壊滅してもつまらぬからな。……エメラルドもイロウルと歩調を合わせて術法を使うように」

「承知しましたわ」

 

 皇帝の命に応じたエメラルドの声は凛としているものの、その身が滲ませている“気配(いろ)”は弾んでおり、今日も良いものが見れたと‘ベルフェジール’が頬を緩める中、 一行は地下にあるとは思えぬような広間へと足を踏み入れる。

 そこは天井から降り注ぐ光が強く、一瞬だけ視線を上に向ければ光源のようになっている金網が見て取れ、本件の依頼主であるシーフギルドの元締め(スパロー)が地下墓地の入口とも言っていた事から地表に近い場所なのであろうその広間に『ソレ』は居た。

 端的に言うなら――頭を蛸に入れ替えた、ローブ姿の人間。

 表現としてかなりの暴論である事は認めるものの、事実としてそんな形状をしているタコ人間(ディープワン)はジェラールとその直参の姿を認めると、やはり蛸の同類なのかオクトパスを取り巻きとして左右に展開するも、それが開き終わるよりも前にテレーズとイロウルの『でたらめボール』がその右翼に炸裂し、ソレを合図として戦端が開かれる。

 モンスターの顔役(?)の直掩というだけあり、取り巻きのオクトパスは道中に居た種よりも強くはあったが所詮は数居るモンスターであり、『でたらめボール』の余波を浴びてもなお生き残っていた左翼側もヘクターの剣戟とエメラルドのファイアボールに沈んだ事で、ディープワンは開始早々に孤立する。

 

「――っ」

 

 しかし、敵対組織との交渉材料に指定されるだけあるのか、ただ1体残されたソレの猛攻にジェラールの剣が追いつかなくなる。

 ディープワンの頭部(?)を構築する触手と杖による波状攻撃を受けたジェラールの負傷の回復にはテレーズの術法だけでは足りず、イロウルも回復に加わったもののそれでも彼の劣勢は覆らず、一行の最前線に立つ皇帝は押され続ける。

 ジェラールとディープワンが接近し過ぎている為に攻撃的な援護もままならず、流石にこれ以上は耐え切れないと判断したイロウルが彼とディープワンとの間に強引に割り込もうとした瞬間、エメラルドの行使した『エアスクリーン』という術法によって状況は一変する。

 

「…………なんと」

 

 その術法は竜が纏っている“障壁”の劣化版のような効力があるらしく、ディープワンの猛攻がジェラールに届く前に風がソレ等に干渉し――彼が被る傷が明らかに減り始めた事で容易に踏み止まれるようになる。

 そうなれば一行の優位は明らかとなり、イロウルとエメラルドの炎がディープワンの周囲で揺らめいている触手を焼き、苦し紛れの反撃をジェラールが弾いて距離が離れた瞬間、ヘクターの大剣が叩き込まれる。

 

「――っ、やった」

 

 そうして大きな隙を晒したタディープワンの胴体にジェラールの『十字切り』が入り、それが止めとなったようでその体が崩れていく。

 

「――エメラルド、良い術だった」

「御身の助けとななったのならば、至上の喜びですわ」

 

 ジェラールの言葉を受けたエメラルドからはその言葉以上の“感情(いろ)”が溢れていたものの、今の‘ベルフェジール’を満たすのは先程とはまったく異なる別の感情であった。

 

『(――――やっぱり、人間はすごいね)』

 

 世界に漂う概念からして異なる為に致し方ない所もあるが、元居た世界の魔術は『ファイアボール』や『ウインドカッター』のように威力を外界に放出する所にも届いておらず、竜の纏う“障壁”のように直接的に振るわれる力を逸らす術など夢のまた夢と言える状況にあった。

 だが、この世界の人間はソレに近しい現象を会得しており、同じ人間であるのならば元居た世界の人間でも届くのであろう偉業が行使された瞬間に立ち会えた幸運に感謝した‘ベルフェジール’は、ソレを成した英傑(エメラルド)に素直な称賛を送る。

 

「(…………この幸せに、水を差されなければいいのですが)」

 

 そんな多幸感に包まれている“友人(ベルフェジール)”の情動が表に出ぬように身体を抑えている‘イロウル’は予想しうる悪意を憂う。

 ジェラールの方はこうして約束を果たしたもののソレを交わした相手は法の理から外れた者達であり、彼等にも彼等の理論がある事から決まった話を違える事は無い筈だが――『そんな常識を持っているのなら法の理から外れる事も無かっただろう』という嫌な予感が最悪な未来を補完してしまう。

 

「――――」

 

 盗人の寄り合い所帯ごときが国家に対して明確な不義を働く事は無いと考えたいが、上機嫌にあるからこそ裏切られた時の反動が怖いと考えながら‘イロウル’はジェラール達から遅れつつある‘ベルフェジール’の背を叩いた。

 

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