01-12 幕間:退かぬ男
Ver1.2
『ベア様を直参に組み込まないのは何故でしょうか?』
もう随分と前の言葉であるが、その言葉は今も男の中心に残り続けおり――その誇りに適うべく、彼は迫り来る大剣を打ち払う。
切り下ろし、横なぎ、隙を見ての『巻き打ち』。
男に向けられるそれらの武技は大剣の基本的な所作となり、ソーモン解放後に直参から外れた経緯によって不名誉な後ろ指を指される事はあれど、七英雄の討伐に参加した現代の英雄が繰り出す剣技は鋭く、重い。
対する男は、切り下ろしを逸らし、横なぎを受け流し、『巻き打ち』を弾き逸らす。
その強烈な剣戟を凌ぎ続けている事からも判る通り、城内においても上澄みの中の上澄みとなる大剣技を防ぎ切る男の技量も超絶的な域に達しており、もしも観客の類が居たのであれば息をする事すら忘れていただろう。
しかし、太陽が夜の闇を消しきれていない薄暗闇の中にある訓練所には2人の他に誰もおらず、微かに灯る松明の中で火花散らす騎士の攻防は誰の目にも留まる事なく響き続けるも――。
「――随分と楽しみにしているようだ」
攻勢を続けていた軽装の騎士――ジェームズが模擬大剣を緩めた事により、その剣戟は唐突に終わりを迎える。
「そう見えるか」
「ああ。……まぁ、気持ちは判らなくもないが」
男の相変わらずな返答にジェームズは苦笑と共に同意を示しつつ、 訓練用の武具を収めた棚へと歩いて行く。
ジェラール皇帝がヴィクトール運河を開放した後、バレンヌ帝国は急拡大の反動による対応に迫られる事となり――その襟を正す事に注力しなければならなくなった事で陛下自身が遠征に赴く機会は極端に少なくなっていった。
それは帝国が国力を整える為の安定期に入った事を示しており、大規模な動員が起こらなくなった事から帝国最強と謳われたヘクターは次の戦場を求めて野に下り、陛下と婚姻を交わした事で前線から姿を消したエメラルドと同じように、テレーズもまたどこぞの貴族に嫁いだと聞いている。
戦場を共に駆け抜けた仲間達の立場が変わったように、男とジェームズもまた兵から将へとその立場を変えており――互いに家庭を持ち、後進を育てる立場となった事で現場から離れて久しくはなったもののその腕は衰えてはいない。
「――こちらも慣らしておくか?」
「頼む」
模擬大剣を壁掛に戻したジェームズが次に手に取ったのは訓練用の槍であり、軽やかな所作でそれを両手に収め、構えたのを合図に、男もまた模擬剣と盾を構え直す。
『先の防衛線で肩を並べた所感となりますが、彼の守りは竜の爪牙すら弾ける程に洗練されています』
ジェームズは大剣を得意としてはいるものの大凡全ての近接武器に精通しているのが彼の属する帝国軽装歩兵の職務であり、「行くぞ」と聞き飽きるほど耳にした口癖を洩らした親友は鋭く突き込んで来る。
一突きで死ぬ事が稀なモンスターを相手取る事が多くなった結果、切断する事で確実な戦力低減が望める剣の類が昨今の戦場の主流となっていた。
しかし、対人戦における最強の近接武器が槍である事に替わりはなく、帝国最強の使い手として名を鳴らしたヘクターですら槍を扱っていた。
その事実からも判るように、戦士を名乗る者にとっての槍の扱いは必須技能であり――それを弾くのが役目である男は迫り来る鋭い刺突を左手に巻いたバックラーで逸らし、大き過ぎる間合いの差を埋めるべく踏み込みながら右手の訓練剣を振るう。
「――っ」
だが、その広い間合いこそが槍の利点であり、刺突を捌かれた瞬間に身を引いていたジェームズの身体は既に遠く、その空間を得た彼は自らが持つ武器の真価を示すべく、狙い澄ました穂先を男に伸ばして来る。
「――効かんな」
その潰されている切っ先を振り下ろしていた剣を返す事で弾いた男は体勢を整えながら前に出る。
帝国重装歩兵は一歩も引かぬ事がその存在意義であるが、堪えるだけで勝利を得られる理はなく、仲間が攻勢に出られるように前に出て場を整える事もまた自分達の役目である。
穂先をいなされた瞬間に槍を引き、間合いを詰めようとする男に引き絞った穂先を合わせてくるジェームズに対し、男は穿たれるその一点を弾き、逸らし、払いながら前へと進み続ける。
ジェームズが大剣を扱っていた時の拮抗が嘘であるかのように流れは男の方にあり、後退できる距離の少なくなったジェームズは「槍では勝負にならんな」とぼやきながら構えを解く。
「すまんな」
「部下が見ていないのであれば構わんさ」
剣での攻防では互角であった事を鑑みれば、この結果はジェームズにとっては不本意なものであろう。
しかし、男の調整役を買って出てくれた親友はその不満をおくびにも出さずにそう流してから訓練用の槍を元の位置へと戻す。
「――新人を潰さずに鼻っ柱を叩き折れるのは羨ましい限りだが、此方の隊に彼女を呼んでも有意義な訓練にならぬからなぁ」
そのまま帰り支度を始めたジェームズは拝借していた予備の防具を棚に戻しながら愚痴るような言葉を零す。
「……友人に会えるのだから、彼女も喜ぶと思うが?」
その流れに従うように片付けを始めた男もまた使っていた武具片付けながら疑問を投げ掛けるも、ジェームズは気まずそうに視線を逸らす。
「それを否定したくはないが――彼女と会った後の妻の反応が少しな……」
「…………あぁ」
ヴィクトール運河の解放が成されてから十年近くの時が過ぎているものの、灰色の髪をなびかせる彼女の容姿は今も若々しい姿のままであり――ソレを怪物の類であると言う許し難い噂もあるが、「怪物が人間の病を気に掛ける訳もなかろうて」というのが男の意見となる。
「社交界であれば何の気兼ねもなく誘えるのだがなぁ……」
「そっちは彼女の方が嫌がるだろう」
陛下の直参で在り続けた彼女は未だに平民の身分のままであるが、七英雄の討伐とヴィクトール運河解放の立役者の1人である彼女の入城を断れる者等居よう筈もない。
しかし、あのヘクターですら騎士の相当位の名誉を受けたというのに、彼女は王宮への通行証を得ただけで逃げ去っており――逆説的に言えばその行動が彼女の意思を明確に示しており、帝国の権威の内に取り入れようとした瞬間に霞となって消えてしまうような予感が男達の中にはあった。
「まぁ、流石に顔を出しには来るが、気にしてくれるな」
「承知した」
宮殿に居る限りは会う事すらままならない実情に改めて肩を竦めたジェームズの言葉に応じながら、男は訓練用の片手剣を所定の場所に掛け戻す。
今期に各部署へ回される新兵達の式典は既に済んでおり本日から実務と訓練が始まる。
そして、例年通り――宮殿の訓練所に彼女が訪れる。
数時間後、男とジェームズが語り合っていた訓練所には新人研修として集められた新兵達が整列しており、彼等はこの場で与えられた指示に幾つかの表情を示していた。
大剣を無理矢理切り詰めて長剣大にした訓練剣を帯びているとはいえ、術者の類であると一目で判る赤いローブを纏った彼女と打ち合え命じられた新兵達の顔はいつも3つに分けられる。
侮る者、困惑する者、婦女子と剣を合わせる事に忌避する者。
それらは男やその部下である熟練兵達にとっては既に見慣れた反応であり、新兵等の心中に渦巻くそれ等全てが見当違いな驕(おご)りである事を知っている彼等は、まるで屠殺場に送られる羊を見るような目で新兵達を眺めている中――処刑場の幕が開く。
「っ――ぐぎゃぁああぁぁあ!」
何度目かになる悲鳴は順番待ちをしている犠牲者(しんぺい)を絶望の淵へと叩き落す演出となり、防御の為に振り上げた模擬剣とその先にある鎧の守りごと叩き潰された新人の惨状を目にした新兵(つぎ)の顔が引き攣る。
「――――」
そんな地獄を生み出している彼女は涼しい顔をしており、強烈な一撃によって拉げた鎧を相手から引き剥がした彼女はその中身である犠牲者を手早く介抱し、術法によって傷を癒した上で後遺症を残さぬようにと傷のあった箇所の仔細を確かめていく。
「…………」
倒された直後は鬼を見るような目で彼女を見上げていた新兵であったが、的確な処置と急速に薄れていく痛みに落ち着きを取り戻せば呆けように灰色の髪の奥にあるその美貌を見つめ始め、暫くすると熟練兵達の手で訓練場の端へと引きずられていく。
「――次」
散乱した鎧の破片と共に場外へ運ばれる新兵を見送った彼女は無慈悲にそう告げる。
そこから先も地獄の延長であり、単調な彼女の剣を何とか躱し、反撃する事によって状況を打開しようとした新兵は相打ちのように合わされた剣撃によって倒され、新兵の一撃をもろに受けた筈の彼女は何事も無かったかのように倒した新兵の治療を進め、「次」と地獄の宣告を続ける。
彼女の剣技は相変わらず拙いものの強烈な威力を伴っており、ソレが判っていても対処の仕方が判らぬ新兵達は持ち得る技術で対応しようとするも――惨状は変わらない。
真面な対応をしようとしたものは受けた防御ごと叩き潰され、先の先を狙った者は一太刀の栄誉を得たと共に何の対策も出来ずに受けた反撃によって地獄を見る。
そうして現れた、打ち合う事を徹底的に避けた小賢しい者――帝国重装歩兵に配属された意味を理解していないと見える――は、牽制を無視して強行突入してきた彼女の剛剣を抑えきれずに叩き潰される。
そんな地獄によって今期配属された全員が現実と未熟さを叩き込まれ、かつて彼女に叩き潰された熟練兵達が限られた挑戦権を競って牽制しあう奇妙な静寂の中――。
「面白い事をしてるじゃないか」
宮殿内へ続く階段の上に騎士とは思えぬ風貌の女戦士が現れる。
彼女は先日引退したアンドロマケーの後釜として帝国専属の傭兵(フリーファイター)に就いたシーデーという名の女戦士であり、猛虎と評されている荒々しい女の視線はこの場の責任者である男に向けられていた。
見掛け通りの好戦的な性格をしているのは若かりし頃のアンドロマケーと同じであり、シーデーも宮殿への自由通行が許された傭兵である事から腕が立つのは確かだろうが――彼女への態度からしてヘクター程の嗅覚が無いのは確かであると男はシーデーを評する。
同時に、『本物』を知る機会を与えた方が良いと考えた男が頷く事で許すとシーデーは意外そうに口笛を鳴らす。
「堅物だと聞いていたけれど、意外と話せるねぇ」
そんな皮肉と共に、一息で彼女の前に跳び寄ったシーデーの身体能力はそれだけ優れていると判り、確かに『攻撃する為の剣』としては優秀なのだろう。
しかし、彼女を目の前にしても言動からに変化が無かった事で経験が備わっていない事も確信した男は想像に固くない未来に目を瞑る。
「――合図は?」
「お好きにどうぞ」
唐突な挑戦者に対する彼女の反応は冷淡であり、そんな中で決められた合図を現実にするべく気を利かせた副官が硬貨を宙に放る。
ソレを目で追った2人は構えを深くし――宙を舞った金属が石畳を弾いた瞬間、彼女が地面を蹴る。
「っ! 早いだけで……!」
ソレは相変わらずの力押しな剣であり、瞬く間にシーデーの眼前へと彼女は躍り出ていた。
しかし、勢いのままに振り降ろされた彼女の剣よりもシーデーの迎撃の方が速く奔り、その剣は中空に居る彼女の脇腹に深く抉り込むも――。
「がっ、はぁ……!?」
迎撃の剣を脇腹にめり込ませたまま振り落とされた彼女の唐竹がシーデーを叩き潰し、予想外の深手に立ち上がれなくなったシーデーは信じられないモノを見るような目で彼女の事を見上げる。
「――モンスターというモノは即死しない存在が多く居るし、例え両断されても反撃を振り下ろして来るモノも居るよ」
膝をついたままのシーデーにそう言った彼女は相手の肩の開放骨折を癒しながら、その身を掴み上げる。
「今から、本物の戦士が戦ってくれる。……その姿を、よく見て学ぶといいよ」
そう言ってシーデーを訓練所の端へと放り投げた彼女は男の方に視線を向ける。
『インペリアルクロスという陣形の最前線に配するならば、彼以上の適任者は居ないと存じます』
灰色の髪の奥にある瞳と気配はいつぞやに玉座の前で見せた時と変わりは無く――彼女に新兵教育を相談してからの恒例となっている手合わせの求めを受けた男は、静かに模擬剣の感触を確かめた。
言葉を交わす事なく男と彼女は対峙し、細やかな所にまで気のきく副官の合図から始まった剣戟の間にも言葉は無く、ただぶつかり合う鋼同士が火花を散らし、打ち合う剣の衝撃が肌を撫で続ける。
模擬剣やバックラーによって逸らしている彼女の剛剣はまるで大岩のように重く、赤いローブの奥に隠れた細腕の何処にこれだけの力が有るのかと疑問に思う時があるものの――そんな事に気を取られれば瞬く間に押し込まれる事が判っている男は、ただ愚直に己の技術を持って降り掛かる剣に技を合わせる。
種(たね)を明かしてしまえば術法の類によるものなのだろうが、その方面に疎い男に原理は判らない。
だが、それら含めた不合理から仲間を守るのが重装歩兵の務めであり、自らが傷付く事で仲間の枷にならぬように身を守りつつ、敵を進ませぬように踏み止まり続ける事が誇りであると示すよう、男は彼女の猛攻を捌き続ける。
「どぅりゃ!」
とは言え、受け流すだけでは彼女を調子付かせるだけであり、男は付け入る隙を見い出せば命に関わりかねない一撃を叩き込む。
「……っ、く」
単純な袈裟懸けを上手く逸らして懐に飛び込めた男は、彼女の剣に絡めた己の剣を起点とし、盾を巻いたままの拳を相手の右脇に捻じ込ませる。
常人であれば肋骨を盛大に痛め、下手をすれば肺にまで至った傷によって命を落としかねない一撃であったが――こんな事で終わるならばシーデーは倒されていない。
同時に、ここで追撃に移ってしまえば彼女の思う壺である事も男には判っており、前に出た分の猶予を消費する事で体勢を整え、肺に溜まった息を抜いた所で彼女の繰り出す唐竹が降ってくる。
「効かんな」
攻勢を挫いたのが効いているのかその一撃は今までにない程に単調であり、半身を反らしながら振り下ろされる軌跡に盾を置く事で容易に弾く事に成功した男は、それで得られた猶予を模擬剣による横凪ぎという形で消費する。
「ぐ……っぅ」
いなされて隙を見せていた所でダメを押しを受けた彼女はつんのめるように転倒し、男は眼前に転がった彼女を容赦なく蹴り飛ばしておく。
あまりにも非情な追撃に新兵達から息を呑んだような気配を感じたものの、この程度の事を躊躇してしまえば彼女が落胆するのは目に見えており――足を捕まれて引き倒された時に備えて逆手に持ち変えていた模擬剣を順手に持ち直したのと時を同じくして「……やっぱり脆いね」という彼女の声が響く。
その言葉の真意を探れば、これまでの猛攻によって曲がってしまった模擬剣を残念そうに眺めている彼女の姿が見て取れた。
「まだ続ける?」
「君の気が晴れているのなら終わりにするが?」
彼女の何気ない問いに男が応えれば朗らかな笑顔が返され、曲がった模擬剣を床に転がした彼女がその手を挙げれば、気を利かせた副官が次の模擬剣を投げ――。
「――――」
それを受け取った彼女が目を瞑れば、研がれてもいない無骨な模擬剣が薄っすらとした光を帯び始める。
これもまた男にとっては未知の技術であるが、「どうせ何らかの術法なのだろう」と男の思考が脇に逸れてしまった瞬間、前傾姿勢を取った彼女の姿が霞む。
「――ぬっ!?」
そうして相手を見失ってしまった失態を挽回するべく、男は彼女の行動が『跳躍からの唐竹』と見せ掛けての『床面から振り上げられる逆袈裟』と読むも――。
「ぐぅ……!」
予想通り、地を駆けて来た彼女に向けて振り下ろした模擬剣が空を切る。
ソレが2段構えのフェイントだと男が察した時、たたらを踏んだ男の頭上へと彼女は跳んでおり――その左手は、四足獣の爪に見立てたかのように振り上げられていた。
振り下ろされるのがただの打撃と侮る者はこの場には居らず、飛び掛からんとする四足獣を前にしたのと等しい危機に対し、男は左腕に巻いたバックラーを振り上げながら前へと踏み込む。
帝国重装歩兵の本懐は帝国の退かぬ盾であり、陛下の命もなく後ろに下がったとなれば男の役目を崩した彼女の勝ちとなり、踏み止まって爪を受けしまえば彼女が本命としている筈の剣か蹴りが飛んでくる。
となれば前に出た上で背後に抜かせないのが最善であり、バックラーを傘にして降り掛かる爪を潜り抜けた男は左腕(たて)に掛かる衝撃を引き込む事で相手に反動という逃げる隙を与えず、空中に縫い留めた彼女に振り返りながらの一撃を切り上げる。
「――っづ」
振り上げた模擬剣は彼女の胴体に激突し、その十分な手応えを剣身に捉えたまま、男は相手を元居た場所へと叩き飛ばす。
訓練用の剣による一撃であろうとも深手になっていてもおかしくない剣戟であったが、相手は開放骨折すらも一瞬で治せてしまう術者である為にコレでも決定打になる事はない。
「――――」
故に、そんな些細な事よりも重要なのは先程の攻防において彼女の爪も剣も届かぬ状況であった事を示し、自分が傷付いたとは言わせない結果を残せた事となり、男は倒れている彼女を視界の中心に納めながら息を整える。
「…………流石だね、ベア」
「なら良かった」
3秒ほど倒れ伏していた彼女であったが、一度立ち上がってしまえばその所作に痛打を受けた手応えは感じられず、視線と共に送られた称賛に応えるよう、男は構えを深く取る。
「まだ遊ぶ?」
「――我慢比べなら負けんぞ?」
挑発的な誘いに覆してはならない事実で返せば、彼女は深く前傾姿勢をとり――石畳を蹴った音を最後に、鋼の激突が再開される。
「(――――あと、何年続けられるだろうか?)」
訓練用の剣が火花を散らす中、男の脳裏にそんな言葉が過る。
術者である彼女が剣を振るう意味は薄く、この立ち会いは新兵達の意識を改めた後にある余興であり、彼女の言うように『お遊び』である。
そも、彼女が術を使えば盾である男は燃やされるだけであり、使わないのであればこの瞬間にも行われている立ち回りの通り、剣技を有する男に嬲られる。
この攻防はその事実を確かめるだけの余興であり、あえて意味を見出すなら帝国が戦っている存在に対する常識を知らない戦士の雛鳥や卵に今在る高みを見せ、その頂きを魅せる事になるのだろう。
「――――ぬっ」
詮無い思考を回しながら染み付いた体捌きで彼女を抑えていると、彼女にしてもあまりにも無理な体制で放たれた蹴りがバックラーに直撃し、思わぬ所で振るわれた衝撃に男の動きが止まる。
「……余裕があるね?」
男のバックラーを蹴り抜いた反動を利用して跳び退り、強固な盾を蹴った事で折れたと思しき足――術法で治したと思われる――の具合を確かめた彼女は再び構えを取る。
「…………そう見えるか?」
「余所見をしているから、つまらないのかと思ったけれど――随分と楽しそう……なのかな?」
男の心情を盗み見たようなその言葉に、彼の口角が自然と引き上がる。
「(あぁ――確かに。自分は今……この瞬間を楽しんでいるのだろう)」
親友(ジェームズ)にも言われた事ではあるが、彼女に言い当てられたとなればそれは疑いようのない事実であり――この得も言われぬ感情が、自分の技術やこの生き様(サガ)をいつまで持っていられるかぼ不安の裏返しなのだと気が付いた。
「(……随分と、余分な事を持ち込むようになったものだ)」
帝国重装歩兵の信条とは違った誇りを吹き込まれ、家によって決められた妻と愛を育める幸運を得る事が出来た上、優秀な子供にも恵まれ――今ではその子の未来に一喜一憂するようになっていた。
『私は御覧の通りの体躯ゆえ、素早い動きは得意としません。――その代わりに、私は決して後ろに退がることはありません』
そんな今に対し、彼女と出会った頃の男は帝国重装歩兵の信条たるその言葉のみが全てとなり、それだけで帝国の敵の前に立ち塞がっていた頃と比べれば確かに『余分な事』を背負っているのだろう。
「――それでも、抜かせはせんさ」
脈絡のない男の言葉に一時きょとんと呆けた彼女であったが、その意図をどう捉えたのか楽しそうにステップを踏む事で足の調子を確かめた彼女は足を止め、模擬剣を引きながら身体に力を溜める。
「――――」
対して男の構えは変わらない。
その在り方、常に戦場の最前線に立ち続ける事こそが帝国重装歩兵の存在意義であり、周囲の若人達にソレを示すように――男は剣を重ね続けた。
ここで一区切りとなります。
ご拝読頂き、ありがとうございました。
下書きは、火山の件が完全に終了するまで。
プロットは、ゲーム終了後の先――本作の始まりまで。
上記が作成済みとなり、後は書くだけとなっております。
(……それが長いのですが)
今後も皇帝単位で上がり次第、アップしていきます。
予告:次の皇帝は、ネットで噂になった事で筆者を購入行動に移させたビーバー帝です。