竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-01 竜の子育て(人外)(後)

 

02-01 竜の子育て(人外)(後)

Ver1.0

 

 

 

 ソーモンに渡ったイロウルと幼いビーバーが移住先としたのはクジンシーが使っていた館となり、魔物の巣の跡地という事で格安で売られていたのを確保し、現地の人間に預けながら修繕を進めさせていた物件であった。

 館の出自が出自である為に修繕の手はロビーと直近にある寝室までしか進んでいなかったものの女2人が住む家としては充分過ぎる広さがあり、管理を任せていた者を使用人として雇い直したイロウルは荷を解き、ソーモンでの拠点となる館の整備を開始した。

 そこから先はアバロンで成した事の二番煎じであり、『どこぞの出資者の娘』としてソーモンにまで伸ばしていた資産と権限を引き取り、あの大都市で成していたように術酒や魔石を売り、資産を重ねていくようになる。

 この頃の‘ベルフェジール’は‘イロウル’と遜色のない受け答えが出来るようになっていたものの初動ではやはり‘友人’の判断を仰ぐ事が多く、竜の中に居る自分が消える事はないのだろうと実感出来るようになった‘人間’もまた協力を惜しまないようになった事で身体(イロウル)の主導権を預かる時が増えていた。

 

『(……竜は、他の竜に成り代わるなんて事を考えもしないけれど――人間は違うの?)』

 

 そんな中で向けられた‘ベルフェジール’からの質問は明らかに蔑視的な感情が含まれており、前々から蓄積して来た結果であろう軽蔑の声音を含む竜の問いに‘イロウル’は思わず立ち止まり、深く黙考する事となる。

 

「(――後ろめたい事をする者が取る手段ですので、褒められた事ではありませんね)」

 

 高い能力を持つ‘ベルフェジール’が真似ているだけあり、最近の竜の言動は‘イロウル’からしても自分が喋っているのではと錯覚する程であったのだが――。

 そんな中でも譲れぬ事があるのは新鮮な経験であり、それを楽しいと思ってしまう自分が居る事に気付いた‘人間’は「(私も毒されているなぁ……)」と思いながらも、人間にとっても『名を伏せる事は』好ましくない事であると応えたものの、当時の竜はその言葉だけでは納得してくれなかった。

 

「(…………)」

 

 この世界での『イロウル・ベルフェジール』という名前と在り方を簡単に決めてしまったのは‘ベルフェジール’の方であるが、これまでの言動を鑑みるに竜は『名前』や『誇り』の類に一段の重きを置いている節があった。

 

「(……ラムサス様以外の竜の方々と話す機会は殆どありませんでしたが――ベルフェジール様や他の竜の方々にとっての名前はそれ程に重要な事なのですか?)」

 

 そうして‘イロウル’にとっても未知の文化である竜の常識を問い掛けてみると『名は個を示す証であり、姓はその血筋が成して来た歴史を示す証となる。――混ざり、変わり、積み重ねた“魂(いろ)”は今に至るまでの命の歴史であり、それを簡単に変えるのは世界に対して失礼な事』と、未だに拙い所のある‘ベルフェジール’の言葉とは思えぬような応えが返って来た。

 

「(――――)」

 

 いつもと異なるその言動はこの世界に来てから‘イロウル’が度々感じていた違和感であり、気付いてから50年も経った今になって漸く言語化出来た予想となるが、この幼い竜が彼女らしからぬ言葉を発する時は竜としての身体に刻まれた記憶を読んでいるだけなのだろうと‘人間’は当たりを付けていた。

 同時に、このような返事が返って来た時の‘ベルフェジール’は非常に頑なであるのだが人間(じぶん)達に関わる事なら伝え方は幾らでもあり「(悪い事をすれば流石に警戒されます。……それでも見逃されているのは――彼等にとっても都合が良いからですね)」と悪用しない旨と寿命の差を紛らわす為に致し方無い事である事を誠心誠意伝えれば『(…………表層しか見れない人間は、単純なんだね)』と害意を取り下げてくれた。

 そんな一悶着もあったもののソーモンでの地盤作りは順調に進み――噓をついている事によって鬱積していた感情を収める事の出来た‘ベルフェジール’の興味はイロウルに対するソーモンの有力者達の反応へと移り始める。

 ‘自分達(イロウル)’との顔合わせの際、イロウルの顔を初めて見た人間達は示し合せたように呆け、胸にまで視線が降りた所ではっと我に返ってから交渉を始めるのが常となっていた。

 “目”に映る相手の“情動(いろ)”からそれが生殖に纏わる感情であるのは‘ベルフェジール’にも理解できたものの、同じ人間である筈の‘イロウル’にその詳細を問えば今度は‘友人’が忌ま忌ましげな呪詛を洩らす。

 アバロンに初めて入った時から気付いてはいたものの、『優秀である者』として設計されたイロウルの顔貌は世界や時代が変わっても好評であると認識した‘ベルフェジール’は‘イロウル’の発する憤りすらも面白いと思いながら自分の内に居る‘友人’の情動の変化にも気を配るように努め、人間の事を更に学んでいった。

 そうしてソーモンでの基盤を確かなものになるにつれて初めて出会う者が少なくなくなり、初対面のような面白い反応が出る事がなくなって来るものの――今度は竜で言う所の『姫』――生物の理に当て嵌めると交配を求める者が現れ始める。

 それはアバロンでも感じた事のある感覚であり、‘ベルフェジール’としてもそんな感情を向けられる事に悪い気はしないものの実らぬ情動に相手の貴重な時間を奪ってしまうのは本意ではないと考えた竜が‘イロウル’に相談すると「(家にビーバーが居る事を告げると良いですよ)」と教えられ、半信半疑ながら熱烈に話し掛けてきた相手に「家に居るビーバーと一緒に食事をしましょうか?」と問えば此方を強く求める“感情(いろ)”が面白いように激変するのが見えた。

 その後、潮の目が引くように話し掛けて来ていた男性達が散っていくのはある種の喜劇であり、‘イロウル’の助言通りの結果ではあったものの、考えてみれば短命故に決まった交配相手と一生を過ごす以外に安定した道が無いという理に則した反応が確認出来た‘ベルフェジール’はとても満足していた。

 そんな遊びを続けながら‘ベルフェジール’が日常を回している中、イロウルの養女のような立場に収まっているビーバーは幽霊屋敷のような館の中ですくすくと成長を続けていた。

 ‘イロウル’としては顔形が整っているのだから教養を身に付ければ将来引く手数多だろうと考え、勉学とその延長としての身を守る術としての術法を教え込んでいたのだが――。

 ‘ベルフェジール’は早世したビーバーの実母や祖母であるキャットの事をよく話しており、彼女等がどう生き、何を成し、如何にして終わりを迎えたのかという幼子に聞かせるには早過ぎる内容を事あるごとに伝えていた。

 そして、戦人の家であれば身体の基礎を作る年齢となればソーモンに居た小剣の講師を呼んで実母や祖母が持っていた小剣の技を学ばせ始め、館の大半が幽霊屋敷状態である事を利用して実母達の技術を見様見真似で伝授しようと画策し始めるようになる。

 

「……ベルフェジール様は、キャットのようなシティシーフの類がお嫌いだったのではないでしょうか?」

 

 ビーバーはよく応えてくれているものの‘ベルフェジール’が教えているのはキャット達のような生き様であり、身体を鍛えるにしても真っ当な戦人を目指しているとは思えぬ教育方針に‘イロウル’がその真意を問うと、竜は『自分の姓の意味を知らない事は、彼女をこの世に生み出した血と思い出に失礼だもの』と詩的な応えを返して来た。

 

「――――」

 

 この頃になると‘ベルフェジール’が彼女らしからぬ詩的な応えを返す時はその身に染み付いた竜の文化を表していると確信していた‘イロウル’であったが、ビーバーの人生に纏わる時に限ってソレが出た事に頭を抱える事になった。

 

「…………ベルフェジール様。それでもビーバーの幸せを願うなら――もっと後に伝えるべきではないでしょうか?」

 

 ‘ベルフェジール’がその定型的な言葉を信じて付き従う事を是としているのを理解していた‘イロウル’であったが、今回ばかりは他人の一生が掛かっている事から根気強く彼女の本心を問い質す事となったのだが――。

 

『本来であれば親が伝える事だけれど――居ないのであれば、知っている私が伝えないとキャットやあの子が可哀想だもの』

「――――」

 

 最後に明かされたその言葉こそが‘ベルフェジール’の心が発した本心であり、竜の文化とそう違いが無い事から翻意させるのは不可能だと理解した‘イロウル’は、幼子には酷な話だと理解しながらも方針が微妙に異なる教育をビーバーに続けていく事となった。

 安定した生活を手繰り寄せる強かな淑女に至る為の教養と、どこででも生きていける野良猫のような技術。

 相反する事も多々ある教育方針に晒されたビーバーにとっては災難な話であったが、もう1人の育ての親となった使用人から『教育を受けられる事』が如何に恵まれているかを教え込まれていた聡い子は身に降りかかる教えを享受し、それらの技術を自分の物としていった。

 そうして月日が流れていく中――鳶(とんび)の子は鳶(とんび)にしかならないとでも言う事なのか、ビーバーもまた『隠れ潜む事になってでも自らが良いと思える事を成す』という思想に惹かれているのが目に見えて判るようになり、‘イロウル’としては彼女が祖母や実母と似たような末路を辿る事を危惧したものの、その道を嫌いつつも育てている幼子が同じ道を進む事を容認している‘ベルフェジール’は順を追うように難易度を上げていき、その技術を伸ばし続けた。

 そんな修練の結果の1つがビーバーの隠密術であり、‘イロウル’がその訓練に付き合わされた折、“気配(いろ)”で世界を見ている‘ベルフェジール’の忠告で振り返った時になってから初めて彼女の存在を認知出来た時には久しく感じていなかった死の気配に身を震わせる程であり、「(表舞台には出られぬ技術とは言え、彼女等(シティシーフ)もまた英傑なのですね)」と妙な納得を感じる事となった。

 もっとも、ビーバーからすればどんなに巧く隠れても最後には見つかってしまう事に地団駄を踏んでおり、その微笑ましい空気(まそ)を飲み込んだ‘ベルフェジール’は「普通の人間相手なら見付かる事はまず無いと思うけれど、人外の技術を以て周囲を見ている相手も居るよ」と告げ、「その高度な技術に慢心する事なく、見つかった後の事も考えて行動なさい」と続けた。

 その言葉によって‘イロウル’が教え込んでいた術法の重要性を再認識したビーバーは‘友人’の指導にも熱心に取り組むようになり、魔力の“才能(いろ)”は薄いと断じていた‘ベルフェジール’もその意欲に応えるように彼女の実母に贈った物と同じ竜魔石の装飾品を与え、その低い魔力を補うように仕向けた。

 そうして確かな才能が健やかに花開いていくの見守りながらも2人(イロウル)は新しい『イロウル・ベルフェジール』としての基盤を広げ続け、実態としては身体の主導権を持っている‘ベルフェジール’が‘イロウル’の言われるがままにお金を動かしていただけであったが、その‘友人’が「……投資先が無くなってきましたね」と愚痴ればここぞとばかり腹案を提案し、館で孤児院の真似事を始めるようなった。

 話を受けた‘イロウル’やその行動を見たソーモンの有力者達は自ら進んで面倒事を抱え込もうとする慈善行為に感心する中、それを差配した‘ベルフェジール’には彼女なりの意図があり、年上の人間としか関わる事のなかったビーバーの“魂(いろ)”が自分より幼い子供達と関わる事によって深みを増していく事を認めた竜はその変化に大いに喜んでいた。

 とはいえ、自分の尻も拭けぬ子供達を館に招き入れた結果、‘ベルフェジール’は人間の擬態として行っていた睡眠すら取れない程の激務に晒される事となったのだが――自らが手繰り寄せた人間の理(おかねのつかいかた)に竜は大変満足していた。

 しかし、ビーバーが大人顔負けの技術を持っていようとも日中の館に居る大人が使用人1人だけという事実に変わりはなく、修繕が行き届かぬままの館で子供を遊ばせ続けた結果――防ごうと思えば防げたであろう事故が起きる事となる。

 ‘ベルフェジール’がソレを察知したのは‘イロウル’の差配のままにソーモン商業組合との会合を続けていた時であり、急に席を立った竜は‘友人’や組合員の困惑を置き去りにするように広く大きな窓から外へと飛び出していた。

 その強引な行動の理由を問う‘イロウル’に説明をする暇もない程に‘ベルフェジール’は急ぎ、すれ違う人々が驚く程の速さで駆け付けた館の中ではビーバーの真似をしていた子供達の内の1人が頭から血を流して倒れており――使用人も含めた全員が恐慌状態に陥っていた。

 それらを認めた竜は速やかに治療を始め、その最中にこの子供がなぜ死にかけているのかという推移を聞けばビーバーの後を追ったものの技量差は如何ともしがたく、天井の梁から転落したという事だった。

 診始めた時には頭どころか首すら痛めた危険な状態であったものの急ぎ駆け付けた事もあって命を失う前に回復が間に合い、“浄化”の魔術で痕跡も消した事で次の日には何事もなかったかのような生活が再開される事となった。

 そうして起こってしまった事故を日常で覆った後、会合を投げ出してしまった商業組合への謝罪と説明を済ませた‘ベルフェジール’は自責の念に駆られているビーバーを横に座らせ、慰めるように彼女の金色の髪を撫でていた。

 ビーバーを特に優遇しているのは確かであるものの‘ベルフェジール’は館の全員に声を掛けており、その献身を快く思った‘イロウル’が「(……ベルフェジール様は子供の事が本当に好きなのですね)」と素直な感嘆を向けるも、竜は『(違うよ)』と明確にそれを否定し――。

 

『(私の領域内では命の保全に気を払うけれど――“才能(いろ)”の無い彼等の役目は、ビーバーの“才能”を砥ぐ為の石でしかないもの)』

 

 その後に続けられたのは何とも心無い言葉であり、口調からも竜の文化ではないように思えたソレに‘イロウル’の背から嫌な汗が流れるのを感じながらも真意を問えば、‘友人’が内包していた感情――竜という種の本質を知る事が出来た。

 

 才在る者は世界の為にその力を振るう。

 才無き者はそれを支え、その邪魔をしない。

 それらの理外れた者は、速やかに排除する。

 

 それが竜という種が持つ理(シキタリ)の根幹であり、これまでの事を思い返してみれば‘ベルフェジール’が感情的になるのはそれらの何れかに反した時だった。

 

「(――キャットやその娘を助けたのは、彼女やその娘の才能が優れていたからですか?)」

『(そうだよ)』

「(……もしも彼女達に才能の目が無かったら?)」

『(ここまでは入れ込まないかな)』

「(――――私の事を気に掛けているのも、力があるからですか?)」

『(切っ掛けはそうかな。――あのR系フレームのなれ果てが気に入っているだけあって、イロウルの“魂(いろ)”は怖い位に整っているから見ていて飽きないし……この世界で成した事も好ましく思っているから、元居た世界に戻れた時にはアレとよく話し合わないと殺され――ううん、私は『姫』だから、全てのB系フレームとアレとの戦争になるかな?)』

「(――――)」

 

 泣き疲れて眠りに落ちようとしているビーバーを抱き寄せ、肩に乗った頭を撫でながら交わされている物騒なやり取りが表に出ないように務めながら、‘イロウル’は黙考する。

 ‘友人’が沈黙する中、久しぶりに長く話せる事が楽しかったのか‘ベルフェジール’はソーモンで行き場のない孤児達を引き込んだ意図すら共有し始め、館の修繕を一気に進めずに子供の興味を引く危険な遊び場を残していたのは昨日のような事故を誘発する意図があったとも伝えてくる。

 何とも言えぬ悍(おぞ)ましさのある言葉に耳を疑いそうなった‘イロウル’であったが、上機嫌な‘ベルフェジール’は目論見通りに死を間近に見たビーバーの“魂(いろ)”は大きく揺れ、責任感という“感情”が深くなったと嬉しそうに続け、『(砥石も砥石なりに成長し、ビーバーを助けるようになってくれれば言う事は無いかなと)』竜は彼女なりにビーバーの幸せを願っている事を付け加える。

 

「(――――)」

 

 そうして何も失う事なく得られた結果に喜んでいる‘ベルフェジール’を前にした‘イロウル’は、時に醜悪にとすら思える程に厳格な理(げんじつ)に沿うのが竜という種であり、もしも自分と共にある‘友人’が人の道から大きく離れるようならば覚悟を決めなければと心に留め、これからは意図して潜伏する事で竜の意図を見定め、必要とあらば矯正していく事を心に決める事となる。

 そんな思惑が交差する中でもビーバーは成長を続け、‘イロウル’が教えていた礼儀作法は宮仕えに出しても恥ずかしくない所作となり、戦闘技量においては術法の基礎を理解しつつも‘ベルフェジール’が『覚えていた』実母達の身のこなしや小剣術を自分の物として扱えるようになり、小剣対長剣という‘イロウル’優位の手合わせでも勝ち目が見えなくなった事で2人(イロウル)は日に日に教えられる事が無くなって来ているのを感じていた。

 そうして自由な時間が増え始めたビーバーは‘ベルフェジール’が館に持ち込んでいたキャットの遺品――倒れた経緯も判らない彼女の服をどうやって回収したのか――に似せた服でソーモンの町に繰り出す事が増え、義賊の真似事をするように揉め事を解決して回る事が増えていった。

 そんな活躍の結果、成敗しても明確に罪に問えない相手を引き込んで統率するようになっていった事からソーモンの治安はアバロンに引けを取らない程に高まっていったものの、元無法者達が集団となって固まっている事実は町の方々からは明確な脅威として映っており、傭兵組合や商業組合からの編入要請や武装解除依頼がイロウルに届いた事で板挟みとなった‘イロウル’が頭を悩ませていた頃――それは起こった。

 

 

 

 いつもと変わらぬ朝――夜明け前から準備していた朝食の準備を終えた‘ベルフェジール’が寝室から起きぬけたビーバーの“気配(いろ)”を感じ、食事所に入ってきた彼女に人間の習慣(あさのあいさつ)を向けようとした瞬間、よく判らない“気配”を発した、暖かくも荘厳な光が少女の周囲に漂い始めた。

 

「――――何?」

 

 竜である自分ですら正体の掴めぬ光に‘ベルフェジール’が警戒と困惑を示す中、当のビーバーは静かに目を瞑ってから「アバロンに――王座の前に向かわないと……」と呟き、意を決したように双眸を開けば手段と許しを乞うような瞳を育ての親(イロウル)に向ける。

 

「…………」

 

 その言葉とジェラール帝から聞いていた『伝承法』の概案から事態を察した‘ベルフェジール’は念の為にとビーバーの“魂(いろ)”に異常が無い事を確認し、際限なく広げていた“目”による索敵網を狭めた竜は保護していた娘を見つめ返す。

 

「――バレンヌ帝国に関わる事。……それが貴女の願い?」

「…………うん。――まだ、よく判らないけれど……私が願っていた事を形に出来る方法が、そこにある気がする」

「今の帝国は『伝承法』という術を用い、世界の安定と人間に生活に仇なしていると目されている七英雄との戦いを企図している。……ビーバーの才能とこれまで学んだ技術を鑑みれば、その戦いに巻き込まれる可能性がすごく高い。――クジンシーは雑魚だったけれど、他もそうとは限らないよ?」

 

 希望にうなされたようなビーバーの言動から、あの光が『伝承法』の前兆現象なのだと確信した‘ベルフェジール’は前提を1つ1つ挙げ、ビーバーの真意と覚悟を確かめるように問い掛ける。

 目の前にいる人間には十分な才能があり、竜の理(シキタリ)で考えるならビーバーは人間の為に尽くさねばならないような存在である。

 その常識に則る為に‘ベルフェジール’は‘イロウル’の教育方針とは違った鍛え方に固執し、この娘もソレに応えてくれた。

 だが、ビーバーの性別は竜に照らし合わせれば『姫』――自分と同じ生産ユニット――に該当する存在であり、争いに関わらない所で静かにその役目を果たし、キャットやその子供のように『誰にも守られずに1人で終わるような最期から遠ざかって欲しい』と強く強く願っている自分がいる事に気が付いた‘ベルフェジール’は身の内に生まれたその感情に戸惑いも覚えてしまっていた。

 

「――――」

 

 人間の世界においての常識がどうであるかが判らない‘ベルフェジール’は彼等と同じ存在である‘イロウル’に答えを求めようとするも『この場は自分で取り決めなければならない』という直感がそれを押し留め、相談する事も干渉される事もしてはならないと感じた竜は自分の内でまだ寝ぼけている‘友人’を自らの魂の奥へと押し込める。

 

「――――そっちに進めば、人間にとっては耐えられないぐらいに辛い事も多いと思う。……ビーバーは綺麗で賢くなったから、ここに居ればそんな決断をしなくても幸せになれると思うよ?」

「……叔母様が築いた私の世界はとても幸せなものだけれど――この光の先には、皆を幸せに出来る道があると思うから」

 

 ‘ベルフェジール’が考え抜いた疑問に対するビーバーの答えはキャットやその娘の心の端にもあった“願望(いろ)”であり、ビーバーからも発せられたそのあまりにも美しい“感情”に心の震えた竜はその眩しさに目を閉じる。

 

「――ここは任せるよ。明日……ううん、明後日にはここを出られるようにするから、他の子の対応が一段落したらビーバーも旅に出る準備して」

 

 そろそろ起きて騒ぎ始めるであろう砥石(こども)の身支度をビーバーに丸投げた‘ベルフェジール’は、これまでそうしていたように‘イロウル’の行動をなぞりつつ、自分が想う願いに沿うようにその所作を修正していく。

 先ず最初に自らの気概を示すべく旅装へと着替え、この地に封印していたイロウルの剣を取り出して剣帯に収める。

 それから先は早朝から開いている店や関係者から順に事情を話し、自分がソーモンから居なくなる旨と残される館の後見を願う。

 それが‘ベルフェジール’の下した決断であり、判断力の乏しい館のお荷物(にんげん)を残して行く以外は幼いビーバーと共にアバロンを出た時の焼き直しとなり――。

 館を出立する最中に捕まえた元使用人――今は孤児院側の代表をして貰っている――に事情を説明しながら5年分位の給料になる筈の大金貨十数枚を握り込ませ、困った場合にはソーモンの商業組合を頼るように言い聞かせてから館を出る。

 そうしてソーモンで築いた地盤の放棄を始めた‘ベルフェジール’は傭兵や隊商の取り纏めを行っている傭兵組合でアバロン行きの旅客枠を2人分確保し、次に‘イロウル’が出資していたヒラガ三世を叩き起こしてから今後は継続的な資金提供が難しくなる事を伝えながら傭兵組合で引き出した大金貨百枚を押しつけておく。

 最後に、この町に来る前からの付き合いであり、館に居を構えてからは最も深い仲となった認識しているソーモンの商業組合で魔石商と術酒卸としての権利を返却しながら館の名義をアバロンに置いている架空の名義へと変更し、管理者を元使用人の名前に書き直す。

 その頃になると事情を知った方々から熾烈な引き留めが始まったものの「アバロンに譲れぬ用事が出来た」と‘ベルフェジール’はそれらを突き返し、どうしても必要なものは明日までに用意すると伝え――。

 次の日に届いた方々からの各種書面を夜通しで整え――『伝承法』の兆しを発したビーバーに約束した通りの日程で隊商の旅客席に座り、今は隣に居るビーバーと共にアバロンを目指す隊商が出発するのを待っていた。

 ‘イロウル’が目を覚ましたのは馬車の中で出立を待っていたこの瞬間となり、寝ぼけ眼で見ていた記憶を追想する内に‘ベルフェジール’が下した強引な手段に頭を抱え始める。

 

「(すぐに去らないといけないにしても、もう少しやりようがあったでしょうに……)」

 

 ‘ベルフェジール’の強行軍を最後まで確認した彼女の感想はその一言に尽き、アバロンに着いたら何が何でも時間を作り、引継ぎの手紙と土産を送らねばと思案する‘イロウル’の脳裏に、ふと懐かしい既視感が過る。

 その唐突で劇的な献身は元居た世界で自分の事を気に掛けてくれた灰色の竜の姿と重なり、思い至った答えに彼女は深い溜息を付く。

 そう――気に入った“魂(いろ)”を持った人間が望むモノを安易に与えてしまうのが竜の悪癖であり、今の‘ベルフェジール’がその欲求に従っているのだと‘イロウル’が思い至ったと同時に、ビーバーとイロウルを乗せた馬車は動き始める。

 

「(――これから、どうするお心算で?)」

『(…………人間の域を出ない状態で、ビーバーの願いを叶える方法を教えて欲しい)』

 

 後始末だけを押し付ける事を心苦しいという思う良心があるのを確かめられたのは嬉しい成果であったが、‘竜のお嬢様(ベルフェジール)’の所望する未来は中々に難しい難題であり、馬車に揺られる‘イロウル’はその実現方法に思い悩む事となった。

 

 

 

 ソーモン・アバロン間の平原の横断は順当に進み、ソーモンを出立した2週間後にはビーバーとイロウルはアバロンの城門を抜けていた。

 

 10年以上離れていたアバロンの町並みに大きな違いはなく、そもジェラール帝が生まれた頃から変わる事無く在り続けているのだから早々変わる物ではないかと思いながら‘イロウル’は石畳進んでいく。

 

「――――」

 

 その隣を歩くビーバーの方はソーモンと比べれば天を突くようにも見えるであろう建物の密集具合に目を丸くしており、この程度で驚かれては宮殿内で卒倒しかねないなと考えながら2人(イロウル)は40年前に歩き通した道を辿り――。

 

「ここから先は宮殿である! 市民が何用か!?」

 

 そうして宮殿に至る道を進めば、あの頃よりも刺々しい門兵の声に呼び止められる。

 宮殿前の城門で帝国域内の戦力の登録をしていたのは過去の話であり、ソーモンと同じような傭兵組合が宮殿外の戦力調整を担当し、宮殿で重用される傭兵(フリーファイター)の選定も行うようになったと生前のベアから聞いていた事から今の時代には用もなくここに近付く者が居ないのは想像に難くなく、‘イロウル’は昔を懐かしむように目を瞑る。

 

「(……皇帝と平民が肩を並べていたあの光景は異様なものでしたが――私の知っている常識と同じようになっても、それはそれで寂しいものですね)」

 

 共にある事に安堵を得るのも人間であるが、敷居を設けて優越感に浸るのもまた人間の性(サガ)なのだろうと思いながら、‘ベルフェジール’より主導権を預けられている‘イロウル’は赤いローブの内側から使い慣れた通行証を取り出す。

 

「私はジェラール様から登城の許しを得ている者です。『伝承法』の継承候補と思しき者を見出した事から、馳せ参じました」

 

 そう言って‘イロウル’が門兵に見せたのはバレンヌ帝国の国章が刻まれた勲章となり、今は亡きジェラール帝から最初に賜った贈り物であり、彼等と縁を切らざるを得なくなるまで通行証代わりに使い倒していた思い出の品である。

 当然ながら捏造であれば極刑、本物を疑っても極刑というある意味呪物であったが、皇帝の代が変わってもその効力は残っていたようで勲章を見せられた門兵達に明らかな同様が走る。

 

「あ、貴女様はいったい………」

「私の出自はどうでもよろし。重要なのは『伝承法』が兆しを見せており、その候補者がここに居る事でしょう?」

 

 門兵の尤もな問いを明確な意思を持って跳ね除けた‘イロウル’は前へと踏み込み、天に聳える宮殿の威容と門兵の威圧感に固まってしまっていたビーバーを引っ張りながらジェラール帝が存命だった頃によく通っていた門を潜り抜ける。

 

「叔母様……」

「ビーバー、貴女はここに呼ばれたのでしょう? ……ならば、堂々としていなさい」

 

 歴史ある外の威容を裏付ける宮殿内の調度品と集まりだした兵に気圧されているビーバーを引っ張りながら、‘イロウル’はベアやジェームズが将として活躍していた頃の記憶を頼りに警戒の薄い所を抜け、王座の間へと突き進む。

 『伝承法』に纏わる技術や形式の類はジェラール帝から聴いており、彼の没後に‘ベルフェジール’が“目”で調べたり術法研究所で噂を伝え聞いた所によると、何らかの要因で『伝承法』が活性化した際に何人かの候補者が光を帯び、そのいずれかが王座の前に立てば術式が完結するらしい。

 ビーバーの“魂(いろ)”にジェラール帝にも見えていた“気配(いろ)”の断片が漂っている事から術式の前準備は整っていると竜は予測しており、あとは受け入れる者を待つように漂っているであろう『伝承法』の残りをビーバーがその身に宿せばこの強引な登城も許容されるだろうと考えた‘イロウル’はこの無謀な突入を敢行していた。

 

「――――」

 

 同時に、もしも『伝承法』に選ばれずともその候補者になれたビーバーの才能は認められる筈であり、不当侵入だけで命を切り捨てられるような事態にはならない筈であるが――直参となる事も許されずに処断されるような事態となれば何もかもを捨ててバレンヌ帝国の外に遁走する他に無いだろうとも‘イロウル’は考え、‘ベルフェジール’にその旨を伝えていた。

 成功するであろうという確証はあるものの、万が一にでも『伝承法』に拒絶されたとなれば『人間の尺度に留まる』という‘ベルフェジール’の希望に反する事になってしまうものの、権力側から離れて久しい状態で王座の間に至る方法はこれしかなく、竜からは『失敗した時には全力を出すよ』という恐怖すら感じる承諾は得ているものの、出来れば強行脱出の手は取りたくないと思いながら‘イロウル’が事の顛末を見据えていると――。

 

「…………」

 

 そうしなければならないよう玉座の前に跪いたビーバーを祝福するように光の柱が降り、‘ベルフェジール’の“目”は数十年前に『彼等』と共に歩んでいた頃の“記憶(いろ)”が魔力となって新たな皇帝の周囲を取り巻き、少女の中に納まっていくのが見えた。

 

「――覚悟はできてる。よし、やるわよ!」

 

 その光景は病床に伏っている現帝が成した『伝承法』と同じ光景だったのか年嵩の文官が光を内に納めた新たな皇帝を認めるように平伏するとその流れは伝播して行き――内心に秘めた“感情(いろ)”に違いはあれども新しい皇帝の誕生を認める意識が固まり、その渦の中心にいるビーバーの視線が育ての親であるイロウルの事を捉える。

 

「――叔母様……? え? イロウル?」

「皇帝陛下。無事の戴冠――おめでとうございます」

 

 その困惑を捉えた2人(イロウル)の反応は早く――随分と前にゴブリンの集団がアバロンに襲来した時に見たジェラールと同じような“魂(いろ)”の変化を認めた‘ベルフェジール’はビーバーが先帝達の記憶や経験を引き継いだのだと認識し、その共有を受けた‘イロウル’は皇帝に余計な事を喋らせる暇を与えぬように跪(ひざまず)きながら素早く平伏し、祝福の言葉を向ける。

 ジェラール帝の治世の頃に生きていた『イロウル・ベルフェジール』がこの場にいる事は人間の世界にとっては大変不都合な事実であり、それを匂わせられただけでも少なくとも100年はバレンヌ帝国に戻れない事が解っている‘イロウル’はジェラール帝の経験が在るならば察してくれるだろうと願いながら皇帝の沙汰を待つ。

 

「――――ここまでの先導、大義であった」

 

 ビーバーの困惑は長く続いたものの、『伝承法』からの声によってイロウルの意図を判らされたらしい皇帝はなんとも余所余所しい態度で応じ、未だに混乱の続いている周囲の雰囲気を区切り、自分の正当性を示すように王座に腰を下ろす。

 

 

 

 そうして、バレンヌ帝国史上初となる平民より立った皇帝がその頂点に君臨する事となった。

 

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