次の03シリーズの励みに致します。
(何方か追い方が判らないのが申し訳ない所です)
02-02 バレンヌの外へ
Ver1.0
前例の無い皇帝の即位は多くの混乱を生んだものの、ジェラール帝を含む先帝達の記憶を取り込んだビーバーはただの平民では知り得ぬであろう知識を用いて反発する貴族派を翻弄し、その立場を確かな物としていった。
貴族と平民という立場の違いではあれど、その改革の流れは想定外の窮地から皇帝となったジェラール帝の始まりをなぞる様であり、その流れから『伝承法』の正当性を認識する者も増え始めた事でビーバーの政敵となりえる存在の動きが鈍化し始めた頃――バレンヌの東に広がるオレオン海の先にあるカンバーランド王国からの使者が訪れた。
かの国との交流はソーモンがバレンヌ帝国の統治から外れた時――クジンシーに制圧される以前――から断絶しており、個人間の交流や貿易は続いていた事から両国共にその存在は認識出来ていたものの交流は途絶えて久しい状態となっていた。
しかし、南バレンヌにまで勢力を伸ばした事でバレンヌ帝国は世界随一の大国へと返り咲いていたようで、ジェラール帝が動けなかったのは内政の安定に努めるのと並行して周辺の諸勢力との外交に備えていたのだと2人(イロウル)は先帝の悩みを受け継いだビーバーから聴かされていた。
話が少々逸れてしまったが、そんな大国(ていこく)に対してカンバーランド王国が正式な使者を寄越した趣旨(しゅし)を搔い摘めば国家間の交流の再開したいという話であり、その奥にある意図を読んでしまえば帝国と次代の王国の主導者とを引き合わせ、次の治世を少しでも安定させたいという現国王の親心があるのだろうとの事だった。
それがビーバーの相談を受けていた‘イロウル’が纏めた今の帝国の状態であり、同じ結論に達したバレンヌ帝国の首脳部も判断を迫られた訳だが――彼女の予想通り、宮殿内の政情は揉めに揉める事となった。
普段のビーバーの恰好は過激な格好の町娘――伝統的なシティシーフの格好――であるものの、『伝承法』によって先帝達の作法を継承した事で皇帝としての所作に問題はなく、礼服を纏った国事も十全に熟せていた事から実務的には何処に出しても恥ずかしくない状態となっていた。
しかし、皇族以外の者が皇位を継承したという前例の無い事実は政争の種として残り続けており、そんな人物が初めて外交の場に赴くとなれば足の引っ張り合いが起こらない筈が無く――現実としてその通りになった。
皇族外者を対外折衝に出しても良いのか?
血筋の浅い者が赴く事は相手への無礼になるのではないか?
対外的に舐められた結果として不利益を被るのではないか?
そも外交は諸問題が多い上に費用も掛かる事から『伝承法』による治世が安定してからの方が良いのではないか?
歴史的経緯、複雑な利害関係、新体制での軋轢など宮殿内の問題は山積していたものの、先帝達から引き継いだ経験と政治力、ビーバー自身の武力や魅力によって反対する声は徐々に小さくなり、規模こそ小規模であったもののカンバーランド王国へ向かう為の予算が組まれる事となった。
それは外交団と言うには心許ない規模であったが、これには先帝達から引き継いだ『我が身よりも世界に平穏を』という強い願いと、その夢に殉ずる事も厭わない皇帝(ビーバー)の決意、そして意図的に失敗を誘引させた上で切り捨てようという貴族派の人間らしい政治意向がかみ合った結果となり――。
図らずも運河要塞攻略時に実施された外征と同規模となったその陣容は皇帝が遠征等に赴く際の新たな慣例となり、選りすぐられた文官と彼等を守る少数の兵を赴いた地域の要となる都市に置く事で同地での基盤を整え、皇帝の足場を維持しつつも必要とあれば追加の人員を呼び、最悪の事態となればその急報を宮殿へと伝達する。
ジェラール帝の代では海を超える事は出来なかったものの、彼の父が構想したという首脳が最前線に立つ迅速(いのちしらず)な外交は外様であるビーバーに反発した貴族派からの外圧によって完成し、以降の時代において皇帝に同行する文官や少数の兵は遠征先での激務と引き換えに将来を約束される栄光の架け橋として羨望されるようになる。
とはいえ、それが帝国の常識となるは未来の話であり――大国の外交団とは思えぬ僅か1隻のキャラック船がダグラスの桟橋へと繋がれ、陸路も含めれば一月間近くの長旅に疲れた一行は漸くカンバーランド王国の地に降り立つ事となった。
「どんな所だろうと思ったけれど……町の雰囲気はソーモンに近いんだね」
そうして異国の地を歩くビーバーは一国の主とは思えぬ軽装――シティシーフの格好を真似た戦装束――であり、流石に国王との謁見に堪える代物では無い事から先んじて押さえている宿屋で支度を整えてから登城する事となる。
その準備は随分と前から手配していた流れであり、登城組以外の男性陣が拠点として押さえていた館に赴く中、イロウルは外交団に同行した唯一の女官と共に登城組の支度を始める。
「――――」
尚、‘イロウル’の知識によれば今のバレンヌ帝国の文化レベルでは入浴は一般的ではないとの認識であり、体臭の類は香の類で誤魔化すものだと考えていたのだが宮廷魔術士(アメジスト)から「いえ、出来れば毎日でも入浴したいですが?」との言葉を得た事で貴族が相手であれば自分の常識が通じる事に胸を撫で下ろしていた。
そうして入浴に慣れぬビーバーと熟れているアメジストを女官と共に洗い尽くしたイロウルは、彼女の指導で香油を塗って整えた主役(ふたり)を仕上げていく。
そんな中、「型は少々古いですが……イロウル様は多芸な方ですね」と術者か商人で名乗り通しているイロウルが知り得ぬであろう技術を持っていた事に意外そうな言葉を零した女官への反応に窮する場面もあったが、丁度ビーバーのコルセットを締め上げている途中であった事から、‘ベルフェジール’は話を逸らすべく全力で締め上に掛かる事で対処した。
「あ、あくー……きゅ、宮殿の――人って、こんな息の詰まる事を――」
「イ、イロウル様――締めすぎ、締めすぎです」
唐突な不合理に晒されたビーバーの魂と尊厳が外界に出そうになるという尊い犠牲があったものの、自分の年齢に関する話題を上手く誤魔化す事が出来たと安堵した竜は何事も無かったかのように登城の準備を進めて行く。
タネを明かせば数十年前にエメラルドを正装に仕上げる過程を寸分違わず覚えていただけであるのだが――流石にそれを説明出来る筈も無く、今後はこういった知識の入手先がどこであるかも考えておかねばと2人(イロウル)は心に留める。
尚、化粧の流行りは完全に時代遅れであったものの、1人で全てを仕上げなければと気を張っていた女官からは「助かりました」との言葉を頂いており、国家の顔に相応しい様へと仕上げられた主役達と共にイロウルは宿の待合室へと降りて行く。
その出来栄えは素材が良いだけに中々のものであり、受付前の広間で待っていた傭兵(オライオン)が時間を忘れたかのように見惚れて固まっているのを認めた‘ベルフェジール’はそれを成した1人として満足気に目を細める。
同時に、いつも斜に構えているオライオンが茶化して来ない事を心配し始めたアメジストが声を掛けた事で漸く我を取り戻した青年は誤魔化すように心にもない事を言ってしまい、むきになった彼女も言い返した事で直参として集められてから度々起こしている応酬を始めてしまう。
「……私よりも年上なのにね」
「微笑ましいのは良い事だよ」
黙して語らぬ女官を後ろにそう零したビーバーとイロウルが階段を降りると、登城組の1人である帝国重装歩兵(バイソン)が静かに一礼する。
登城する面々を改めれば、主役であるビーバーと腹心扱いのアメジスト、護衛役として全身鎧の代わりに騎士服を着込んだバイソンといつもの赤いローブを纏ったイロウル、後は実務を担う文官数名となる。
尚、宿屋の方に居るオライオンであるが「堅苦しいのは御免だね」と零していた事からも登城組からは外れており、大仕事を終えた女官を無事に拠点としている館にまで警護するのが彼の役目であり、前衛が欠ける事からも登城組の護衛の責任は中々に重大だ。
「――遠路はるばるお越しいただきありがとうございます、皇帝陛下」
そうして手配していた馬車に乗って登城した後には定型的なやり取りが続き、門の前に控えていたダグラスの文官からの定型的な礼に恙なく応え、彼に誘われるままに城内へと足を進める。
『(……ふーん)』
深い緑色の絨毯が敷かれた城内はアバロンよりも穏やかな“気配(いろ)”を滲ませており、落ち着きのある内装に彩られた空気に‘ベルフェジール’が目を細めている中、今回の来訪の目的である彼等はその最奥で待っていた。
「これは、皇帝陛下!」
開口一番にそう言ってビーバーを歓待したのは明らかに体調の悪そうな初老の男性――ハロルド王であり、噂には聞いていたようだが年若い皇帝に対して薄っすらとした侮りの“気配(いろ)”を帯びているのを見た‘ベルフェジール’であったが、眼に映る彼はそれをおくびにも出さずに一行を歓迎する。
「ごほ、っふ――――失礼。少々体調を崩しておりまして。寄る年波には勝てません。しかし陛下、よくお出でくださいました」
幾度か咳を零しながらもビーバーに近づくハロルド王の所作は歓迎の意図を崩しておらず、歴戦の為政者とはこういうものなのかと‘ベルフェジール’が人間に対する知見を深める中、ビーバーとアメジストが前に出て王の歓待に応じ、残る直参と文官は壁の花となるべく外側に下がる。
「これは、末っ子のトーマです」
「トーマでございます。陛下」
そうして会釈を交わした後、ハロルド王は横に控えていた少年と壮年の男性に視線を振り、‘ベルフェジール’の認識では遊びたい盛りであろう年頃の王子は、竜の予測に反して大人のように確りとした応えを返してくる。
『(…………ふーん)』
“目”に映る“情動(いろ)”も平坦なものであり、着飾った女性など見慣れているとでもいうような反応――完璧に仕上げたビーバーやアメジストを見ても動揺する事なく振る舞うトーマの対応に少々苛立ちを覚えた竜であったが、‘イロウル’が干渉する事で表情に出てしまうような惨事は避ける事が出来た。
「後ろに控えるはトーマの教育係、宰相のサイフリートです」
続いて紹介されたのは茶色の髪と同じ色彩の服、紫色の瞳が眼に留まった男性であったが――少々大げさな礼を取った事から“目”を凝らした‘ベルフェジール’は、その身に宿る“感情(いろ)”に少々驚く事となる。
「皇帝陛下、サイフリートであります」
『(……こっちは少し注意した方が良いかな)』
紹介された男はそのままビーバーの手を取り、貴人に対する礼を向けた彼にビーバーが何とかして平静を保っているのを眺めていた竜は自分の内に居る‘イロウル’に知り得た相手の“感情(いろ)”を共有すると、‘友人’は深刻そうな顔で沈黙してしまう。
「皇帝陛下と大事な話がある。二人ともさがって良いぞ」
「ではトーマ様。参りましょう」
「――皆も下がってください。……アメジスト、文官の取り纏めをお願いするわ」
そうして謁見の間の外へと促された一行は扉の外へと歩み、各々の役割を果たし始める。
トーマとサイフリートは何か予定があるのか城内の奥へと去っており、アメジストの率いる帝国文官達はダグラスの文官達と合流し、事務的な対応を詰め始める。
護衛という名目で文官達に付き従っている‘ベルフェジール’であったが、その“目”はビーバーとハロルド王の事を追い続けており――。
その王の“気配(いろ)”は最初の方こそビーバーの外見に引っ張られていたものの、先帝から引き継いだ経験と立ち振る舞い――そして、確かな強者として威厳によってその認識は改められていったようで、若々しい見掛けと相反する雰囲気に困惑するような“気配”に変わっていたものの、最終的には彼女を皇帝として認めるように変化していくのが見て取れた。
しかし、それでもまだ招いた本題に入る事は出来ないようで、ダグラスには居ない2人の子供達と会って欲しいと言ったような要望が伝えられるに留まり、事務的な要件を詰めていたアメジストと文官達もダグラス側の文官達と幾つかの書簡を交換する旨を伝え合う事でこの場は解散となった。
「――ただ会うだけなのに、随分と大仰なんだね」
「国家間の交流とはそういうものであり、平時であるならばその伝統は大切にしなくてはいけませんよ」
「そうだね――うん、判った」
庶民からして見れば『無意味かつ無駄』という感情が先に立つのだろうが、その定型的な面倒事によって信頼を築き、実理を引き出すのが外交であると‘イロウル’は話しており、直接会った時に得た感覚が国同士の関係の良し悪しを決める事もあるとの事で――先帝達からも同じ事を諭されたらしいビーバーは神妙に頷く。
尚、少々上から目線の言葉であったものの‘ベルフェジール’の言葉も‘イロウル’からの受け売りであり、未知の体験の連続に内心浮かれているのを見抜かれていた竜は「(ベルフェジール様も学ばないといけませんよ?)」というお小言を頂く事になる。
『(イロウルだってジェラール以外と話した事は――あぁ、有るんだ)』
「(……竜の方々は流れるように相手の記憶を読んでいるみたいですが、ラムサス様やグゥエルナー様はそれを表に出したりはしませんでしたよ)」
『(――――)』
‘イロウル’が元居た世界でも王様や上級貴族と話した事もあるのを知った‘ベルフェジール’であったが、敬愛する父を例に窘(たしな)められた上に「(人間の世界で成す時は状況をよく読むように)」と父にもよく言われていた事を続けられれば竜は沈黙する他ない。
「(――まぁ、竜の方々の“目”が便利なのは認めますが――どこの国にも内乱の芽はあるのですね)」
元居た世界の中央諸国やジェラール帝の時代におけるバレンヌ帝国は同じ方向性に固まっていたものの、人の統治とは不安定である事の方が多いらしく――情報としては知っていたものの、余裕のある国家に騒乱の芽があるのは世界の常であるらしい。
『(思うだけなら自由だと思うよ? あの“感情(いろ)”は好みじゃないけど“能力”は在るし)』
「(――そうだと良いのですが)」
あまり見ていたくないという感情を抱きつつも、身に秘めた“能力(いろ)”に重きを置いている‘ベルフェジール’は『(悪巧みをするにしても、手段を選ぶならもっとよく見るのになぁ)』と立ち去ってから随分と時間の経っている宰相の残り香を残念そうに眺めつつ、帰路に付いたビーバーや文官達の傍に戻った。
ゲーム内における外門と内門との間――城下町は狭いですが、作中ではとても広いとしています。