竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-03 聖騎士

02-03 聖騎士

Ver1.0

 

 

 

 ハロルド王との謁見の後、ダグラスに残る文官と兵に情報収集と館の整備を任せたビーバーはすぐさま南を目指し、外交団とは思えぬ足の速さでネラックに訪れていた。

 その勢いは先触れを追い抜かんばかりのものであり、モンスターへの対策もある事から戦装束に近い格好での来訪となってしまっていたのだが――。

 

「――手合わせのお願いを受けて頂き、ありがとうございます」

 

 その装いが災いしたのか、見掛けによらず戦いに纏わる事への弁は立つらしい相手の口車に乗せられた結果として帝国側にとっては頭の痛い問題が発生していた。

 到着時の格好が問題の起点となったのは確かだが、経験の浅いビーバーの隙を巧く突いた領主(ゲオルグ)はイロウルや他の直参が口を挟めぬ状況で模擬戦の段取りを組み、それを止める暇もなく2人は内門の前という城内の中では最も広い場所で対峙してしまっていた。

 

「私が使っている小剣よりもちょっと重いかなー」

 

 政治に心得のある直参から心穏やかでない“感情(いろ)”が漏れ出ている中、渦中の皇帝陛下様はネラック側から和やかな雰囲気で渡された訓練用の小剣の調子を見ており、そんなビーバーと相対しているゲオルグ――青髪に緑色の目をした偉丈夫――は訓練用の長剣と大盾という堅実な装備を整えながら相手の仔細を睨むように精査していた。

 立場や流派の違いはあれど、同じような体躯を持つバイソンと剣を交えて勝利した事のあるビーバーからは『御しやすい相手かな?』という“気配(いろ)”が出ているものの実戦の少なさを自覚している事から慢心はなく、準備を整えた彼女は静かに戦意を高めていた。

 

「面白い事になったな」

「――――」

 

 そんな2人の様子を注視している直参の中でもっとも政治に疎いオライオンは気楽な軽口を零すものの、政治に近しい位置に居る直参はそんな些細な言葉にも眉を顰める程に苛立っていた。

 そう――交流の折に自らの技を魅せ、互いが学ぶべく剣を交えるのは戦士の性(サガ)であり、為政者としての自覚の薄いビーバーは戦人として感覚の思うままにゲオルグの申し出を受けてしまったのだろう。

 しかし、ビーバーが思っている程この状況は楽しいものではなく、事の重大性が判っていないオライオンは洩らした言葉通りの反応であるが貴族派の直参は‘イロウル’と同じように状況を理解しており、アメジストに至っては外様であるビーバーの事ををまだ信じ切れていないのか青い顔をして立ち合いの行方を見守っていた。

 そうして始まった小剣と小盾、片手剣と大盾による手合わせの火蓋は、しめやかに落とされる。

 剣を交える事となった城門前では小気味よい金属音が響き始め、現状は様子を見合っているような軽い打ち合いが続いているが――今の所だとゲオルグが優位に見えるだろうか。

 その流れはある意味もっともな状態となり、長剣を愛用していたジェラール帝の経験とビーバー自身が鍛えていた小剣の技術とでは勝手が違う上、体躯は元より性別すら異なる為に重心という挙動の基礎からして違うのだから双方の技術が真に馴染むのには相応の時間が必要となる。

 とはいえアバロン宮殿内で皇帝としての力を示す際にはバイソン相手には彼の守りを術法を織り交ぜた小剣特有の手数によって突き崩し、オライオンに対しては生来の身のこなしで迫る剛剣をいなし、流れるような一突きで信頼を勝ち取っていたのだが――。

 ゲオルグの剣はバイソンに近い程に堅牢でありつつもオライオンよりも柔軟に迫って来るというバレンヌにはない技術であり、非力なビーバーとしては真面に受けられない事から的確な斬撃を手数で逸らし、ゲオルグの剣が更なる攻勢に傾く事をなんとか防いでいるような状態となっていた。

 

「――ぬ?」

「油断大敵、なんてね」

 

 その苦しい拮抗は数分程続いたものの、ある瞬間を境に場の流れはビーバーの方へと傾き始める。

 タネを明かしてしまえばビーバーが継承した先帝達の経験がゲオルグという強敵を相手にしてようやく馴染んだだけの話であり、彼女が培った鍛錬と先帝達の実践経験の全てが重なった皇帝の優勢は剣を重ねる度に精度を増していく。

 その最後として、ゲオルグの剣技をジェラールの経験で巧くいなし、ビーバー自身が育てた火の術法で隙を作ると――その爆炎を抜けながら小剣の腹を相手の首に当てる事でこの場を決着させる。

 

「――――見事。流石は七英雄を下した皇帝の後継」

 

 そうしてバレンヌ帝国の権威失墜の危機を知らぬ間に跳ね除けたビーバーと直参一行はネラックの兵達から歓待を受ける事となり、帝国側の『判っている面々』の内心は穏やかではなかったもののネラックとの関係は和やかなに深まっていく事となる。

 オライオンやバイソンが城の兵達と心置きなく武技を競い、アメジストとイロウルがネラックの文官と互いの情報を交換する。

 そんな可もなく不可もない交流の中、ビーバーと共に通された領主の間には多くの武具が並んでおり、長の座る椅子にすら剣の意匠が施されている事に帝国側が面食らったりもしたが――。

 それら全ては領主であるゲオルグの言葉通り、カンバーランド王国における国防の最前線がここであるが為であり、城内に漂う圧迫感すらを覚える程の“堅牢な気配(いろ)”もその経緯と歴史を思えば仕方ないかと2人(イロウル)は納得する事が出来た。

 その後も細々とした事務処理や情報交流が続けられ、その最後に開かれた宴の後に城下で休息を取ったビーバーと直参は次の目的地であるフォーファーを目指して出立すつ事となった。

 

 

 

「バイソンやオライオンとは違った意味で真っ直ぐな――良い人だったね」

 

 ネラックを出た馬車の中、未だに問題を理解していないと見えるビーバーは楽しげに感想を零す。

 

「…………」

 

 カンバーランドの方々を巡るように願い出たハロルド王の思惑は、恐らく次代の指導者を決める為の前準備であり――その動き始めから躓きかけたものの、「(達人同士が剣を合わせれば、百の言葉よりも本質が判るものですよ)」という‘イロウル’の言葉通り、ビーバーがゲオルグの内側を十全に理解出来た事に意味はあったと言えるだろう。

 もっとも、その成果と危険とが見合うかどうかは個々の判断に委ねられる所であり、立ち合いが始まる前に‘イロウル’から共有を受けた‘ベルフェジール’は『人間の場合には何気ない力比べでも取り返しのつかない事に繋がるんだね』と驚いたものだが、竜同士の『姫』を巡る戦いの熾烈さと紐付けられれば納得に至るのは早かった。

 

「――荒削りではありますが、武に関する直感的な判断では群を抜いているのは確かですね」

 

 統治者として祭り上げると一気に凡庸化しそうではあるが、責任と裁量の範囲を戦事に絞れば大変素晴らしい働きをする才能を持っているのは確かだろう。

 

「――先帝の方々も同じように含みのある事を仰っているけれど……どういう事なの?」

 

 ‘イロウル’から「ビーバー自身が自らの考えで気付けるように動くように」との難易度の高い指示を受けていた‘ベルフェジール’は、ようやく察してくれた彼女を前に目を瞑る。

 その発言内容から鑑みるに、貴族派の直参も危惧していた危機感はビーバーの中に居る先帝達も感じていたようで、満場一致で語れるようになった事を認めた‘ベルフェジール’は帝国側の感じていた認識――『負けることが許されない』状況に引き込まれていた事を言葉とする。

 七英雄の1人を倒し、ヴィクトール運河を掌握した事で世界有数の権威と国力を有する帝国の最高戦力となった皇帝(ビーバー)が他国の将に破れたとなれば帝国の権威は大きく低下し、その結果が今後の外交関係は元より内政にも大きな陰りが差すのは明確であり、最悪国内に居場所が無くなる事態もあり得た。

 それに対し、ゲオルグは直参筆頭のオライオンですら勝利の行方が判らぬ程の手練れではあるが所詮はネラックを含む南方全域の防備を任された将であり、これまでの責務を十全に熟し、兵からの信頼も厚い事から生ける伝説(こうてい)相手に膝を付いたとしても然したる影響は無い。

 それがあの立ち合いの全容であり、‘イロウル’の言葉をそのまま伝える事を禁じられてしまっていた事から少々時間が掛かってしまったものの、事態を理解したらしいビーバーの“気配(いろ)”がみるみる変わってくる。

 

「――――もしかして、結構危ない事だった?」

「ええ、とっても」

 

 バレンヌ帝国の代表であるビーバーが敗北に絶大な危機を負っているのに対し、挑む側のゲオルグが負う危険性は極めて低く――戦場での駆け引きだけを取れば、戦いになった時点で彼女の負けが決まっていたと言える。

 

「武力に訴えるという事は物事を単純化してしまう悪手で、勝ち続ければ全てを手に入れる事が出来るけれど……どんなに優位であろうとも、自分も破滅する可能性のある賭けである事に違いは無いんだよ」

 

 例えば――戦力に象と蟻ほどの差があろうとも、的確に目を突かれれば象とて痛撃を食らう事となり、ソレを排除出来ずに脳まで突かれれば巨象といえども死は避けられない。

 

「…………戦う、という判断自体が間違いなのかな?」

「ううん、『戦わない』と内外に示す事は破滅への片道割符だよ」

「――――」

 

 市井で生まれ育ったビーバーだからこそ言える安直な意見に、‘ベルフェジール’が‘イロウル’から学んで理解した結論を伝えると困惑の“感情(いろ)”が彼女の内を占める。

 

「例えば……『戦争をしない』と明言するような馬鹿な国があった場合、『戦争するぞ?』と外交の場で圧力を掛けられれば譲歩せざるを得ない状態になるよね?」

 

 それは自分が同じような疑問を抱いた時に返された‘イロウル’の問いであり、‘ベルフェジール’が『竜も含めた全ての生物の正しい在り方』として納得する事の出来た言葉でもある。

 

「そして、外交での敗北は戦争への布石になり――そうでなくとも賭けである戦を不利な状態で行うなら、亡国一直線だよね?」

「…………」

 

 竜以外の生物は他の存在を食い物にして生きている都合上、常に争い合わねば生きていけない存在であるが――その宿命を持ちつつも竜に比肩する知性を有する人間は『身の安全を確保しつつ利益の最大化を図る事』に長けており、その見識の深さは竜をしても脱帽するほどだった。

 そして、その端くれである‘人間(イロウル)’からみっちりと教わった事でその原理に理解が及べば、竜以外の生物にとっての揺るがぬ理であると断ずる事の出来た‘ベルフェジール’の言葉に迷いはなかったものの、一部の矛盾をはらむ言葉を前にしたビーバーは目を瞑って考え込んでしまう。

 

『(――結構難しいもんね)』

 

 人間の話であれども政治(せんそう)とは無関係だったビーバーにとっては集団の長が考えなければならぬ事の難解さは不可解の極みにあるだろうが、彼女の中にはその道標となる先帝達が居る。

 

「……状況をよく考え、責任から逃げず、命を失うような戦いを避けつつも血を流す事を厭わない。そんな極限的な選択肢から正解を選ばなくてはならないのが為政者で――その重圧に晒されているからこそ、ソレを成している者には絶対的な自由が与えられているんだと私は考えているよ」

 

 この世界の常識には若干当て嵌まらない理ではあるが、‘イロウル’の元居た世界の人間の為政者にはソレが求められており、ソレが出来ない者が指導者となればその集団の未来は暗いものになるだろうと‘ベルフェジール’結論付けており、黙考を続けるビーバーの一助になればと竜は自分の言葉を向ける。

 

「…………」

「――私の考えは商人や術者としての感性が強い意見だから、貴族から見た視点や武人としての考えを聴いてみるのもいいと思うよ」

「ありがとう叔母さ――イロウル。……少し考えてから、そうさせてもらうわ」

「御意」

 

 肩肘の張る固い話題ではあったが楽しい家族の会話はそうして終わり、最後は直参としての立場で締めた2人は馬車の外でそれとなく聞き耳を立てているであろう直参へと話題を振る。

 暫く時間を置いてからビーバーが所望したのはアメジストであり、馬車を止めて貰った‘ベルフェジール’は御者をしている彼女と入れ替わる形で手綱を取る。

 

「――――」

 

 カンバーランド王国南部のモンスターの“気配”は極端に薄く、それはゲオルグの差配が優秀である事の証左であるが――その状況下で行先をバイソンが努め、オライオンが殿を固めているとなれば道中の安全は確約されていると見て良いだろう。

 

「…………よい国だね」

 

 余裕があれば争い始めるのが人間の性(サガ)であるが、命の危機に晒され続けるのに比べればどちらが幸せであるかは明白だろう。

 そんな思案に‘イロウル’は何か言いたげな“気配”を滲ませていたものの、現実に表されて(ことばになって)いない事は無いものと扱うのが竜の流儀であり、‘ベルフェジール’はバレンヌ地方とは違う植生を覚えるように周囲を眺め続けた。

 

 

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