02-04 最愛の天敵
Ver1.0
ネラックの次に訪れたフォーファーの町はカンバーランド王国の東端に位置する港町であり、今のバレンヌ帝国におけるソーモンのような立ち位置にある交易拠点であった。
そして、立地や情勢が同じとあれば雰囲気が似るのは当然の帰結となり、領主の館への道すがらに港の風景を捉えてしまった‘ベルフェジール’は思わず足を止め、ソーモンで過ごしていた頃に想いを馳せてしまう。
「(……ベルフェジール様)」
『(――っと、いけないいけない……)』
長命である竜の思い出の密度は人間の比ではなく、気を抜けば何時間でも記憶の中に浸っていられるのが‘ベルフェジール’であるが直参として動いているイロウルの身でそんな無駄は許されず、‘イロウル’に促された彼女は周囲に悟られる前に登城の列に戻る。
「(――ソーモンとは家の造りからして違うように見えますが、ベルフェジール様には同じように見えるのですか?)」
『(私は“気配(いろ)”で世界を見ているから、人間の生き方が似ていると判らなくなるかな)』
国が違えども文化レベルや民度が似通っているのも‘ベルフェジール’の見ている世界を似せる要因となっており、今度は外交団としての列に遅れないように意識しながらフォーファーの町を見渡せば、ソーモンと違う所も見えてくる。
『(……次の会談も一悶着あるかも)』
「(――――とても聞きたくありませんが、理由をお聴きしても?)」
領主の館は既に視線の先にあり、現実であれば相談している暇など無いのだが2人(イロウル)の中であれば問題は無く、‘ベルフェジール’は自分の感じた感覚を何とか言語化する。
違和感の切っ掛けはフォーファーの“気配(いろ)”がソーモンよりも総合的に華やかであるという点にあり――その先を話す前提として、‘ベルフェジール’と‘イロウル’は自分達が滞在する場所の整備を怠るような馬鹿ではなく、ソーモンに住まう人間達が良い“感情”を抱けるようにと2人で心を尽くしてきた事を挙げる。
‘イロウル’もその言葉には同意を示し、‘ベルフェジール’の生み出す術酒や魔石を売り払う事で得た資金力と“目”による感情の潮流を知った自分は潤滑油のように町の軋轢に干渉し、揉め事が大きくならないように努めてきた事を追認する。
竜の力は人の世界において反則じみた優位性を持っているものの、‘ベルフェジール’の“目”に映るフォーファーの“気配(いろ)”はそうして発展させたソーモンと大差が無いという感覚を共有された‘イロウル’はこの先に居る領主が相当な切れ者であると認識し、自分達の政治的な経験の低さも勘定に入れた彼女は危機感を募らせる事となった。
そんな会話を2人の世界で重ねている内に皇帝一行は館への門を恙(つつが)なく通され、待たされる事なく目当ての人物との面会が叶う。
その女領主はどこにでもいそうな母娘――‘イロウル’は領主と繋がりを持てる程の豪商の一族だと予測したが、‘ベルフェジール’の見立てではそうではないらしい――の子供と他愛のない話をしており、ビーバー達を認めた彼女は話をしていた母娘に別れを告げながら一行へと歩み寄る。
「陛下! よくおいでくださいました」
一行に対して最適な位置で足を止めた女領主は緑を基調とした衣を纏った妙齢の女性であり、ゲオルグと同じ青い髪の奧に確かな知性を感じさせる瞳を覗かせる彼女の醸し出す柔和な雰囲気と可愛らしさすら感じられる言動に、ビーバー達の気が緩んだものの――。
『(――――凄いね)』
‘ベルフェジール’はソフィアと思しき女性に渦巻いている複雑怪奇な“思考(いろ)”の連続に舌を巻いていた。
「私はカンバーランド王ハロルドの娘、ソフィアと申します」
持ち得る全てを使って最善の印象を与えてからそう名乗り通したソフィアは軽やかなカーテシーを続けており、‘イロウル’の見える世界では和やかな所作しか見出せていないようだが、竜の“目”に映る彼女の内面では事前に調べていた帝国の情報と自分の目で捉えた外交団との照らし合わせが行われており、『敵対する』という選択肢は無いようだが、どの程度入れ込むかを慎重に精査している様子が見て取れた。
「ここフォーファーは国内随一の交易都市となり、私は父より、この町の統治と発展を命じられております」
そう続け、一度言葉を区切ったソフィアは事前に得ていた情報と実情が相違無いと判断し、此度の接触を友好関係を築く為の足掛かりとするべく尽力する事に舵を切った才女の“意思(いろ)”を見た‘ベルフェジール’であったものの、その奥に様々な思案と勘案が列を成して控えている事に目を白黒させており――。
それらから導かれる未来予測は竜の中でも思慮深い事で名の通っているG系フレーム達を竜の脳裏に浮かばせ、人の身でこれ程の千思万考が出来る事に驚く中、皇帝一行との歓談が始まる。
「帝国のような華やかさはありませんが、港町ならではの活気と美しい自然に溢れています。――それと、新鮮で美味しい海の幸も!」
『(ぅおぅ――)』
そんな千慮の中から唐突に向けられた純真無垢な少女のような“感情(いろ)”に‘ベルフェジール’が目を丸くする中、ビーバーの応えが始まり、最初は互いの近況を伝える雑談のようなやり取りであったものの、経済圏を預かる身である為かその流れは徐々に経済や貿易といった商業活動に重きを置いた話となっていく。
昨今の落ち着いた情勢による富の偏りから来る経済問題に、人口増加に伴う食糧問題。
新米皇帝には荷が重い話題となったもののビーバーは先達から齎された知識によってなんとか面目を保ち、当代の皇帝は無学であるとの誹(そし)りを避ける事が出来たものの――館に入る前に‘ベルフェジール’が察したように、ソフィアという存在の政治力は類例を見ない程に優れているのは確かだった。
「――ソフィア様。この度の素晴らしい出会いの印として……此方の品を献上する事を許して頂けますでしょうか」
周囲の“気配(いろ)”から察するに帝国(ビーバー)の面目は保てたと思うものの、このまま話を終わらせるのは拙いと感じた‘ベルフェジール’は状況に一石を投じるべくべく最近の自分(イロウル)の代名詞である魔石(しょうひん)を見せると、商業都市の長というだけあって目敏く食い付いてきた。
「身に付けた者の魔力を高め、天術や火術の術法の威力を高める魔石をあしらった装飾品――イロウル様の作品は、我が王国の術者の間でも大変人気がある作品ですわ」
いつぞやにビーバーに与えた時と同じく、赤い魔石を中石に据えた装飾品を受け取ったソフィアは年相応な微笑みを見せたものの、次に見せたのは商人の顔であり、自分から仕掛けたものの続く専門用語の連続に抵抗を諦めた‘ベルフェジール’は対応を‘イロウル’に丸投げる。
「…………量産は――残念ながら難しい次第です。原石を宝石に近しい物に仕上げる為には相応の魔力と手間が必要となりますので」
そうして対応を押し付けられた‘イロウル’であったが、商業に関わっていたと言っても行商を主軸にしていた彼女にとって経済の発展に纏わる政策や税率といった国政に関する話題は荷が重く、装飾品の製作に関わる話に舵を切って逃げ切ろうとするもソフィアは金細工の技術にも造詣があるのかそちらの話題にも食らい付き、引き離す隙を見せてくれない。
加えて、‘ベルフェジール’が創る魔石も術酒と同じような元手の掛からぬ品――元居た世界の人間なら魔力で描く絵のようなモノ――である事から採算をあまり考えておらず、需要と供給の勘案や利益率のような話になると‘イロウル’でも手が回らなくなる。
「噂によると、イロウル様はノール家の『ファイアボール』を超える火力を発現させられる優秀な魔術師でもあらせられるとも聞き及んでおります。――貴女様のような優秀な人材と深い縁を持つバレンヌ帝国と繋がりを得る事は我が国にとっても大変な幸運であり、今後はカンバーランド王国にも足を運んで頂ければ幸いですわ」
そうして‘イロウル’の対応力の限界が顕わになる前に、攻勢を掛けていたソフィアはそう締め括って身を引く。
「……過分なお言葉を頂き、恐悦至極に存じます」
イロウルが魔術師としての活動を再開したのはビーバー帝の力量を認めさせる為の競技会の時であり、あれから2ヶ月程しか経っていないというのに他国で行われたその内情を把握しているソフィアの情報網に戦慄すら覚える中、‘イロウル’は失礼のない立ち振る舞いで後ろに退がる。
『(――――)』
‘ベルフェジール’としても2人(イロウル)が総力を合わせても対抗できないのは初めての状況であり、馬脚を露す前に相手を解放するという絶妙な手心を加えている事にも気が付いている竜はこんな化物みたいな才女が居る事に驚きつつ、相手を人間と侮って安易に仕掛けてしまったが自分の浅慮を恥じていた。
「(――――本物の政治家とは、ここまで凄まじいのですね)」
『(……魔力の才能もアバロンで見た事ない位に凄いよ)』
「(………………は?)」
イロウルの中でそう呻く‘イロウル’に‘ベルフェジール’が相手の身に宿る“魔力(いろ)”の強さを伝えると、思慮深い‘人間’をしてもソフィアの異常性に固まってしまう。
『(凄いよねぇ)』
天は与える者には二物も三物も投げ渡す時があるのは確かだが、ソフィアの場合には――竜の概念には無い常識ではあるが『神様の寵愛を一身に受けている存在』の類なのだろうと‘ベルフェジール’は考える。
「…………」
そんな‘友人’の呑気な感嘆を最後に、ソフィアの事を現代のカンバーランド王国にて最も警戒しなければならない傑物であると見定めた‘イロウル’は可能な限り彼女と敵対する道を避ける事を共有しつつ、万が一にでも敵対するとなるならば策を弄さずに真っ直ぐにぶつかる事を心に決めさせた。
「世界に名だたる皇帝陛下との拝見を賜る幸運に加え、斯様な贈り物を頂き誠にありがとうございます――私は所用があってご案内はできかねますが、ぜひ、この町の食と自然を堪能していってください」
それがソフィアの攻勢の最後であり、以降はビーバーやイロウルの失点に触る事もなく文官達との交流が始まり、フォーファーでの会談は表向きには和やかな雰囲気のまま終了した。
フォーファーでの歓待を受けた翌日。
「(…………当然の事ですが、世界は広いですね)」
『(私達は政治をした経験はないからね。――こんな事なら、ジェラールともっと話して置けば良かった)』
皇帝一行を乗せたダグラス行きの馬車の中、2人(イロウル)は今回の外遊で受けた得難い経験を反芻していた。
七英雄を語るクジンシーを下したバレンヌ帝国の力は代を重ねた事で失われる事はなく、ビーバーの直参となったオライオンやバイソンはヘクターやベアと同じかそれ以上の技量を有し、アメジストも魔力の素質の面ではエメラルドに劣っているものも技術に関しては遥かに上をいっており、時代の流れは彼等を弱めるどころか強くしているようにも感じられた。
しかし、今回の外遊ではそんな英傑が北バレンヌだけの存在である筈もない事を知れる機会となり、カンバーランド王国の最精鋭たるゲオルグは帝国の戦士よりも優れた点を持ち、その最たる例となったソフィアに至っては魔力で彼女に勝る者はアバロンに居らず――。
それでいて新米皇帝(ビーバー)と2人(イロウル)が束になっても敵わぬ政治力を有しているとなれば――敵ではなくて本当に良かったと胸を撫で下ろすしかないだろう。
『(見合う『番』を探すのが大変そうだよね)』
そんな驚異の才能に加えて容姿――‘ベルフェジール’には判らぬ事だが――も優れているらしく、同じ人間の‘同性(イロウル)’からそう言わしめる程となればもはや隙はなく、そうなれば正攻法で娶れる勇者が果たして居るのだろうかと疑う程であり、竜の『姫』と同じように好きな相手を選び放題だろうなと彼女は思う。
「(……ベルフェジール様、そのような発言は人間相手には恨みを買います)」
『(判ったよ。――でも、ソフィアみたいな才女の傍に居たらもっと多くの事が学べそうだよね)』
「(…………ビーバーに泣かれますよ?)」
『(やるとしても50年……ううん、目立つ出会い方をしちゃったから、100年ぐらい先の話かな)』
‘ベルフェジール’は人間の身である場合にはこういう時に長く表に出ていられないのが不便だなと思うが、この世界において竜の身で人と会い続ければその力に縋ろうとして付け狙われるのは火を見るよりも明らかであり、『伝承法』によって自分の本性を知り得るであろう皇帝が縋る側に堕ちたのならば遠くに離れようと彼女は考えていた。
同時に、‘イロウル’には誤魔化したものの竜の中には『自分はあの魂の系譜には絶対に勝てない』という強い直感があり、力で負ける筈の無い人間相手にそう思えるからこそ傍に居て多くを学び、自らの弱点を少しでも補いたいと強く願ってしまっていた。
「……大変有意義な外遊となりましたね」
「――――うん」
‘ベルフェジール’が帝国の外へと気を逸らす中、‘イロウル’は心ここに在らずといった体で対面に座るビーバーへと言葉を向け、ソレを切っ掛けに竜の意識も自らが育てた人間の方へと向く。
‘ベルフェジール’がソフィアという大玉の宝石(みりょくてきなたましい)に動揺しているのは‘イロウル’にも判っていたが、今のイロウルが仕えているのは帝国であり、それを揺らがせる事が大変な不義理であるという“意思(いろ)”を込めれば竜は姿勢を正し、それと時を同じくしてビーバーの方も皇帝として振る舞わなければならない状態であると気付いたのか「――そうであったな」と言い直す。
「…………先帝達からの話だと、カンバーランド王国の跡継ぎに纏わる相談をされる可能性があるんだよね? ――話を聞くまでは、なんで各地域の領主達に会いに行ったのか判らなかったけれど」
「――ええ。表立った会談ではハロルド王の体面もありますから話を濁されましたが、ダグラスに戻りましたら密談のような面会を求められるかと」
襟を正してから続けられたのはダグラスに戻ってから起こるであろう未来の話であり、帝国首脳部の思惑ではその話題が振られる可能性が示されてはいたが、カンバーランド王国内を周らせたとなれば確実と見ていいだろう。
「あの人――ソフィア殿の前でもそうだったけれど、叔母様でも断言出来ない事はあるんだね。……先帝達の反応も推論が多いし」
「百年近く行った事の無い外交交渉となるのですから、致し方ないかと存じます」
幸か不幸か今のバレンヌ帝国が認識出来ている国と言える存在はカンバーランド王国だけであり、かつての帝国の没落によって断絶していたとはいえ再び友好的な関係を再び築けたなれば人間同士の致命的な敵対は無くなる。
その事実はモンスターが蔓延るこの世界においては大きな意味を持ち、数が増えた分だけ力を増すのが人間という種族の力である事を鑑みれば、大国の安定はその周辺にいる人々の平穏に繋がり、その影響力が広がっていけばジェラール帝の語っていた夢物語も現実に近づき、成功したとて維持出来る期間は短いだろうが世界を一つに纏める原動力に成りえるだろうと2人(イロウル)は結論付けていた。
「私も不慣れだし、変な言質を取られないように注意すれば良いのかな?」
「国力と武力では今の帝国の方が勝っていますから、そこまで気負わなくてもよろしいかと存じます」
「――叔母様も結構意地悪だよね」
「それが判っているのならばよろしいかと。――あと、直参に対して様を付けるのは無用かと存じます」
「判ったわイロウル。――貴族派の娘であるアメジストと政情について話をしたいから、彼女と御者を代わってもらえるかな?」
「御意」
失敗を糧に前に進もうとするビーバーの姿勢と情動は好ましい“感情(いろ)”であり、自分も見習わなくてはと思いつつ洩れ出た空気(まそ)を食んだ‘ベルフェジール’は馬車の扉を叩く事で足を止めさせ、御者をしているアメジストと側仕えを変わる旨を伝える。
ダグラスに始まり、ダグラスに終わるであろう此度の外交で形の在るものは得られなかったものの、帝国側が受けた恩恵は大きく――派手に喧伝出来るような成果ではないものの、失敗していないのであれば貴族派を抑える事は造作もないだろうと‘イロウル’は思う。
しかし、外に出た‘ベルフェジール’が見据えたダグラスは薄っすらと嫌な“気配(いろ)”を漂わせており『(このまま素直に帰る事は出来無いのだろうな)』と竜は直感した。
竜魔石の首飾り
魔力+2
天術と火術の術法威力+10%
水術への耐性+50%
ステータス外効果:
装備している者に寒さを感じさせない熱力場を纏わせる。
――ほぼ裸族で雪山や極地を闊歩する方々がいるこの世界では無用の効果である。
あと、本作のソフィア系はこの時から盛られ始めていますが、ベルフェジールとの相性を抜きにしても後の活躍を鑑みればこの位ヤってても良いと思うのです。