02-05 策謀のカンバーランド(前)
Ver1.1
ハロルド王との密談の後、持ち前の技術を用いてイロウルに充てられていた客室へと忍び込んだビーバーは、その内容の答え合わせを持ち掛けていた。
「――――そんな風に話したのだけれど……叔母様はこれで良かったと思う?」
「問題無いと思うけど……先帝の方々は、なんと言っているの?」
「『最善の判断であった』、と仰っています」
「――だけど、ビーバーは納得出来ていなんだよね?」
「――――」
‘ベルフェジール’の問いに頷くビーバーの“
「トーマ様を選んだとすれば――まぁ、内乱になるね」
「…………え?」
そうして紡いだ最初の理論は‘ベルフェジール’でも理解出来る人間の理であったが、ビーバーにとっては想像もし得なかった話であったようで、驚きのあまり“
「王族や貴族という存在は周辺地域の統治の証であり、その権威には血統や伝統の継承も影響してて――長兄が継ぐ事もそれに含まれているんだよ」
‘イロウル’の見立てではゲオルグは武人という血が強い人物であり、為政者となれば凡庸な王となってしまうのは確かであるが――万が一にでも国家存亡の有事となればこれほど頼りになる存在は居ないだろう。
「まぁ、長兄が余程の阿呆であるならば他の子を王位に据えるような邪道を考え、通そうとするのもあり得るけれど――往々にして亡国の策だね」
‘ベルフェジール’が‘イロウル’の知識やこれまで過ごした人間の世界で学んだ経験を
「レオン様――先帝の記憶を見ていた時も思ったけれど……なんか黒いね、政治って」
「その黒さを見せてしまったとしても『幸せだからいっか』と民に思わせるのが為政者の務めであり、私の知る帝国は良い国だと思うよ」
ビーバーの吐き捨てるような所感を前にした‘ベルフェジール’が自ら考え至った自分の感想で返すと、皇帝は何か別の事に驚いたような顔を見せた後、微笑ましいモノを見つけたような笑みを零す。
「――自分で言うのもおかしな話だけど、今のは為政者側からすると面白い事ではないと思うけれど」
「…………先帝達が嬉しそうにしてたから」
「……不敬であると叩き切られる前に、次の話をしましょうか」
自分のお婆さんやお母さんの事でジェラール帝に思う所があるのか、ビーバーはかの先帝の名前を言う事はない。
身の内にそのような存在を内包しなければならない事は時として考えたくもない重荷となるであろうが、『歴代皇帝』の会得した技術や後悔の全てを自分の経験として扱えるのは普通の人間では追い縋る事も難しい有意性となり、それに若人が抱く柔軟性と熱意が合わさるとなれば遠くない未来に竜すら越えられる個体になるのだろうなと考えつつ‘ベルフェジール’は話題を戻す。
「……次に、ソフィア様を選んだ場合だけど――そうなれば、ゲオルグ様と戦争になるね」
「――――え?」
そうして再開したその言葉もまた‘イロウル’の受け売りであり、‘ベルフェジール’も言われてから納得した話であるが――人間という存在は自分達の安全や発展を考えるとなれば竜でも考え付かないような事を簡単に思い付く存在であり、どのような世界でも主導的な立場に収まっているのには相応の理由があるのだと竜は結論付けていた。
「フォーファーで会った時に判らされた通り、彼女の政治力は圧倒的で――それでいて此方の顔を潰さない程度に加減出来る判断力も加味すれば、平時においては国をよく発展させ……例え有事が起ころうとも上手く纏めると思う」
もう存在しない未来となるが――ソフィアが女王となれば権威を争った関係となったゲオルグも御せる筈であり、有事となった際にもネラック城の戦力だけをうまく捻出して自らの手柄とする事も出来るだろう。
「だけど、カンバーランド王国の女王になったソフィア様に見合う伴侶を捻出できる大国は我がバレンヌ帝国だけで――そこで我が国の切れ者を放り込めば、あら不思議。50年か60年後位には帝国の領土が増えるね」
「――――」
馴染みつつある『伝承法』の記憶はあれど、自分が生きた月日の数倍先の未来にまでは考えが及んでいなかったらしく――先帝達も手加減をしていたのか権謀術数の深さを知ったビーバーの表情が一気に曇る。
「……その感性はレオン陛下やジェラール陛下には縁遠い感情だけど、善政を続けていくには必要な感覚だと思うよ」
「――――重いね、皇帝って」
「……退位するなら、一緒に逃げてあげるよ」
「そんな恥知らずな事はしないよ」
沈み、思わず伏せてしまった視線を上げるように軽く自分の頬を叩いたビーバーは、答えの続きを確認するように口を開く。
「――ゲオルグ殿と戦争になるとしたら、ソフィア殿が即位する頃――もしくは、帝国との融和政策がカンバーランド王国の利権を害し始めた頃であり、その時には私達帝国とソフィア派の連合軍との大軍に、彼は対峙する事になる」
「ソフィア様の手腕次第な所もありますが、大なり小なりの争い事は起こるだろうね」
ビーバーが自らの思考で導き出したそれが『ソフィアを女王とした』時に起こるもしもの話の結末であり、イロウルと同じ考えを出せた事に満足した皇帝は知らなくてはならなかった事を受け止めた後に残った動揺を落ち着かせるように目を瞑り、暫くしてから立ち上がる。
「“隠行”の魔術を掛けます。ビーバー様の技量も合わされば城の者に見つからないと思いますが――見咎められれば外交問題になりかねませんので、くれぐれも見つからないように」
「うん。ありがとう、叔母――んんっ……イロウル、大義であった」
「御意」
そんな挨拶を最後に音もなく廊下の闇に消えたビーバーを見送った‘ベルフェジール’は音を立てぬように扉を閉め、眠る必要の無い身でありながらも寝台に横になり、人間のように目を瞑る。
キャットやビーバーの母親はひどく短命であったが、その娘である彼女がここまで上手く育ったのは‘イロウル’と自分の成果なのだろうが、それを誇る事はおぞましい驕りであり、自分の内にある誇らしいような感情を戒めた竜は今更のように十数年前に居なくなってしまったあの娘を思う。
『……私は、まだまだ未熟者だね』
元居た世界の年齢と合わせても齢が百にも届かぬ若輩である自覚はあれど、『あの娘が生きていれば、ビーバーをどのように見ただろうか』などという――誰であっても判る筈も無い『もしも』を求めてしまい――その空想の果てに、とても多くの事を知る自らの父に会いたい思ってしまった‘ベルフェジール’は久しぶりに眠る準備をする。
自立したあの娘を放置した事は間違いとは思えず、今この瞬間に父にその判断の是非を問われても『正しい事をした』と胸を張れる事に変わりはない。
だが、『もしも』あの娘も生きていれば――ビーバーの“
『…………最期に何を想っていたのかだけでも――見ておけば良かったな』
それが『後悔』という感情であり、あの子が居なくなった時に‘イロウル’が思っていた“
眠る瞬間に考えていた為か、夢の中で懐かしい姿を見る事が出来たが、それは自らの記憶が寸分違わず覚えている事によるただの記憶であり――人間の未来を潰す時があれば、後悔しないようにしようとその全てを記憶に留めて置こうと‘ベルフェジール’は心に決めた。
短いですが、ここから先に切れる所が無かった。