01-01 アバロン(町)
Ver1.0
「――まさか、これ程とは」
そうして幾日もに間を歩き通した先で辿り着いた西の果てには、‘人間(イロウル)’が想像していたよりも遥かに大きな町があった。
見知らぬ平野を歩き始めた頃は人間に類するモノが居ないのではと勘繰る程に人の痕跡を感じられなかったものの、西側に進むにつれて隊商や旅商の類と思しき人物を見掛けるようになり、彼等と意思疎通を図る事で目指している場所が『アバロン』と呼ばれる大都市であると知ったのはついこの間の事だ。
尚、情報交換が出来た事からも判る通りこの世界の人間の姿はイロウルと同じ形をしており、言語という高い壁はあれども意思疎通を図る事に成功した彼女は、彼等と出会う前に拾得していた品々との物々交換によって更なる物資と情報を仕入れていた。
そうしてアバロン外縁部に辿り着いたイロウルは他の商人に倣うように入門待ちの列に並び、前後の商人との物々交換を続けながら情報を仕入れ続け、眼前の大都市がバレンヌ帝国の首都である事、その皇室に第2皇子が産まれる事などを知る事が出来た。
「《次》」
『――はい』
そうしている内に門兵からの指示が飛び、その呼び声に‘竜(ベルフェジール)’の概念魔術で応じた‘イロウル’ は城門の中へと入る。
「《来訪の目的は?》」
『――世界で最も美しいと謳われるアバロンの町並を観光しつつ、可能であれば仕事を見つけられれば……と』
イロウルの言葉が‘ベルフェジール’の魔術となっている事からも判る通り、平野で商人達と出会ってからここに至るまでのやり取りは彼女が読み解いた予測越しの会話となる。
「《そうか。――通行税は?》」
『――こちらでよろしいでしょうか?』
しかし、そんな予測越しの言葉であっても入国審査を行う門兵の受け答えに違和感はなく、道中で拾得した硬貨と思しき純金属製の物体を渡せばイロウルの事を正規の来訪者として帳簿に記載してくれる。
そう――言語も判らぬ異世界の人間と円滑な会話が出来ているのは竜という種が持つ周囲の感情を読む“目”と彼等の内の1体である‘ベルフェジール’が知る疑似声帯の魔術、ソレ等から得た情報を統合して入出力する‘イロウル’の感性の合わせ技となり、判断に苦慮している‘イロウル’の内心は穏やかではなかったものの、‘ベルフェジール’はそんなやり取りすらも楽しげに眺めていた。
「《……観光しながら職を探しているとの事だったが、その背負子には何が入っているのだ?》」
『――お見せしますので、降ろしてもよろしいのでしょうか?』
門兵の発する言葉は‘イロウル’の耳には呪文のようにしか聞こえないのだが、‘ベルフェジール’の“目”が捉えた相手の感情からその意味を予測した彼女は‘ベルフェジール’に魔術での返事をお願いしながら背負子に手を伸ばす。
「《うむ――》」
この背負子もまた竜の概念魔術で創った品であり、枯れ枝と土塊の集合体とは思えぬ程に整っている背負子の中身を検めている門兵に対し、‘イロウル ’の方からも質問を投げ掛ける。
『――他にも、お聴きしたい事があるのですが……』
「《荷物を改めるまでが此方の仕事だ。後ろも詰まっている故、他の事はあっちの奴に聞いてくれ》」
しかし、その言葉に対する反応――‘ベルフェジール’が伝えてくる相手の思考――は『否定の感情』であり、予想に反した動きに動揺を覚えながらも、相手からはイロウルの前に審査を受けた者にも向けていた“情動(いろ)”が走っているとの追加情報を得た‘イロウル’は門兵の真意を考える。
まとめてしまえば手早く済ませたいという感情――つまりは担当部門が違うのだと予測し、その推察と門兵の手振りから相手の意図に当たりを付けた‘イロウル’は時間を掛けてしまった不信感を帳消しにするべく女の愛嬌(ぶき)を使う。
『――承知しました。ご対応頂き、ありがとうございました』
返答と共に向けたのは元居た世界で使っていた上品な挨拶(カーテシ)であり、‘ベルフェジール’の“目”に映る門兵の“気配(いろ)”に驚きの感情はあれども嫌悪の“感情(いろ)”が無かった事から、この世界でも自分の容姿や所作が異性に有用である事を確認した彼女は相手に指し示された場所に歩き出す。
門兵に示されたのは城壁の内側、城門から市内へと舗装されている道から逸れた所にある一角となり、手続きが完全に終わっていない人間を町の中に入れるのは不用心ではなかろうかと‘イロウル’は考えたものの、区画の端では別の門兵が控えている事からそこまで考え無しではないのだろうと考えを改める。
そも、‘イロウル’とて揉め事を起こす心算など無く、唐突に沸いて出た益体のない悪戯心を振り捨てながら担当者と思しき人へと歩み寄る。
「《アバロンへようこそ、お嬢さん。……衣装と背負子がなんともかみ合ってないんだが、行商人の類かな?》」
『――そのような者です。――まず、此方ですね』
門兵の示した場所に居た職員の前で再び背負子を降ろした‘イロウル’はその中から小分けにされた荷物の1つを職員に差し出す。
『――故郷からアバロンまでの旅路の中で放置されていた亡骸から遺品を預かっております。――縁者の方に渡るようにしたいのですが、どのようにすれば宜しいでしょうか?』
「《……随分と律儀だな。――確か、そんな事を担当していた部署があったと思う。こちらで預かろう》」
『――お願い致します』
差し出された荷物を驚きながらも受け取った職員であったが、小分けられた遺品は1つではなく――渡される荷が増え続けた事で数を問うて来た相手に『――8人分です』とイロウルが答えれば、彼は慌てて追加の人員を呼ぶ。
因みに、『預かっていた』とは言ったものの門兵に渡した純金属製の硬貨は『彼等』から拝借したものであり、竜が理を尊ぶ事を知っている‘イロウル’はその辺りを遺品の配送料金と葬儀料であると‘ベルフェジール’に説明しており、その承諾が得られた事から2人(イロウル)の中では筋が通っていると判断していた。
『――ご遺体は流石に運びようが無いので土葬しましたが……問題ありませんか?』
「《葬儀まで済ませているとは――しかし、どうやって?》」
『――魔術で穴を掘って埋めました。――大きな遺品や墓石の代わりもそこに置いておりますし、場所も覚えておりますので、作法が異なるようでしたらご案内致しますが……』
「《いや――野ざらしにされる事に比べれば、倒れた彼等も幸せだろう。……しかし――流浪の魔術師か。それにしてはずいぶんと若い……》」
そう言って職員の視線がイロウルの顔を確りと捉え、情動に揺らいだ視線がゆっくりと下り――それが胸に行った所で夢から醒めたように目線を正した彼は、咳払いの後に職務に戻って来る。
「《――戦人の類として活動するのであれば、王宮にて登録する必要が出てくる。……判っていると思うが、城下で攻撃的な術法を撃てば、並の傷害よりも罪が重いぞ?》」
『――承知しました』
男性からの視線の流れはいつもの事であり、この世界でも殿方の思考が変わらぬ事に安堵を覚えたものの不躾である事に変わりはなく、薄っすらと滲み出た怒りを‘イロウル’が律していると――。
「《うむ…………地方から出て来たとなれば慣れぬ事も多い上、アバロンの物価は少々高いので戸惑う事もあるがだろうが――自分の身を大切にな》」
『――――?』
相手がそんな感情を発していると‘ベルフェジール’が伝え、魔術的な通訳を挟んでいる事もあって‘イロウル’にも担当者の意図が読めないでいると――。
「《その――なんだ……器量もあり、術法も使えるのなら仕事は幾らでもある。生活に困るような事があったら、宮殿や此方を頼るといい》」
イロウルの困惑を感じ取ったらしい相手は頭の後ろを掻きながら言葉を続ける。
続いた言葉――というよりも‘ベルフェジール’が読む“感情(いろ)”――で漸く相手の意図を掴めたイロウルが『――ありがとうございます』と礼を返しながら関所を後にすれば、その背中に「《――達者でな》」という言葉が届く。
「――――」
最後にそれとなく背後を覗えば担当者と監視していた門兵とが小突きあっているのが見て取れ、その心意気に思わず笑みが零れる。
『(イロウルって、人間から見ても綺麗に思われてるんだね)』
「(……答え難い事を聞いてきますね)」
『(今の人間達から、『感心を引きたいって』“情動(いろ)”が見えたから。――胸の方に視線を飛ばしてから残念がるまでが全員同じだから、笑っちゃいそうになるけど)』
「――余計なお世話よ」
その感傷は元居た世界でも散々味わって来た事であり、他の姉妹は背丈に見合った胸があるというのに、なんで自分だけ絶壁なのかと些細な怨念を燻らせていると――‘ベルフェジール’が視線を広げるのを感じた。
『(……これからどうするの?)』
「(食事の類を取らなくても生きていられる身体である事は判りましたが、町の中でもそれを続けてしまうと化け物の類かと疑われてしまいます)」
そう伝えながら人間の集団の中で異端と思われた者の末路を‘イロウル’が脳裏に乗せれれば、ソレを読み取った‘ベルフェジール’から納得したような気配が返ってくる。
「(残りのお金を使い切る前に生活感を演出できるようにしつつ、独力で稼げるようにしたい所ですね)」
自分達がこれからどうするのかを考える時間も必要だが、それに振り向ける暇を得る為にはこの世界での物価や風習をといった常識をもっと調べる必要があり――元居た世界でも異邦人だった‘イロウル’にとっては勝手知ったる地盤作りではあるが、面倒である事に変わりはない。
『(――どうにかなったでしょ?)』
煌びやかさの中に歴史も感じさせる周囲の町並みを目に留めつつ、避けた分だけ手間が増える人生の青写真を描こうとする‘イロウル’の脳裏に‘ベルフェジール’の言葉が届き――。
「――っ」
それに続くように、まるで全力疾走をした直後のような気だるさと得も言われぬ痺れが身体全体にのしかかって来る。
「(――はい。……この世界に来た時に無理だと諦めた事は謝りますから、妙な圧迫感を掛けてくるのは止めてください)」
その悪戯は無事にこの世界の人間の生活圏に入れたのだと認識した‘ベルフェジール’が警戒を解いた証でもあり、その可愛らしくも暴力的な重圧に堪える‘イロウル’はこの世界に降り立つ前の事を思う。
竜の里では命を落とす以外の事故など考えられない事から、ベルフェジールと会う時のイロウルは旅装や愛用の背負子等を里の近くの拠点に置いてから出向くのが通例になっていた。
この世界に飛ばされる前もその習慣に変わりはなく、先述の通り命の危険はある事から剣を帯びていたのは不幸中の幸いと言えたが――何の準備もなく広大な平野に放り出された時は、流石に死を覚悟せざるを得なかった。
しかし、‘ベルフェジール’の言った通り、歩き始めた身体(イロウル)は飢え渇きも生じず――疲れすらも感じぬ歩みを続けた結果、見渡す限りの平野を踏破する事が出来てしまった。
加えて、‘ベルフェジール’はその道すがらで‘イロウル’に集めさせていた木片と土を材料に背負子のような物を創る事で彼女の収拾作業を大いに助けると共に、歩き続ける友人の気分が落ち込んでいると判れば土を燃やし溶かす事で即席の硝子容器を創り、空気中の水分をソレに集める事で喉の渇きを癒させた。
そうして命の危機から脱すれば安堵するのが人の性質(サガ)であり、‘イロウル’の内にあった異世界(?)に飛ばされたという不安が幾分か和らいだ頃、『人間みたいな“気配(いろ)”を見付けた』と‘ベルフェジール’が告げ、そちらに向かうも――彼女が示した場所には倒れた伏した人間であったモノしか居なかった。
行き倒れた者、何かと争ったのか身に負った深手によって倒れた者、戦でもあったのか無数の壊れた物と重なるように倒れた者達。
状況は違えども‘ベルフェジール’が『人間である』と言った先には死しかなく、竜が読みを外すのはらしくないなと思いつつも‘イロウル’が理由を問うと、彼女としても不本意かつ驚くような事象であったようでその原因を調べる手間が増える事となった。
最終的には『この世界は死んだ後の残留思念が異様に強い』という結論に至り、「やはり違う世界なのですね」と‘イロウル’が洩らし、‘ベルフェジール’が『進んだ先が共同墓地の類だったりしなければ良いけれど』という空恐ろしい予想を零すも――。
幸いな事にこの‘ベルフェジール’の予想も外れ、今に至る。
「(――ここからは私の役目ですから、見ていてください)」
『(期待してるよ)』
そんな経緯の通り、アバロンに至るまでの道中は‘ベルフェジール’に負んぶに抱っこの状態であったが、ここからは‘イロウル’の出番である。
城門に辿り付く前に接触した行商人の話を信じるなら、この町は千年近くの歴史があるらしい。
それが事実であれば仕事は幾らでもある筈であり、今の自分が人の身ではない事も考慮すればこれ程に楽な前提条件は無いだろうと‘イロウル’は考える。
詰まる所、労働の必要性の多くを占める食事が必要ないとなれば、通常なら採算の取れない仕事でも選ぶ事ができ――矛盾した話であるが、往々にしてそういう仕事は常に人手が不足している。
「(まぁ――どんなに失敗しても命が保証されていると思う程度にしておきますが)」
縁故の無い人間にとっての新天地がそれだけ厳しいという話であるが、今の自分には‘ベルフェジール’の力という圧倒的な優位性があり、人手が飽和しているような仕事を切り開く事も夢ではないと考えるものの、それでも別の世界にまで来て命を断つような事はしたくないなとも思う。
「まずは――状況の把握でしょうか」
とはいえ、力を持っている以上は王宮には顔を出した方がいいだろうかと思考を転がしながら、イロウルは華やかな町並みを歩き続けた。