竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-06 策謀のカンバーランド(後)

 

Ver1.1

 

 

 

 ハロルド王、崩御。

 

 翌朝、久しぶりの気負わぬ会話で得られたビーバーの空気(まそ)の残り香を食んでいた‘ベルフェジール’がゆったりと身を起こし、夜明けを待っていた頃――その唐突な悲報がダグラス城内を駆け抜けているが“目”に入った。

 無数の人間が右往左往する足音、動揺を隠せぬ声に扉を激しく叩く音。

 

「ああ、陛下! すぐに謁見の間へ……!」

 

 城内を駆け巡る音や声が時間の経過と共に騒がしさを増していく中、ビーバーに向けられていると思しき言葉を拾った竜は未だに夢の中にいる‘イロウル’を起こしに掛かる。

 

「ハロルド王が……国王様がお亡くなりに……!」

 

 そうして突然の悲報を聞かされたビーバーは驚きながらも応え、直参を集めながら謁見の間へ向かう考え――その“意向(いろ)”を認めていた‘ベルフェジール’は十全な準備を整えていたと思われない程度に揃えた格好で皇帝を迎え、一行の歩みに追従する。

 その道中に置いて、‘イロウル’は渦中のハロルド王と最後に会ったのがビーバーである事からカンバーランド王国の内政問題に彼女が巻き込まれたのかと危惧したものの、‘ベルフェジール’は城内の人間に疑いの“気配(いろ)”は少なく、混乱や動揺の“気配”の方が強い事を共有する。

 

「――――」

「面倒な事になりましたな」

 

 どうやって観測したのかを説明出来ない情報である事から一行に対しては沈黙で通した‘イロウル’であったが、城内の雰囲気から同じ結論に至ったらしいバイソンがそんな言葉を静かに洩らす。

 それは周囲の直参だけに向けられたであろう小さな言葉であったが、彼よりも貴族の慣習を熟知しているアメジストは「誰が聴いているか判りませんわ」とそれを(たしな)めつつ、周囲に視線を向ける。

 直参達が謁見の間の入り口付近で留まっている事からも判る通り、ビーバーと共にに登城していた彼等は奥に進んだ皇帝の姿を見失わない位置で壁の花となっており、その視線の先には先程まで落ち着きなく歩き回っていたサイフリートの姿があった。

 

「こんな時にトーマ様は、一体どこへ!」

 

 謁見の間に入る前に見えた彼はトーマを探すようにと文官達に激を飛ばしており、謁見の間に入る際にビーバー達とすれ違ったダグラスの文官達は方々に散ってその命を果たそう奔走し始めている事だろう。

 

「――おお、陛下!」

 

 そんなやりとりから間を置かずに謁見の間に入ったビーバーの姿を認めたサイフリートは「トーマ様の行方に、お心当たりはございませんか?」と単刀直入な問いを向け、そのまま協力を要請してくる。

 

「残念ながら、ご期待に添えませんが――我々も捜索に加わります」

「それは心強い! 私はここで城内の者を取り纏めておりますので、トーマ様の事……どうか宜しくお願い致します」

 

 短いやりとりであったが、火急の事態故に多くを語る事なく行動に移ったビーバーは直参達の元へとすぐさま立ち戻る。

 

「……動けそうですわね」

「そのようだな」

 

 城内は慌ただしい雰囲気に包まれており、そんな情勢を読んでいたアメジストが静かに発し、咎められてから黙して語らなかったバイソンも固まっていた身体を解しながら歩み寄って来る主君を迎える。

 

「皆、聞いていたわね? 宰相から要請より、私達もトーマ殿の捜索に加わるわ」

「「「御意」」」

 

 そうして開口一番に指針を明示したビーバーに直参達は応え、目的の為に城門の外を目指そうとするも――。

 その“動向(いろ)”眺めていた‘ベルフェジール’はビーバー達が動き始める前から“目”を広げており、皇帝の願いに応えるべく目標となったトーマの事を探し始めていた。

 バレンヌ帝国では見られぬ程に濃い“魔力”を持つソフィアが一族の中に居る事からも判る通り、カンバーランド王家の人間は他よりも優れた資質を有している為にとても分かり易い“気配”をしていた。

 故に、『(生きていればすぐに見つかるだろう)』と微かに瞼を閉じた‘ベルフェジール’は“目”の中に入った“気配(いろ)”の選別を続けるも――。

 

『(……ここからネラック城よりも離れた距離になると疲れ――近いね)』

 

 誘拐でもされたのならば既に海の上(こくがい)に居るのかもしれないと考えたものの、目当ての“気配(いろ)”は目と鼻の距離にあり――ビーバーの背中を目で追っているサイフリートを流し見た‘ベルフェジール’は彼の動向に注意しながら皇帝に近付く。

 

「――陛下、御耳を失礼しても?」

「叔……構わないわ、イロウル」

 

 所在が判りはしたもののその情報はまだ広く共有しない方が良いと直感的に思い留まった‘ベルフェジール’が言葉に迷っていると、いつになく親切な‘イロウル’が助言を囁き、その言葉通りに彼女は動く。

 

「……トーマ様を見つけました。周囲に何の気配も無い事から、今は安全な状態にあると思われます。――いかがいたしましょう?」

「どうやって……いいえ、それよりも何か気になる事があるの?」

 

 信頼する育ての母でもあるイロウルの断言に驚きを見せたビーバーであったが、先帝達の助言があったのか含みのある言葉にも理解を示した皇帝に対し‘イロウル’はサイフリートの方に一瞬だけ目配せを送る。

 ‘ベルフェジール’は初めて宰相を見た時からその“嫌な色”を感じ取っていたが、帝国とは直接的な関わりの無い彼をどうこうする理由はなく、他国の中枢の近しい所に居る事もあって放置していた。

 しかし、それが身内(ビーバー)に関わるとなれば警戒せざるを得ず、「ハロルド王崩御」の凶報を耳にした竜は自分が知っていた全ての情報をなんとか言語化し、身の内に居る頼れる‘友人’への共有を進めていた。

 そうして“所見(いろ)”を共有された‘イロウル’は、ハロルド王の崩御の後にも随時伝えられてくる周囲の“気配”とサイフリートの“情動”の変化から幾つかの予測を‘ベルフェジール’に返しており、『(人間とは何とも悪辣な事を考えるものなんだね)』と他人事のような感想を洩らしつつも、それらを精査した竜は宰相を排除対象として考えるよう認識を改めていた。

 そんな宰相の方も皇帝一行の事を警戒してはいるものの、流石に『背後に居る自分の視線の動きを完全に把握されている』とまでは考えておらず、イロウルを見ていない時に彼へと視線を飛ばした事から『何かを知り』つつも『注意を促した』意図には気付かれていないだろう。

 

「――宰相に居場所を伝える前に、トーマと話すね」

「御意。アメジストと共に館へ向かい、文官の警護に当たっているオライオンを拾いつつ彼等に警戒するよう伝えます」

「頼むね。私は宰相に対して城下を主軸に動く旨を伝えるよ。……バイソンは私の護衛に残って――館で合流を」

「「御意」」

 

 そんな短くも濃密な会話の後、ダグラス城の謁見の間で一行は二手に別れ――指示通りに一足先にダグラスでの拠点となる館に入ったイロウルとアメジストはそこで待機していた彼等にダグラス城内の状況を共有する。

 今回引き連れた外交団は交流を深める事を目的として選抜された人員であるが皇帝の同行者として選ばれた彼等は優秀であり、危機感の共有や有事への備えは端的な説明だけで済み、町の有力者への挨拶回りをしていた文官と共にオライオンが戻ったのと時を同じくしてビーバーも館に到着し、皇帝が状況を追認する事で意識の統一が図られる。

 

「――――」

 

 竜の“目”に映る状況から鑑みたサイフリートの思惑は真っ黒であるものの、この事態が『ただの病死』であればただの不幸となり、今回の外遊で築いた関係が崩れる事はない。

 それが儚い願いである事は‘イロウル’にも判っていたものの、そんな幻想を砕くように「お家騒動はどこでも起きるんもんだ」とオライオンが現状を皮肉ると、アメジストがすかさずその言葉を(たしな)め、そこからいつもの微笑ましいやり取りが始まってしまう。

 

『(……人間の世界は面倒だね)』

 

 2人のやり取りは好ましい事の筈だが館の中に漂う“気配(いろ)”はどこかぎこちなく、‘ベルフェジール’は『(この世界にも人の恋路を眺めて楽しむ文化がある筈なのに?)』と周囲の状況に違和感を覚えたものの『(――不幸があればそんな事も言ってられないかと)』と考え至った竜は今の状況を正し、早く良い空気(まそ)を食みたいと解決への意欲を滲ませる。

 

「――貴方達の所感を聴くに、イロウルの説明は正確だったみたいだね。……最悪戦時に近しい所にまで拗れる可能性がある事を念頭に置きつつ、貴方達は決して動かないで身の安全を確保し続けるように」

「御意」

「よろしい。……では直参は全員私に付いて来て」

「「「「御意」」」」

 

 与する者として命令だけ動いていた‘ベルフェジール’が積極的に関わる意思を見せ始める中、指針を纏めたビーバーは文官達へ方針を伝え終えると直参を連れて町へと身を翻し、その背を追う直参に続く形で扉を抜けた竜であったが――。

 

『(――――こんなすぐに、変わるものなんだね)』

 

 扉の先にあったダグラスの急激な“気配(いろ)”の変化に、竜はひどく驚く事となった。

 ‘ベルフェジール’の“目”に映っていた昨日までのダグラスは退屈な“気配(いろ)”を帯びており、フォーファーのような特筆すべき“気配”は無いものの穏やかに明日を迎えられるであろう確信めいた“空気”が漂っていた。

 しかし、統治者が居なくなったというだけでダグラスの纏う雰囲気は一変しており、‘イロウル’の見ている風景にはまだ明確な変化が無いようだが、‘ベルフェジール’の“目”からするとクジンシーが居た頃のソーモンに成りそうな程にその空気は濁り始めていた。

 

『(――概念が強く表れる世界も考えものだね)』

 

 そんな長居したくない“空気(いろ)”の中、一行の先頭に立った‘ベルフェジール’は町の端へとビーバー達を案内し、自らが目星を付け、今も“見えている”トーマの姿を探しているのだが――。

 

「魔力で追った感覚ですと、この辺り……方向にすれば、あちらの方なのですが――」

 

 辿り着いた民家の先には小さな林しかなく、城の内門との境界にも近いのか木々の端々からは城壁の影が見えていた。

 

「城内ですと、家中の者が既に見付けている筈ですわ」

 

 属する派閥の違いからどうにも距離を取られている節のあるアメジストから険のある言葉が向けられるも、イロウルの示した先を静かに睨んでいたビーバーが続く言葉を遮る。

 

「この林……ううん、ここから見える景色――どこかおかしくない?」

 

 あまり外に出ない貴族組と“存在(いろ)”でしか世界を見れない‘ベルフェジール’はついぞ気付けなかったが、「……いんや、多分当たりだと思うぜ」とオライオンが顎で示せば、結論を見出せなかったビーバーも自身が感じていた違和感の正体に気が付く。

 

「……私も弛んじゃったね。あんな痕跡に気付かないなんて」

「今のアンタは皇帝陛下だからな。それでもいいんじゃないですかね?」

 

 『何か』を見付けた2人が目と目で通じ合う中、未だに状況を読めない直参――特にアメジストから微妙な“気配(いろ)”が洩れる中、黙して語っていなかったバイソンが周囲に視線を振る。

 

「バイソン、どうかしたのですか?」

「……同じカンバーランドの兵である筈だが――帯びている雰囲気が違う」

『――――』

 

 こちらも要領を得ない言葉であり、問いを投げたアメジストは大いに首を傾げる事となったものの――その言葉は‘ベルフェジール’を大いに驚かせる事となった。

 ‘イロウル’から熟達した戦士の感性は竜の“目”にも比肩しうると聴いてはいたものの、それを現実として観測する幸運を得た竜は寡黙で大柄な男を眩しそうに見上げながら、その言葉に追従する。

 

「――――陛下、バイソン様の直感は正しいと存じます。……私の方でも明確に異なる“気配(いろ)”――動揺している兵とは違った思惑を帯びている者が混じっているのが見て取れます。……行動を起こせば邪魔が入るとお考えください」

「判ったよ。……これから会う相手を警戒させたくないから、私が先頭になります。後ろはアメジスト、オライオン、イロウルの順で。バイソンには殿を任せるわ」

「「「「御意」」」」

 

 そうして林の隙間に作られた小さな切れ目に皇帝は潜り込み、続く直参達から届く「タダで揺れる尻が拝めるとは役得だな」という言葉と「触ったら承知しませんわよ」といった華やかな声に竜は笑みを浮かべる。

 ジェラールとエメラルドの時には気が付くのが遅れたものの『(才在る者同士の生殖にまつわる駆け引きの残滓はとても甘い)』と理解している竜は、今の世でもその甘露を得られる事実に感謝しながら流れてくる空気(まそ)を食み、自分の内に広がる新鮮で彩り豊かな思い出の欠片に頬を緩める

 とはいえ、そんな至福の時間は一瞬で過ぎ去り――外界とを隔てる狭い藪の道を抜ければ竜にとっての至福の空間は儚く霧散し、違う“記憶(いろ)”が彼女の周囲を取り巻き始める。

 視覚だけで捉えればただの林の切れ目――城の外壁と整備されなかった林との間に作られた小さな空間であったが、そこには濃密な子供の“記憶(いろ)”が溢れており、‘ベルフェジール’の“目”にはこの場所が感情を育み始めた頃の人間(こども)が見せる“感情”を閉じ込めておく為に創った隠れ家のように見えた。

 

「父上……父上……」

 

 そして、その“記憶(いろ)”の中心にはその思い出を残し続けた主が俯き、他の思い出を押し流してしまう程の“(いろ)”を流していた。

 

「――城中の皆の動揺を鎮めるためにも、息子である私がしっかりしなければならないのはわかっています」

 

 だが、その世界に入り込んだ異物(ビーバー)の姿を認めたこの場の主は気丈にも正しい理論を言葉とし、王の血族として教育され、国家の礎となるべく期待された者の責務を果たさんと動き始める。

 

「でも……でも……! ……父上は……」

『――――』

 

 その小さな葛藤にビーバーはただただ沈黙し、主君に付き従う直参もそれに続く中、‘ベルフェジール’はこの小さな世界の主こそが先日城内で見た時と変わらぬ“気配(トーマ)”であり、“魔力”の薄さから興味は惹かれなかったものの暫らくは覚えておいた方が良いと考えた竜はその“気配”を頑張って記憶する。

 

「たしかに御病気だったけれど……」

 

 そうして“目”を凝らして仔細を改めてもトーマに見るべき“才能(いろ)”はなく、人間の理の中で重要な立ち位置に居ないのであれば路傍の石のように記憶に留める事もなかっただろうと竜は思う。

 

「それにしても……あんなに急に……」

 

 だが、ソーモンで見てきた砥石(こども)とは一線を画する意志の発露は琴線に触れるものがあり、『(もう少し、ちゃんと覚えておこうかな?)』と‘ベルフェジール’は意識を改め始め――。

 

『(それに……)』

 

 最初は『皇帝』という存在としてでしかビーバーの事を見ていなかったトーマであったが、自分と目線を合わせる彼女を改めて見た時の彼の“感情(いろ)”の変化は何故か‘ベルフェジール’の気を引き、後で‘イロウル’に聴いてみようと竜が心に留めていると――“目”では知覚出来ていた“悪意”ある存在が姿を見せる。

 

「トーマ様、こんな所におられたのですか!」

 

 この小さな世界に遅れて入ってきた存在もまた“才能(いろ)”の薄い存在であり、‘イロウル’が「(外見はカンバーランド王国の兵士です)」と補足する事で‘ベルフェジール’は状況を更新する。

 

「サイフリート様がお探しです……さあ、こちらへ」

「今は会いたくない」

「何をおっしゃいます。――サイフリート様がハロルド王の遺言状を預かっていて、その遺言状でトーマ様が次の王に決定したのです!」

「父上が亡くなれたばかりなのに、そんな話は聞きたくない!」

 

 現れた“悪意(いろ)”が続けるのは唐突な不幸に抗っていた子供の世界を壊す言葉であり、トーマは自らの心を砕こうとするソレに抵抗を示し、「それにゲオルグ兄さんもソフィア姉さんもいるのに、王になんかなれない!」とソーモンに居る砥石(こども)と同年代の人間が言っているとは思えない理論と共に兵士に詰め寄ろうとするも、静観していたビーバーがそれを押し留める。

 

「――昨日のハロルド王との話とは食い違うね」

「う……いや、それは……!」

 

 それはとても単純な質問であったが、そんな僅かな言葉で動揺してしまった兵士の反応を見たビーバーは物悲しそうに目を伏せる。

 

「叔母様の読み通り、事件の黒幕は……サイフリートなんだね」

「まさか……陛下!」

 

 ビーバーが洩らした言葉は僅かな切っ掛けであったが、聡明なトーマはそれだけで今の状況を理解し――。

 

「サイフリートは、王位に据えた私を操り、この国を我が物とするために……父上を……!」

「あ……う……お」

 

 そう、激情と共に違っていて欲しいと願った問いを“悪意(いろ)”に向けると、兵士はあっさりと言葉を失ってしまう。

 その反応から全てを察したのか「まことに、父上は……殺された……のか」と糾弾したトーマ自身が俯いてしまうものの、その小さな体にどれ程の憤りがあるのか次の瞬間にはその小さな足を踏みしめながら強い意志を示す。

 

「サイフリート、絶対に許せない!」

「――バレちゃあしょうがねえ」

 

 ‘ベルフェジール’は最初から見えていたものの、自らの“悪意(いろ)”を外にも見せ始めた兵士はその本心を言葉とし――。

 

「サイフリート様があんたを王位に就けるのにどれだけ苦労したと思っているんだ。……王様になれるだけでも有り難いと思わなきゃあ」

 

 そんな言葉と共に、剣を抜く。

 

「知り過ぎた奴には消えてもらおう――皇帝といえどもな!」

 

 そう言い切ってからサイフリートの息が掛かっているのであろう“悪意(いろ)”がビーバーへと飛び掛かって来るも、それは皇帝である彼女相手にはあまりに無謀な判断であり、兵士の跳躍に合わせて自らも飛び上がる事で剣の間合いの内側入った少女はその近すぎる距離によって相手の剣を封じ、流れるように打ち上げた拳によって相手の顎を叩き上げる。

 ビーバーの拳の威力自体は対したものではなかった筈だが、思いも寄らぬ方法での反撃を真面に受けた兵士は受け身もとれぬまま背中から倒れこみ――年若い皇帝はその首元に刺突剣の切っ先を当てる事で相手の動きを封じる。

 

「バイソンかオライオン、縛れる物があるならこいつの両手を縛って拘束。それが出来ないなら叔――イロウル。……両手を折って無力化して」

「流石に用意がなく――申し訳ない」

「……運がないな、アンタ」

 

 それに続いたビーバーの温情に対する男性陣の解答は無慈悲なものであり、自らが動く他に無い事を察した‘イロウル’は‘ベルフェジール’に方法を伝え、それに沿った竜は各種魔術を発現させる。

 まず『凝視(まがん)(麻痺)』によって兵士の動きを止め、声も届かぬようにと名もない風の魔術で相手の周囲にある空気の振動を封じる。

 その後は強引な力技となり、剣を離したビーバーに代わって兵士を掴み上げた‘ベルフェジール’は固まったままの相手の足を地面に接触させ、傾きそうになる相手を片手で抑えながら空いた方の手で兵士の腕の細い部分を握り潰す。

 最初はただただ困惑していた兵士であったが、右腕を潰された時に状況を察したのか絶望的な表情と共に絶叫をあげようとするものの、振動を封じられた彼の周囲はその声を外に響かせず、宰相の哀れな手駒は自らの両腕が折られる様を見ている事しか出来なかった。

 事が済んだ頃になって理解が追い付いたらしいトーマの“気配(いろ)”に強い怯えの色が見えるようになったものの、子供とは思えぬ程に聡明なその内面では状況をよく把握しており、滲んでいた“気配”は諦めの色を見せ始める。

 

「サイフリートは己の野望を叶えるためなら、何のためらいもなく私を拘束するでしょう。――――陛下、私はどうしたら……?」

「……武力に寄る危機となると――ゲオルグが在るネラック城を目指すのが最善だと思う」

「わかりました。――いや……でも……サイフリートの事です」

 

 そんな不安の中で零れたトーマの言葉に、ビーバーは皇帝として応える言葉を考えながら応じるも――城下から届く破壊の衝撃と悲鳴が聞こえたのか少年の中の諦めの“気配(いろ)”が更に強くなる。

 

「すでに町は奴の手下たちに包囲されているでしょう……逃げ道などありません」

「道なんて――幾らでも在るものよ」

 

 そうして諦観して考えを止めようとしたトーマに対してビーバーは一度納めていた小剣を再び抜き、切るには不向きな刺突剣で林の東側の木々を払う事で方針を示す。

 

「藪を刈り、道を作るおつもりですか!?」

「剣で切り続ける訳ではないけれど、やりようは幾らでも有るでしょう?」

 

 そう洩らしたビーバーは、皇帝になる前(ソーモン)で見せていたような年相応のいたずらっぽい表情と視線をイロウル向ける。

 

「――後の事は考えなくてもよろしいのでしょうか?」

「道を作るのに火を使うのはダメだよ?」

「御意」

 

 そうして方針を示された‘ベルフェジール’は“目”で捉えた地形を脳内に浮かべ、ここから林を抜ける為の最短路を計算する。

 

「追手は必ず掛かるわ。――陣形はインペリアルクロスの逆回しとし、帝国重装歩兵(バイソン)は最後尾で殿をしつつ迎撃の最前線を維持して」

「御意」

傭兵(オライオン)は後ろを切りやすいように左翼に付いて、宮廷魔術師(アメジスト)は私と交代で中央に付いて後方迎撃の援護、私は叔――竜術士(イロウル)と交代で右翼に付きます」

「私は……?」

「イロウル、お願い」

「承知しました。……失礼します」

 

 直参への差配が示される中、トーマの期待に対するビーバーの言葉を受けた‘ベルフェジール’は皇帝を見上げていたトーマを‘イロウル’の言う手順通りに担ぎ上げる。

 

「陣形の最前列に付いたイロウルはトーマ殿の警護と私達の進む道の作成。そして撤退(しんこう)方向に現れた障害の殲滅を担当して貰うわ」

 

 荷物のように女性(イロウル)の左肩に抱えられたトーマの方から何とも言えぬ”感情(いろ)”が届いて来ていたが、才に乏しいながらも剣技を仕込まれてはいるものの子供の足で皇帝一行の進出速度に付いて行くのは荷が重すぎる事から、今は荷物になって頂く他無い。

 

「陛下。手が回らなくなれば、手加減が出来なくなりますが――宜しいのですね?」

「私達の方が激しくなると思うから、イロウルだけが気にやむ事は無いわ。……トーマ殿の事、お願いするわよ?」

 

 トーマを担ぎ上げた行動に続き、此方も‘イロウル’に言われた通りの質問であり――その回答は不満の残るものであったが、ビーバーの内にある“感情(いろ)”は明確な殺傷許可を示していた。

 

「委細承知しました」

「よし。――走れっ!」

 

 ‘ベルフェジール’としては暗黙の了解ではなく明確な命令(ことば)が欲しかったものの、‘イロウル’は「(トーマがいる状況ではこれ以上の言葉は発せられない)」と事情を補足し、人間の世界の常識であれば致し方無いと妥協した竜は主君の号令と共に出せる限りの『ウインドカッター』をダグラス城とは反対側に放出し、走り出す。

 同時に発射された風の刃の数にトーマは驚いたものの林の木々はそんなもので一掃できるものではなく、自分達の視線を遮る草木の密度が増してくれば‘ベルフェジール’は再び幾つもの『ウィンドカッター』を投射して走れる道を作る。

 

「逃げられると思うなよ!」

 

 その強引な進行の最中、まだ切り倒していない木々の後ろから黄色いローブ姿の術者(シニア―)達が現れ、術法研究所でも見た事のあるとんがり帽子を被った彼等――奇抜だとは思うが見慣れた――が問答無用で術法を放ってくる。

 

「お覚悟」

「ひっ!?」

 

 警告もなく放たれた術法にトーマが悲鳴をあげるが、飛来した『ファイアボール』や『ウィンドカッター』はイロウルに近付いただけで消失する。

 

「なっ……!」

「馬鹿なっ――」

 

 この世界で明確に“障壁”が発現したのは今回が初めてであったが、敵方の術法を無力化した事象こそが竜が常に張っている魔素循環の本分であり、魔力に纏わる現象への抵抗力はこの世界でも極めて高い事を認めた‘ベルフェジール’は自分が殺す最初の人間を覚えておくよう睨み付ける。

 

「――撃ってきたのなら、容赦はしないよ」

 

 見えていた“気配(いろ)”は剣呑なものであったが『敵でない可能性』を除外する為に先手を譲ったのが今の状況であり、『他国の人間を殺傷する許可』を得ていた‘ベルフェジール’は速やかに反撃の術式を編み、撃ち出された2つの『ファイアーボール』は行く手を阻んでいたシニアー達を瞬く間に炭化させる。

 

「火と風は効かん! 他の術法を撃て!」

 

 そんな思案と結果を記憶の端に留めながら‘ベルフェジール’が足を進めれば瞬く間に次の集団が現われ、先行していた術者達の顛末も知っているのか別の術法を放って来る。

 

「――――」

 

 今回も誤射を恐れて相手の出方を伺っていた竜であったが得られた結果は『先制攻撃を受ただけ』であり、『(ここから先は先手を取ろう)』と考えを改めつつ、『ウォーターガン』は無力化出来ても『ロックブラスト』は防げないと直感した彼女は肩に抱えていたトーマを胸の前へと抱き直し、迫る術法に背を向けて少年を防護する。

 

「――っ」

 

 その予測通り『ウォーターガン』の術法は“障壁”に触れた瞬間に消失したものの『ロックブラスト』は“障壁”という魔素循環による境界など無いかのようにイロウルの身体へ到達し、人体を砕くには十分過ぎる威力を発揮する。

 

『(……昔見た『ロックブラスト』よりも威力が上がっているね)』

「(――――アバロンの術者達の技量も上がっているのと同じように、この世界の術法全体の質も向上しているのでしょう)」

 

 2人(イロウル)の身体に受けた衝撃は致命的であり、赤いローブに覆われている背中とその奥にある内臓は見るも無残な状態となっており――‘ベルフェジール’の問いに‘イロウル’の反応が遅れたのは、激痛から何も出来なくなっていた所為だろうと竜は認識する。

 ジェラール帝の時代にベアに叩かれまくったのはこの世界の英傑達比べれば拙くな思えてしまうイロウルの技を鍛えるのと同時に、竜であれば負う事がまず無い『痛み』という経験に慣なれつつ、‘イロウル’がその衝撃に耐えられるようにする意図もあったのだが――。

 

「(…………イロウル様、出来れば――早く、再生を)」

『(もう始めているのだけど……土属性の損傷は回復が遅いね)』

 

 流石に竜が耐えられる損傷を乗り越える事は‘イロウル’にも難しいようだった。

 

「効いている……? このまま――」

「邪魔」

 

 意図はどうであれ動きを止めていたイロウル相手に調子付こうとしたダグラスのシニアー達に‘ベルフェジール’が複数の『ファイアボール』を叩き込んだ事で“害意(いろ)”は消え去り、過剰な火力によって燃え残った炎の延焼を防ぐべく彼女は『ウインドカッター』を火元に放り込んでおく。

 

「――――優しい人間だね、トーマ様は」

 

 被害こそ受けてしまったが喫緊の脅威は排除でき、安全は確保されたというのにイロウルの腕の中にいるトーマは静かに震えており、『(命の危機に晒されればそうもなるか)』とこれまでの経験した人間の“反応(いろ)”を反芻していた‘ベルフェジール’であったが、少年の“情動”が(じぶん)や炭になった自国民に向けられている事を察した彼女は穏やかな言葉を零す。

 トーマが抱いた“情動(いろ)”の切っ掛けは、イロウルの服を掴んでいた自分の手を汚す尋常ではない血の滑りであり、それを起点に平静を取り戻した少年が最初に思った“感情”は戦に対する虚無感であり、そこからイロウルや炭となった国民へ向けた慈悲が続いたのを認めた竜は静かに言葉を続ける。

 

「相手を殺そうとしているのだから、自分が殺される事も許容しないといけなくて――抗う方にも、その理は適用されるよ」

 

 ビーバーにも通じるような眩しい“願い(いろ)”を認めた‘ベルフェジール’は自らが思う理を詳らきながら損傷部分を再生させ、“浄化”の魔術も発現させる事で流れ出た血の残り香も消し去る。

 

「帝王学の類で習ったと思うけれど、その現実を体験しながら生き長らえられる事は稀だから――よく見て、その後悔を学ぶのがいいと思うよ」

「――――」

 

 そう言って言葉を締めた‘ベルフェジール’であったが、言い終えた後に‘イロウル’としての言葉ではなく自分の考えを言い現してしまった事に気付いた竜は『(ビーバーに後で怒られるかな?)』と思いながらもトーマを抱え直す。

 

「――陛下に追い付かれては叱られてしまいますので、少し早く走らせて頂きます」

 

 自分の失言を慌てて取り繕いながら与えられた役目を再開した‘ベルフェジール’であったが、自分を取り巻く障害が解消した事で竜の意識は背後に居るビーバー達の方へと向き始める。

 

「(ベルフェジール様、前に集中を。――信じて任せる事も親や臣下の努めです)」

『(――うん)』

 

 “目”では追えていた事だが背後から剣戟の音も届き始めており、ダグラスからの追撃も激しい事実に後ろ髪を引かれている‘ベルフェジール’を‘イロウル’の言葉が正し――振り払うように前を向いた竜は、気を紛らわせるように『ウインドカッター』を放って前方の障害を取り除く。

 先程イロウルが受けた傷の深さから今の世の戦場での殺傷力は数十年前の比ではなく、その猛威を受けたビーバーや他の直参が深手を負ってしまうのではと気が気ではない‘ベルフェジール’であったものの‘イロウル’から届く無言の圧力から足を止める事も出来ない竜はトーマを抱える力を強め、ただただ加速する。

 尚、先導を再開してからは潜んでいるシニアー達には『ウインドカッター』での先制攻撃を続けており、それ以降のイロウルが傷を負う事は無かったものの抱えているトーマの“気配(いろ)”が足を進める度に戦慄を深め、震えとなって発露し始めている事から自分の作った道は相当に血生臭い状況になっている事は‘ベルフェジール’にも理解できた。

 しかし、それが竜に挑むという事であり、相手が何であるかを知らなかったとは言え武力で物事を解決しようと思えばそんな結果を得る可能性を認めなくてはならないのが世の理であり、彼女は一切の手を抜く事なく林に潜む伏兵を切り刻んで行く。

 そうして十回に届くかどうかといった程度の伏兵を切り抜けた頃になると抵抗は一気に弱まり、林を抜けてから暫くすると手傷を負ったビーバー達が追い付いてくる。

 

「――先導御苦労。……互いに無事ね?」

「トーマ様と私に問題はありません。――癒しの術は必要でしょうか?」

「軽いのを全員に。……ダグラスに残してしまった兵や文官は無事だと良いのだけれど」

「彼等も心得ている筈であり、今考える問題では無いでしょう」

「それよりも――これからの指針を示して頂きたく存じます」

 

 トーマを拾った後の状況の急変を知らぬ状況でサイフリート側の追及を受ける事になる兵や文官達を気にするビーバーであったが、貴族派であるアメジストやバイソンは政敵に近しい存在である皇帝の手腕を確かめるべく言葉を向ける。

 

「武具の手入れどころか明日の夜を超えられるかも判らぬ状況だからな。――サイフリートとかいう野郎の手が回っていない集落の類で補給を受けたい所だが」

 

 そんなやり取りに対し、政争とは無縁のオライオンは幾分か建設的な発言を続け、場の流れを沈黙へと導く。

 ジェラール帝の時に理解したように、直参となれる彼等は例え1人であろうとも英雄譚を描ける程の英傑である筈だが、不安と疲労が重なれば不和が発生するのも致し方無いと‘イロウル’が洩らすと‘ベルフェジール’は静かに黙考する。

 

「――取り合えず、水でも飲みますか?」

 

 先が見通せない状態で人間が不安定になるのは‘イロウル’でも観測できた事象であり、こういう時に僅かでも補給が得られれば落ち着きを取り戻す事を学んでいる‘ベルフェジール’はいつぞやのように近くの土塊を灼熱化させる事で歪な硝子容器を創り、大気中の水分を魔術で集めて生成した水で一息つかせようとすると――ビーバー以外の全員から大層驚かれる事となった。

 

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