Ver1.1
ネラックにて少ない情報からサイフリートの陰謀を解体し尽くしたソフィアの頭脳に驚愕していた‘ベルフェジール’であったが、宰相が仕組んだと思しき企みも評価はしており、『(“
とはいえ、モンスター頼りな此方の差配はお粗末と言わざるを得ず、壁掛けの松明置きも無い洞穴の先は闇に閉ざされている事から道中で味方(?)に踏み殺されたモンスターも居たのだろう事は想像に固くなかった。
「――暗いわね」
「では、少し細工致します」
入口から離れ、陽の光が急激に弱まって来た辺りでビーバーが零した呟きを拾った‘ベルフェジール’は『ライトボール』の術法から光の概念のみを抜き取った魔術を編み、生じた極小の光の魔力を発現させた彼女は風の魔術によってそれらの光をを洞穴内へと送り込む。
「――――」
そうして無数の淡い光源を敷き詰められた洞穴は篝火の焚かれた屋内よりも明るくなり、闇の奥で蠢く残敵の姿が露わになった事で一行が感嘆の吐息を零す中、イロウルの使った術理を理解出来たらしいアメジストは信じられないモノを見るような目でイロウルを見据える。
「敵が気付きますな」
「暗闇の中、勘頼りで戦うよりも良いだろうよ」
その驚愕は術理こそ単純であったものの消費する魔力量に気付いてしまったが故の反応であり、アメジストが他人に見せられないような
「――イロウル、この術法はどれ位続く?」
「
「いい仕事ね。各々、密集しないように……進むわよ」
その確認と号令を最後に、一行は洞穴を進み始める。
今の帝国が持つ意味のある陣形は閉所で使えば集団壊滅の危機があるインペリアルクロスしかなく、ヴィクトール運河を制圧していたヴァイカーが繰り出した初撃は手痛い戦訓として現代にも引き継がれていた。
とはいえ、そんな事態を踏まえた有効な陣形など早々生まれるものではなく、今の彼等は可能な限り間隔を開けた前衛組を前に置きつつ、後衛側がその後を付いて行くという形は違えども
尚、皇帝一行が組織的に戦えない状況にあるのは確かであったが密集して戦えないのはモンスターの方も同じであり、狭い洞穴の中での戦闘は個々の技量差が如実に表れる結果となり、後衛の火力が必要になる前に前衛3人が切り伏せてしまう事から『ソレ』が現れるまで後衛に出番が回ってくる事は無かった。
「――さっきまでの奴等とは雰囲気が違うね」
そんな中で現れたのは人間大の蛙のようなモンスターであり、形状こそ先程あっさりと切り伏せられた大蛙と似ているものの能力は全くの別物であり、その姿に違わぬ跳躍力から繰り出された『キック』はバイソンに膝を付かせ、反撃として振るわれたオライオンの
「何という力だ」
「この感じ……気をつけろ」
「――――」
バイソンとオライオンが苦戦している中、何かを思い付いたようなビーバーは近くに控えていたもう一匹の方へと駆け寄り、新たな少剣技によって黒い大蛙の片割れを即死させる。
あまりにもあっけなく排除出来た事に剣技を描いたビーバーですら驚く中、それでも警戒を緩めなかった一行は最初に接敵した黒い大蛙をじわりと包囲し、『サイドワインダー』と言う新しい小剣技を放つ事なくその排除に成功する。
「――――恐ろしいね」
黒い大蛙――後にカエルの王子様と呼称されるようになるモンスターの残滓が空気に解けるように消えていくのを見た‘ベルフェジール’は、その顛末に身震いしながら言葉を零す。
先程のビーバーが繰り出した技は、見掛け上では単純な刺突のようであったがその随所に蛇の狩りを真似た所作を含ませており、そうして形となった概念は『蛙という意味を持った存在を殺す』という呪いじみた効果を発現させていた。
ジェラール帝の『十字切り』を見た時からこの世界は武技でも概念攻撃を成せる事は認識していたものの、振るっただけで相手を死亡させられる魔技が人間でも使えるという事実は竜にとっては驚異的な事実となり――。
対象となる種族が1つでもあるのなら、竜や人を対象とした技も存在しうるという恐れに慄いていた。
その唐突に表れた懸念に‘ベルフェジール’が思い悩む事態はあれども洞穴の探索は順当に進み、周囲のモンスターが居なくなり、竜の使った光の魔術が届いていないのか行先が闇に翳り始めた頃――彼女の“目”が既に捉えていた『何か』に気づいたらしいビーバーが備えるようにと直参達に目線を振る。
「まさか――デューンウォーム!? 実在していたの!?」
皇帝一行が警戒する中、激震と共に現れた牙を避けたビーバーが驚きと共に警告を発し、直参達は散開してその強敵に備える。
皇帝がその名を発したモンスターは茶色の体表をした巨大な蛇(?)となり、遥か東方から届いたとされる見聞録にのみ記載されていた存在である事から帝国にとっては完全に未知の敵性生物となる。
そんな巨体に対し、後方に退がりながら左右に散ったアメジストとイロウルの『ウインドカッター』がその両側面に殺到するも、走り抜けた魔力の刃はその外皮を傷付けるに留まる。
「固いですわね!」
「この巨体だから一撃は重い筈よ! 皆、気を付けて!」
アメジストの警告に重ねるように右側面に回っていたビーバーの刺突が続き、左側面に回ったオライオンが大剣で切り付け、果敢にもその正面に残り続けたバイソンがデューンウォームの攻撃を待ち構えるも――。
デューンウォームが振り上げた頭を地面に叩き付けた瞬間、『地面を穿ち開く』という概念がイロウルの足元へと走った。
「――っ、この……!」
デューンウォームの“
『地裂撃』という棍の概念攻撃は運河要塞で見ており、当時の戦闘でソレが
「あ、ぎぃっ……!」
膂力にあかけた跳躍で逃れようとしたものの、割れ目から逃げ損ねた自分の両足が裂け目に引き込まれる音を聞い所でイロウルの意識が途切れる。
《偽装魔術を継続中》
《姿勢制御を代行》
《両脚部の再生をじ――現個体の覚醒を確認。全制御を現個体へ移行》
『(っ……? 何が――)』
『眠る以外で意識を失う』という初めての体験を経た後に意識を取り戻した‘ベルフェジール’は、持ち得る能力を総動員して状況を把握する。
周囲の“
「結構、頑張ったと思っていたんだけどなぁ……」
ジェラール帝の時代にベアと遊んでいたのはこういう事態を想定して訓練であり、ダグラスからの逃走劇の最中に『ロックブラスト』の直撃を受けても耐えられた事から死ぬ以外で意識を失う事は無いだろうと考えていたものの――見通しは甘かったと痛感した竜はもう一度吐息を零す。
『(…………? イロウル? ――イロウル、目を覚まして!)』
そうして状況の把握と
「――行けますわね?」
そうして
身体は動かせないながらも魔力の制御は出来ている‘ベルフェジール’もソレに続くものの、後衛2人の『ウインドカッター』は初手と同じようにデューンウォームの外皮を傷付けに留まり、攻撃を続けている前衛組の剣撃も決定打に繋がらない中――。
「ぬぅ――おぉぉぉぉ!」
大口を開けて突っ込んで来たデューンウォームは進路上に居たバイソンに喰らい付こうとするも、標的となった彼は剣と盾を使って身に迫っていた大口を開いたまま押さえつけ、
そんな異様な状況を前にして押し切れない事を直感的に理解したらしいデューンウォームが退がろうとするも、バイソンは剣を下顎に突き刺す事でその大蛇を地面へと縫い付ける。
「今よ! 畳み掛けて!」
その好機を目敏く逃がさなかったビーバーは動き鈍ったデューンウォームの外皮の隙間に小剣を穿ち、反対側に居るオライオンもまたそれに続くように甲殻と甲殻の間を狙って『強撃』を叩き込む。
「っ! ――さようならっ!」
その猛攻にデューンウォームが身体を捻じる事に集中し、頭を振るのを止めたのを見逃さなかったアメジストの『ウインドカッター』がバイソンの頭上をすり抜け、口腔から大蛇の中に入り込んだ風の刃が守りようの無い内側を切り裂いていく。
「――――。やった……のかな?」
茶色の巨体は未だに身体を震わせているものの、明確な反撃をしなくなったデューンウォームを見据えるビーバーは引き抜いた小剣を構え直しながらも安堵の言葉を零す。
‘ベルフェジール’の“目”に映るデューンウォームの“
「崩れるわ! 皆、逃げるわよ……!」
崩落の可能性を察した一行の判断は早く、勝利の余韻など無かったかのように身を翻すも――。
「っ!? バイソンは武器を放棄! 叔母様を抱えて走って!」
「……っ、御意!」
未だに動けないでいるイロウルを見付けたビーバーの決断は更に早く、勅命を受けたバイソンがイロウルを肩に担いだのを横目に捉えながら皇帝は前に出る。
「道中に居る残敵は私とオラ――いえ、私だけで片付けます。走って!」
そうして頼れる戦士の名を続けようとしたビーバーであったが、目当てのオライオンもまた足の遅いアメジストの事を抱えているのを見た皇帝はその言葉を翻し、更に足を早める事で自らが先駆けとなる。
一本道である洞穴に居たモンスターは駆除し尽くした筈であったが、穴の外から戻って来たらしい脅威を刺し穿ちながら道を作るビーバーの視線の先にイロウルが創った光とは異なる陽光が見え――。
最後尾を走っていたバイソンが洞穴を飛び出したのと時を同じくして、サイフリートが仕組んだであろうモンスターの流入口は崩れ落ちた。
崩落した洞穴周辺を捜索し、ネラック側の後背を突ける程のモンスターが残っていない事を確認した皇帝一行は後処理を長城の常備兵に任せ、安全圏に築いていた陣へと戻って来ていた。
構築されている陣はネラックで借り受けた馬車と僅かな兵という小規模な物であり、輸送と伝令を担う彼等はカンバーランド南部の安全が確保された事に安堵の“
「……あんまり役に立てなかったね」
そんな喧騒の中、‘ベルフェジール’ははらりと不甲斐ない己の無力さを零した。
圧倒的な魔力量とそれを十全に扱える演算能力、そして魔導存在に近しい事から来る再生能力は人間と比べるのもおこがましい程の性能差となっている筈だが、今回の戦闘でその能力を生かせなかったのは覆しようの無い結果として残ってしまった。
加えて、撤退の際にも人間の足を引っ張ってしまったという事実は竜という存在に泥を塗る醜聞であり――元居た世界に戻れたとしたら、あの優しい父ですら怒らせてしまうような失態になるのだろうと‘ベルフェジール’は目を伏せる。
「――――」
イロウルの呟きが届いたのは周囲に居た直参だけのようだが、その反応として返って来た“
「お前の術法は他の誰にも真似できない技術だろう? ――そんなお前が自分の事を役立たずなどと言えば、お前に憧れているアメジストは何になる?」
直参において最も敵に回してはならない存在である彼の行動に対し、慌てて“
「さっきの穴倉の中で安全に戦えるようなった光――アメジストですら驚いていた術はなんだ? お前の両足が赤く染まっているのは何だ? それらはお前が技術と命を掛けて戦った証だろう? それを以ってして『役に立たなかった』なんてどうして言える?」
続けられた言葉は先程の戦場で竜の成した些事の羅列であり、オライオンに視線を向けたまま周囲の“
「――進んでいる技術の道はは違えど、お前は直参に選ばれる程の強者だ。……その力を卑下する事、そう思っている事はこの場のは全員を馬鹿にするのと同じだと理解しろ」
「――――えっと……」
“
寧ろ、‘友人’が帯びている“
「ごめ――ううん……この場合は、ありがとうございます、かな?」
「――ふん」
“目”で‘
そうして接触が解かれればオライオンの暴挙によって固まっていた周囲の時間も動き出し、下手人である彼の元にに向かったアメジストが「女性を掴み上げるなんて野蛮ですわよ」と突っかかり、特に思う所の無いらしいバイソンは馬車の様子を見始める。
「……叔母様でも怒られる事があるんだね」
「うん。――こんなに嬉しい事があるなんて、知らなかったよ」
そのまま取り残されたイロウルの元に歩み寄って来たビーバーが感慨深げにそう問い掛けるも、当の‘ベルフェジール’は嘘偽りのない実直な感想で応え――あまりにも的外れな返答に皇帝は怪訝な表情を浮かべる。
「…………怒られたんだよね?」
「――それ程までに私を気に掛けてくれて、自分が窮地に立つかもしれないのに間違いを指摘してくれたんだよ? 私みたいな――ああ、これは駄目な言葉だったね」
確認の為に問いを重ねたビーバーであったが、‘ベルフェジール’の応えに変わりなく、頼りになる育ての親が実は被虐体質の類だったのではと勘繰ってしまったものの返された言葉の中には一定の正当性も在り、神妙な面持ちのまま固まってしまった皇帝は長い黙考に入る事となる。
「……あぁ、移動の準備が整ったようですね。――陛下、御手を預かってもよろしいでしょうか?」
「――――ええ、叔――イロウルが動けるのであれば、問題ないわ」
そうして2人の間に微妙な沈黙が漂っていたものの、周囲の“
『(私も――少しは人間の理に近づけたのかな?)』
そうして皇帝が移動するまでの傍付えに収まった‘ベルフェジール’は、歩きながら先程の一幕を反芻する。
人間の世界はこれから何百年でも見ていられると確信出来る程に楽しいものであるが、これまではどんなに近くに居ても当事者であるという感覚を得られた事は無かった。
しかし、先程のオライオンの行動は自分の事を人間であると感じさせてくれた得難い経験となり――極めて少ない可能性とはいえ、彼等と同じような死の足音が自分にも聞こえた事が影響しているのだろうかと‘ベルフェジール’は推察する。
同時に、そんな死の影を跳ね除けられるようにもっと頑張らねばと意識を改めながら、竜はバイソンが準備を整えた馬車へとビーバーを送り届けた。
設定上では風弱点ですが、話の都合上から外皮は硬かったという事で。
あと、SFC版で小学生の心を折った2番目の怨敵。
負けると速攻でカンバーランド滅亡、セーブからリスタートでもどうにもならなかった事でアバロンに帰っても滅亡して心が折れた。