竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-09 “竜息”

Ver1.11

 

 

 長城中央部にて戦域後方の安全を確保した皇帝一行はネラックへと戻り、ダグラス攻略に向かっているゲオルグ達の情報を集めていた。

 伝令頼りの共有である事から情報の遅れは大きいものの伝え聞く戦況はネラック側が優位のようであり、後背を突かれなければ盤石の情勢であるとの事だった。

 ‘ベルフェジール’の“目”から得られた両軍の動きも伝令からの情報と大きな違いは無く、ビーバーにそれとなく知り得た事を伝えればネラック側の優位は確定的であると判断されたものの、となれば後方に残る自分達がどう動くを考える必要が出てきた。

 貴族派であるアメジストは「優位であるならば見栄えを整えてからダグラスに入り、民にとっては些事に見えようとも『ゲオルグ達の後背を守った』事を示して帝国の国威を表した方が良いでしょうか?」と提案するも、オライオンは「伝令頼り情報は確定した事実じゃない。もしもダグラス攻略が難航しているなら恰好つけて遅参した間抜けになるだけだ」と反論する。

 この無自覚夫婦もどきはよく真反対の言い争いを始めるが提案自体は有意義なものであり、ビーバーが黙考を装って先帝達の意見を聴いている中、‘イロウル’はネラックは要塞としての立場が強い上にダグラス攻略の為の物資を放出したばかりである事から凱旋の準備を整える事は難しいと商業的な予測を示し、寡黙なバイソンは同じ戦人であるオライオンの意見を推す。

 

「……ゲオルグ殿から預かった兵はここでお返ししますが、荷や馬車はこのまま預り――私達もダグラス向かいます」

 

 直参からの情報も取り纏めたビーバーはそう決断し、可能な限りの物資を買い足す同時に北進を開始する。

 また、それに歩調を合わせるようにネラックの居残り組も兵力を捻出し、あくまでも独自の行動という体裁で皇帝一行に同行し――戦闘の痕跡が所々に残る街道を共に進んで行く。

 

「今回の目的は3つ内のいずれかとなり、戦闘が終結しているのであれば静かに入城し、ゲオルグ殿がダグラス攻略に苦戦しているようならば彼等の援護に移り、万が一にでも逆転されているようなら彼を含む首脳陣の救出を目的とするよ」

 

 その道中において、ビーバーはダグラスに向かう意図を直参達に改めて共有する。

 同道しているネラック側の陣容は馬車を管理する御者と十数名の志願兵となるが、皇帝一行は彼等への指揮権を有していない事からこの目的の共有も行っておらず、彼等は彼等で独自の判断で動いて貰う事なっていた。

 

「後ろから付いて来ているネラックの連中はどうするんだ?」

「私は彼等に命令できる立場にはないからね。先行出来る距離になったら此方が先に走る旨は伝えるけれど、その後にどうするかは彼等の判断に任せる他ないかな」

 

 そんな政治に疎いオライオンがあやふやな状態にあるネラック志願兵への対応を言葉とするも、ビーバーは彼等の事は放置する旨を改めて共有する。

 

「……兵の誉は戦場にあると思うんだがなぁ」

「ネラックの兵はカンバーランド王国の宝であり、王以外が彼等に命令してはならないのですよ」

「同じ戦士としてはどんな形であれ主君に尽くしたいという気持ちは共感できるが、陛下がそれ命じたとなれば将来の禍根となる」

「そも、傭兵とは金で動く者であり――商人としても、誉を持ち込まれても困るのだけれど?」

 

 貴族組+‘商人(イロウル)’の理論に「――お前らには人の心とかねぇんか」とオライオンが音を挙げる中、直参を自由にさせていたビーバーの“意識(いろ)”がイロウルに向く。

 

「イロウル、ここから戦場の様子を占える?」

「――精度を期待されると困ってしまいますが……少々お待ちください」

 

 トーマの居場所を伝えてから占い師としても扱われるようになってしまった事に『(出過ぎた事をしたなー)』と微かな後悔を思いつつも、‘ベルフェジール’はダグラス方面の“気配(いろ)”を確認し、どんな風に伝えれば良いかを‘イロウル’に相談しようとするも返って来たのは相変わらずの沈黙であり、竜は『(……いけず)』とへそを曲げながら言葉を紡ぐ。

 

「無色……無辜の民に恐怖の色が見えるから、まだダグラスは陥落していないと思われます。……城下の外の戦人の状態は――ゲオルグ様やソフィア様を信奉している色の方が意欲的に動いているように見えます」

「――――随分と抽象的だが……ネラックの伝令と変わりがない状態か?」

「城下の民が戦の気配を感じているようですので、攻城戦が始まっているのかもしれませんわね」

「この距離でおっぱじまっているとすると――遅参は確実か」

「……ありがとう、イロウル。皆のもどかしさは判るけど占いは占いで、我々はあくまでも万が一に備えた後詰になるよ。……緩まずに備えてね」

「「「「御意」」」」

 

 野営の最中に行われたそんな一幕を最後に、今回の夜番であるネラック志願兵達に周囲の警戒を任せた一行は休息に入る。

 ネラックから付いて来ている兵との協同はそれぞれの立場故にぎこちなさがあるものの協力出来る点では密なやり取りを交わしており、イロウルの魔術によって生み出された光源の提供やオライオンが伝授した安全性の高い夜周りの仕方など、戦術面では強固な連携を図っていた。

 そんな工夫を織り交ぜながら出来うる限りの迅速な行軍を続ける中、馬を見ている御者からそろそろ安全に動かせる限界が近い事を共有される。

 飼い葉の類は潤沢に積んでおり、イロウルの魔術によって水の安定供給も行われているものの馬車を引いている馬達は長城からの強行軍を続けている状態であり、無理をさせなければダグラスまでは持たないだろうというのが御者の結論だった。

 当然ながら他国の戦略物資を使い潰すのは論外であり、ビーバーは無理が祟るような事態になる前に降りて走る旨を御者に伝えていた 。

 

「アメジスト殿は誰が運びましょうか」

「イロウルに任せるよ。――前線に赴くのにオライオンがすぐに剣を振るえないのは拙いからね」

「――――」

 

 ダグラスへと更に近付く中でそんな決定が現実のものとなりつつある中、かの城塞へと突入しなくてはならなくなった状況に対する最後の詰めが話し合われていた。

 

「馬が使えなくなった距離によっては野営の道具と食料の類もイロウルに背負わせるんだろう? 大丈夫なのか?」

「叔――イロウルはあの見掛けで体力お化けだからね。……大丈夫よね?」

「ええ。……背負子には余裕もありますので、なんなら武具の類も引っ掛けていいですよ」

 

 アメジストは自分が運ばれる事を前提に話が進んでいる事に憮然とした表情をしていたものの、術者である彼女が長距離を走るのに向いていない事実は覆しようがなく、感情を押し殺しているのは見て取れたが――。

 

「イロウル、アメジストにはちゃんとしな垂れ掛かるように言うんだぞ?」

「――? どういう意味?」

「こうして抱き上げて、自分の頬にアメジストの吐息が掛かるように両手を回させると、重心がこっちに来てかなり楽に――」

「そんな事を言い振らすのは止めてくださいまし!」

 

 オライオンの冗談のような本気の助言に押し留めていた感情を爆発させたアメジストの彩り豊かな空気(まそ)を食み、思いも寄らぬ所で得られた甘味に頬を緩ませた‘ベルフェジール’であったが、周囲の“気配(いろ)”が思ったよりも険しい事に視線を巡らせる。

 2人を見る目がいつも厳しいバイソンからの堅苦しい“感情(いろ)”は無視できるとしても、当事者であるアメジストからも気まずいような――後ろめたいような“感情”が漏れ出ている事に疑問を覚えた‘ベルフェジール’であったが、戦時に考える事ではないと思い至った彼女は背負子の荷造りを進めた。

 

 

 

 それから更に馬車は速めの常歩を続け――遠眼鏡でダグラスを望める所まで持ち応えてくれた事で、皇帝一行は事態に間に合う事が出来た。

 

「――――攻城戦で難しいのは城門の突破であり、内側に入られれば脆いものと学んでいたのだけど?」

 

 直参達が戦支度を整える中、遠眼鏡の狭い視界の中にあるダグラスを探っていたビーバーは怪訝な表情を見せる。

 

「妙な話なのは確かだな……内門はそんなに固そうには見えなかったんだが――」

 

 硝子を重ね合わせた歪で狭い視界の中、城下の中にもネラック側の旗が見える事から今回の騒動は詰みの段階にある筈だが――城の旗は未だにハロルド王(サイフリート)の物がはためいており、いち早く準備を整えたオライオンに遠眼鏡を渡すと、彼もまた要領を得ない言葉を零す。

 

「拙い状況でしょうか?」

「――ま、やる事があるなら急いで来た甲斐があるってもんだ」

「味方が苦戦しているのに不謹慎ですわよ」

 

 鎧を整えるのに時間の掛かったバイソンの言葉に遠眼鏡を返しながらオライオンがおどけ、その軽口をアメジストが何時ものように突こうとするも今の彼女はイロウルに抱えられており、今更のようにそれを思い出してしまった魔術師は羞恥を誤魔化すように明後日の方向を向く。

 

「行ってみれば判る事よ。……十人長、我々はこれより先行します」

 

 戦場に赴く前に良い空気(まそ)が食えたと笑みを浮かべそうになる‘ベルフェジール’が何とか平静を保つ中、ビーバーは出立する旨を発したのを最後に走り出し、直参達もそれに続いて行く。

 戦況は不明瞭ではあるものの一行が急ぎ赴いたのはこのような不測の事態に備える為であり、走り寄ったダグラス城下の前で複数の森の精気を砕いて体力を回復する予定はあれど、無駄に想像を膨らませて精神的に疲弊するよりも自らの目で確かめた方が得策である。

 そんな考えの下で走り出した一行の道中は、ダグラスの勢力圏内というだけあって生々しい決戦の跡がありありと残されていた。

 しかし、戦場跡に残る折れた旗の数はサイフリート側の方が多いように見て取れ、此方でもゲオルグ側の優位が明らかになった事で未だにダグラスが陥落していない疑念が深まる事となる。

 

『(‘イロウル’の言うように、人間同士の戦闘の場合には構造物を持っていない攻撃側の方が不利だと――ん? 何か居る?)』

 

 不可解な状況に走りながら思案を回していた‘ベルフェジール’であったが、ダグラスに近付いた事でその中に妙な“気配(いろ)”が在る事に気が付く。

 竜が見つけたソレは“魔力(いろ)”が薄かった為に発見の遅れた“巨大な気配”であり、彼女がそれに“目”の焦点を合わせようとする中――皇帝一行が走り寄った外門を確保していたのはネラック側の兵であった。

 

「――っ! 皇帝陛下!? あぁ、天はまだ我々を見捨てては……」

「ゲオルグ殿に何か――?」

 

 しかし、彼等の反応は尋常ではなく、ビーバーはイロウルが背負っていた背負子から引き出した複数の森の精気を砕いて全員の疲労を霧散させつつ、ここまで押し込んでいる状況でダグラス城が未だに陥落していない理由を問おうとするも――。

 

「……っ、何?」

 

 盛大な轟音と共に遠くで巻き上がった土柱という明確な脅威が、答えとして周知された。

 寡黙な事で有名なネラック兵ですら「どうか、急ぎ内門前へ!」と声を上げた事から状況の深刻さは判ったものの戦局は不明なままであり、若干の不安を抱きながらも皇帝一行が市街を突っ切ればゲオルグ側が押し切れていない原因はすぐに判明した。

 

「――巨人」

「…………あんな存在も居るんだね」

 

 戦場は内門の目の前であり、その巨躯を認めた一行が足を緩めたのと同時に振り下ろされた巨大な棍の余波によって退避し損ねていた一部のネラック兵達が吹き飛ばされる。

 

「っ! 皇帝陛下!?」

 

 赤い体表が特徴的な巨人と対峙している者達の中で一際動きの良い戦士――自らが最前線に立って囮のように動く事で兵の損耗を抑えていたゲオルグは前線に入った皇帝一行を認めると、巨人を見据えたまま声を荒げる。

 

「城下は押さえましたが、この巨人(スプリガン)に足止めされており――っ!?」

 

 そうして苦しい状況を伝える中でもスプリガンの攻勢は留まらず、振り上げられた棍の目標となったゲオルグはその直撃を避け、余波を盾で凌ぎながら更に大きく退る。

 

「兵達では対処が難しく、私が抑えていりますが……我が身一つでは如何ともしがたく――」

「助太刀します。……陣形は組めない事から各々散開、重い一撃に注意して」

「「「「御意」」」」

 

 ビーバーの号令に従い、自ら前に出た皇帝に続くように前衛組はスプリガンへと走り出し、アメジストは術法を放つべく足を踏みしめる。

 そして、アメジストを庇えるように彼女の左前に出たイロウルの横を、『ファイアーボール』が突き抜けて行く。

 

「…………強敵ですわね」

 

 アメジストの放ったその術法は並みのモンスターであれば即死すらあり得る一撃であったが、打ち込まれた火球はスプリガンの表面を焦がすに留まり、自身を傷付けた彼女を脅威と見なした巨人の足を前衛組が止めに掛かる。

 

「こっちも撃つね」

 

 目標となる巨体がそれなりの脅威であると認めた‘ベルフェジール’であったが、自分の炎であれば通らない筈がないだろうと最大出力の『ファイアボール』を叩き込むも――。

 

「っ!? この……!」

 

 迫る火球に対し、スプリガンはあろう事か自らの持つ巨大な棍を振り抜く事によって竜の『ファイアボール』を弾き、まるで球技の球のように打ち返された『ファイアーボール』がアメジストに迫るのを捉えた‘ベルフェジール’は驚く魔術師を抱き込む事で自らが放った炎を“障壁”で消失させる。

 

「……まさか、弾かれるとは」

「術法が物理的に返されるなんて事が……?」

 

 その異様を前に戦場に居る誰しもが驚きのあまり硬直してしまったものの戦場で呆け続ける阿呆はこの場には居らず、後衛2人が前衛組の下がる分の距離を稼ぐべく後退すれば、迫る次の衝撃を受け流すべく前線が動く。

 そうして崩壊せずに踏み止まった前線組が反撃として繰り出した無数の剣戟によってスプリガンを押し返す事に成功するも、体躯の差から決定打には程遠く、主力となるのはやはり魔術師の火力となる事からアメジストとイロウルは先程と同じように『ファイアーボール』を放つ。

 

「っ、また――」

 

 そうしてスプリガンに2つの火球が迫るものの、アメジストの放った『ファイアボール』は『当たる事が決まっている』かのように巨人の表層を焦がすのに対し、イロウルの火球は先程と同じように振り抜かれた巨大な棍によって弾き返されてしまい、城下に飛んでいったソレは業火の雨となってダグラスの市街へと降り注ぐ事となった。

 その結果からアメジストこそが自身を滅ぼせる脅威であると再認識したらしいスプリガンは壁となっている前衛組に襲い掛かり、荒れ狂う巨躯の暴風を逸らさんと動いた勇気ある兵達――無色に近い“存在(いろ)”の幾つかが吹き飛ばされる。

 同時に、自らの『ファイアボール』が通じなかった事から攻撃手段を『ウィンドカッター』に切り替えた‘ベルフェジール’であったものの、スプリガンに殺到した緑色の魔力はデューンウォームを相手にした時のように表層を傷付けるに留まり、アメジストの『ファイアボール』も効いてはいるが決定打を与える前に何人死ぬか判ったものではなかった。

 

「――――アメジスト。暫くの間、自分の身を守る事もお願いするよ」

「……? イロウル――?」

 

 自分の身体(B系フレーム)が導き出した冷酷な損害予想の共有を受けた‘ベルフェジール’は前線に近づく自分の身を守る為にイロウルの剣を抜き、その発言と行動に驚くアメジストと‘イロウル’を無視したまま最前線に居るビーバーの元へと竜は走る。

 

「――っ、叔母様!? ……いくら貴女の膂力でもアレとぶつかるのは――」

「……陛下。城下の火を消しつつ、奥の手を準備します。一時的に戦線を離れる許可を」

 

 後衛である方が力を発揮できるイロウルがスプリガンに近付いた事に驚いたビーバーが流石に御免被りたい提案を挙げてくるも、主君である皇帝の言葉を押し退けるように‘ベルフェジール’は自分の提案の可否を問う。

 

「――――アメジストの護衛に回るよりも、それは有効?」

「はい」

 

 僅かな黙考の後、短く問うた皇帝に明確な頷きで応えれば「許すわ。――我が帝国の術者がアレを打倒する準備を整える! それまで持ち堪えよ!」とビーバーは声を張り上げ、堂々と退がれるようになったと同時に走り出した‘ベルフェジール’は目当ての“気配(いろ)”を見据えながら城下を駆ける。

 自分がこの場では無力であると竜が断じたのは、自らの『ファイアボール』が見た目はアメジストのそれと同じでも纏っている概念が違うと判らされたからである。

 この世界の術法は総じて『目を瞑っていても当たる』という概念を有しているが、『イロウル・ベルフェジール』にはその概念が無い。

 その事実を明かされたジェラール帝はその違和感を無視してくれたものの、現実は彼のように甘くはなく――。

 術法に見えるようにと擬態を深めていたものの、‘ベルフェジール’の『ファイアーボール』だけが打ち返されたのは『その概念の有無』が起因しているのは明らかであり、当たれば致命弾になるのだろうがそれまでに城下が火の海になってしまっては元も子もない。

 

「…………人の気配はなし。‘イロウル’、これで消せるよね?」

 

 自らが行き着いた結論を共有しつつ、火勢が最も激しい場所に近付いた‘ベルフェジール’は風の概念魔術によって周囲の酸素を強引に押し留め、周囲を酸欠状態とする事で最も大きな火災を鎮火させた竜は自分の『ウインドカッター』が通じなかった理由も言語化する。

 ‘ベルフェジール’にとっての風は『空を飛ぶ為の道』であり、『頑張れば身体の表層を切る事は出来るだろう』という認識を持っていた。

 そして、使用者である竜がそのような認識を持っている――詰まる所『ウインドカッター』の効力を信じていない状態であったのだが、外皮が脆弱な存在が相手であれば魔力差によって強引に切り刻めていた。

 しかし、相手が強敵であると認識した瞬間には自分が思っている結果しか発揮出来ない事はデューンウォームにも共通しており、自分の『認識』が術の攻撃力を悪化させている原因なのだろうと彼女は結論付けていた。

 

「……こっちの方が改善は難しいかもね」

 

 『ファイアボール』の方は命中精度の向上で誤魔化す事は出来るだろうが、『ウインドカッター』の方は自分の記憶や経験からくる『感性』を変える必要があり――80年近くの時間によって積み重ねられた常識を覆すのは容易ではない。

 そんな他所事を考えつつ目当ての“気配(いろ)”の方へと走り続けた‘ベルフェジール’は視線の先に捉えたネラック側の本陣への跳躍を開始し、周囲の建物の壁を利用しながら目的の“人間”へと一気に到達する。

 

「っ!? え、何――? イロウル殿……?」

 

 唐突に目の前に降って来たイロウルに目当ての“人間(トーマ)”は動揺を示したものの、直ぐに「兄さんは――前線の状況は!?」と指導者としての教育を受けていた者が成せる反応を見せる。

 

「陛下と共に抑えていますが、決定打が無い状況です」

 

 周囲に控えるネラックの兵達も指揮官以外には伏せられている筈の本陣に辿り着いたイロウルの姿に驚き、困惑していたようだが――彼女が口にした喫緊の戦況にその“気配(いろ)”を曇らせる。

 

「――今、動ける弓兵と術者を集めさせていますが……私も前線の保持に務めなければならない状況でしょうか?」

 

 そんな中、本陣の外から急ぎ駆け付けたソフィアが質問を繋ぎ、必要とあらば自分が出る事を厭わぬその“気概(いろ)”に感銘を受けた‘ベルフェジール’が口を滑らそうとするのを押し留めた‘イロウル’は竜にここまで走ってきた本題を伝えさせる。

 

「――足止めされておりますが、陛下やゲオルグ様が敗北する事はありません。……その一助となる為に、弓か杖が必要なのです」

 

 そうして発せられた‘ベルフェジール’の言葉に対し、静かに目を伏せたソフィアは自らが身につけていたメイスのような杖を差し出す。

 

「術法を扱う戦士に支給している武具と同じ物であり、使い潰して頂いて構いません――どうか、兄に勝利を」

「承知しました」

 

 約束と共に杖を受け取った‘ベルフェジール’は持ち得る全力を以って前線へと駆け戻る。

 そのあまりにも素早い動きに本陣から驚きの“感情(いろ)”が届いたものの、この距離からでも前線の“気配”が見えている‘ベルフェジール’にはそんな些事に構っている暇はない。

 ビーバーや直参、それに最近覚えたゲオルグの“気配(いろ)”は健在だが――見えなくなった“存在”は予想よりも多い。

 

「――――」

 

 ‘ベルフェジール’が知り得た情報を共有されている‘イロウル’には思う所があるようだが、竜にとっては約束に関わらない事には興味は薄く――。

 逆説的に言えば、ビーバーとゲオルグに勝利を贈ると伝えた事から彼等が生きている内に自分が成す最善を必ず果たさねばならない。

 

「――攻撃照準。“竜息”……照射準備」

 

 スプリガンを目視で確認出来る所にまで駆け戻った‘ベルフェジール’は預かった杖を右手で突き出し、自分の右目の軸と杖の先端に目標を重ねる事で照準を合わせ、竜である自分が最も慣れ親しんでいる魔術を編み始める。

 現在のイロウルの最大火力である『ファイアボール』は叩き返され、自らが『弱い』と考えてしまっている『ウインドカッター』では手傷しか負わせられない。

 そして、当たりはする『ウィンドカッター』の連射にアメジストの『ファイアボール』を重ねればいずれは倒せると思われるが、それまでにどれだけの“人間(いろ)”が失われるか判ったものではない。

 しかし、その停滞した状況を打破したいのであれば絶対的な火力が必要となり――そんな中で‘ベルフェジール’が考え至ったのは自らが知り得る限りの最大火力の再現であり、鉄火場から離れてまで使い潰せる触媒を探したのはこの一手の為である。

 

『(――やっぱり……難しい、なぁ……)』

 

 そうして自分にとって最も馴染みのある魔術を組み始めた‘ベルフェジール’であったが、人の身では余りにも重い演算負荷に呻きを零す。

 竜が誇る最大火力となる“竜息”の魔術は竜の身体で撃つ事を想定している魔術であり、‘人間(イロウル)’の身体という演算能力の限界に加えてB系フレームの予備詠唱無しで編むとなればその負荷は甚大なものとなり、‘ベルフェジール’は判ってはいたものの止めてしまえば暴発する並列処理の連続に途切れそうになる意識を握り続ける。

 

「――――」

 

 同時に、どんなに苦しくとも“竜息”を使うと決めて退がった以上、その結果を出さなければ準備中に居なくなってしまった“存在(いろ)”の行為が無駄になってしまい――自分とはあまり関係の無い事柄ではあるが、それを無下にするのは許し難い裏切りであると考える竜は自らの責任を果たす一心で光を編み続ける。

 ‘ベルフェジール’が創ろうとしているのは概念のこじ付けた事による“竜息”の再現であり、『竜の力の象徴』を『人が思う遠距離攻撃手段の想念》と紐付ける事で世界に発現させようとしており、有り余る魔力の余波は前線に居る人間達やスプリガン(さまざまないろ)の目に留まる事で気付かれ始め、その光へと走ろうとする巨体とそれを留める人間達という明確な流れが形作られる。

 ビーバー達は突進しようとするスプリガンを巧く抑えているものの体躯の差や大技の加害範囲は如何ともしがたく、スプリガンが繰り出した『グランドスラム』の残滓がイロウルの身体に届く。

 “障壁”は発動させたままではあったが土属性には無力であり、通り抜けた岩片が側頭部を抉った事による出血はイロウルの左目を潰し、地割れの影響で広がった地響きの衝撃(がいねん)がその足に無数の裂傷を走らせる。

 

「――――」

 

 だが、如何なる傷を負おうとも、原形を留めぬ光となった杖を持つ‘ベルフェジール’はただただスプリガンを見据え続け――。

 

『……当たれ』

 

 前衛組が射線を開け、アメジストの仕掛けた『フレイムウィップ』によって巨人の動きが鈍った瞬間――光が世界を駆け抜けた。

 

「「………………」」

 

 一時的にとはいえ世界を白く染めた光の後に続いたのは痛いほどの静寂であり、その静けさは山を穿った事で生じた音がダグラスにまで届いた事でようやく動き始める。

 

『――終わった、ね』

 

 放たれた“竜息”はスプリガンの胸に拳大の穴を穿つだけに留まらず、その背後にあったダグラス城を貫通し、遥か北方にある山すら抉った。

 それらの過剰火力は調整すら出来ずに形とした弊害であり、属性の変調をしている余裕も無かった結果として貫通部を焼いてしまった事からスプリガンの胸から血が噴き出る事も無かったが――胸部の損傷は竜以外の生物にとっては致命的であり、もはや脅威とはならないだろう。

 

『――――疲れ、た……』

 

 呼吸する度に魔力は充足していくもののそれで演算処理に使った気力が回復する訳でもなく、極度の疲労から身体の制御すら放棄した‘ベルフェジール’であったが『(ここまで自分を酷使したのは生まれて初めてだなぁ)』という場違いな充足感も彼女の中に広がっていた。

 そんな脱力間の中、身体が全く動かない事に気が付いた‘ベルフェジール’が意識を振れば側頭部に入った岩片が頭蓋骨を貫通している事を認識し、竜であっても死にはしないが演算能力が激減する損傷を前に『詠唱中に当たらなくて良かった』と思うのと同時に‘イロウル’では耐えられないのも当然かと考え至った竜は刺さったままのソレを風で吹き飛ばしてから再生を始めさせる。

 

「皆の尽力によって巨人は倒されたが、まだ終わりではないぞ! 我が父、ハロルド王を謀殺した逆臣――サイフリートを探し出せ!」

 

 そんな中、瀕死のスプリガンにトドメを刺したゲオルグが周囲に激を飛ばし、鼓舞されたネラック兵達がダグラス城内へと突入して行く中、その流れに逆行し始めたビーバーは“竜息”を放った場所で立ち尽くしているイロウルの元へと駆け寄った。

 

「いい仕事ね、イロウル。……大丈夫?」

「………………」

 

 主君となる相手の問いとなれば返答しなければと思えども‘イロウル’の意識が完全に失われている状態では物理的に回答が不可能であり、‘ベルフェジール’は自分を見上げるビーバーに視線を向ける事しか出来なかった。

 

「――追撃戦は難しい状態ね」

 

 加えて、人の身では扱えぬ魔術を発現させた反動は大きく残っており、例え‘イロウル’の意識が健在であろうとも出来うる事なら明日の朝までこの場に立ち続けていたいとすら思っている‘ベルフェジール’が疲れ落ちるように目を伏せると、取り繕う事すら出来ぬ状態を察した皇帝はそう結論付ける。

 

「……ゲオルグ殿! 我々はこの場に控え、予備選力として控えます。御用命があれば一報を!」

「承知した! スプリガンに痛撃を与えた魔術師殿を存分に労って欲しい! ――皆の者、征くぞ!」

 

 そうしてスプリガン撃破の功労者の反応を受け入れたビーバーは最前線に居るゲオルグへと声を張り上げ、彼の方からも承諾が返って来た事で帝国が関与するダグラス攻略戦は幕を閉じた。

 




プレイヤーとしてならばスプリガンとの戦闘を回避する手段は幾つかありますが、ゲオルグはどーやってあの怪物を倒したんでしょうかね。
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