Ver1.11
首謀者であるサイフリートが討たれた事でカンバーランド王国の内乱は一応の終結を見たものの、ビーバー率いる皇帝一行はダグラスから離れられない状況が続いていた。
ビーバー達が北の砦を落としている最中、ソフィアは独断で決めてしまった軍事同盟の内容を兄弟に共有し、ゲオルグの方はある程度予想はしていたものの知り得た詳細は彼等を大いに悩ませる事となった。
心許ない戦力しか無かったあの状況ではそれ以外に後背の守りを盤石とする手段が無かったとはいえ、空手形であったとして約束を反故にするような事があれば
サイフリートの陰謀の結果として新王であると国内に周知され、企みが正された後も王としてカンバーランドに君臨する事の決まったトーマはあろうことか「この国の支配権を献上いたします」と宣誓してしまい、驚いたビーバーが「国を支配するために助けたわけではないわ」と発言を留めさせようとするも王となった少年は理論的にその判断に至った経緯を語る事で意見を覆さず、「あくまで七英雄を倒すまでの一時的支配よ」と条件を付ける事で角が立つ事を収めたものの――。
事務方を担う両国の文官とその頂点たる
ビーバーとアメジスト、トーマとソフィアを筆頭として動く両国の文官達はトーマ新王が発した友和政策を現実のものとするべく摺り合わせを行い、この状況の発起人であるソフィアに至っては連日の激務の傍らでフォーファーに残していた代官を正式な領主とする手続きにまで手を伸ばしていた。
内政には深く関わっていないゲオルグにもその魔の手は降り掛かっており、ソフィアが求めた本来の形――帝国との軍事同盟を成立させつつも自国の戦力を残せる為の再編を進める中、彼等の中で優れた者が皇帝の直参に選ばれる可能性もある事から権限と責任を一点に集中出来ないという難しい舵取りを強いられ、その調整に頭を悩ませていた。
そうして長引く滞在の中、内政とは縁のないオライオンとバイソンはダグラスの兵達と武技を高め合う毎日を送っており、英雄譚の主人公にも成りえる英傑達と剣を合わせる幸運を得られたカンバーランド王国の兵達は寡黙なままであったものの、その“
尚、ビーバーや文官達との会合で忙しくしているアメジストであったが、仕事の隙間が出来れば隠れるようにオライオンと会っており、なぜ内乱騒ぎが治まった後にも潜んでいる事に疑問を抱く‘ベルフェジール’であったが、竜の方にも考えなくてはならない事案があった事から時折漂う残り香を食むに留め、この内乱で得られた戦訓を‘イロウル’と取り纏め、対策を相談していた。
今回の内乱の中で最も危険視された経験は自分の身体に関する事であり、まさか‘イロウル’の意識が完全に途切れた際に
『(とは言え――流石にどうしようもないよね)』
「(……申し訳ありません)」
検証会の初めに状況と結果をそう論じた‘ベルフェジール’の言葉に、身動きの取れなくなった原因である‘イロウル’は静かに頭を下げる。
そもそもとして人の身に竜の力が宿っている事自体が異常な状態となり、‘ベルフェジール’が人の身で“竜息”を撃つ為の術式演算に耐えられただけでも‘イロウル’が優秀である証左であり、耐久力まで同じになれというのは土台無理な話である事を理解している竜は‘友人’の謝罪を撤回させながら現在の状況を思い返す。
ジェラール帝の時代では過剰に過ぎる事から迫害の対象になりかねないという‘イロウル’の感覚に沿う形で発揮できる性能を落としていたのだが、ビーバーが『伝承法』を受け入れた後に始まった直参決める為の競技会の苛烈さを前にこの制限は無用であると思い知らされており、今回の内乱騒ぎにおいては『イロウル・ベルフェジール』は出せる全力を振るい続けていた。
だが、
「(――命を失っては元も子もありませんので、緊急時においては『
『(イロウルは――いつも、難しい事を言ってくるよね)』
そうして今の自分達の詳しい状況と竜の戦い方の共有を受けた‘イロウル’はふと思いついたように最善の回答を向けて来るも、‘ベルフェジール’としては判ってはいても実現の難しい提案に口をすぼめる。
「(……ベルフェジール様?)」
『(イロウルを残したまま『
『イロウル・ベルフェジール』として人間の形を取り続けられるようにする事は今の世界で生き続ける為の必須事項であり、今の自分達の状態が『イロウル』を表層としてその中に『ベルフェジール』が居り、その更に内側に『B系フレーム』が存在しているのだと突き止めるのは数十年前に済ませていた。
そして、竜である自分を表に出すのであれば、自分達の概念の順番を『ベルフェジール』、『B系フレーム』、『イロウル』の順番に組替えつつ『イロウル』という存在を寸分違わず保存し、無限にも等しい記憶容量を持つB系フレームの中にその全てを入れてしまえば『イロウル』という概念を保護したまま竜として活動出来るようになると‘ベルフェジール’は断定していた。
『(だけど、イロウルの身体で今回起こった危機を避けるだけの力を出すとなると――イロウルという存在を壊してしまうかもしれない)』
「(――瓶の中身は無限ですが、決まっている注ぎ口以上に内容物を出そうとすると瓶が割れてしまうような感じでしょうか?)」
『(っ!? そう! そんな感じ! ……人間は例え話がうまいよね)』
現状はどうやっても人間の概念には納まらないであろう‘ベルフェジール’という存在がイロウルの中に入ってしまっているのが今の特異な状態であり、先ほど述べた竜の形を取り戻す方法も‘イロウル’の外に出ると言うよりも‘彼女’という存在を内側から取り込む事で竜という存在を世界に表すと定義した方が近い。
「(……ですが、ベルフェジール様が顕現された場合は、今の状態には戻れないのではないのでしょうか?)」
『(この世界に飛ばされてから今に至るまで『ここ』で『こうして居られる』事を私が知っているから大丈夫。……一度出来た事を『出来ない』と思う事なんて出来ないから、現状の再現は絶対に上手くいくよ)』
‘イロウル’の不安を明確な断言で否定した‘ベルフェジール’であったが、今回の相談の主目的である戦力の拡充から随分と話が逸れてしまった事を思い出した竜は話題の修正に掛かる。
『(――イロウルが言った案も有効ではあるから研究はするけれど、ものすごい時間が掛かると思う。……オライオンやバイソンには「膂力はあるのに才能が無い」とか「単調で面白みがありませんな」とか言われているけれど、自衛手段としての剣技を学びつつも――アメジストのような後衛の立場に重きを置いていくのがいいと思う)』
「(基本的な考えや技術は私の経験を使われていますが、現状で剣を振るっているのはベルフェジール様の意思と判断になります。――成功する事の確約にはなりませんが、努力は裏切りませんので貴女様が修練を積めば――)」
『うん、やっぱ魔術や術法主軸に進めていこう』」
「(………………)」
気を取り直した‘イロウル’の案は又しても理の通った話であったが、想像できない事は実現できないという持論を持っている‘ベルフェジール’は‘友人’からの冷ややかな視線を前にも怯まず議題を次に移す。
そもそも後衛とは直接攻撃に脆弱な者であり、アメジストならば接近され時点でお終い、ソフィアであっても盾や棍での防御が崩れたら倒てしまう事を鑑みれば、負ける事に変わりは無くとも前衛のように耐えられる術者という存在が『とても頼りになる』という“
『(火力と射程、応用力の面ではまだこの世界の術法より優位に立てているけれど、ここで足を早めなければ100年や200年先にもそれを維持出来ている保証は無い)』
「(……私からすると途方もない時間ではありますが――この50年程の変わりようを見れば、そうなのでしょうね)」
この世界に来てから70年以上――今の時代の人間の平均寿命の倍近い時間を経ても尚『人間としての感性』を残せている‘イロウル’は呆れのような“
『イロウル・ベルフェジール』がこの50年で成せた事が『ファイアボール』の省力化だけなのに対し、人間――アメジストはサイフリート追撃戦で大いに活躍した『ミサイルガード』の他に『フレイムウィップ』や『太陽光線』という新しい術法を編み出しており、純粋な火力だけであれば追い付かれていないものの、この世界の術法の発展は本当に著しい。
「(魔力と演算能力でベルフェジール様が遅れを取る筈はありませんが、私達の思案や想像だけでは術法研究所に適合するだけの術法は創れない。――この世界で生まれた人間だけが纏っていると言う概念が影響しているのでしょうか?)」
『(『ファイアボール』の先にある攻撃的な術が鞭状の炎になるなんて想像も付かなかったからねぇ)』
アメジストが創り出した『フレイムウィップ』は『ファイアボール』を超える火力を有している上に対象を麻痺させるという概念を付与されており、彼女が同時期に編み出した『太陽光線』も『生物の理』という抽象的な概念から外れている存在を深部まで焼くという変わった概念を持った優秀な術法となり、これ等を越える術法が創られるまでは人間の世界における最大火力として君臨する事だろう。
『(まぁ、『フレイムウィップ』の術理は魔術で理論立てる事も出来たから真似する事は出来たけど……)』
見かけ上は炎を鞭状にすれば良いだけであったが、この世界の存在ではない
「術理が解っても発現できない術法の方が多いのも問題だよね……」
思わずそう零してしまった‘ベルフェジール’はこの世界で収集した知識の目録に目を通す。
今、術法研究所に登録されている術法でイロウルが行使出来るのは『ファイアボール』『ウインドカッター』『ライトボール』『月光』のみであり『セルフファーバーニング』は“障壁”に混ぜればすぐに再現出来たものの周囲を業火に包まれた事による廃熱不良で熱死しかけ、人間の可能性の証であると嘗て絶賛した『エアスクリーン』に至っては発現させられず、エメラルドから『ミサイルガード』の術理を教えて貰ったものの
「(アメジスト様から同じ事を学んだソフィア様は発現させられましたから……やはり、私達がこの世界の存在ではない事が影響しているのでしょうか?)」
『(『ファイアボール』が必中にならない事も含め、それが今後の問題になると私は思っているよ)』
因みに、『太陽光線』の方は術法としての習得は出来なかったが術理の転用には成功しており、ソレを転用した高効率な魔術の制作を
しかし、それでも魔力由来の火力の優位性を確定させられるのは50年が限度であり、そもそも命中率という問題が大きくなれば現状の維持も出来る保証はないと竜は考えていた。
「(――目立つ事になりますが……“竜息”を使えるように装備を整えるのは、如何でしょうか?)」
『(それはお勧めはしないかなぁ)』
‘イロウル’の言う事は真っ当であるが実現の難しい事が多く、言葉で説明するよりも竜同士の会話のように“記憶”を共有した方が早いと考えた‘ベルフェジール’は‘友人’の概念を保護しながら自分の思考の中へと彼女を落とし込む。
まず、照射用の媒体――今回は即興の杖を使ったが、これが専用に調整した術具であればかなり安定して照射出来るようにはなるだろう。
とはいえ、それでも本当の意味での“竜息”が撃てるようになるまでは死の危険性を伴う試射と調整が複数回必要になる。
次に、その術具であるが――“竜息”は人の世で使うには威力が過剰である事から普段使いは出来なくなり、そうなれば手入れと調整を怠るようになるのは明白である上、そんな風に雑に扱えない装備を前線に持って行きたいかと言われれば「否」と答えたいのが‘ベルフェジール’の考えである。
「(…………これが、竜の方々の本来の話し方なのですね。――しかし、その話しぶりですと……山をも穿ったあの一撃は本気では無かったと?)」
『(威力は申し分なかったけれど、
周囲にある空間の全てから流入してくるの情報量の多さに目を白黒させていた‘イロウル’であったが、受け取った情報を精査した彼女からの問いへの応えとして竜は記憶の共有を続ける。
まず、生成するのに使用した魔力を整流して『光』だけにする必要性だが、これは照射した“竜息”が反対の属性を強めた“障壁”等の防御手段で大きく減衰されてしまうのを防ぐ意図がある。
今回の戦果でもその弊害は出ており、スプリガンに与えた貫通痕を焼いてしまっていなければ失血死に追い込めた事から巨人撃破の栄誉は帝国のものとなっており、そうして高まったビーバーの威光があれば今も続いている交渉はもっと有意かつ迅速に片付いた事だろう。
尚、『光』である概念を重視している為に鏡で対策しようと考えられた事もあるようだが、“竜息”の本質的な概念は『貫通』となり、どんなに磨き上げられた鏡であろうとも『貫通』の概念を反射出来るだけの概念を付与する事は不可能であった事から、完全な状態の“竜息”を防ぐ術は無いと結論付けられていた。
次に『地表』に対する制限に関してだが竜に伝わる伝承によると大地という存在は卵の殻のような岩盤によって構築されており、その下には高温高圧の溶岩――火山という現象から実在は確認出来ている――に満たされているとされていた。
そして、“竜息”の貫通力を持ってすれば大地を形作る岩盤を貫通する事も不可能ではなく――それだけで世界が滅ぶ事は無いだろうが大きな災いを齎す可能性があると伝えられており、それを起こさぬ為に“竜息”には『地表に当たれば消失する』という概念を持たせるのが正しい作法とされていた。
最後に、今回の使用に際してはB系フレームの予備詠唱が受けられなかった事が最大の問題となっており、全ての術式を自前で準備しながら保持する必要がある事から照射完了まで身動き一つ出来ない事は大きな懸念であり、動けぬ間に『地裂撃』を食らいでもすれば死亡か暴発かの二者択一となる事から、対策を講じられない為にも今後50年程は人の身で撃つ事は避けたいというのが竜の結論であった。
「(…………では、いっその事――戦場から離れられては如何でしょうか?)」
‘ベルフェジール’が認識している全てを共有された‘イロウル’は抜本的であり、かつ多くの人間が実行している打開策を提案する。
『(――――)』
身の安全を図れるのであればそうするのも良いか考えた竜であったが、この世界で得た経験と‘友人’から度々収集していた“
確かに竜の特性――生物の思い出の残滓である
だが、モンスターの跋扈する戦時――否、平時であろうとも『武力』の保持は政治力と資産の防衛に直結しており、『イロウル・ベルフェジール』がこの世界において真っ当な身の上で無い事も鑑みれば、相応の戦闘力を保持し続けなければ身動きが取れなくなる未来は容易に想像出来た。
加えて、‘ベルフェジール’の内に居るB系フレームは『地裂撃』のような攻撃――この世界の生物が容易く概念攻撃を繰り出してくるという事実に大きな懸念を示しており、『竜に纏わる存在を殺す概念攻撃』の調査と、ソレが存在した場合にはその保持者を懐柔するか排除する事を強く求めており、彼女もその考えに強く共感している事から戦場から退くという判断は許容出来なかった。
「……まず、自分の持っている手札を再確認しようか」
そう言いながら‘イロウル’を自分の思考の内から離した‘ベルフェジール’は城の裏にある人気の無い
自分達が扱う魔術を術法に変調させる最初の成功例となったこの術はジェラールの代で活躍したイロウルの十八番と言える術であり、今の仕様は50年前のそれを発展させ、威力はそのままに人間の魔力でも容易に扱える程に省魔力化した術となる。
とはいえ、使用魔力を節約する代償として要求する演算負荷が非常に高くなっており、‘イロウル’の所感では「(これを扱える人間は居ないのでは?)」と首を傾げる代物となり、‘ベルフェジール’をしても同時発射は少し厳しい代物となっている。
「……これは、今回の重大な局面では役に立たなかった」
そう言って発現させていた術を空に捨てた‘ベルフェジール’は『この術は完成されてしまっている事からもう手が加えられない』とも考えた竜はジェラール帝の頃に使っていた仕様に差し戻した『ファイアボール』を発現させ、その小さな炎を眺めながら考える。
これは込められる限りの魔力を封入した事によって威力と加害範囲を担保するという脳筋仕様な術であり、今の時代の人間の魔力量ならば何とか1発は放てるであろう大食らいで効率の悪い魔術である。
粗も多い事から別の可能性を見出せる芽はあるが飛翔距離による威力減衰が著しく、それを改善したのも現行仕様であるが――ソレが身を結ばなかった以上、別の視点が必要になるだろう。
「……でも、この方針で進めても良い結果は引き寄せられない気がする」
自らが生み出した火球を眺めながら‘ベルフェジール’はそう直感する。
確かに新しい『ファイアボール』を創る事で今の世界の『フレイムウィップ』を上回る事は出来るだろうが、それを超えて来るであろう未来の術法に対抗できるかと問われれば首を傾げるざるを得ないのは確かであり、判ってはいた問題の根深さに竜は目を瞑る。
「――これがイロウルの言っていた改造の限界というものだね」
傑作と言われる様々な制作物にはその派生型が数多に存在するのが世の常との事だが、そうして生まれた存在は新機軸を多く盛り込む事を前提とした新しい存在には成れないし、最終的にはその新しい存在に淘汰されていくのが旧型の運命である。
そんな諦観と共に創った『ファイアボール』の限界を空に溶かしていく‘ベルフェジール’の脳裏に過ったのはサイフリートを追い詰める時に見たアメジストの新しい術法であり、あの術がなければ皇帝一行としての勝敗の行方がどちらに転ぶか判らなかっただろう。
「あぁ、そうか……この世界では異なる属性の術の合成が容易に出来るのか――」
そんな美しい思い出――あの時の全ての視覚・聴覚情報――を鑑賞していた竜は宰相が使った『ダイヤモンドダスト』という術法に目を止め、帝国では切っ掛けすら掴めていない術法技術の解析を始めた彼女はその術理を予想する。
基本的な術理は天術と水術であり、『天から落ちる氷の粒』という自然現象を術法という概念で収束・変質させていると考えられ――砲弾となる氷柱の生成にはその理を使用し、射出には『ウォーターガン』の術理を使い、弾道誘導には『ライトボール』の術理を使っているのだろう。
「――――――」
『ダイアモンドダスト』の術理がそうであるとするなら――『ファイアボール』と『ライトボール』の術理を組み合わせれば、かの術と同じような面制圧の出来る魔術が創れるのでは?
「…………それは、楽しそうだね」
考察を進める上で脳裏を過った思い付きは成功を直感させる閃きであり、その完成への道筋を立てるべく‘ベルフェジール’は自分の手札の効果を再考する。
先程実験したように、この世界で使えるようになった『ファイアボール』という術は広範囲を加害する術としては最低限の仕事をしていたものの“竜息”を知る竜からすれば威力は『貧弱』と言わざるを得ず、当たり判定に関しても着弾点を中心とした爆発現象で補っている事から竜のような相手では簡単に避けられてしまうだろうというのが彼女の認識であった。
そして、住んでいた世界の違いによるのかこの世界の大体の術法に組み込まれている『誘導』という理を再現出来ない‘
「――――よし」
そうして状況をまとめた‘ベルフェジール’は、手付として威力を込めた状態のライトボールを10個ほど創って空に漂わせ、その1つ1つに『ファイアボール』を仕込むようなイメージを重ねてみるも――どうにもうまくいかない。
「……『ライトボール』の術理が簡素過ぎるんだね」
その不調に眉をひそめた竜は対象としている術となる光の玉を指先に滞留させ、その“
術理が単純であるという事は『簡単に発現させられる』という事でもあり、この『ライトボール』が天術の入門のような術法でありながらも複数目標を同時に狙えるという完成された術法だからこそ新術の候補に挙がったのは確かだが――このままでは使えない。
『(――まぁ、どっちにしろ私の場合にはこの術の有意性を完全には引き出せないのだけれど)』
元居た世界の常識に引っ張られているのか『誘導』という概念を使えない自分達は無数の光を散弾状に投射する事でこの術を当てており、不満を零しながらもこの光の全てを『ファイアボール』のように振る舞わせる事が出来れば『楽しいだろう』という感情が揺るがない事から方向性は間違っていないという事は確信できた。
「凡事徹底、九層の台も累土より起るって人間は言うらしいし……先ずは下地作りかな?」
到達点は見えていのだから後はそれに至る状況を創るだけであり、術理に物理的な余裕を持たせるべく‘ベルフェジール’は『ライトボール』の玉の大きさを3倍程に広げる。
その変化による消費魔力は3倍では済まなかったが、このまま撃ってもある程度の威力を持った天属性の目くらましとして使えない事もないだろう。
「……でも、それじゃ効率を悪くした意味が無い」
大火力が乱舞する戦場においての目くらましは救援を待つ為の
「――――」
発現させた事で撃つ事を想定をしてしまったものの、この『ライトボール』の役目は中に仕込む術法を守る保護膜であり――当初の想定に従って『ファイアボール』を浮いている光の中に仕込んでみると、今度は潜り込ませる事が出来た。
「――よし」
試作した術法を空に滑らせてみれば、『ライトボール』のように空を滑空し『ファイアボール』のように爆発してくれた。
「あとはコレを瞬時に生成、投射出来るようにして――」
今開発しているこの術法に求めている価値は将来的に必要となるであろう火力と現状の課題である命中率を補う制圧力であり、単発運用では『ファイアボール』の亜種止まりになってしまうが『ライトボール』由来の同時発射数こそがこの新術の要点となり――イロウルの身体でも最大20発の同時展開が可能である事を確かめた‘ベルフェジール’は、ソレを空にばら撒くように解き放つ。
「――流石に、これだけの数をイロウルの身体で使うのは演算負荷が大きいね」
『誘導』が望めないのは相変わらずであるが数による面制圧力は上々であり、これならばスプリガン戦の時のように弾かれるという不覚に陥る事も無いだろうと確信しつつ、戦闘に影響が出ない程度の負荷はどの位の数だろうかと試すように空を爆炎で埋めていると、背後から見知った“
「叔ば――イロウル、何をしている?」
「……皇帝陛下?」
一般的な人間が知覚出来る範囲まで近付いた所で声を掛けられた‘ベルフェジール’が振り返れば、視線の先にいるビーバーからは困ったような“
「――――あ」
彼等からの感じた事のない“
内乱が収まったばかりの城の近くで射爆実験など、迷惑どころか示威行為の類と捉えられても文句の言えない状況であり、内乱鎮圧の功労者である皇帝一行であるからこそ穏便に済まされているが何の後ろ盾もない身であれば殺害すらも厭わぬ勢いで取り押さえられてもおかしくはない行動となる。
『(術法開発に舵を切った時点で、アメジストかソフィアに話を付けて巻き込んでおけばよかったね……)』
加えて、帝国の意思でやった訳でも無いとするなら反逆罪に問われてもおかしくない状況であり、本当に言い訳のしようが無い。
そんな危機的状況を前に数十年ぶりの冷や汗を覚える中、‘イロウル’も責任の一旦を感じているのか‘ベルフェジール’の意識に近付く事で即応できる対応を取り――対処に奔走する事となる。
連日の激務で気が立っていたカンバーランド王国側の文官からは断頭台を準備するという苛烈な案も飛び出したが、最終的には金にあかけた関係各所への
後年の歴史書では、このイロウルの奇行はバレンヌ帝国側が譲歩案を出し易くする為の自作自演であると記され、バレンヌ帝国・カンバーランド王国の両国から平穏を尊ぶ策士と認識されるようになる。
べ:どうしてそうなる……
イ:人間の歴史は、よくも悪くも事実を誇張したがりますからね
文面補足:
以後、本物の『フラッシュファイア』が手に入るまでは、この偽物術法を『フラッシュファイア』と称します。
あと、次の皇帝まで出番はありませんが、帝国が『セイントファイア』の術法を手に入れた時、ベルフェジールは同じような経緯で『クリムゾンフレア』の偽物を創っています。