Ver1.1
他国――しかも内乱直後――の城で許可も取らずに術法の射爆実験を行った事をこってりと絞られたイロウルは、ダグラスを歩く際にはカンバーランド王国側の監視が付けられる事になった。
目付け程度で皇帝の直参を止められる筈などないのは周知の事実だが、あくまでも無茶をさせない為の鈴というのが彼等の役目となり、ビーバーに求められるままに精製した百本程の術酒と五つの魔石を皇帝が有効活用した事による恩情であるらしいが、それでも「二度としないように」と念入りに釘を刺される事となった
尚、そんな尊い犠牲の結果として生まれた『フラッシュファイア』の術法であるが、自身の擁護の一助になればと‘ベルフェジール’が優秀な人間の同業であるソフィアとアメジストにその成果を見せた所その莫大な消費魔力にドン引かれ、危険人物である事を補完するだけの藪蛇となった。
「――こちらとなります」
「ありがとう」
そんな
ビーバー達に見咎められた事でもう1つの議題を相談する暇がなくなってしまった‘
その切っ掛けは追い詰められたサイフリートが七英雄と関係があると仄めかした事に始まり、何時ぞやの運河要塞でボクオーンの名前を聞いた事を思い出せば引っ掛かりは明確な動機となり‘ベルフェジール’を動かし始めた。
当時は実例となる存在が
しかし、『“
曰く、幾多のモンスターを打ち倒して人々を救ったとされる。
曰く、いずこかへと去って行ったとされる。
曰く、いつか再びこの地に戻り世界を救うとされる。
書庫で取り寄せて貰った書物――高尚な童話の類から歴史書、彼等の存在を取り纏めた論文等を纏めた書物を走り読み、B系フレームに転記させた後に返って来た要点はその3点であり、『世界を救った』という結果は広く周知されているものの『どこの誰なのか?』『戦った場所や状況はどうだったのか?』『何故去ったのか?』という確信に触れられる情報は何一つとして無い状態だった。
『(――――)』
満足のいく情報を得られなかった‘ベルフェジール’が不満げに沈黙する中、竜はあまりにも早い彼女の速読に目を見開いて驚いている監視役の兵と書庫の番人である司書に目を付ける。
書物には有益な情報は得られなかったが、この世界を生きる彼等の認識はどのようなものなのだろうと自らが感じていたそれらの疑問を投げ掛けてみるも、『七英雄』という存在は象徴や概念と言った空想上の存在であると言うのが70年前から変わらぬ人間の認識であり、真偽は兎も角として『そう名乗った強大な存在』を打倒した帝国の存在はある種の伝説になっているという雑学を得るに留まった。
だがしかし、そんな雑学の中にも有用な切っ掛けは在るもので――伝説上の話とされていたものが現実の存在として表れ始めたのは50年程前。ソーモンを制圧した存在が自らを七英雄の1人と称したのが始まりであるとの認識を知る事が出来た。
「(――――)」
‘イロウル’はその年数から何かに気が付いたようであり、‘友人’からその情報を聞き出した‘ベルフェジール’は即興で創れる最大級の魔石と駄賃の代わりとする為の小さな魔石を2つ生み出す。
「……目付け様、此方の大玉をソフィア様に献上したい旨と、御手透きであれば書庫にまで赴いて欲しい旨を――此方でお願い出来ますか? 」
監視役としての役目を放棄させるイロウルの言葉にダグラス兵は難色を示したものの、決して騒ぎを起こさぬ事に自らの首を掛けると書き記したメモ書きを押し付けると大層驚かれ、細部にまで注意した最大限のカーテシーと共にもう一度お願いすると驚きと尊敬と情動を混ぜ込んだような“
「司書様、対価として此方をお渡ししますので、この場所とあちらの大机を4つ、纏めてお貸し頂けますか?」
情報の番人だけあって魔石の価値を知る側にある司書は不釣り合いな報酬に困惑を示したものの自らの権限を考えるだけの理性を残していた彼女は大机の利用を許しこそすれども書庫の貸し切りの可否はソフィア様の判断を得てからという提案で返し、その承諾を得た‘ベルフェジール’は騒ぎにならぬようにと自らに“隠行”の魔術を掛け、姿を消してからビーバーの元へと走る。
帝国側の持つソフィアへの貸しの類は多いものの、呼び出しておいて待たせたとなれば大変な失礼になる事は‘ベルフェジール’も理解しており、この話に巻き込む予定のビーバーにも情報共有の為の前準備を済ませておかねばならないとなれば本当に時間がない。
『(……待っても良かったけれど、次にビーバーとソフィアの手が同時に空くのがいつになるか判らないものね)』
“隠行”の魔術で姿を消した事で目に映らぬ風となった竜は、そんな言葉を抱きながら今の主君の元へと急いだ。
連日の協議で忙しくしていたビーバーが珍しく暇をしていたのは“
そうして前準備を整えたのと時を同じくして書庫の扉に静かなノックが響き、入室したソフィアは纏められた大机上に浮かぶ光に驚きつつも司書に退出の命令と正しい判断をした事への礼を送り、流れるように大机の反対側――ビーバーの対面に立つ。
‘イロウル’の視界に映るソフィアはいつものような知的でありつつも柔和な表情を崩していないようだが、‘ベルフェジール’には書庫まで血相を変えて走ってきた事を“見て”おり、今も『あれほどの竜魔石を渡される程の事態である』と警戒を
「……喫緊かつ、内密な話があるのだとお見受けしますが――この光は?」
「私めの魔術となります」
ビーバーとソフィアが対峙している大机の上には光で描いたバレンヌ地方とカンバーランド周辺の地図が浮かんでおり、いつぞやのアメジストのようにそれを成せるだけの魔力量に気が付いたソフィアの“
「北の砦を落とした後……サイフリートの首を引き渡した際にも報告致しましたが、今回の事件の首謀者であるサイフリートが七英雄と繫がっていた懸念に関する情報を取り纏めたく、お呼び致しました」
それは終戦後の話し合いの場において詳細不明と判断された話であり、それをまた蒸し返すのかと落胆されてもおかしくない状況ではあったがフォーファーでの会談に始まり、長城の防衛戦やダグラス奪還戦といった鉄火場で重ねられた信頼はソフィアを納得させるに十分な言葉となり、才女は静かに大机へと視線を落とす。
大机の上に描いた光の地図の2ヵ所、今ではミラマーと呼ばれている運河要塞のあった場所にはこの世界でのボクオーンの頭文字を示しており、その光を認めたソフィアの思考が高速回転し始めるのを“見た”‘ベルフェジール’は言葉を続ける。
「七英雄の帰還が世界に噂されるようになり始めたのは50年程前となり、帝国が彼等と事を構える切っ掛けとなったクジンシーがソーモンを制圧したのはその2年程前となります」
その始まりは人間と七英雄の対立が明確化した経緯と共に、‘ベルフェジール’はソーモンが在る位置にこの世界でのクジンシーの頭文字を新たに発生させる。
「次に、ミラマー……旧運河要塞のヴァイカー。彼もまた自らがボクオーンの関係者であると仄めかしており、あの要塞はボクオーンの手によって建造されたと考えられます」
‘ベルフェジール’は地図を創ったのと同じ光の棒で当該地域を指し示し、続いた言葉からサイフリートの行動との類似性に気付いたソフィアが表情を曇らせるものの、その思考の続きの確度を上げるべくビーバーが口を開く。
「先帝の記録から推察するに、かの要塞の建造には10年近くの歳月とそれなりの予算が必要になると考えられます」
「……帝国がヴィクトール運河を制するより前――確か70年程前から運河が解放されるまでの間、ロンギット海へ向かう航路の妨害が同地で続いていたという記録を見た事があります」
ソフィア程の才女であれば調べれば判るであろう情報であったが、最適な協議の場を整えられた事を好機と見た彼女は返礼としてカンバーランド王国の情報を提供する。
「また、長城の南方……ステップ全域での経済活動にも変化があったと言う記録がフォーファーに残されており――私の目指していた東方航路の開拓においても、ステップ北方の集落の商業活動に『勢い』を感じておりました」
「それは――その土地に住まう人々の努力の成果では無いのでしょうか?」
「ステップにおいてマイルズ以外の土地はモンスターの領域であり、その侵入を防ぐ為に長城が存在するのです」
「…………かの地に住まう人間がステップ北方の航路開拓に参画出来る事自体が異常であると?」
「――好ましい事ではありますが、60年前までの記録では北部沿岸に人が定着出来る集落は無かったと記録されております」
ソフィアの言葉によって
「人間と関わりを持ち、モンスターを従える存在……お金が絡んでいる事を考えると、ボクオーンはステップに居る?」
「……確証はありませんが、かの七英雄がステップに居るのであればサイフリートと接点を持ち、長城の下を抜くという通常のモンスターがしないような行動を取った事の裏付けにもなります」
ソフィアの説明に‘イロウル’の指示を受けた‘ベルフェジール’がカンバーランド王国の南――あやふやにしている土地にボクオーンの頭文字を発生させる。
「――有益な情報を頂けましたので、帝国が持っている情報も共有いたしましょう」
地図に加えられた変化を前に黙考していたビーバーは、大机に描かれたバレンヌ地方の南――此方も微妙にあやふやにしている――の辺りに指で円を描く。
「南バレンヌの先――ルドン高原よりも更に先のナゼールと呼ばれる地域に、一際強力なモンスターが存在するという噂が……カンバーランド王国の出立前に届きました」
「…………この場で話題に挙げられるという事は、ソレも七英雄に関係すると?」
「そのモンスターは、自分の事を『ダンターグ』と名乗っているそうです」
「――――」
その話は帝国側である‘2人(イロウル)’も知らなかった内容であり、国の頂点に立つ身と比べれば流入する情報に差が出るのは当然と言えば当然の話であったが自分が知らない事をビーバーが知っているという事実に対して‘ベルフェジール’が何とも言えない寂しさを味わっている中、皇帝は言葉を続ける。
「かの地の経済活動は非常に限定的であり、噂が届く事すら稀である事から『ソレ』がいつ発生したのかは判りかねますが――70年前に七英雄が戻って来たという推論の一助にはなるでしょう」
「…………」
そうして知りえた情報を精査する為の沈黙が降りる中、‘イロウル’の指示を受けた‘ベルフェジール’はビーバーが指し示していた場所にダンターグの頭文字を発生させ、その横に「?」に当たる文字も付け加える。
「…………このような場で申し上げるのは大変心苦しいのですが、我が国は帝国の再興以前から海運の拡大に努めておりまして――僭越ながら、ソーモンの再併合が成されるまで外洋への航路を持たなかった貴国よりも多くの情報を有しております」
大机の上に浮かぶ地図を眺めながら思案に耽っていたソフィアは意を決したように口を開き、バレンヌ地方の南の先――ナゼール地方よりも南の方へと歩き出す。
「「――――」」
自国の優位性を公の場で発言とする事が相手の不況を買う事を熟知している筈のソフィアがその前提を崩してまで口を開いたという状況を認識したビーバーとイロウルが固唾を飲む中、地図では不明確にしているバレンヌの南、ダンターグ(?)が居るナゼール地方周辺の海を指差したソフィアは言葉を続ける。
「経済圏の外である為に放置されておりましたが、65年程前から氷海や南ロンギット地方の沿岸といった辺境海域で1体の強力な海洋性のモンスターが活動し始めているとの噂が出始めており――近年ではオレオン海やロンギット海といった海洋交易路でも稀に目撃されている事から噂が真実であると判明すると共に、ソレが『スービエ』と名乗ったという話が届いております」
そう続けたソフィアが杖で示した場所はかの海域からバレンヌ地方の南西、果てはロンギット海やオレオン海にまで広がる広大な範囲であり‘イロウル’が「(根拠地は氷海と呼ばれている南極に相当する地方でしょうか?)」と考えつつ「(それでいて大陸の最北端とされる北バレンヌがそこまで寒くない事を考えると、この世界は広いですね)」と思っているのを横目に捕えながら、‘ベルフェジール’は今までそうしていたようにソフィアの指し示した氷海という場所にスービエの頭文字を発生させ、此方にも「?」に当たる文字も付け加える。
「…………」
クジンシーを含めればこれで4体目となり、現状で人間生活圏に対して干渉しているのはボクオーンだけのようだが、『ソウルスティール』という強力な魔技を持つ同類となれば警戒しない訳にはいかない。
「サイフリートはカンバーランド王国の歴史に汚名を刻んだ逆臣ですが、彼の実務能力は確かなものでした。……そのような人物が交渉を持ち掛ける程の相手となれば、50年前に帝国が排除したという運河要塞の主……ボクオーンの片腕を騙っていたという術法戦士の語り草も真実味を帯びてきます」
出揃っていた情報を改めるように口にしながら、ソフィアは思考を加速させる。
「……あまり良い伝承が残っていないクジンシーに対し、ボクオーンは七英雄屈指の智将とされています。そんな存在が活動の再開と同時に海運の要衝であるヴィクトール運河を押さえたとなれば――」
言葉を綴りながら思考を纏めていくソフィアの言動により、七英雄を語る者達が動き始めた時期は70年程前であるという推定がこの場に居る全員の中で固まって行き、現代でもその名と影響力を聞くとなれば今回は話に上がらなかった他の個体の実在も信憑性が増してくる。
そして、そんな強大な存在が国家を脅かしかねないような経済圏を欲したという事実は明確な脅威として浮かび上がり、ビーバーとソフィアの“気配(いろ)”が剣吞な方向へと向いていく。
「兄……いえ、陛下の名代となったトーマ王に進言し、兄と共に情報収集と防諜に務めるように進言します」
「この場では個人的なお願いとなってしまい申し訳ありませんが、期待しております。……我が帝国で掴んだ情報も、同じ平和を願う同盟国として共有する事をお約束します」
「――――」
そうしてこの世界で最も多くの人口を抱えているであろう2つの大国が七英雄警戒の意思を固める中、‘
ジェラール帝と会う20年前。この世界で生きる術を‘2人’に教えてくれたウィンドシードとシリウスが生きていた時代。
それは自分達がこの世界に迷い込んでしまった時期と合致する年代であり、『彼等はいずれ帰ってくる』という七英雄の伝説と『イロウル・ベルフェジール』が『別の世界から飛ばされて来た』事に関連が無いと思う方が無理な話だろう。
『(……別の七英雄と会ったら、話をしてみるのもいいかな?)』
‘イロウル’が引っ掛かりを覚え、‘ベルフェジール’が他の状況の序として裏付けようとした思い付きは確かな形となり――現実的な未来を想像できるようになってしまった竜は、いつか来るであろうその時の事を考える。
元居た世界に戻る事――延いてはこの世界に辿り着いた原因を探る事は手付かずの問題となっていたが、‘2人’がこの世界に現れたのと同じ頃に動き始めた存在が居るという情報は手掛かりとしては十分であり、まだ疑いを持っている‘イロウル’とは異なり‘ベルフェジール’の中には自分達がこの世界に居る原因は彼等が握っているという確信が生まれていた。
『(――――)』
同時に、クジンシーの“
『(…………あまり戻りたくないかな、とも思うけれど)』
そんな予想の中、‘ベルフェジ―ル’は誰にも聞かれてはならない身勝手な思い零す。
何の変化も発生しない、元居た世界での竜の居場所――。
竜の里での生活と比べれば、この世界での経験は人間の善意と悪意を身近に感じられる刺激的な環境であり、故郷の深い森の外にも同じような世界があると知ってしまった今、飛ばされる前のように里のシキタリに従って生きていけるのだろうかという疑問が‘ベルフェジール’の中に生まれていた
しかし、この世界で得られた自由の原資は自分の代にまで種を繋げてくれた
『(――イロウルと解れる方法も、考えておかないといけないよね)』
元居た世界でも『常道』から外れていた‘イロウル’がどんな選択を取るか指図する権利は‘ベルフェジール’には無いが、この世界で得られた自由の前提には彼女に身体を共有して貰っているという明確な事実があり、『その時』に際しては‘友人’の望む未来を最大限叶える責務があると考えている竜はその方策にも考えを巡らせる。
『(…………)』
それらはいつか必ず来る未来であるが遅くとも百年は先の話であり、進化し続ける皇帝の直参であり続ける為の力を‘イロウル’の身体で発揮できるようにするよりも簡単組めるのだろうなと思いながら、‘ベルフェジール’は自分の内側に埋没していた意識を現実へと近付けていくも――。
『(――――む)』
存外深く考え込んでしまっていたのか戻って来た現実ではビーバーとソフィアが陰鬱な“
一番近くに居るバイソンはダグラス城内にある訓練場で非番の兵達と手合わせを繰り返しており――彼は帝国では見ない型の技を受ける事を心から楽しんでおり、“
そうして広がり続ける“目”の範囲が城下にまで伸びれば内乱の戦火に焼かれずに済んだ宿屋に居るオライオンとアメジストの“
『…………世界を飛び越え、元居た世界に戻る為の魔術を創る努力は進めるけれど――まだまだ見ていたいな』
それらの飽きぬ“
カンバーランド王国に渡る際にも恐怖で震える夜を幾度となく越える事となった船旅であるが、海というものは傍から見ているぶんには見ていて飽きぬ景色となるが“目”で底を見通せぬあの大海の上を通らなくてはならない事は考えただけでも身がすくむ行為であるも――。
『(…………海龍が居ないのが、本当だといいのだけれど)』
何をどうしてもアバロンに戻るにはそれ以外の道はなく、‘ベルフェジール’は諦めたような息を漏らした。