竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-14 形見

Ver1.1

 

 

 カンバーランド王国での内乱から半年が経った。

正規の手順を踏みこそすれども放逐に等しい形でアバロンを出たビーバー達であったが、国交の樹立どころか帝国優位の同盟関係の確立という外交成果を引っ提げて帝都に戻った皇帝一行は盛大な歓迎をもって迎えられた。

 しかし、これで『めでたしめでたし』と終わらないのが人間の世界の面倒な点であり、‘ベルフェジール’にとってはジェラールが即位した辺りのごたごたで履修済みだったソレは当然のように発生した。

 真っ当な面を話するなら、ダグラスに残った文官の処遇と立場の強化、同盟国の大使としてアバロンに赴いたソフィアの待遇の確立と並行してカンバーランド王国と交わした条約の確認や関係諸派との利害関係の調整、それらに付随した人員と予算の再配置。

 ざっくりと纏めただけでもそれだけの激務が控えており、文官にも派閥はあれども彼等は帝国の拡大を是とした実務集団であり、方向性に違いはあれども必要性が高まればその権限は強くなる事を知る彼等は意欲的に動き、事態の安定化に務めていた。

 問題は今の政界を牛耳る貴族派と伝承派との軋轢であり、ビーバーが明確な成果を示した事で貴族派はあっさりと掌を返し、表向きは皇帝の率いる伝承派に追従する姿勢を見せていたものの慣習や既得権を軽視する現状に心の内で激怒しているのは『よく見えており』、彼等の中ではその変化の中心と目されているらしい自分に向けられる嫌な“感情(いろ)”に‘ベルフェジール’は辟易していた。

 とは言え、そんな彼等を見ていく内に貴族という『家による血の繋がりの歴史』が竜で言う所の『フレーム』に近い意味なのだと考え至れば竜にもその思考が理解出来るようになり、考えている事が判れば怒りが沸く事も少なくなっていった。

 竜であれば『姫』が他のフレームと交わっても他の存在が築いた経験を取り込むだけで産まれてくるのは『姫』と同じ形のフレームとなり、『B系フレーム』という種として見れば異なる力が得られる好ましい状況であり、『番』の方から見てもその状況を好ましく思わないのであれば力を付けて自らの祖である『姫』を奪い取るか、他の『姫』に流れれば良いだけである。

 しかし、人間の貴族の場合において他の血を取り入れるという事は『家の歴史』の喪失に繋がる可能性となり、国の長がそんな方針を取ろうとすれば忌避するのは当然の考えであり、そのような理を得た竜は自らに向けられる悪意や害意が自身に収まる範疇であれば目立った反撃に出る事はなく、悪意の中にあっても静かにしていた。

 とは言え、‘ベルフェジール’がそんな心持ちであろうとも伝承派の要と目されているイロウルに向けた暗殺の類は行われ続けており、“目”を持つ竜を相手に毒殺や夜襲の類が通じる筈もない事から何の成果も得られぬ貴族派の内圧は徐々に高まっていく事となる。

 そんな中で唯一貴族派の軟化に戸惑っていたにはビーバーであり、出立前とは正反対とも思える対応に混乱していたものの先帝達やイロウルとの相談を重ねる事で状況を把握し、拙い言質を晒す前に気を引き締める事が出来た事で内政の安定化に舵を切れていた。

 そうして今日に至るアバロン日常は実務を果たした者だけが利益だけを享受する状況になりつつあり、常に差配する立場に収まり続けていた貴族派でソレを成せる者は少なく、伝承派の文官を優遇する案と貴族派の伝統的な政治体制を維持する案とがぶつかる事が日常茶飯となっていた。

 ‘人間(イロウル)’の認識ではここまで追い込まれた貴族派が議論の場に立っていられる事が不思議でならなかったのだが、蓋を開けてみれば政局の外にある暗殺や謀殺の気配によって改革の足音を止めさせられているのが現状となり、「(これだから文化レベルの低い人間は……)」と愚痴を零しつつ、‘(ベルフェジール)’に対して今の宮殿内の政情がいかに歪であるかを説いていた。

 政情での数や勢いを失っている貴族派に残されているのは先にも述べた暗闘(ちから)となり、その最大勢力は嘗ては独立勢力であったシティシーフであった。

 ジェラール帝の頃はどこにも属さない義賊という立場を取り、脱税等の富の不均衡を強引に修正する身勝手な平等化集団であったが、政治と接点を持った事によって見るべき所も多少はあった理念は腐り、まともな密偵として動いている者も居るがその多くは貴族派主導の暗殺集団と化していた。

 ‘イロウル’としては国家が統制する諜報組織になってくれれば世界の平穏に寄与出来る存在になると思っていたのだが、現実は世界を停滞させる秘密警察の類と化しており、これが強くなった国家の行く末が暗い事になる歴史を知っている彼女は事ある毎に‘ベルフェジール’に是正に動くように働き掛けているものの貴族派の理を認めている竜の動きは鈍く、明確な行動に移る事なく日々を過ごしていた。

 そんな状況下でビーバーに対して貴族派の頂点に立つ人物が王座の間での正式な謁見を求めるとなれば誰もが緊張する事態となり――どこぞの決戦場と見紛う程に張り詰めた雰囲気が玉座の前に漂う中、それは始まった。

 

「この度は拝謁する機会を頂き、誠にありがとうございます」

 

 そんな枕詞から始まったフィニー家当主、ギュスターヴとの謁見は美術品の献上から始まり、かの家の取り巻きである貴族派の1人が持ち込んだ品が文官へと渡される。

 

「かのジェラール帝に勝るとも劣らぬ名君であらせられる陛下に献上する此方の品は、近頃の術法界隈を賑わせております竜魔石の首飾りとなりますが――市井で出回っている量産品ではなく、20年近くの歴史を持つ逸品となります」

 

 謁見の名目は貴族派筆頭であるフィニー家から皇帝陛下の就任時に贈れななかった貢物の献上という題目であり、ギュスターヴは‘2人(イロウル)’にとっては見覚えのある赤い魔石を中石とした首飾りを差し出して来る。

 それが貴族派によるビーバーへの懐柔策の1つであるのは明白であったが――。

 

「――市井にまで滲み出ている醜聞ではありますが、我がフィニー家には少々問題を抱えた弟が居り、陛下の耳すら汚していたかと存じますが……奔放の過ぎる貴奴も今は病に伏せった事で漸く落ち着きまして――これを機にそれまでの愚行ををシーフギルドに調べさせた所18年程前に市井の娘と関係を持っていたとの話が出てきました」

『…………』

 

 ギュスターヴの続けた言葉に王座の間の“空気(いろ)”が硬直した事を感じた‘ベルフェジール’であったが、策を仕掛けている側である貴族派の筆頭は攻勢を続けるように言葉を紡ぐ。

 

「――本来は恥ずべき醜聞となりますが、フィニー家の血を継いでいるとなれば我が家に迎えねばとその娘の足取りを追わせてみた所――アバロンで術法店を開いていた商家に引き取られ、謀略から逃げるように渡ったソーモンで健やかに育っていたとの事」

 

 続けられたフィニー家の言葉は伝承派にとっては衝撃的なものであり、貴族派でも共有がされていなかったのか同じ派閥の末端どころか文官にも動揺の“気配(いろ)”が走ったのが見えた。

 

「――皇帝陛下はそこに控える商家の主に育てられたとの事ですが……貴女様の御父上がどなたであるか、聞いておられますかな?」

「――――」

 

 思いも寄らぬ事態にイロウルの方に視線を向けそうになったビーバーであったが、自らに向けられた問いに対して叔母に答えを求めるのはイロウルの立場を悪くする状況であると察した皇帝は表情を変えぬまま沈黙で通す。

 

『………………』

 

 ビーバーの母親がフィニー家に処されたのは彼女が3歳になった辺りであり、朝には傍に居た母親が帰ってこなくなった事で自らの守り手が居なくなってしまった事を子供ながらに自覚し、それでも行き場の無い感情を涙として零し、(すが)るように自分(イロウル)の指を握っていた小さな掌の力を、竜である‘ベルフェジール’は昨日の事のように思い出す事が出来た。

 同時に、それは何処にでも転がっている嘆きの“感情(いろ)”であり、竜としては特に思う所の無い記憶であったが――。

 

「(――――)」

 

 ‘ベルフェジール’が連想した記録――昨日の事のように鮮明な経験を共有された事で当時の憤りを思い出させられた‘イロウル’に仄暗い感情が灯る。

 

「先ほど献上した竜魔石の首飾りは我が愚弟が貴女様の母上から預かっていた品となります。――実用的な品であるとの報告も受けておりますので、陛下の覇道の一助とするべくお納め頂ければ」

 

 ギュスターヴの“魔力(いろ)”が薄い事から“情動”を読むのに苦労したものの、‘イロウル’の願うままに‘ベルフェジール’が“目”を凝らせば思惑や思考を読む事が出来、拾えた“感情”や“記憶”を共有された‘人間’は「(――徹底的にやってしまってください)」と、彼女らしくない“激情”からの願いを発し、経緯はどうであれ『動く理由』を得た竜は行動に移る。

 

「…………文官長。その首飾り――魔石を埋めている座金の裏に、こんな文字が刻まれていないかな?」

 

 そう言って魔術を編んだ‘ベルフェジール’は極小の光を宙に集め、この世界の人間からすると記号にしか見えないであろう文字列を中空に描く。

 

「…………抽象的な飾り文字でしょうか?」

「私の故郷の言葉で、『イロウル・ベルフェジール』と読みます」

「――拝見致します」

 

 そんな僅かな遣り取りの後、宙に浮かぶ文字列とフィニー家から預けられた首飾りとを何度か見比べた文官は一瞬だけ目を見開く。

 

「……確かに、同じ記号のように思えます。――しかしなぜ、イロウル殿がフィニー家の所有物の特徴を知っておいでなのですか?」

「その文字は私の一族が創った作品に刻んでいる物で、中石にされている魔石の雰囲気が先代の魔力と似ていたのと――陛下の母君が成人した折に先代が送ったと聞き及んでいる初期作と特徴が似ていたもので」

 

 フィニー家の発言を認める発言に周囲の“気配(いろ)”がどよめいたのを察した‘ベルフェジール’であったが、この程度で驚いて貰っては困ると竜は言葉を続ける。

 

「先代から陛下の母君がお亡くなりになった経緯も聞き及んでおり――何処にも属さぬシティシーフとして活動していた彼女が正規の手段を取らずにフィニー家のお屋敷に入った時に捕縛され、町に吊るされたと聞いております」

 

 そうして続けた言葉――ビーバーが皇帝とならなければ何処にでもある些事で終わり、フィニー家が掘り起こさなければそのまま歴史の闇に消えていただろう事実が露になった事で、王座の間に漂う空気は雪と氷が吹き荒ぶ山の頂上よりも冷たくなった。

 

「母君の目的は――懇意にしていたギュスターヴ様の弟君への面会であったようですが、許しの無い平民が貴族の家に潜り込むなど許されざる事であり、ソレを処刑した貴方様の家を責める事は出来ないし、咎められる事もないのでしょう」

「――――」

 

 ギュスターヴの“動揺(いろ)”から漏れ出た記憶を見れば、ビーバーの母であったあの娘に対して死に至る劇薬すらも使って洗いざらいの情報を引き出した過去が見て取れ、その不都合の証が小さな商家に1人で預けられている事が判明した時点で放置し、そのまま忘れ去られていた経緯を知る事が出来た。

 そして、昨今の伝承派の台頭によって窮地に立たされた折にそんな昔の事を思い出し――宮殿内の様々な伝手からビーバーが父親を知らぬ事の裏を取り、貴族派の手駒であるシティシーフに証拠を集めさせて今に至る所までの経緯も見えて来た。

 育ての親である自分――『イロウル・ベルフェジール』の存在は不確定要素としてフィニー家の思考の端に残り続けていたようだが、年齢からして詳しい状況を知りえぬと賭けに出たようだが、その結果は王座の間の静寂が表していた。

 

「――――――」

 

 『沈黙は金、雄弁は銀』という諺は‘イロウル’が元居た世界で知った言葉であるが、この世界でもそれは当て嵌まるようで――ギュスターヴは状況の推移読むべく、外見上では動揺一つ示さぬまま沈黙を通している。

 

「処刑の記録は14年前の――6月辺りを探れば女盗賊を処したという記録が出てくるでしょう。……その事実をギュスターヴ様が仰られるのであれば、私めが口を挟む必要も無かったのですが」

 

 ビーバーの置かれた境遇――母親を唐突に失った子供の嘆きなど“目”を広げれば幾らでも見える事から‘ベルフェジール’にとってはフィニー家の行動がビーバーや‘イロウル’の心をこれ程までに揺らす意味が判らなかった。

 だが、『自分に取って不都合な事を明かさない』事は竜の理に反する行為であり――それは正さねばならず、これまでに溜め込んでいた自らへの暗殺未遂の負債を払わせる為の理由にもなる。

 

「――陛下。ギュスターヴ様が仰られたように、陛下にフィニー家の血が入っている事は『イロウル・ベルフェジール』が保証します」

 

 その為の宣戦布告となる言葉を表情が抜け落ちたまま沈黙するビーバーに向けた‘ベルフェジール’は、身動き一つ取らない皇帝に一礼した後――これから自分に決戦を挑んで来るであろう“人間(いろ)”を見据える。

 それに対するギュスターヴからの応えはなく、周囲の空気も極寒の地のソレのように凍り付いたままであった。

 ビーバーも貴族派の1人であると声高々に正当性を唄う事も、皇帝の身内を手に掛けた大罪人と糾弾する事も出来る筈であるが、人間達は動かない。

 長い生を持つ竜であるならば小さな歪みを残しておけば年を重ねる毎にソレが手を付けられぬ程に肥大化する事が判っており、問題が発覚した時点で対処しなければならないと種の記憶に染み付いており、これ程の大事であれば沈黙する事など出来ない。

 しかし、定められた命しか持たぬ人間は自分の寿命が尽きるまで問題を先送りにする悪癖があり、口火を切ってしまえば全面戦争となる事が判っている彼等は口をつむぎ、どのような手段が最善であるかを考え続けてしまう。

 暗殺や謀殺に対する対応力で劣る伝承派は、自らの言葉が正しくとも政局の外で踏み潰される可能性を捨てきれない事から言葉を発する事が出来ない。

 そして、正当性を失った貴族派にとってはこの場で議論を続けてしまえば傷を広げるだけとなり、後々に伝承派の要人を闇に葬る事で政情を自分達の側に戻したとしてもそれは自分達の歴史に拭えぬ程の瑕疵が付く事に他ならず、安易に動く事は出来ない。

 

「――――フィニー家当主、ギュスターヴ公。母の形見を預かっていてくれた事に感謝する。――他の者も、今日は下がってよい」

 

 王座の間にはそのようなみみっちい“感情(いろ)”が渦巻いていたものの、『伝承法』の中心にあるビーバーは先帝の言葉をそのまま世に放つ事で事態の先送りを図り相談役である筈のイロウルを呼び止める事はなく、豪奢な王座にただ一人座ったまま目を伏せる。

 

「――――」

『――――』

 

 そうして閉じられた玉座の間の外、大扉の前で足を止めたギュスターヴとイロウルの視線が交差する。

 いつぞやにビーバーに伝えた通り、戦の類は牙と爪をぶつける前から既に始まっており――‘ベルフェジール’が意図したように、言葉による解決が出来なくなった事で状況は次の段階へ移っている。

 フィニー家の娘としてビーバーを貴族派に引き込むか、市井生まれの伝承派の旗頭であり続けかは皇帝の横に居る事の多いイロウルの生死に集束しており、次に手札を切るのはギュスターヴの番である。

 『伝承法』を信じ切れぬ貴族派にとっては皇帝の横に居るイロウルこそが昨今の事態の元凶であると考えており、逆転の一手すら返してきた彼女を排さなければ自分達に未来が無いのと同時に、これまでは失敗続きであったもののこの商人の排除にさえ成功すれば一気に逆転の目が見えるようになる。

 結局の所、権力の原資にして世界の正義の基準点は暴力の優劣となるのだが――言葉を失って挑まざるを得なくなった時点で、その行使者は既に敗北しているのが世界の理である。

 

『(……人間は怪物に殺され、怪物は英雄に殺され、英雄は人間に殺される。……元居た世界ではそんな言い伝えがあるらしいけれど――その言葉通り、ただの人間では竜に勝てないんだよ?)』

 

 心の中でそう(うそぶ)く‘ベルフェジール’が貴族派にとって挑み易い決戦場を用意した事から彼等の動きは迅速であり、今のビーバーに反する者達が総力を集めて実行したイロウル暗殺計画はシーフギルドの壊滅――後に『血と花束事件』と呼ばれる事となる大虐殺によって頓挫し、結果として政争に用いる宮殿内への武力を失った貴族派の権力は大きく削がれる事となった。

 





フィニー家一行はロマサガ2には登場しませんが、名前だけ使わせて頂きました。
SFC版をやっていた頃には何とも思いませんでしたが、ジェラールの次の皇帝は絶対に揉めたであろう事は明白でしょうから。

とはいえ、どこぞの猟犬の飼い主が仰ったように、『一度生まれたものは、そう簡単には死なない』との教訓通り、貴族派という独自の存在は最終皇帝まで使い潰す予定です。
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