竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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01-02 アバロン(人)

01-02 アバロン(人)

Ver1.0

 

 

 

 周囲に馴染まなければ無用な憶測を呼ぶのが世の常であり、ソレを怠った事による間抜けな終わりを避けるべく、イロウルは持ち込んだ取得物の売却資金で生活の基盤を整え始めていた。

 月並みの話ではあるが、人間を人間足らしめているのは衣食住とそれを維持する為の仕事であり、その循環を一から築くとなればやる事は山積みとなる。

 『衣』に関しては目で見える事柄であり、一定以上の水準を保たなければ人前に立つ事すら出来なくなる事から『重視しなければならない』と考えていたものの、‘竜(ベルフェジール)’が使う“浄化”の魔術を使えば汚れのみを分解できる事から優先度は低くなった。

 『食』に関してはあの平原を無補給で踏破出来た事から無視する事ができ、‘人間(イロウル)’としては元居た世界には無い菓子や趣向品の類が気にはなったものの竜の身体は食事の類を必要としておらず、暫くお預けとする事で節制に務めた。

 となれば、今のイロウルに必要なのは『住』とそれを維持する『仕事』だけとなり、平原で得た拾得物を売却する際のやり取りでアバロンの相場にも目星が付き、あとは条件に合致する物件を探すだけとなっていた。

 ちなみに、宮殿での戦力の登録は出来ていない。

 職探しの傍らで宮殿の近くにまで足を運んだ事があったものの今は窓口を開けている方が珍しいらしく、周囲の人間に話を聞いた限りだと第2皇子の生誕と共に皇妃が崩御されたとの事でそれどころではないらしい。

 

「(――――と、これまでの事を思い出してみましたが……一気に決めてしまおうとしたのは、少し横着が過ぎたでしょうか?)」

 

 そう心の中で独りごちた‘イロウル’は、そろそろ相手も疲れて冷静になっているだろうかと望み薄な願いを思いながら意識を現実へと引き戻していく。

 上記のように、未知の世界において異質な文化に身一つで入り込んで順応するという難題をすんなり解決出来たのは竜の高い能力があってこそであり、この世界の言葉を聞いてからまだ10日も経っていないというのに竜の身体は最低限の会話が出来る程に言語の理解を深めており、疑似声帯の魔術を使わないで済む時も増えてきていた。

 

「(――竜の方々は本当に優秀ですね)」

 

 そんな慢心にも似た頼もしさから、『住居』の確立と同時に『仕事』の切っ掛けを同時に掴んでしまおうと思い至った‘イロウル’は敢えて問題になりそうな物件に突っ込み、火中の栗を拾いに行ったのだが――。

 

「――他の部分も補修して欲しいと言うのなら、お金を払ってくださいませ」

 

 そんな無謀に手を掛けたイロウルは当然のように悪い目を引き、今は良くない意味で頑なな大家に立ち向かっていた。

 ‘イロウル’が『住居』として選んだのはアバロンの城壁近くにある寂れた借屋であり、見掛けからして品質の悪そうな建屋――1部屋分だけが目新しくなっている――を背にした彼女は、この建屋の大家との言い争いを続けていた。

 この借家はアバロンの中でも最底辺に近い物件であり、築年数は兎も角としても造りが悪く、内装もあってないような状態だった。

 隙間風も酷い事から屋根と扉がある以外は野宿と大差ない物件である事から‘イロウル’だけの都合で選ぶのならば見向きもしない部屋となるのだが、元から‘ベルフェジール’の概念魔術で手を加える予定であった彼女としては今の状態よりも手を加える事に対する制約を気に掛けており、読み交わした契約書にそういった記述が無かった事から契約を締結し、この貸家の一室を借りる事となった。

 あとは‘ベルフェジール’の概念魔術もって外壁や内装の補修を行い、その特異性に気付いた人物を釣る事でこの世界の魔術を知る切っ掛けとしつつ、その相手が従事している業種に食い込めれば一石二鳥だと考えていたのだが――。

 

「その術法がまやかしの類で無いなら、簡単な話でしょう!?」

「私が契約したのはこの部屋だけであり、他の部屋を綺麗にする理由はありません」

 

 そうして部屋の外壁部分にも補強を加えた所で大家に事態が発覚し、「契約外とはいえ勝手が過ぎれば怒りもするか」と考えた‘イロウル’は叱責だけなら甘んじて受け入れ、契約の更新もやぶさかではないと考えていたのだが――何故か無償奉仕のような話を強要され、今に至る。

 

「――――」

 

 眼前に居る借家の大家は理が通じそうにない年配の女性であり、最初の方こそ急転直下な相手の“激情(いろ)”に驚いていた‘ベルフェジール’であったものの、その言動を理解すれば矢が奔るように機嫌が悪くなり、今では『目の前の不合理を焼却しよう』という意志を隠さないようになっていた。

 その情動には『この町の文化レベルなら死体も残らぬ程に焼き消せば追及できない』という真理も突いていおり、激情に駆られていても頭の回転が鈍らない竜の能力に感心しながらも求職計画を『気が付いた者を釣る』から『騒動を解決する為に来るであろう人物と接触する』方針に切り替えた‘イロウル’は、内に居る彼女を抑えながら意図して折れずに大家と揉め続け――。

 

「随分と騒がしいのぅ」

 

 その気苦労に折れそうになった頃、ようやく目当ての相手と思しき人達が現れる。

 

「フリーで術を研究しているシリウスじゃ。……術法に関する揉め事が発生しているとの事じゃったが――」

「……同じく、地術と火術を研究しているウィンドシードよ。とは言え――これは、何かしらぁ?」

 

 そう名乗った2人の男女は大家が呼ぶと言っていた人物で間違いないようだが、彼等は依頼主である筈の大家を半ば無視するようにその脇を通り抜け、‘ベルフェジール’が直した外壁に触れる。

 

「――どう思う?」

 

 シリウスと名乗った男性の方は明らかに老齢であると思われる外見をしているものの足取りに淀みはなく、術を使えるだけの小柄な老人と侮れば命を取られかねないであろう気配を感じた。

 

「見た事の無い術法体系ねぇ。……ベースは土術っぽい気がするけれど」

 

 そんな老人の問い掛けに応えるのは背の高い女性であり、此方も魔力を感じなければお洒落に着飾った若々しい雰囲気の叔母様と言い表せるものの――目に宿る力と雰囲気がどう見ても荒事に無縁な女性のソレではなかった。

 

「――おっと、聞き取りを忘れてしもうたな」

 

 そうして当事者達を放置し、1部屋分だけ真新しくなったボロい建屋という珍妙な物体への見聞を進めていた2人であったが、ふと本来の目的を思い出したらしい彼等はバツが悪そうに振り返る。

 

「――不当な術法を使った者がいると聞いて来たのだけれど……現場は此方で合ってるのかしらぁ?」

「え、えぇ――そうですわ! この珍妙な女が先代から引き継いだ大切な物件を……」

 

 呼び込んだ2人の突飛な行動に唖然としていた大家であったが、彼等が自分の側に立つ人間だと判れば自分の意見を一気にまくし立て、そんな大家の言葉を前にした2人は面倒くさそうに顔を見合わせる。

 

「……奥方の話は儂の方で聞こう。ウィンドシードはあっちの嬢ちゃんの方を」

 

 そうして面倒そうな方を引き受けたシリウスという老人は頑(かたく)なな大家の方へと向かい、ウィンドシードと言うらしいお洒落な女性は真剣な空気を纏いながらイロウルの方へと歩み寄って来る。

 

「――貴女が、此方を?」

「はい。土の魔術を主軸として直しました」

 

 正確に言えば人間では未だに到達出来ていない竜の概念魔術なのだが、態々手の内を晒して無用な不審を買う心算も無い‘イロウル’はそう嘯(うそぶ)き、見定めるような相手の視線を受け止める。

 

「――術法で何とかしたとは思えぬ仕上がりねぇ」

 

 イロウルからの視線を疑るように見つめ返していたウィンドシードであったが、最後は根負けしたように視線を逸らした彼女はイロウルの成した作品へと視線を振る。

 ソレを成した真の功労者である‘ベルフェジール’は火竜である為に水や土の属性を苦手としているのだが、アバロンに至る道すがらで背負子や硝子容器を創り出したように竜の概念魔術を駆使すれば彼女の特性に反する属性も扱えない訳ではない。

 そして、苦手な事であれども必要とあらば努力を惜しまないのが‘ベルフェジール’という竜の良い所であり、この数日の修練で‘イロウル’の持つ水や土の属性を自分でも扱えるようにした彼女はある程度の見栄えを伴う結果を出せるようになっており、ソレを認めるようなウィンドシードの言葉に気を良くした竜は得意気に鼻を鳴らす。

 

「……此方は見栄えよりも強度を重視しましたので、内装の方が綺麗ですよ」

「それは――なかなか興味がそそられるわねぇ」

 

 振れる尻尾があればブンブンと振っているであろう‘竜のお嬢様(ベルフェジール)’を労いつつ、その感情を表に出さぬようにと身体を律した‘イロウル’はウィンドシードが興味を引きそうな言葉を投げ掛け、更なる反応を引き出しに掛かる。

 

「――――」

 

 そうして返ってきた言葉は好意的な反応であり、その手応えに満足しかけた‘イロウル’であったものの――そのやりとりを見ていた‘ベルフェジール’は『(相手の“気配(いろ)”はまだ警戒の感情の方が強いよ)』と釘を刺し、それを聴いた彼女が相手の目を見てみれば確かに探るような視線を崩していないのが見て取れた。

 

「…………」

 

 同時に、自分からはこれ以上動ける事はないと判断した‘イロウル’が沈黙を保つ中、‘ベルフェジール’は『フリーメイジ』という言葉の意味を問い掛けて来ており――‘イロウル’が「(とんでもない凄腕か、詐欺師のどちらかです)」と答えると、同じ言葉とは思えぬ意味の落差に竜をしても固まってしまう。

 

「――――まぁ、いいわぁ。……私達が呼ばれた経緯をお聞きしても?」

 

 そこから『(意味を伝える言葉に、どうしてそんなに開きがあるの?)』という問いから始まった小談義がイロウルの頭の中で繰り広げられている中、沈黙に耐えかねたウィンドシードが折れた事で動けるようになった‘イロウル’は信頼を得られるよう、真摯に答え続ける。

 不本意ながら『騒動を起こす』方の求職計画を走らせた‘イロウル’であったが、当然ながらこれは博打の要素が強く、官憲の類が来れば統治状態が良好である事が判るものの彼女からすれば『外れ』となり、やくざ者の類が来れば町並みが綺麗でも秩序が終わっている事が判明した上での『大外れ』となるのは理解していた。

 そんな分の悪い賭けの中で『当たり』を引けたのはかなりの幸運であり、ソレを理解している‘イロウル’が懇切丁寧に経緯を伝え終えればウィンドシードは呆れたように瞼を落とす。

 

「これ程に高度な事を1日でされれば信じられないのは確かだけれどぉ……タダでねだるのは虫のいい話ねぇ」

 

 そう言ってウィンドシードが大家の方に振り向くとシリウスの方も片付いたようで「そんな話は通らんのぅ」と自分の味方として呼び込んだ筈の2人から届く非難の視線が重なった事を認識した大家の顔が青くなる。

 

「――こいつに関しては商業組合の連中に『虚偽報告をする輩が居る』と報告するとしてぇ……貴女、ウチに来ないかしら?」

 

 その後に差し込まれたのは考えうる中で最も最良な状況であり、あまりの都合の良さに‘イロウル’が二の足を踏む中、‘ベルフェジール’は相手の“感情(いろ)”に他意が無い事を伝えながら応えを急かしに掛かる。

 

「――――魅力的な提案ですが、その前に私の出来る事をお見せしますので……それを見て決めて頂ければ」

 

 それは機を読むのも得意な竜が成せる直感なのであろうが、‘イロウル’としては後々の齟齬を無くする事で円滑に事を運ぶべく必要な事柄を‘ベルフェジール’に伝え、彼女の魔術を用いて他の部屋――というよりも家屋全体を修繕する過程を見せる。

 

「――――」

「……長生きはするものだな」

 

 町中という事で使える材料が無い上、住む必要もなくなった事から今ある存在を分解・再構築するのに留めたやっつけ仕事であったが――ウィンドシード達にとっては思いも寄らぬような術だったようで感嘆の声が洩れる。

 

「……どうでしょうか?」

「――ぜひ来て欲しいわ」

「警戒する気持ちは判るが、その腕を腐らせるような職場ではない筈じゃよ」

 

 ‘イロウル’の確認に対する2人の応えは好意的なものであり、‘ベルフェジール’からも悪い話をしているような“気配(いろ)”はないという後押しが加わればもう否定の余地はない。

 

「…………お役に立てるか判りませんが、ご厄介になります」

 

 話が出来過ぎているような気がするものの、縁も所縁も無い筈のイロウルはこうして仕事と住処を同時に得る幸運に恵まれ――アバロンでの生活基盤を得る事となった。

 

 

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