竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-16 北ロンギットへ

Ver1.11

 

 

 ヴィクトール運河を渡り、東ミラマーから東南へと歩み進めた先――。

 ロンギット海という内海を形作る2つの大陸、その東側にある僅かな平野の先に突き出た場所にあるのがモーベルムという港町であり、そこは国家という枠組みが無いのにも関わらずソーモンやダグラス、フォーファーと遜色無い程の活発な“気配(いろ)”を纏っていた

 

「――――」

 

 視野を変え、‘イロウル’が見ているモーベルを思考の中心に据えた‘ベルフェジール’はそれが海に削られた低地に沿うように造られた町であると認識し、波打つような高低差がある事から町の至る所に階段がある情景は人間が住むには不便そうだと考えたものの、そんな不便さを押しのける程の勢いこそがこの港町の発している“気配(いろ)”の正体であり、竜としては人間の執念が形となったようだと感じられた。

 

「……随分と騒がしい町だね」

「国家という枠組みを用いてロンギット海を統治していたのなら、目を逸らしてはならない存在となっただろうね」

 

 ‘ベルフェジール’が零した言葉と視線に先に映る光景を前に為政者としての意見を続けたビーバーは振り返り、その視線に応えた直参と文官は続くであろう言葉を静かに待つ。

 

「手筈通り、私とイロウル、オライオンとアメジストの2組は皆から離れ、時間を置いてから旅人としてモーベルムに入る事で今の情勢を確かめるよ」

「「「御意」」」

「バイソンは兵と共に文官の護衛、文官の皆はバイソンの判断を受けながら先任の駐在員と接触。情報を集約しつつ、拠点を確保して」

「「「御意」」」

「各々がその責務を果たす事を期待するよ。――散開」

 

 そんな号令を最後に配下達が離れて行くのを見送ったビーバーは、彼等の目が無くなった事を確認してからイロウルの横に付く。

 

「――叔母様、どこから手をつけましょうか?」

「…………」

 

 その姿は皇帝という立場から離れた年相応の少女のようであったが、‘ベルフェジール’は仕えるべく主君の指示に従って“目”を広げ、少し先にある港町の中から目的となりそうな“気配(いろ)”を探す。

 

「――――向こうの建物。ここからでは見えない、こちらと同じ高さの高台にある建物に、不穏というか――荒々しい“気配(いろ)”を帯びた者が集まっていますが……」

 

 イロウルが指差したのはモーベルムの入口から見て北側にある高台であり、権力を持った人間が高い所を好む習性を鑑みれば恐らくは『当たり』だろうと‘ベルフェジール’は予測する。

 同時に、そこに忍び込むなり聞き耳を立てるなりすれば目的は達せそうであるとも考えた竜であったが、そんな彼女の言葉を聞いたビーバーの“気配(いろ)”は明らかに消沈しており、意図の読めない状況に駄目元で‘イロウル’に相談してみると珍しい事に応えが返って来た。

 

「(……恐らくですが、羽目を外したいのでしょう)」

 

 いくつかの“感情(いろ)”と予想によって紡がれた‘イロウル’の結論はその言葉に集束しており、18歳という年齢は人間が次代を産む為の適齢期の始まりであると共にまだまだ遊びたい盛りでもあり、カンバーランド王国への外遊以前から続いている政争や公務は一人の人間が背負うには重い責務であり、そこから逃げたいような気持ちもあるのだろうと‘友人’は続ける。

 

 「(この世界に飛ばされる前の私は、ラムサス様に会うまでは生きる事にすら真剣に向き合っていませんでしたので……偉そうな事は言えませんが)」と、‘イロウル’が続けた懺悔にも似た“感情(いろ)”も気にはなったものの、得られた人間側の感性は貴重な情報であり、‘ベルフェジール’はそれを軸として黙考する。

 

『(…………)』

 

 力あるものはその能力を行使し続けなければならず、趣味に没頭するならば成すべき事を成してからでなければならないというのが竜の(じょうしき)であるが、人間の命はそう割り切るには短く――ジェラール帝の人生を思い返せば、確かに彼のような『遊び』は生産ユニット側であるビーバーには出来ぬ事であろうと彼女は判断する。

 

「――――町の様子を確かめてからでも、間に合うかと存じます」

 

 ‘イロウル’の言葉と自身の考えから、物は試しと無駄な事を提案してみるとビーバーは花のような可愛らしい“気配(いろ)”を見せる。

 

「……うん! ずっと昔にソーモンにいた時から、こんな大きな町で気ままに買い物が出来るのがどんな気分なのか気になっていたんだ」

『(――――)』

 

 そうして今にも走り出しそうな勢いでイロウルの手を握ったビーバーはモーベルムへと歩き出すも、‘ベルフェジール’はこんな若い段階から弱みを見せる彼女に対して仄かな危機感を覚えた。

 嘗てのジェラール帝は組織の急激な肥大化によって思うような働きが出来なくなった事から来る諦念と焦りから酒と女遊びに興じるようになり、竜が過らせた思い出を共有された‘イロウル’は「(それでも政治を乱すような事をしなかった彼は偉大な君主であり、ビーバーに関してはそんな事態を危惧するような時期でもないかと)」という助言で応じ、重責を背負う代わりに絶大な自由を行使出来る事を容認していた‘ベルフェジール’もまた‘友人’の意見を追認する。

 

「(――意志ある者同士が本当の意味で解かり合うなんて事は……絶対に無いのでしょうね)」

『(私はそっちの方が楽しいと思うよ?)』

「……叔母様? どうしたの?」

 

 ‘人間(イロウル)’と‘(ベルフェジール)’が混ざり合ってから既に70年以上の時が経ち、2人が別々に生きた年月よりも長く一緒に居るというのにまだ議論を交わせる事に‘2人’が思いを交差させる中、少し深く考え過ぎていたのか足を止めてしまっていたイロウルを心配するようにビーバーが振り返る。

 

「何でもありませんよ。……小銭は此方に。商隊も動かせぬ端金ですので、使い切ってしまっても問題ありません」

「――子供の頃は疑問に思わなかったけれど、これを小銭と言えちゃう叔母様の金銭感覚は問題あると思うなぁ……」

 

 そう言いながらも立場故に金銭を持ち歩かないビーバーは銀貨の詰まった袋を受け取り、自らの衝動が望むままに港町へと繰り出して行く。

 それは当初の予定通りの旅人の偽装と言えなくもないが、シティシーフの衣装を真似た戦装束は質が少々上等に過ぎる事から町の雰囲気からは浮いているようにも見えたが――ビーバーはそんな事を気にもせず、港町の市場を回っていく。

 

「叔母様、叔母様。今度はあちらに。トバやマーメイドという町で作られたという装飾品が――」

「貴女ほど速くはありませんが、そんなに引っ張らなくても付いて行けますよ」

 

 市場の端にある出店まで走り、イロウルが近くに居ない事に気付いたビーバーは子犬のように駆け戻って来てから育ての親の手を引き、目的の店へと竜を引っ張っていく。

 

『(…………何とも言えない、温かな空気(まそ)だね)』

 

 そんなビーバーが振り撒いている感情の残滓は陽だまりのような“感情(いろ)”であり、それに当てられたらしい市場の周囲の“気配”もまた穏やかな空気へと転じて行くのを捉えた‘ベルフェジール’は、それらの思い出の残滓たる空気(まそ)を食んだ所で――あり得ないモノを幻視する。

 

『――――』

 

 それは楽しげに店を回る娘を見守るように佇んでいる2人の女性の姿であり、ビーバーと瓜二つ人影を視点に捉えながら自らの内に居る‘イロウル’へと意識を向けるものの‘友人’は彼女達を認識出来ておらず、その事からあの2人はこの世界特有の『残留思念(ゆうれい)』の類ではなく自分自身の後悔がその記憶を世界に映しているのだと‘ベルフェジール’は認識する。

 今の自分が享受しているこの体験は、本来であれば彼女達が受けた筈の経験であり――彼女達を見捨てた自分は、それを不当に受け取っているのではないか。

 ‘イロウル’が認識できないその幻影は自らのそんな迷いが生み出した記憶の投影であり、自分の中にそんな感情がある事を認めつつも人間の理を犯した結果としてその罰を受ける事となった彼女達を見捨てた決定は間違っていないと――自らの父にも‘友人(イロウル)’にも断言できる理をもって、竜はその後悔を視界から削除する。

 

『(…………あの人間達が、私の居る方に笑顔を向けて来れる筈が無いもの)』

 

 厳粛な理によって感情を律し、震えを抑えるように目を瞑った‘ベルフェジール’が閉じていた目を開けると、同じ顔が自分の事を見上げていた。

 

『――っ!?』

 

 そこから生まれた恐怖にも似た驚きに竜が僅かに飛び退ると、ビーバーは不思議そうに小首を傾げる。

 

「――叔母様?」

 

 離れた距離をそのままに心配そうな“視線(いろ)”を向けるビーバーに対し、『何でもないよ』と返した‘ベルフェジール’は自ら離してしまった距離を詰め、普段とは異なる竜の反応に疑問の“感情”を向ける‘イロウル’にも同じ対応を返した竜は今の自分の主である皇帝を見据える。

 自らの内に残り続ける感情が『後悔』と呼ばれるものである事は‘ベルフェジール’にも判断が付くものの、(コトワリ)を用いて考えればその原因は世界に無数に存在する些細な結果の1つであり――。

 この感情の変化が人間の理解に近付いた結果だとすれば喜ばしい事ではあるが、そんなモノを思い出しただけで足を止める事はあってはならないとも考えてしまう。

 

『(――――)』

 

 感情という熱を糧に理論を組み、

 理論を以て理を紡ぎ、

 その理によって世界を律する。

 

 それが竜の里の根底にある(コトワリ)であり、竜としてはこの『後悔』の意味を考え抜いた先で誰に対しても正しいと言える過去の判断(コトワリ)とは違う理論を紡ぐか、それを追認出来るようにしなければならないという事は幼い竜にも理解出来る行為となるが、自分自身が引っ掛かっている感情の真意が判らなければ判断を下す事は出来ないとも考えていた。

 

『(…………)』

 

 アバロンで貴族派という組織に致命打を与えた時にも挙げたように、幼い頃のビーバーが陥った不幸は何処にでも転がっている現実となり――今この瞬間に“目”を広げても同じ境遇に陥った幼子を『見る』事は出来るだろう。

 そんな事実に対し、キャットやその娘に対して自分がこれ程の負い目を感じているのは彼女達が才在る者達であるからなのか、ビーバーの“(いろ)”が形創られる様を見続けた事によると自分の趣向の変化なのか――そんな違いすら判らぬ自分は、もっと多くの事を学ばねばならないのだと‘ベルフェジール’は意気込みを新たにする。

 

「……叔母様、本当に大丈夫? 旅の疲れが出ているのなら――」

「大丈夫ですよ。……ちゃんと付いて行きますから、貴女の事をもっと見せて」

 

 その答えはきっとビーバーの生き様の先にあり、その一挙手一投足を見逃さぬように意識を改めた竜は市場を巡る一人の女性に付き従い続けた。

 

 

 

 

 

 そんな市場でのやり取りから半日後。

 

「それで――結局取り逃がした、と」

 

 バイソンや文官達が確保した拠点の一室でのオライオンのにべもない追求に、アメジスが立ち上がっている彼を席に戻そうと引っ張るも精強な戦士は微動だにせず、イロウルを睨み続ける。

 町を散策し尽くした後、最初から目星を付けていた屋敷へと踏み込んだビーバーとイロウルは見張りに呼び止められたものの、あろうことか皇帝は往年のキャットのような仕草で彼を誘惑し、隙を見せた所で静かに無力化して武装商船団(?)の集会を盗み聞いた所までは良かったものの――。

 問題の根幹であると思しき彼等を包囲するべく兵を集めようと退がろうとした所で物音を立ててしまい――脱兎の勢いで彼等に逃げられ、今に至る。

 

「ビーバー様は皇帝ですから、密偵の真似事をして失敗するのも許されるでしょう。ですが――アンタが居ながら、このざまは何だ?」

「気配を消す術は掛けていましたから、武装商船団という組織の逃げ足を誇るべきでしょうね」

 

 信頼の裏返しとも取れる“動機(いろ)”が見えている‘ベルフェジール’にはオライオンに向けた悪感情は無く、逆に沸いたいたずら心から先の偵察の時にも使った“隠行”の魔術を発現させ、唐突に姿を消したイロウルに慌てている彼の背後に立った竜はその背中を軽く叩く。

 

「――っ!?」

「音が出てしまうのが弱点ですが――これで見つかったとなれば、流石にどうしようもないと思うけれど?」

「――終わった事をどうこう言っても仕方ないでしょう。……陛下も、我らに気を許して頂いている事は光栄の極みでありますが、議会での振る舞いのように統制を取って頂かなければ皆がはしゃぎます」

「……諫言痛み入るわ。――私の報告は以上ですが、これまでに挙がった情報以外に意見はない?」

 

 各々が仕入れた情報を集約すれば、武装商船団と呼ばれる組織がロンギット海での海運を完全に支配しており、帝国系の商船流入の妨げとなっている原因が彼等であのが確定的である事。

 その拠点はここではなく、『ヌオノ』と呼ばれる未知の場所にあり、そこはハリア半島の端の陸の孤島に存在すると思われる事。

 その2つがモーベルムの町で確認出来た事であり、今の会合は今後の方針を決める場となる。

 

「要は奴ら船を分捕るか、協力者を装りながら絆して隠れ家に案内させるか――それとも陸路から回り込んで急襲するかって話だろう?」

「オライオン、貴方の実直さは嫌いではありませんが――ソレを言うのは私の役目です」

 

 ビーバーの言葉に、追求した時のまま立っていたオライオンは議論に入る事もなく結論を述べ、皇帝の言葉に呼応するように座ったまま引っ張るのを諦めたアメジストは遂にその両肩に手を掛けて押し込むように彼を席へと座らせる。

 

「……方針に対する、皆の意見を取ります」

「陸路による急襲を提案します」

「叔――イロウル、随分と性急な回答だけれど、何か意図が?」

「私達の強みは少数である事です。敵になる可能性のある要素に関わるような事をせず、実直に陸路を進むべきです」

 

 ‘ベルフェジール’が提案した案はオライオンが最後に述べたハリア半島の突破を前提とした案であり、通り抜けたばかりのミラマーにまで戻る事になる上、随分と大回りな行軍になるが――ロンギット海が相手の庭である以上、海上で補足されて思わぬ窮地に立たされるような事態を避けられる堅実な案でもある。

 そう――決して底の見えない海に出るのが怖い訳では断じて無いと‘ベルフェジール’は認識を改め、その意を見遣った‘イロウル’が小さく溜息をつくもその事実は皇帝や他の直参が知り得る筈もない事実となる。

 

「確かに……帝国の戦術が陸戦を主軸としていた事からも、船上での戦いは避けた方が無難でしょう」

「木造船ですので火術はよく通りそうですが――それは相手も同じですわね」

「となると――ここに集まっている兵や文官連中は囮役に徹するってことか?」

 

 バイソンとアメジストの戦力査定に続き、オライオンが別の視点からの確認を続ける。

 

「どう転んでもこの港町はこの地域の顔になりますから、ここに拠点を築く事は無駄にはならないでしょう。――ここに残る彼等には書面で指示を残し、私達は明朝出発します」

「――わざわざ文で残すとなると……此方でも欺瞞を?」

「ええ。……『敵を騙すには味方から』という古典的な策は、有効だからこそ残っている筈だしね」

 

 そんなやり取りの中で垣間見えたビーバーの“気配(いろ)”は30代の頃のジェラールにも見た貫禄と呼ばれる雰囲気と似ており、その変化に一抹の寂しさを覚えたものの“視線”が自分に向いたのを認識した‘ベルフェジール’は意識を改める。

 

「ミラマーまでは強行軍になります。ダグラス攻略戦の時と似たような状況ですが、ある意味こちらの方が厳しいと思う。――イロウル、歩荷を任せる事になる貴女の膂力と持久力が要となりますので――倒れぬように」

「――御意」

 

 その後に続けられた言葉は自分の特異性を当てにした言葉であり、『普通の人間には出来ぬ事』を成すのが常態化している事に僅かな引っ掛かりを覚えた竜であったが、その能力を自ら示してしまった自分の落ち度であると感情を飲み込んだ彼女は提案を承諾し、直参達と共に店仕舞いを始めているであろう方々を回る事でミラマーまでの物資を整える。

 そうしてモーベルム・ミラマー間を一気に駆け抜けた皇帝とその直参は這う這うの体で運河の町へと辿り着き、そこからは金に飽かけた物量作戦で良い宿と準備と整え、英気を取り戻した一行はハリア半島踏破の為の物資を手配しながらニーベルへの出立準備を進めていた。

 次の目的地となったニーベルはミラマーが町として成立する以前において南バレンヌの経済の中心にあった集落であり、規模の小ささから多くは望めないものの周辺の集落とを繋ぐ無数の交易路は健在であり、生鮮食料の追加補給はあちらで済ませる予定となり、ミラマーでは保存食や登山用品といった大荷物を手配する事となる。

 そうして終始慌ただしかったミラマー滞在の最終日、ビーバーとアメジストが宿でアバロンやモーベルに向けた中間報告をしたためている中、イロウルは直参の男性陣と共にハリア半島踏破に向けた荷造りを進めていた。

 

「そうそう――あ、オライオン。ソレを載せるのは最後」

 

 その過程には歩荷と旅商で生計を立てていた‘イロウル’の経験が十分に生かされており、重量物を早々に纏め上げていたイロウルは貴族派でありながらながらもそつなく物品を纏めていくバイソンの調子を立てつつ、荷運びの類は他人に任せきりであったらしいオライオンに助言を向ける。

 

「重心がなるべく背中に近くなるようにしつつも、軽くて頑丈な物を下にして――使う順番も考えながら、深部の物は最後に時に取り出せるように工夫もして」

 

 経験者である‘イロウル’に従って荷造りを進めている彼等の表情に陰りはなく、衣食住を必須とする人間にとって安定した補給は最も重きを置かなければならない事なのだと再認識しながら、‘ベルフェジール’は水を集めた時の事を思い出す。

 ヌオノ攻略に際した机上演習にあたって最も嵩張る水と食器の類をイロウルの魔術に頼る事に僅かな懸念を示したのが事の始まりであり、何時ぞやのダグラスからの撤退時に使った魔術を再演するまでの“気配(いろ)”は見るに堪えない状態だった。

 水や食料の安定供給は人間が生きる上での必須事項であり、如何に類稀なる英傑であれども人間の域は越えられないのだなと当たり前の事を再認識しながら竜は土を高温化させる事で歪な硝子容器を創り、大気中の水分だけを集めてその器を満たすという以前にも行った事を再現する事で彼等を安堵させた。

 ちなみに、平時という落ち着いた状況でその魔術を見てしまったアメジストがそれらの術に使用している魔力量と演算負荷に驚き、今更のように卒倒してしまったのだが――積載量に余裕が出来た事から食料や寝具の類を多く持ち込める事が判った事により、そう苛烈な強行軍にはならないであろうとの目測が皇帝一行の中で共有される事となった。

 

「――水先案内人の類を探さなくて本当にいいのか?」

「モーベルムで仕入れたハリア半島を抜ける道の周辺には、ニーベルから南方集落向かう交易路があるから迷う事もないだろうし――伝え聞くに過酷なあの半島に突っ込もうなんて無茶が出来るのは私達ぐらいだよ」

 

 今回の外征の状況確認は宿で昨日行った机上演習の一度きりとなるが、ビーバーの内にある先帝達の『直感』と元居た世界を歩き通した‘イロウル’の『経験』。それに“気配(いろ)”で世界を見ている‘ベルフェジール’の『計算』が合さればこの進出は実現可能であると断じており――。

 ビーバーには目線を合わせて軽く頷いた程度の合図しか送っていないが、彼女は皇帝としての権限によってこの決定を不動のものとしており、帝国の忠実な精鋭である直参はその決定に従うのみである。

 尚、ヌオノと呼ばれる場所への道は今回の行軍で記録として残るだろうが、結局の所は皇帝一行としての戦闘力とイロウルの積載量を頼りにした力押しの行程であり、新たな交易路になる事は無いだろうと‘イロウル’は見立てていた。

 

「……アメジストの奴は――耐えられるかね?」

「道中ではオライオンの荷を先に使うように進言しています。いざとなったら、貴方が背負ってあげればいいでしょう?」

「…………」

「――――」

 

 各々の背負子に荷物を積み上げていく中でオライオンが零した言葉に‘ベルフェジール’は考えていた想定の1つで応じると、彼は何故か『しまった』という“感情(いろ)”で固まってしまい、バイソンに視線を飛ばすとその仏頂面が更に固くなったように感じとれた。

 

「――俺自身、今のはかなりの失言だったと思うが……アンタは、俺がアメジストと関わる事が気にならないのか?」

「今更……? ――皇帝陛下の使命の邪魔にならないのなら、誰が誰を好いているなんて関係ないでしょう?」

「………………」

「――――――」

 

 困惑の“感情(いろ)”を滲ませながら返されたオライオンの問いに、何を当たり前の事を言っているのかと即応した‘ベルフェジール’の言葉に2人の直参は困惑を強め、バイソンに至ってはその仏頂面が更に険しくなる。

 

「…………?」

 

 その不可解な反応に『(知人の良縁を祝福する事は良い事だよね?)』と‘ベルフェジール’は自分の内に居る‘イロウル’に問うも、答えに目星が付いているように見える‘友人’からの応えは沈黙であり、思わぬ状況に困惑してしまった竜は硬直しながらも思考を巡らせようとするものの前提が崩れた中では続く言葉に自信が持てず、言い澱んでしまう。

 

「それは――皇帝陛下のご意思なのですか?」

「――? 陛下が関係あるの?」

 

 その沈黙に耐えかねたようにバイソンが質問を向けるも、それに応えた自分の言葉で場の空気が更に冷えた事を察した‘ベルフェジール’は、不明瞭な状況にあって慎重さが足りなかったと恥じる中、別の回答を考える。

 

「…………陛下は何も仰ってませんわ」

 

 正確にはオライオンとアメジストの事を見る度、ビーバーにしては珍しく形容しがたい様々な色の“気配(いろ)”が渦巻いているのは『見ている』が――自分でも判らないというのに他人の機微を見て状況が判る筈も無い竜は端的な事実のみを挙げる事で相手の様子を見る。

 

「――――皆様、何か深刻な顔をなさっていますが……バレンヌ帝国で最も優れた大剣の使い手であるオライオンでも恐れる存在があるのですか?」

 

 同時に、切り口変えて問題とならないであろう素直な質問をぶつけてみると、顔こそ強面のままであったものの、寡黙な騎士は微笑ましい幼子を見たような優し気な“感情(いろ)”を見せる。

 

「決してオライオン殿を侮っている訳ではありませんが――帝国随一の使い手であろうとも、切れぬモノがあるという事です」

「…………ふむ」

 

 寡黙な事も重なって粗忽物に見られる事もあるバイソンであるが、直参の盾となるべく世界を広く見ている彼の言葉には多くの価値があると考えている‘ベルフェジール’はその内容を深く受け止め、魔力が乏しい為に“感情(いろ)”を上手く捉えられないのが残念でならないと思いつつ、その意味を熟考し始める。

 

「立場故に、私は2人の仲を素直に祝えない身だが――アメジストのような麗しい人の心を射止めたオライオン殿を羨ましいと思い、許されるのならば祝福したいと考えてはいる」

「バイソン、あんた――」

「……公式の場では、味方にはなれませんぞ?」

 

 そんな中で続いたやり取りを前にした‘イロウル’が「(尊いものを見た)」とか「(本とは比べ物にならないね)」とか言って悶えつつ「(……イルドラやイーリスにも見せてあげたかった)」と楽しんだり悲しんだりとよく判らない状態になっているが、‘ベルフェジール’にとってはただの好ましい空気(まそ)であり、バイソンの発した言葉にこそ意味があると考えた竜はそれを理解するべく集中せねばと思考を深める。

 

『(――アメジストの生まれの違いとオライオンが不安定な職業に就いているのが問題なっているのかな? ……貴族派は力を失っているし、アメジスト自身の実績やオライオンの戦果や能力を鑑みれば、そんな障害なんて無いようなものだと思うのだけれど)』

 

 そういった軋轢はつい最近に踏み抜いた貴族派と伝承派との騒動で理解した人間の理であり、ソフィアですらもソレに憂慮していた事を鑑みれば大きな問題に見えるものの、大使館で才女に説いたように能力のある彼等であればその軋轢すらも砕ける筈であり、何を恐れているのかが‘ベルフェジール’には理解が出来なかった。

 

「(…………)」

 

 そんな‘ベルフェジール’の思考を垣間見ている‘イロウル’は、竜という存在ですら思った以上に自分の事が見えていないのだと驚き、思っている事が言葉に成らぬようにと静かに目を瞑る。

 

 人間は怪物に殺され、怪物は英雄に殺され、英雄は人間に殺される。

 

 それは‘ベルフェジール’がひどく感銘を受けた元居た世界の諺であるが、自らを『怪物である』と認識している竜は英雄である直参のような英傑の動向にしか気を払っておらず――人間の悪辣さにまで理解が及んでいないようだった。

 

「(――この諺のような事態にならなければ良いのですが)」

 

 仲睦まじいオライオンとアメジスト未来には竜が考えてもいないような試練が待っており、それを選んだ2人の未来は『ただの人間が竜のお嬢様(ベルフェジール)に挑むような険しい道筋である』と露とも知らずにいる‘ベルフェジール’に伝えるべきかを迷いながら、‘イロウル’は吐息を零した。

 

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