竜の目に映る者達   作:サーデェンス・ロー

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02-19 幕間:運の良い女(前)

Ver1.11

 

 

 アメジストは運の良い女である。

 フィニー派の貴族の娘として教え込まれた政治力と偉大な祖であるエメラルドに連なる魔術師の1人として恥じぬべく修練は続けていたものの、術法研究所にひしめく術者の上澄みには自分と肩を並べる程の才能を有する者は多く、皇帝の直参という栄誉を得られたのは立場の差による所が大きい事は明白であった。

 そんな経緯から皇帝の直参に加わるという最大の名誉を得られた自覚はあれど、アメジストにもそれに見合う実力は持っていたという自負はあり、カンバーランド王国への外交の最中に巻き込まれた動乱で命を落とす事も無く――アバロンへと戻って来れた。

 外交成果によってビーバー様がアバロンでの立場を盤石なものとした後においてもその幸運は続き、直参に選ばれた同性という事で宮殿内の政情に疎い陛下と交流を深める機会に恵まれた事で派閥を越えた交友関係を築く事が出来、その実績と権威は更に多くの『自由』を許して貰えるだけの権限となり、未来に控えている役目すら覆せるのではという夢を抱く事も出来た。

 そんな時間の中で得られた余裕は『自分が恋をしている』という自覚ができるような奇跡を掴み、家から課せられた役目故に許されぬ事とは判ってはいても政治の絡む貴族の婚姻では得られぬであろう愛を育む幸せを体験できた。

 選んだ相手は平民の傭兵(オライオン)平であり、彼の表層は粗暴に見えるものの芯の通った男性(ひと)であり、間違った道理を鋭く詰める事はあれども言葉における場では決して手を上げず、それでいて戦事では鬼神ようにモンスターを両断していくという――冷静なのか獰猛なのか、未だによく判らない人であった。

 市井で触れた書籍から『このような自由な恋は熱病のようである』と記されていた事から自問自答繰り返す事で自分の状態を鑑みていたが、オライオンに対する認識は幾つ日を重ねても変わる事はなく、いつの頃からか未来に結ばれる相手が彼であったらと願わずにはいられなくなってしまった。

 しかし、ただただ語り合っていただけの心地よい関係は階段を登るように逢瀬となり、時と身体を重ねる毎に猶予が少なくなっているのを感じつつも、この夢から縁を切らねばと思っていた頃――自らが彼の子を身籠ってしまった事が判ってしまった。

 

「どう、いたしましょう……」

 

 ビーバー様という前代未聞の名君が君臨し、偉業と善政の両立を果たしているもののアバロン宮殿内には身分という形は未だに色濃く残っており、その中に生まれた女が選べる未来は市井の人間達よりも狭い。

 オライオンがバレンヌ帝国で最高の大剣使いである事は誰もが知る事実であるが、どれほど武勇に優れていようとも権力や慣習を切れる筈もなく――そして、いくら貴族派が弱体化しているとはいえ自らが属する家の決定が確定すれば自分どころか彼の命運も危ぶまれる事となるだろう。

 

「………ぁあ」

 

 オライオンにこの事実を告げた時に彼がどのような反応を見せるのかの不安、選択肢として入れねばならぬ『逃走』に至った際の成功率。

 それらの決めねばならぬ事への不安に悩み、ぐるぐると回る思考に迷っている中――私室の窓、宮殿内でノール(アメジストの)家が確保している区画の一室から見下ろす市街地の端に、灰色の髪が靡くのを見た。

 

 イロウル・ベルフェジール。

 

 ジェラール帝の頃に下賜された勲章を保持し、その後継であると自称する出自不明の魔石商であり、術理の判らぬ術法を幾つも操る魔術師でもある。

 

「――――」

 

 勲章の本来の持ち主は既に歴史上の人物――ジェラール帝と共にクジンシーを打倒した直参の1人――であり、先帝の覇道を支えた事から祖先(エメラルド)との交流も深かったとされている上、同じ術者であった為にノール家はイロウルの偉業にも強く傾倒しており、彼女の偉業を記した蔵書は帝国内で最も多かった。

 

 曰く、一つの『ファイアボール』で数十のモンスターを爆殺し――。

 曰く、その威力を一昼夜使い続けられる程の魔力を持つ上、未知の術法を幾つも操り――。

 曰く、大剣を片手で振るえる程の膂力を持ち、その一撃は鋼鉄をも折り曲げる。

 

 たかだが50年前の出来事であるのにも関わらず、残っている書物の多くがそんな眉唾な内容であった事から近年では実在すら疑われていたものの、記されていた彼女の扱っていた広域爆裂型の『ファイアボール』が先祖の術理を焼いたのは事実であり、その伝説を再現するべく研究され、日の目を見たのが『ファイアボール(Lv2)』となる。

 そうして生まれた術法を術法研究所に登録したノール家はアバロン随一の火の術者の家系と賞される事となり、その名声もまたアメジストが直参の1人に選ばれた理由となるのだが――。

 しかし、皇帝と成る前のビーバー様と共に現れた今のイロウルの『ファイアボール』はノール家が研究を重ねた上で編み出した『ファイアボール(Lv2)』を歯牙にもかけぬ程の破壊力を発現し、闇に包まれた洞窟を照らした『ライトボール』の変化形は人間が扱えるとは思えぬ魔力を持って発動される秘術すら御して見せた。

 そして、ノール家に伝わる言い伝えや書物をなぞるように剣を振るい、先にも述べた系統すら読めぬ術法を扱うイロウルを間近で見続けたアメジストが彼女の事を『イロウル・ベルフェジール』の正当な後継であると認めるのは当然の流れであったのだが――。

 貴族派の権威失墜に続き、火の術法の大家としての価値を棄損されうる現実を認められなくなっていたノール家はイロウルの本性を暴こうと画策した。

 その命の下、外征の最中に相手の内情を探るようにと言い含められたアメジストは貴族派の創意に不信感を抱きつつも北ロンギット周辺を走り回る中でイロウルを見続け、オライオンにも協力して貰って揺さぶりを掛けもした。

 しかし、それらの行動はその絶大な魔力量と技量を詳しく認めるだけの結果となり、そんなアメジストの認識が実家を含めた貴族派と乖離していくのは当然の帰結であり――実家であるノール家ですらイロウルに恐怖を抱いている中、彼女の内心は手の届かぬ技量への憧れに転じていった。

 そうしている内に北ロンギットでの問題が終息し、この地方で得られた書物から合成術の研究が進められる中で『セイントファイア』の術法が完成し、虫の息となっていた貴族派はその術法に光明を見てしまった。

 悪魔や不死者といった『人間と相容れない存在』だけを焼く聖なる炎は人のそれとは思えぬ能力を見せる時のあるイロウルの正体を測るに打って付けの術法であり、体面では『セイントファイア』が人体には無力であるという検証を行いたいと貴族派は持ち掛け、その謀略はアメジストの手によって実行に移される事となった。

 後々になってから『事故を装って別の術法で焼き殺そうという案も出ていた』と聞いた時には卒倒しそうになったものの――『セイントファイア』をイロウルに向けたアメジストもまた、自らの先祖と同じように彼女が操る術法に術理を焼かれる事となる。

 アメジストの放った『セイントファイア』に身を任せる中、舞うようにその金色の炎を解析し、局所的にしか影響を及ぼせない筈の光の魔力を術法研究所の敷地を包む程の大火に変化させ、空に溢れた残滓を庭園一杯に降り落とす。

 それが火炎の類であれば大惨事であっただろうが、真っ当な生物に何ら害を及ぼさない清浄な光とあればこの世のモノとは思えぬ程に幻想的な景色となり、その中心に在るイロウルが光を纏うように魔力を扱う様は、あまりにも――あまりにも美しかった。

 それからも事ある事に術法を語り合い、見知らぬ知識を深め、知見を広げる事が出来たのはオライオンと出会えたのと同じ位の幸運であり、随分と前に起こった『血と花束事件』で好ましい花を預けられていた事もまた信頼を得られているのだという安堵に繋がり、直参としての働きが薄れてきた昨今ではノール家よりもイロウルの店や術法研究所に入り浸る機会が増えていた。

 

「…………血と花束事件」

 

 そんな思い出の中で想起されたのはビーバー様が内政の引き締めを始めた頃に起こった事件であり、伝承派の勢いを決定的なものとし、貴族派の影響力を大きく弱体化させた出来事となる。

 ビーバー様が戴冠した頃のバレンヌ帝国はアバロン宮殿内の政情が伝承派と貴族派とに割れていた為に内政能力の限界が現れ始めており、下手をすれば内紛にすら発展しかねない状況だった。

 そんな中、皇帝に実績が無い事で拮抗していた両派の力関係はビーバー様がカンバーランド王国の内乱を上手く収め、同国を帝国優位の同盟関係に置いたという成果によって大きく傾き――。

 その彼女が内政に徹した事で『伝承法』に懐疑的な貴族派が窮地に立たされた結果、貴族派は皇帝暗殺という前代未聞の愚行に動き始めた。

 しかしそんな暴挙の結果は散々な結果となり、闇夜に放った刺客はビーバー様が狙われている事に気付く事もないように排斥され、毒殺や事故死を目論んだとしても『何事も起こらず』、『何も起こらなかった』が故に皇帝に仕える無辜の傍仕え達も静かに日常を回し続けるような有様が続いた。

 ビーバー様がただの小娘とは思えぬ程に隙が無い事も理由に挙がったが、度重なる失敗の先に見えたのは彼女を密かに守る者――平民である小娘を王座の間にまで導いたイロウル・ベルフェジールの気配が明確となり、宮殿内における伝承派の暗闘をも担っていると目されていた彼女へと貴族派の害意が集束して行くのは必然と言えた。

 そんなイロウルは直参としての役目に従事する事が無ければ彼女の商業基盤の在るソーモンに向かう事が多く、貴族派内には愚かしくもアバロンの外であれば彼女をどうとでも処理出来るという認識が蔓延していた事もあり、貴族派の私兵と化していたシティシーフの総力を持って彼女が守る隊商の襲撃を実行させてしまった。

 相手が皇帝となればそのような大胆な手段は取れないものの、ただの平民となれば世俗への影響力は皆無であり、名の知れた魔術師と言えども闇夜の中で集団に襲われれば一溜まりもない。

 そんな貴族派の思惑の下で放たれたシティシーフ達と傭兵の集団であったが――しかし、皇帝の直参を務められるだけの精鋭3名を含めた彼等の足取りはアバロンを発った所で途絶える事となる。

 成否を含めた報告もなく、時折宮殿内に忍び込んで担当部署に定時報告を上げていたシティシーフの連絡員の姿も見えなくなる。

 一週間近くの時が過ぎてもその状態が変わる事はなく、(あまつ)さえ政情には中立的な文官達からも調査員からの定期報告が届かないとの陳情が両派閥の貴族達にも届くようになる。

 そんな静寂が続く事で成功を確信していた貴族派にも焦りが生じ始めた頃、襲撃計画を知らずに遠方の密偵をこなしていたシティシーフの一派が地下酒場の壊滅を半狂乱で伝えた事で、その騒動はビーバー帝の耳にまで届く事となる。

 帝都直下の惨事であり、ボクオーンという脅威が近くに居る事を危惧していたビーバー様が『嘗てのクジンシー襲来と近しい状況かもしれない』と勘繰るのは当然の帰結となり、集められる直参と選び抜かれた少数の兵を集めた皇帝は地下酒場を含めた地下全域の調査へと乗り出す事となった。

 そうして最初に踏み込んだ地下酒場は血の海と表現して言い惨状にあり、ジェラール帝の時代から再整備が進められていた昨今の下水道ではモンスターの姿を見る事も稀であったにも関わらず、濃密な血肉の臭いに誘われた怪物共が同地を占拠し、死肉を啜る地獄と化していた。

 濃い死臭の漂う地下酒場跡でそれらのモンスターを排除した皇帝一行は地下酒場の後処理を兵に任せ、50年前とは比べものにならぬ程に衛生的となった下水道を隈なく捜索する事になるも、当時のビーバー様と私達直参は目立った変化を発見できなかった。

 そんな空振りから捜索の手は地上にも及んだもののそれでも異常は認められず、シティシーフという目と耳を失った事を再認識する徒労に終わったものの――その疑念は帝国を厳戒態勢に移行させるに十分な事態となった。

 何の痕跡もなく帝国の情報網が喪失したという結果を前に言い知れぬ恐怖を覚えたバレンヌ帝国首脳部は一致団結し、伝承派や貴族派垣根を越えて地下酒場壊滅の原因究明に務める中、ソーモンから戻ったイロウルが登城し――1枚の書状がビーバー様の手に渡る事となる。

 それには帝国の蝋印が押されたイロウルの暗殺命令がしたためられており、地下酒場に在るであろうソレがイロウル手に渡っていた事で貴族派はあの惨状の首謀者が誰であるかを察したものの、経緯や詳細を知るべくもない伝承派はその書状の存在に怒り、怒号が飛び交う王座の間は収拾がつかぬまま夜を迎えた事で一時解散となるも――。

 次の朝、彼等の背筋は眠気も覚める寒気によって叩き起こされる事となる。

 実際に起こった事を文字に表してしまえば、『目覚めた時、枕元に花束が置かれていた』という、微笑ましいとも言える状況と言えなくもないが、これが十重二十重の警備が敷かれた帝国の有力者の邸宅内で起こったとなればその実態は表情を変える事となり、伝承派や貴族派垣根を越え、登城できる者の全員の枕元に置かれたとなればその異常性は誰の目にも明らかであり、当然のように全ての議案はその追及へと収束する事となった。

 そうして限界を超えた恐怖は事態の極端な解決へと集束しようとしたものの、赤いガーベラを贈られた皇帝自身が「スターチスを贈られた貴公は良いじゃないの。……私なんて『もっと挑戦しなさい』よ?」と冗談めかす事で事態は沈静化していき、花束が紙と魔力で編まれた未知の術法であるという物証から誰の仕業であるかは明白であったものの一度と滞った追及の手が動く事はなく、暗闘すらも封じられた貴族派はこの事件を境にその勢いを急激に減ずる事となった。

 それが『血と花束事件』の全容であり、贈られたのが花束ではなく刃の類であったらと考えてしまった貴族派にとってのイロウル・ベルフェジールという存在は暗殺者(シティシーフ)暗殺者よりも忌避すべき存在となったが――そんな貴族派の1人である筈のアメジストに贈られたのは色取り取りのフリージアだった。

 

「――――」

 

 イロウルが眠っている貴族達に花束を贈る前――自らに向けられた暗殺計画の書状を入手した経緯を問う諮問会の折、何の正しさも無い茶番を蜥蜴のような瞳で見据える彼女の姿を見てしまったアメジストは、『彼女は本当に人間なのだろうか?』という久しく忘れていた恐怖を思い出してしまったものだが――。

 しかし、宮殿内の政治的均衡を大いに荒らした劇物であるのと同時に、愛しい人(オライオン)をしても「倒せる未来が見えない」と言わしめる程の力も持っているとなれば――今の自分の苦境に何らかの光明を与えてくれるかもしれない。

 

「…………」

 

 そんな身勝手を願ってしまったアメジストは、まだ見える範囲に居るイロウルを見つめていた視線をずらし、私室に飾られている枯れる事のない花束――紙と魔力で形作られたフリージアを見上げる

 色によって花言葉の変わる花であるが、花としての言葉は『友情』や『親愛の情』といったこれからも仲良くしていきたいという意味であり、複数の色を織り交ぜたのはそういう意図があるのだろうとアメジストは考えていた。

 その意味に一縷の望みを託したアメジストがどうにかして呼び止めようと思った瞬間、目当てのイロウルはその意思を感知したかのようにアメジストの事を見上げ、招き入れる仕草を取ると快く応じてくれた。

 

 




キャットの時もそうでしたが、実はアメジストも地雷原でタップダンスしていた件について。

裁判官:ベルフェジール
検察 :B系フレーム
弁護士:イロウル


B系フレーム
《個体『アメジスト』は約定を破った。そのような者は許してはならない事から処分に動く事を推奨》
《契約や約束を破る事はシキタリに反する。処分行動を推奨》
《感情で動く者は信頼に値しない事から処分を目指す事を推奨》

イロウル
弁護するも判定覆らず。

ベルフェジール
再審請求。

それを20回近くの続けた末――。

《処分推奨に変更なし》
《対応猶予18年に設定》
《監視を密とするように》

そんな行動指針をB系フレームから出させたベルフェジールとイロウルの粘り勝ちである
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