さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

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序話:霧雨魔理沙の悪だくみ

 ここは旧地獄の真上に建てられた洋館――地霊殿。

 古明地(こめいじ)さとりは椅子に腰かけ,本を開いていた。

 ノックの音が部屋に響いた。

「開いてるわ。入って」

 さとりは本を閉じると立ち上がり,ドアに向かって声をかけた。

「失礼します」

 扉が少し開いた。

 隙間から背の高い黒髪の少女――正確にいうと少女の妖怪――が顔をのぞかせた。

 頭には巨大な緑色のリボン,胸には黄昏(たそがれ)色の紅玉。

 霊烏路(れいうじ)(うつほ)だった。

 さとりは胸元に浮遊する第三の目だけを動かし,空を見た。

 ――心を読む程度――それがさとりの能力だった。

 さとりの脳裏に,大きな『?』マークが浮かび上がった。

 空が思い描いていたのはその一文字だけだった。

 何もおぼえていないのね,さとりはつぶやく。

 無理もない――カラス妖怪の霊烏路空は鳥らしく,三歩も歩けば記憶をなくしてしまう。

 おそらくなんの用事でドアをノックしたのかも忘れてしまったのだろう。

 

「何の用? お(くう)」それでも一応聞くふりをした。

 少女の顔が引きつった。

「ええと……なんでしたっけ」

 扉が勢いよく開いた。

 黒衣の金髪少女が,さとりの部屋に飛び込んできた。

 トレードマークはつば広の三角帽子。

 手癖の悪さで有名な幻想郷の魔法使い,霧雨魔理沙だった。

 ――何の用?

 そう問いかける前に,第三の目(サードアイ)を動かす。

 魔理沙の心の内を読み取り――刹那,さとりは硬直した。

 

『問1:√2が無理数であること証明せよ』

 

 は……?

 √2? 無理数?? 証明??? なんのこと????

 さとりの脳裏に無数の?????の暴風が吹き荒れた。

 意味が分からない。

 魔理沙の頭の中には,異言語の呪文がならんでいた。

「魔理沙……貴方,一体なにを考えてるの」さとりは,こめかみを押さえた。

「らしくないセリフだな,さとり!」魔理沙は笑う。

「ふふふ。やっぱりわからないか。計画通りだぜ。あたしはな,心を読まれないようするため,ずっと数学の問題を思い続けてきたんだぜ。さとり,あんたは10点満点で11点をつけてしまうくらいの数字音痴(オンチ)だ。他人のトラウマよりも数式の方が見たくないはずだ。予想通りに頭ん中がフリーズしてくれたぜ」

「ひ,卑劣……」さとりは両の目をしぱたたかせた。つられて第三の目(サードアイ)もまばたきする。

「さとり,あんたの焦りが手に取るようにわかるぜ。私が今,何を考えているかわかるか? わからないだろう。能力に頼りっきりで,他人の胸中がわからない……なんてことはなかっただろうからな。半狂乱(パニック)に陥る気持ちは痛いほどわかるぜ」

「魔理沙……何しに来たの?」 

野暮(ヤボ)用があってな。人間の金を借りに来たんだ」

「ここにはないわ」

「いや,ある」魔理沙はいった。「あんたの妹の古明地こいしが,豊聡耳神子(とよふさみみのみこ)をボコして巻き上げた旧々壱萬圓(いちまんえん)札を,あんたの部屋に隠したって吐いたんだ」

「そういえば……この前こいしが来て,そこの行李(こうり)の中になにか入れていったわね」

 さとりは棚の上に置かれた箱を見た。

「こいしには許可をとってある。借りてくぜ」魔理沙は棚に近づく。

「何に使うの?」

 さとりは第三の目(サードアイ)をさりげなく動かし,魔理沙を盗み見ようとする。

 魔理沙はさとりの行為を見逃さない。

 ロングスカートの中から青表紙の参考書を取り出し,一心不乱に読み始めた。

 魔法使いの心は奇怪な数式で埋め尽くされていた。

 心を読んでいたさとりの視界に,暴力的な数式の嵐が侵入してくる。

 さとりは絶叫した。

 飛行石の閃光を喰らったムスカ大佐よろしく,両目を手で覆い悶絶(もんぜつ)する。

 さとりはよろよろと後ずさりした。

 履いていたピンクのスリッパがカーペットの凸凹に引っかかった。

 さとりは後ろ向きで倒れ,後頭部を壁にぶつけた。

 

「お,おい。大丈夫か。さとり」

「さとりさま,大丈夫ですか?」

 魔理沙と空がさとりの元に駆け寄った。

「痛たたたた」

 さとりは後頭部を押さえて,立ち上がった。

「こう見えてもこいしの姉よ,頭は固いの。色々(いろん)な意味で。多少のことなら大丈夫よ」

 さとりはこたえる。

 第三の目(サードアイ)とともに魔理沙の方を向いた。

 ピンボケの数式が残像のように()いたり消えたりしている。

「魔理沙。本当に私のこと『大丈夫?』って心配してくれた?」

「もちろんだぜ」魔理沙は胸を張った。

「なんたって私は幻想郷イチ慈悲深い霧雨魔理沙さまだからな」

 さとりは首を横に振る。

「ダメ。魔理沙の本心が全然わからない。イメージに浮かぶのは数式だけ」

 さとりの脳内は,未だ数式の奔流(ほんりゅう)(とら)われていた。

 第三の目(サードアイ)を開けているだけで,サブリミナルのように数字や文字式の羅列が明滅する。

 さとりは仕方なく第三の目(サードアイ)を閉じた。 

「魔理沙,本当はどう思ってる?」さとりは聞く。

「爆笑したいほど愉快。今すぐここを出て笑い転げたい」

 

 さとりはいった。

「で,私の能力を潰してくれたオトシマエ。どうつけてくれんの?」

「他者の心を読む能力が重荷だったんだろ。かえって良かったんじゃないか?」

 魔理沙は悪びれずこたえる。

「さ,私は借りるもの借りたから,さっさとずらかるぜ」

 魔理沙は棚に置かれた行李 (こうり)のふたを開け,中の札束をわしづかみにすると,スカートからほうきを取り出し乗る。

「これからはひきこもらず,まっとうに暮らすんだぜ。こいしみたいにな。サラダバー!」

 ほうきに乗った魔理沙は窓を蹴り開け,地底に飛び出していく。

「待ちなさい」さとりは短い手を精一杯に伸ばした。魔理沙の黒いスカートのすそをつかむ。

 スカートにぶら下がる格好で、さとりの小さな身体が浮いた。

「あ,クソっ。手が短いと油断してたぜ。ミニスカート,はいてくるんだった」

 魔理沙はさとりを連れて,地上へと続く縦穴を急上昇していく。

「にゃ~,さとりさま~。お外にお散歩にいくなら私も連れてって~」

 霊烏路(れいうじ)(うつほ)が漆黒の羽根を羽ばたかせ,追いかけてくる。

「放せ! バカ」魔理沙はさとりにいう。

「放せといわれて手を放すバカはいないわ」さとりはこたえる。

 さとりは振り向きざまに,空に命令した。

「お空,この無礼者を打ち落として。貴方の核熱で骨も残らないよう焼き尽くしなさい」

「いいんですか~」空が聞き返す。

「いいのよ。遠慮しないで」

「じゃ,お言葉に甘えて……」

 空は右腕にはまった六角柱の制御棒を魔理沙に向けた。

「お,おい! やめろ!!」魔理沙が叫ぶ。

 ようやく地上への出口が見えてきたところだった。

 ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢

 魔理沙は空の狙いを外すべく,ほうきを上下左右に振った。

 スカートにぶら下がったさとりは,風に吹かれたミノムシのように揺れる。

「狙いが定まらない。撃つと動くよ」空はいう。

「逆だ,鳥頭!」魔理沙がツッコむ。

「そういえば私のスペルカードは固定弾だった。狙う必要なんかなかった。人間,頑張ってよけな!」

 てへへ,と空が笑った。

「行くよ。八咫烏(やたがらす)様のご神徳,その身で味わえ!」

 制御棒の先端が白く光った。

 

 爆符『ペタフレア』――!!

 

 制御棒から無数の火球が放たれた。

 息詰まるほど濃厚な弾幕が魔理沙の背中へと迫る。

 魔理沙は叫んだ。

「このカラス野郎! いきなり最高難度(ルナティック)で打つ奴があるか~」

 

 歴戦の弾除け人,霧雨魔理沙でもLunaticな弾幕をくぐりぬけるのは容易ではない。

 じりじりという音を立て,かすり避けを繰り返す魔理沙。

 しかし,空の放つ濃密な弾幕の圧力には抗しきれず,徐々に画面端へと追い込まれていく。

「魔理沙,死にたくなければボムを使うのよ」

 さとりが叫ぶ。

「ボム? ここまで避けられたんだ。ここが()えどころだぜ。気合だ気合! 回避だってパワーだぜ!」

「そんな意地張るからボムの抱え落ちするのよ。私はお先に無敵にならせてもらうわ」

 

 想起『テリブルスーヴニール』――!!

 

 さとりは危機を回避するためだけにスペルカードを切る。

「まったく。ボムに頼ってばっかじゃNormalだってクリアでき……」

 ボヤく魔理沙に巨大火球群が襲いかかる。

 魔理沙は,赤白く輝く巨弾の隙間を強引にくぐりぬけようとした。

 が,弾と弾の間隔は狭い。アリの()い入る隙間さえない。

「クソっ! こいつは無理だ。ボムの切り所さんだ」

 魔理沙はあたふたとスペルカードを唱え始めた。

 

 恋符『マスタース……

 

 セリフはいい終わらない内に途切れた。

 じじっという音がした直後,黒ずくめの魔法使いは燃え上がり……

 ちゅぴーん!

 霧雨魔理沙は[P](パワー)[点](スコア)を吐き出し,砕け散った。

 

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