さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

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第拾弐話:古明地さとり、コンビニで貢物を買う

 夏期講習も残すところあと一日となった。明後日からは新学期である。

 講義が終わり,塾を出ようとする小野寺をさとりたちが捕まえた。

「コンビニ,行きましょ」

 さとりが媚びるような上目遣いでいう。

「いつもおごられてばっかりじゃ悪いから,たまには私たちにおごらせて」

「いらない」

 小野寺は首を横に振る。

 さとりは小野寺の顔をにらみつけた。

「私たちと貴方,顔を合わせるの,明日が最後よ」

「え?」小野寺の額にしわが寄る。

「当たり前じゃない。私たちは中学生じゃないんだから」

「そうか……そうだよね。でもなんで中学生でもないのに夏期講習なんて受けたの?」

 さとりは笑う。

「ものを学ぶことに特別な理由は必要?」

 小野寺は黙った。

 さとりは真顔に戻る。

「いつもいつも世話になってばかりじゃ悪いわ。恩ばかり着せられるってのも居心地悪いもんよ。たまには私におごらせて」

「いや……いいよ。おれ,アイスなんて食いたくない」

「いつも食べてたじゃない」

「今日は食いたくない」

 さとりは小野寺の顔をじっと見つめた。

「小野寺。貴方,コンビニが怖いんでしょ?」

 瞬間,小野寺はまぶたが弾けんばかりに目を見張った。

「こ,怖くなんかない。コンビニなんか怖くない」小野寺は駄々をこねるように繰り返す。

 必死の否定こそ,むしろ彼がコンビニに存在する何かに対して恐怖を感じていることの証拠――さとりは小野寺の感情を正確に読み取った。

「正確にいうとコンビニの前でたむろってる同級生が怖いのね」

 小野寺は肯定(こうてい)代わりに沈黙を返した。

 さとりは続ける。

「大層なヤツらじゃないわ,貴方をひどい目に合わせた関西人と違って。世の中そんな悪人ばかりじゃないわ。直接会ってないからそう思えるだけ。未知ゆえの恐怖ってヤツね」

「なんで……なんでお前にそんなことがわかる」

「そりゃ,実際会ったからよ。夏期講習の初日に,ね。こんなこともあろうかと思って」

 小野寺はため息をついた。

「なんでもお見通しなんだな,古明地は。おれはあんたの手のひらの上で踊っていただけなんだな」

「伊達に歳喰っちゃいないわ」

「小学生じゃないの?」

 空がくすくす笑った。

「こんな達観した小学生いないよ。いるとしたら,妖怪でしょうね,きっと……ふふふ」

 さとりは空の軽口を無視した。

「さ,行くわよ。ついてきなさい」

 

 さとりたちはコンビニの駐車場のベンチに座る三人の中学生を横目に,まず店内で百円アイスを六本買った。

 さとりは六百四十八円を小銭で支払った。

「消費税が憎いわね」

 さとりはそういいながら,一本を小野寺に渡す。

「残りはあんたたちで喰うの?」小野寺が聞く

「違うわ。上納品よ」

 さとりは小野寺の同級生に近寄ると話しかけた。

「久しぶりね。あんたたち,暇そうね。やることないの?」

 坊主頭がこたえた。あれから一カ月たったが,髪は地肌が見えるほど短い。きっと坊主に特別な愛着があるのだろう。

「暇なもんか。塾が始まるのを待ってるんだ」

「真面目ね」

「中三なんだから当たり前だろ。部活しかしてこなかった分を取り返さなきゃ」

「あら真面目。そんな真面目な貴方たちにアイスをプレゼント」

 さとりは三本のアイスを扇子のように広げ,差し出した。

「さっき食ったし,知らない人から物をもらうなっていわれてる」

 別の坊主頭がいった。こっちは髪が伸びかけだ。最初の少年と違って,坊主に愛着はないらしい。

「あら,素敵。親御(おやご)さんの教育の賜物(たまもの)ね」

 さとりにいわれ,伸びかけの坊主ははにかむように笑った。

 ひとりだけ長髪の少年がいった。

「何の用だ?」

 長髪が小野寺のほうを向いた。

「いや……なんとなくわかるけど」

 さとりは小野寺の腰に手を回し,同級生たちに向けて突き出した。

「新しいあんたたちの仲間を紹介するわ。小野寺っていうの。四月に越してきたんだけど登校初日に天狗(てんぐ)に誘拐されて,山奥にいたのを私たちが偶然昨日発見したの」

「んなわけあるかあ!」

 長髪の少年がツッコむ。

「まあ,それは冗談だけど。ま,いろいろ事情があって学校に通えなかったの。で,九月から登校したいんだけど,ここ顔見知りだらけの田舎じゃない。誰も知り合いってのは心細いわ。だから彼の後ろ盾になって欲しいの」

 三人は顔を見合わせた。

 短い方の坊主頭が代表してこたえた。

「それは構わないけど……で,本当のところなにがあったんだ? 別にそれでイジるってわけじゃねえし……でも,隠し事されても気持ち悪いじゃんか」

 西の空から降り注ぐ日差しが,少年()()を黄金色に染める。

「私が代返(だいへん)してもいいけど……やっぱり直接,貴方の言葉で話した方がいいわ」

 小野寺は一時,逡巡(しゅんじゅん)の色を見せたが,やがてゆっくりと,しかし力強くうなずく。

 空はさとりの第三の目(サードアイ)がぎろりと小野寺の方を向くのに気づいた。

 小野寺は短くも自分の言葉で関西での出来事を語った。

 三人の少年は口をはさむことなく,小野寺の一言一言に耳を傾けていた。

「エグイな」小野寺の最後の言葉を待って,坊主の少年がいった。

 五人合わせての十のまなざしが,いや,さとりの第三の目(サードアイ)を含めて十一のまなざしが,坊主頭に注がれる。

 坊主は話し始めた。

「おれさ,小学校の時にさ,隣の市のさ,野球のリトルリーグのチームに所属してたんだけどさ。ここ,めっちゃ田舎じゃん。補欠の時はまだ山猿扱いされるだけですんだんだけど,六年の時,レギュラーとってからさ,めっちゃいじめられてさ。グラブは隠されるし,スパイクは捨てられそうになる。練習の時には手が滑ったふりしてボールを投げつけてくる。紅白戦になりゃ……まあ,いいや。野球のことなんてわからないだろうからこれでやめる」

「監督とかコーチとかは注意しなかったの?」さとりは聞く。

 坊主は肩をすくめた。

「ま,おれ,所詮ド田舎の子だし。知り合いも誰一人いないし。で,中学にあがったとき,親には送り迎えしてもらうのは悪いって硬式を続けるのを断って,中学では気楽な部活の軟式野球に切り替えたわけ。いや,小学六年生の土日はマジ憂鬱(ゆううつ)だった」

「どうりで野球がうまい訳だ」髪を伸ばし始めた坊主がいった。きっと同じ野球部だったのだろう。

「おれなんか大したことない。うまいヤツはいくらでもいる」

 短い坊主は続ける。

「関西人ってガラ悪いからな。関東から関西への転校? おれですら聞いただけでも震えちまうぜ」

「お前さ,小野寺っていうんだろ」長髪の少年が聞く。

「うん」

「ここらじゃ,耳にしない苗字だな」

「オヤジは東京の人間だから」

「なるほど……お前,(かみ)の長田さん()に住んでんだよな」

 長髪がいった。

「え?」小野寺が目を見開く。「そうだけど……なんで知ってんの?」

「お盆とか正月とか,こっち来てただろ」

「うん」

「いや急に思い出したんだけどさ。小学生の時,ああ,おれのいとことは(かみ)に住んでんだ,で,一緒に町内会の祭りに行ったとき,なんかお前っぽいヤツ見た気がする」

「やっぱり田舎は狭いようでいて狭いのね」さとりがいった。

 刹那 (せつな),小野寺は目を輝かせた。

「おぼえてる。小学五年生の時だ。焼きそば喰った。うまかった。フライドポテトが入ってるんだ」

「そそ,ここいらはイモをいれる。ちなみにあの時,焼きそば作ったのは,いとこの前んちのおっさんだ」

「悪ぃ,そこまでは覚えていない」

「で、そのおっさん隣の市の自動車部品工場に勤めててさ」

「ちょっと待て。お前んとこの個人情報は別に聞きたくない」

 短い坊主が長髪のセリフを(さえぎ)った。

「ようするにお前ら知り合いなんだな?」

「ちらりと見ただけだよ」長髪がこたえる。

「まあ,いいや。イモ入り焼きそば喰ったことあるなら余所(ほそ)もんじゃねえ。お前は地元の人間だ。だったらデカい顔して学校に来い。大丈夫,だれもイジメたりゃしねえよ」

「マジで?」小野寺はため息とともにつぶやく。

「ああ,大マジさ」坊主がこたえる。

「お~い,悪ガキども!」大声が聞こえた。

 スーツ姿のマミゾウが歩道から叫んでいた。

「なに油売ってるんじゃ。講義の時間じゃ。さっさと中に入れ」

「二つ岩先生! 今行くよ!」坊主が怒鳴り返す。

 それから小野寺にいった。

(わり)ぃ。これから塾だ。小野寺っていったっけ。明日もここに来るのか」

 小野寺はうなずく。

「じゃ,話の続きはまた明日だな」

 三人の少年は,小野寺に向かって手を挙げた。

 小野寺も手を振り返す。

「ほかの人を待たせてるんじゃ! 早く! 早くしろ!」マミゾウはまだ叫んでいる。

「わかった,わかりましたよ,先生」三人は駐車場を走って横切り,建物の影に消えた。

 三人の少年がいってしまうと,残った二人に向けてさとりはいった。

「アイスだいぶ融けちゃったけど食べる?」

「もったいないね」小野寺はうなずいた。

 さとりと空と小野寺は,手をべちょべちょにしながら本日二本目のアイスを食べた。

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