さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

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第参話:八坂神奈子と河城にとり

 魔理沙は社殿に上がり,引き戸を引いた。

「頼もー,神奈子。教えて欲しいことがあるんだ」

 頭にしめ縄を巻いた紫髪の神はちゃぶ台の前であぐらを組み,一心にMacBookのキーを叩いている。

 八坂神奈子は赤い瞳だけを動かし,魔理沙を見た。

「ノックぐらいなさい。びっくりするじゃない」

「いうわりには驚いていないようだが」

「これでも神様だからね。おもてでの会話が聞こえたの」

「じゃ,話が早い。こいつにこの参考書の問題のこたえを教えてやってくれ」

 神奈子はディスプレイから顔を上げた。

 魔理沙ではなく,空を見た。

「空,間欠泉地下センターの調子はどう?」

「ばっちり!」空がこたえる。

「いいわね」

 神奈子はそういうと,再びディスプレイに目を落とした。

 神の白い顔が,社殿の唯一の光源であるMacBookのディスプレイに照らされ,青く染まる。

「で,そこの嫌われ妖怪が数学アレルギーを起こしたのね。ここだけの話,早苗もかかってるのよ。根治が難しい病気ね」

「病気の能書きはいいからこの答えを教えてくれ。答えがわかれば治るかもしれない」

「困っている人を放ってはおけない。手癖のわりに魔理沙さんはお優しいのね」

 神奈子が魔理沙を皮肉る。

「からかうなよ」

 むくれた魔理沙は青本を開き,神奈子の横頬に突きつける。

 神奈子が目だけを動かし,参考書を一瞥(いちべつ)する。

「背理法ね」一秒もせずに神奈子がこたえる。

「もう解けたのかよ」

「有名問題」

 魔理沙は青本を覗き込んだ。眉間にしわを寄せ,うなりながら首を振る。

「ところで背理法ってなんだ?」

「こじつけるなら,たとえ話よ」

「たとえ話?」魔理沙は言葉尻を上げる。

「一例あげるわね。ここでは魔理沙さんが泥棒でないと仮定します。魔理沙さんは紅魔館の図書室を訪れました」

「そもそも私は泥棒じゃない」

「だから仮定の話っていってるじゃない。飲み込みが悪いわね」

 神奈子は目を細めた。口元には笑みをたたえている。

「しかし魔理沙さんの訪問の後,パチュリーの図書室から本が数冊消えました」

「借りただけだって」

「仮定の話よ。ちょっと口を閉じなさい」

 神奈子は続ける。

「魔理沙さんは泥棒じゃないのに,図書室から本が消える。これは矛盾しています。なぜ,矛盾するか。それは仮定がおかしいからです。よって仮定があやまっていた――つまり魔理沙さんはやっぱり泥棒だった。めでたしめでたし。証明終」

 神奈子はにっこりと微笑んだ。

「訳がわからん」魔理沙はいう。

「ねえ,嫌われ者。貴方は理解できた」

 神奈子は魔理沙から視線を外し,さとりに目をやった。

「全然。むしろさらに訳がわからなくなったわ,疫病神」

 さとりのセリフを裏付けするように,第三の目(サードアイ)は焦点の定まらぬ視線を虚空に漂わせている。

「疫病神は神違いよ」

「神奈子のせいでさらに病状が悪化したわ。責任取ってくれる?」さとりがいう。

「えーりんに薬を盛ってもらえば。多少は良くなるわ」

「副作用でくたばりそう」

「薬がイヤなら,苦手意識をなくすしかないわね」

「貴方が手取り足取り教えてくれる?」

「やーねー,私,忙しいの。そんな暇ないわ」

「じゃあ,どうしたらいい?」

「外の世界に『学習塾』というのがあるわ。そこでは有償で数学アレルギーを克服するための治療をしてくれるの」

「簡単に外の世界にはいけないわ」

「それがどっこい,私と河童のにとりで共同開発した特別なアイテムがあるの。今はにとりが持っている。そいつを使えば外の世界までひとっ飛びよ」

 神奈子は続ける。

「河童なら九天の滝にいるわ。さっさと出てって。私には仕事があるの」

 神奈子は三人を守矢神社から追い出した。

 

「おう,人間ども。なんのようだ?」

 九天の滝のかたわらで――。

 三人は地上に降り立った。

 轟々 (ごうごう)たる瀑布が跳ね上げる飛沫(しぶき)の中,河城にとりはバット状の物体を振り回していた

 にとりは魔理沙に気付き,手を止めた。

「神奈子から聞いたわ,河童。貴方,妖怪でも外の世界に飛ばせるんでしょ?」

 魔理沙にかわって,さとりが聞く。

「うん,そだよ」

 にとりはもう一度素振りをする。棒が風を切った。

 鋭いスイングだ。

「私たち? 私は行く気はねえぜ」魔理沙は抗議する。

「貴方のせいで私はひどい目に合ってるの。責任取って付き合いなさい」

「ひゅーひゅー,うらやましくなるほど熱いね。付き合ってるの、おふたりさん」河童が冷やかす。

「口を(つつし)め,バカ河童」魔理沙がいう。

「おおこわ」河城にとりは首をすくめた。

「ところでどうやって外の世界に行くの? ドアでもあるの?」

 さとりが河童にたずねる。

「ないよ」

 にとりは手にした木の棒を持ち上げて,三人に見せた。

「こいつで……この新開発のオカルトバットであんたたちの身体を幻想郷からかっとばすんだ」

「は?」さとりの顔がゆがんだ。

「それ本気(マジ)でいってんの?」

 にとりは平然という。

「マジマジも大マジだよ。さ,ケツだしな。脳天をぶったたかれるよりはマシだろ。だれから逝く? うん,そこの多少肉づきのいいカラス妖怪から行こうか」

「にゃ? 私から?」

 空はまさか自分が一番バッターになるとは思っていなかったんだろう。

 目を丸くしながら自分を指さした。

「そそ,一番お尻のお肉がぶ厚そうだからな」

「え,ええ……お尻を叩かれるの?」

「軽くだよ,軽く。なでる程度だよ。ビビんなくていいよ」にとりがいう。

「お空,私は外の世界に行くわ。叩かれるのがいやなら貴方は幻想郷に残りなさい」さとりはいう。

「さ,さとりさま」

 空はきっ,と眉尻を上げた。

「行きます! 行かせてください。今こそ,日ごろの御恩に報いる時です。私,さとりさまの身代わりになります」

「そういうことはいってないんだけど」さとりがツッコむ。

「決まったようだな。じゃ,カラス。手始めにケツを出せ」

「わ,わかりました。どうか,お手柔らかに」

 空はいわれるがままにお尻を出した。

「ほう,お嬢さん。なかなかいい尻をしておる」

 にとりはスケベオヤジのように下卑た笑みを浮かべる。

「じゃ,いくぞ」

 にとりはバットを振りかぶった。

「まず一発目! バース!」

 バットが振り下ろされた。

 すこーんといい音を出してバットが空のお尻を叩く。

「さとりさま~」悲鳴を上げながら,空が飛んでいく。

 カラスの妖怪の黒い姿は見る間小さくなり,幻想郷の蒼穹(バックスクリーン)に消えた。

 流れ星の尾のように涙を残し,空は星になった。

「じゃ,つづいてさとり」

「ちょっと待って。帰り方を聞いてなかったわね」

「妖怪なんて幻想郷以外じゃ不安定な存在だ。『帰りたい』と念じながら神社にお参りすればすぐに帰れる。覚悟はできたね」

 さとりはバットを肩に担いだ。

「掛布!」

 にとりはかけ声とともにバットを一閃。

 さとりの小さなお尻をぶったたく。

 さとりも空に続いて星になった。

「じゃ,人間。お前は日ごろの恨みを込めて,手加減なしだよ」

 にとりはバットを頭の上でぐるぐると振り回した。

「しゃーねーなー」

 魔理沙は尻を突き出した。

 にとりはバットを大きく振りかぶる。

「どんで~ん!」

 オカルトバットが振り下ろされる。

 その瞬間――

「あ,用事思い出した」

 魔理沙はぴょんと飛んだ。

 垂直飛びで,にとりの肩ほどまで跳ね上がった。

 にとりのバットは空を切る。

「人間,逃げるな」にとりが叫ぶ。

五月蠅(うるせ)ぇ。やることあんだから仕方ないだろ」

 魔理沙は駆け出した。

 バットを振り回しながら,にとりが魔理沙を追う。

「おじけづいたな,人間。弱虫め」

「だからそんなんじゃねえ」

 魔理沙は帽子の中からほうきを取り出すとまたがった。

 ほうきがぐーんと加速する。金髪がふわりと後方に流れた。

「臆病者! 臆病者!」

 下では河童が騒いでいる。

 ほうきに乗った魔理沙はうつむき加減でつぶやいた。

「人里なんて……私が人里なんて行くわけないだろ」

 黒衣の魔法使いは下界の喧騒など気にもかけず,新たにふたつの新星が誕生した幻想郷の蒼穹(そら)を駆けていく。

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