さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

4 / 14
第肆話:懐かしき人里の夏

 さとりは青々とした茂みから頭を引っこ抜いた。

 林の中だった。

 むっとするような熱い風が流れている。

 幻想郷から移動してきたばかりだというのに,肌にはうっすらと汗が浮いていた。

 葉と葉の間から差し込む帯のような太陽光線は白く強い。

 さとりは眉の上に手で傘を作りながら,第三の目(サードアイ)をすぼめた。

 四方八方から押し寄せるセミの声で鼓膜が痛んだ。儚い命を惜しむかのように絶叫している。

 ここがどこだか,すぐさまにわかった。

 体験したこともないのに何故(なぜ)か懐かしい。

 日本の夏だった。

 

 お尻をなでる。

 にとりは手加減してくれたようだが,それでもお尻が少々痛んだ。

 幻想郷から遠く遠く吹き飛ばされてきた。

 にもかかわらず着地時にケガもなかったのは柔らかい茂みがクッションになってくれたからだろう。

 ――お空は?

 さとりは立ち上がり、あわてて周囲を見回した。

 空はすぐそばにいた。

 平気な顔して,身体についた木々の葉っぱを手で払っている。

「さとりさま,私の背中汚れてません?」

 空はさとりに背中の羽根を見せた。

 黒い羽根には枯れ黄ばんだ笹の葉が一枚張り付いていた。

 さとりは,空の羽根についた葉を取ってあげた。

「外の世界ね」さとりはいう。

「幻想郷とは匂いが違う。うまくいい表せないけど……」空は鼻を鳴らす。

「無理に言葉にする必要はないわ。なんでもかんでも言葉にしようなんていう人間の悪癖を見習う必要はない」

 木立の間から青い空と緑の水田が見えた。

「ド田舎ね。こんなしけた場所に塾なんてあるのかしら」

「さあ,私には……」空が首をかしげる。

「ひとりごとよ。とりあえず,里に下りましょ。ここでおしゃべりしてても(らち)は空かないわ」

「さとりさま,あんなとこに鳥居があります」

 空は林の一角を指さした。

 さした先には,古ぼけた朱塗り鳥居がある。

 塗りは剥げ,ぱっと見には木々と同化している。

 さとりたちは鳥居の近くまで歩いた。

 鳥居には額が取り付けられ,うす汚れて見えにくなってはいたもののの『八坂神社』とある。

「神社ね。用が済むまで……私の能力が使えるようになるまで……近づかないようにしないと」

 鳥居の下の石畳には木の葉が厚く積もっている。

 さとりは山へと続いていく腐りかけた組木の参道を目で追った。

「行きましょ。この荒れ果てようじゃ誰もいないでしょ」

「さとりさま,私,空飛んでいいですか?」空が背中の黒い羽根を動かしながら聞く。「やっぱり歩くの苦手で」

「だめよ。妖怪が人里の空を飛んだら目立つわ」

 さとりはくすくすと笑った。

「それに貴方が空を飛んだら,私ひとり,取り残されちゃうじゃない」

 

 林を抜けると,両側を山に挟まれた狭い田んぼに出た。

 田んぼの真ん中にはせせらぎが流れている。そのわきをアスファルトで舗装された農道が走っていた。

「文明から見放された土地じゃなさそうね」

 さとりは清流をのぞきこんだ。

「イワナとかいるかな?」空もせせらぎをのぞきこむ。

「その発言は炎上するわよ」さとりは空に釘をさす。

 せせらぎの上流には山がそびえていた。

 人が大勢いるのは山ではない。

 そう決めつけて,さとりたちは山とは逆の下流の方へ歩いた。

 

 しばらくいくと二軒の農家が見えた。

 手前の農家の庭には,黄色い軽自動車が止まっている。

 畑には夏野菜が植えられ,住民の気配がした。

「子どもがいるわね,それも中学生ぐらいの」

 『長田』という表札がかかった門を眺めながら,さとりがいう。

「なぜわかるんです?」

「自転車があるからよ。田舎じゃ自転車に乗るのは免許の取れない学生だけよ」

 となりの農家には人の気配がしない。

 雨戸はすべて閉められ,畑は灰色の防草シートで(おお)われている。

 門から玄関へと伸びるコンクリートの小道のわきの地面には雑草が目立つ。

「空き家みたいね」さとりがいった。「ここを接収しましょう」

「いいんですか」

 そう聞く空を無視しさとりは,堂々とと敷地の中に入っていく。

「え? え? いいんですか? よそ様のおうちですよ」

 門のところで空が,わちゃわちゃしている。

「借りることにしたわ。お空も来なさい」

 さとりはポケットから黄ばんだ紙幣を取り出し,宙でひらひらさせた。

「お金を払えばいいのよね。田舎だから家賃も大したことないでしょ」

「さとりさま……」空が口をすぼめて,目を丸くする。

「どこでそんなお金を手に入れたんですか?」

「そりゃ私の部屋の行李(こうり)からよ。こいしは姉である私にお金を預けたのよ。私がどう運用しようと勝手じゃない」 

 

 玄関の引き戸に手をかけたさとりが首を振った。

「カギがかかっているわ。でも田舎なら……」

 さとりたちは裏口へと回る。

 建物の裏手はガレージになっていた。

 車はない。

 白いコンクリートにはタイヤの溝形の乾いた泥がこびりついているだけだ。

 ガレージを取り囲むように置かれたスチールラックには,除草剤の噴霧器と赤いポリタンクだけがのっている。

 さとりはガレージに設けられた裏口に手をかけた。

 少し力を込めただけで,引き戸は開いた。

「さすがさとり様。勘がいいです」空がさとりを褒める。

 裏口にはなぜかスリッパが用意されていた。

 さとりは外履き用のピンク色のスリッパを脱ぎ、用意された室内用のスリッパに履き替えた。

 空き家は住人を失ってから間もないようだった。

 家具は置きっぱなしで,廊下にはチリ一つなく,雨漏りした形跡もない。

 さとりたちは堂々と空き家の探索を開始した。

 冷蔵庫や電子レンジなどの電化製品の他に,テーブルや椅子などの調度品類も備え付けられている。

「水も出るわ。今からでも住めそうね」

 さとりはキッチンの蛇口をひねり確認した。

「民泊にでもしようと思ってたのかしら」

「さとりさま,お布団もシーツもありますよ」

 キッチンの向こう側の和室から空の声が聞こえてきた。

 空はがいた押し入れの前に立っている。

 さとりは押し入れをのぞき込んだ。

 押し入れには真新しい布団が詰まっている。

「今晩使うなら,日干ししないとね」

 さとりは,最初に和室の障子を開け、続いてガラス戸を開け,最後に雨戸を開けた。

 がらがらという雨戸をあける耳障りな金属音があたりに響き,遠いセミの声と混じりあった。

 かすかに(かげ)り始めた夏の日差しが和室に入って来た。

 きつい陽光が匂い立つ緑色の畳を黄色に染める。

「暑いわねえ」さとりは目を細めた。

 

 ふたりで庭に布団を干していると,隣家から人が出てきた。

 齢は六十過ぎ,日焼けした体格のいい老人だった。

 農作業で鍛えられているのだろう。足取りはアスリートのように軽やかだ。

 さとりは老人を見るなり,小走りで隣家との境目のブロック塀に近寄った。

「こんにちは,長田(おさだ)さん。古明地と申します。どうも。お隣に越してきたものです」

 さとりは先んじて,ぺこりとお辞儀する。

「ああ……どうも。こちらこそ。わざわざご丁寧(ていねい)に」

 一呼吸遅れ,老人も頭を下げる。

「アキさんが亡くなってもう二年かな? まったくの空き家でした。新屋のせがれとは,電話で時たまやりとりしていたんですがね。ようやく借り手が見つかったんですね。安心しました」

 老人は口元に笑みを浮かべた。表面上は喜んでいるように見えた。

 さとりは(ほぞ)()んだ。

 ――第三の目(サードアイ)さえ機能すれば,老人の心が手に取るようにわかるのに。

「なにか住むにあたって気を付けることはありますか?」さとりが聞く。

「いえ……とくにありませんが……いえ……御多分にもれずここもイノシシの害がひどくて……ゴミの分別はくれぐれもお守りください」

 老人は続ける。

「少し南に行ったところにゴミ収集所がありますから,あとは張り紙をご覧になってください」

「どうも。わざわざご丁寧に」

不躾(ぶしつけ)な質問で恐縮ですが……どちらからいらっしゃったんですか?」

 老人の目が光った。

「え……」

 想定にない質問だった。

 さとりは一瞬固まり,いいよどむ。

 幻想郷からとはさすがにいえない。

「――東京の方からです」さとりは、さりげなくデタラメをひねり出した。

「そうですか」

 さとりの答えは模範回答だったようだ。

 老人はそれ以上の追及をやめた。

「すみません。用事があるので私はこれで」

 老人は一礼するとさとりに背を向けた。

 長田家の玄関前に止められた黄色い軽自動車に向かい、乗り込んだ。

 ドアを閉める音に続き,かすかにエンジンが(うな)った。老人の運転する軽は走り出す。

 さとりと空,ふたりが見守る中,車は長田家の門を出ていった。

 

「うみゅー。すぐ気づかれちゃいましたね」空がいう。

「静かな田舎よ。雨戸の音ですぐバレるわ」さとりがこたえる。

「なるほどねえ」

「長田老人,私たちを不審者と思っているようね」

「心を読んだんですか?」空が聞く。

 さとりは首を横に振った。

「いえ,顔色を読んだのよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。