さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

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第漆話:こう見えてお節介妖怪

 さとりたちはコンビニに立ち寄り,駐車場の喫煙所付近でたむろしている中学生どもに(ガン)を飛ばしたあと,買ったアイスを食べながら家路に向かう。

「さとりさま~,ホントにあいつ放っておくんですか?」

 (うつほ)がいう。

「お空。貴方,あのもやしっ子に同情してんの?」

「もちろんですよ。だってかわいそうじゃないですか……」

「お空。貴方,いい妖怪なのね。だったら,あなたがあの子の友達になってやれば」

「ダメですよ~。だって私,トリ頭じゃないですか。明日,彼に会ってももう忘れてます」

 さとりは足を止め,空のまん丸い黄昏色の瞳を見た。

「もしかして,お空。たまに私のこと,忘れたりしてない? 貴方の記憶をさらっても無駄と今まで確認もしてこなかったけど」

「さとりさま~,そんなことあるわけ……いや,たまにあるかも。時々,さとりさまのお名前忘れて猫妖怪に聞くことあるんですよね。てへぺろ」

 空は舌を出した。

「てへぺろ,じゃないわよ」

 さとりは空の脇腹を手刀で打つ。

 空は,「にゅっ」とうめいた。

「さとりさま~,結構本気で殴りましたね。痛かったですよ」

「主人の名前を忘れた罰よ」

 

 さとりと空は再び歩き出した。

「さとりさま」

 空はとなりで歩く小さな妖怪の顔をのぞき込んだ。

「さとりさま,あいつの面倒見るんですよね」

 妖怪はこたえない。

 正面を向いたまま,夕暮れの始まりを少し歩いた。

 空は正面を向き直り,とけかけのカップアイスの表面を貧弱な紙スプーンでえぐり取ると口に運んだ。

 ひと口アイスを味わったあと,唇のまわりについた白いねっとりとした液体を舌で()めた。

「なんでわかったの?」さとりがいう。「貴方も新しい能力に目覚めた?」

「違いますよ~。いわなくても顔に書いてあります。さとりさま,誰一人友達いなそうなあいつを可哀想に思っているんでしょ」

「悔しいけれど,たぶんね」さとりは案外素直に認めた。

 隠しても仕方がない。空のいう通り,顔にそう書いてあるのだ,たぶん。

「長女に生まれたものの……宿命ですかね」空はいった。「お節介は」

 さとりの手にしていた水色アイスが棒からずるりと抜けた。

「アイスほとんど食べてないじゃないですか。もったいない」

 四角いアイスが地面に落ち,砕けた。

 空が足を止め,地粉々になったアイスを見つめながらいう。

 焼け付くほどのアスファルトの熱を受け,アイスは瞬く間に固体から液体に変化した。

「さとりさま,落ちたの食べちゃっていいですか? ダメ?」

 口をすぼめながら,いかにももったいないという表情をつくった空が聞いた。

「ダメ! ダメに決まっているじゃない! 拾い食いはダメ! 絶対ダメ!!」さとりが空にいう。

「ええ~,もったいない」空は抗議する。

 路面にバラまかれた砂糖水には,すでにたくさんのアリが群がっている。

「アリよ。アリにおやつを上げたの」さとりは強がる。

「そうですか。アリのおやつでしたか。さとりさま,やっぱりお優しいんですね」

 西の空から放たれる黄色い熱線が,うごめくアリの背を(あぶ)った。

「さとりさま,私のチョコミント,一口食べます?」

「いらないわよ。あんな薬味くさいの」

「そんなこといわないでくださいよ。ほら,お口開けて。あーん」

 空は口を大きく開ける。

 つられてさとりも口を開けてしまった。

 空がチョコミントをさとりの口に放り込んだ。

 さわやかな冷感と淡い甘みがさとりの口の中に広がる。

「おいしいでしょ,ね」空が目を弓なりに細めた。

「そうね。ちょっとだけおいしいわね」

「さとりさま~,素直じゃないんだから」空は笑いながら片手をさとりの肩に置いた。

 

 その晩,テレビの中の千葉ロッテの先発投手は昨日に続いてさんざん打ち込まれ,さとりはエアコンのリモコンを発見し,ふたりは快適な夏の夜を過ごした。

「なんで電気が使えるんですかね?」空がいった。

「気にしなくていいんじゃない。使えて困ることはないんだし」さとりはそういい,扇風機に顔を向け「あ゛~~」と叫んだ。

「使った分は余計に家賃を置いておくわ。それで文句はないでしょ」

 さとりは扇風機から顔をはなすと,微笑しながらいった。

 

 翌日,ふたりはマミゾウの塾に向かった。

 教室は誰もいない。

 さとりはノートと筆記用具を取り出し待った。

 壁の丸時計が八時半を差し,マミゾウが入って来た。

 入ってくるないった。

「小野寺くんは来てないか?」

 さとりは首を振る。

「来てないわ」

「大変じゃ。休みの連絡なんぞ受けてない」マミゾウはうめく。

「おぬしらは自習じゃ。わしは小野寺くんを探してくる」

 そういいマミゾウは回れ右し,教室を飛び出した。

 教室の引き戸が勢いよく閉まる音に続いて、さとりは階段をせわしなく下るぱたぱたという足音を聞いた。

 

 三十分ほどしてマミゾウは戻って来た。小野寺を連れている。彼の顔は昨日よりも青く見えた。

「遅くなってしまったな。授業を始めよう」

 マミゾウは小野寺をさとりの隣の席に座らせると,算数の授業を始めた。

 途中,小野寺が「トイレ」といって二度ほど席を立った。

 マミゾウは名教師であった。価格に見合ったものを提供してくれる。

 さとりは渇いたスポンジのように貪欲に知識を吸収した。

 空は……知らん。

 所詮さとりのおまけだ。静かに昼寝でもしててくれ。

 

 午前の授業が終わった。

 さとりたちは昨日に引き続き,コンビニに飲み物を買い出しに行った。

 教室に戻ると小野寺は一番前の席で背中を丸めていた。

 昼食をとっているようすはない。

 さとりはコーヒー牛乳をすすりながら話しかけた。

「どうしたの? お弁当食べないの? おなかが空いてないの? それとも,どこか悪いの?」

 少年は身じろぎもせず拳を太ももの上でにぎったまま,口をへの字に結んでいる。

「お弁当食べないなら,かわりに私が食べるよ? この暑さじゃ夕方まで持たないよ」

 空が口をはさんだ。

 少年は無言で黒いリュックサックから弁当を取り出した。

 ふたを開けると,空に差し出す。

 おにぎりと唐揚げ弁当だ。

 自家製のミニトマトとキュウリも入っている。

「わあ,おいしそう。食べていいの」

 空が瞳をきらめかせる。

 注意しなければわからないほど小さく少年はうなずく。

「じゃ,遠慮なく。いっただっきま~す」

 空は弁当のおにぎりと唐揚げを取り上げると,同時に口に放り込む。

 おにぎりと唐揚げをほおばり,一生懸命咀嚼(そしゃく)する。

「お空,そんな喰い意地張らない」

 さとりは,ほおを膨らませた空にいう。

「んんん,んんんんん」

「食べ物を口に入れてしゃべらない」

 空は口の中の物をごくんと飲み込んだ。

「おいしいんだから,しょうがないじゃないですか」

 口の中を(から)にした(うつほ)はいう。

 白くほっそりとした指であめ色に光る唐揚げをつまみながら、続けた。

「ねえ,この唐揚げ,とってもおいしいですよ」

「冷凍食品だよ。自然解凍の。冷蔵庫から出して弁当箱に入れるだけ」

 小野寺が口を開いた。

「へえ,そうなんですか。そんな手軽にこの味とは……里の文明ってすごいですね」

 空は唐揚げを小野寺の口元にかざした。

「すごくおいしよ。おひとつどう? はい,あーん」

「やめろ。おれはそんな子どもじゃな……むむむ」

 空が小野寺の口が空くのを待って,タイミングよく唐揚げを放り込んだ。

 小野寺は一瞬目を見開くも,空が放り込んだ唐揚げを食べた。

「おいしい……よね」

 いいながら,空はおにぎりに手を伸ばす。

「ちょっと待って。それ,おれの」

「おれの?」空が手を止め,小首をかしげた。

「この弁当は私にくれたんじゃなかったの?」

「いや、これはおれが食べる」

「そう」空がにっこりと笑った。

「自己紹介が遅れたね。私,霊烏路空。よろしくね」

「変な名前」少年はつぶやいた。

 

 空は弁当をかきこむ少年から離れた。

「うまく餌付けに成功したわね~。鳥のくせに……いや鳥だからこそ」

 さとりがいう。

「私,変なことしました?」

 さとりの皮肉にピンとこなかったのか空は人差し指を唇にあて,頭上に『?』を作る。

「いや,なんでもないわ。お空,うまくやったわ」さとりはいう。

「えへへ,そうですか。なんだかわからないけど,さとりさまに褒めていただいてうれしいです~」

 空が破顔(はがん)した。

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