さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

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第捌話:古明地さとり,軽犯罪法違反を教唆する

 午後の授業が終わると,さとりは勢いよく立ち上がった。

「小野寺の後を追うわよ」

 丸時計が十六時を指すや否や,少年の姿は消えていた。

「やっぱりお節介ですね,さとりさま」

「長女だからね。先に生まれし者の(サガ)は覆せないの」

 塾の外に出ると,路上で小野寺とすれ違った。

 コンビニから戻ってきたばかりといった感じで,さとりの進路とは逆の方に向かっている。

「小野寺くん,おうちはこっちなの?」

 さとりは小野寺の歩く方向を指さした。

「……うん」

 小野寺は少し考えて,返事をした。

「じゃまた明日,貴方とあえるのを楽しみにしてるわ」さとりはいった。

「……うん」小野寺はこたえる。

「そこは,『うん』じゃなくて『また明日』,ね」

「……また……あした」

「もっと流ちょうにいってほしいけど……ま,いいわ」

「じゃあね。小野寺くん,唐揚げおいしかったよ」

 空が笑顔で手を振る。

「……じゃあね」

 小野寺が手を振り返す。

「お空にはちゃんと挨拶できるんだ……」さとりは首を振りつつ,あきれたようにいった。

 

 定例となったコンビニでのアイス購入のついでに,さとりたちは駐車場のベンチ付近にたまった中学生どもに話しかけた。

 中学生のうちふたりはベンチに座り,ひとりは駐車場の路面にあぐらを組んでいる。

「めんどくさいわね。こういうとき第三の目(サードアイ)があれば事前プロファイリングができて楽なのに」

「ただの人間なんだから,恐れる必要なんてないじゃないですか」空は笑う。

「そうだけど……それでもめんどくさいものは,めんどくさいのよ」

 さとりはアスファルトの上にあぐらを組んだ坊主の少年に声をかけた。

「おい,あんた。中学何年だよ」

 坊主頭が顔を上げた。

「三年だよ。悪いか」

「悪くはないわ。小野寺って子,知らない?」

「待てよ」坊主頭が気色ばんだ。「それがひとにものを質問する態度か?」

「うるさいわね。こっちはめんどいのをこらえて話しかけてるの。イエスかノーで端的に答えなさい」

 坊主頭は真っ黒に日焼けしている。Tシャツからのぞく二の腕は太く筋肉質だ。

 部活動か何かで相当鍛え上げているに違いない。

「知らん……これでいいか」坊主頭は短くこたえた。

「素直ねえ。ついでに聞くけど,この春,転校生こなかった?」

「どうだっけ?」坊主頭が首をかしげる。

「そういえば先生はそんなこといってたな」

 別の中学生がこたえた。

「でも結局来なかった。だから知らない」

 こいつも真っ黒に日焼けしているが,髪はまあまあおしゃれに伸ばしている。

「あんがと」さとりはポケットから五百円玉を取り出した。「お駄賃。いる?」

「いらね」坊主頭が三人の中学生を代表しこたえる。「見ず知らずの人から施しを受けるほど金に困っちゃいねえ」

「お行儀いいのね。じゃ,受験勉強,頑張ってね」

「うるせー,母ちゃんみたいなこというな」坊主頭が怒鳴った。

「元気ねえ。きっとまた会うわ。その時はよろしく」

 涼しい顔してさとりはこたえた。

 さとりの手の内にあるアイスはカップ入りのチョコミント。昨日の轍は踏まない。

 

 コンビニの駐車場を出てちょっと歩くと,目の前の十字路から突然小野寺が姿を現した。

 ふたりはあわてて電柱の影に隠れた。

「ちょっとさとりさま,なんで隠れる必要があるんですか?」

 さとりは空の耳元でささやく。

「家はコンビニとは反対方向っていっていたわ。でもあの小野寺って少年は逆方向に歩いてる。なにかあるわ、調査の必要があるわ」

 小野寺が後ろを振り返った。

 さとりたちは電柱の後ろで身を固くする。

 小野寺はしばらく足を止め周囲を見渡していたが,やがてさとりたちの尾行を風のささやきと考えたのだろう。

 再び前を向き,歩き出す。

「もどかしいわね。こんなとき能力 (サードアイ)が使えれば。小野寺が何考えているかすぐにわかるのに」

 

 妙に見慣れた景色の中,小野寺の後をついていったら,とうとうさとりの借家についてしまった。

 少年はさとりの借家の前を通り過ぎ,おとなりの長田家の門をくぐる。

「空き巣かしら?」さとりがいう

「違いますよ。空き巣は堂々と門をくぐりません。おとなりさんの家が小野寺くんのおうちなんですよ」

「表札の苗字と違うじゃない」

「やだな~。母方の祖父母なら苗字が違って当たり前じゃないですか~。さとりさまも鳥頭ですか」

 さとりはむっとした。

 空は続ける。

「どうします,さとりさま。おとなり,たずねてみます?」

「明日にしましょ。彼だって放課後まで私たちと顔会わせてたくないわよ」

 その晩,野球の放送はなかった。

 

 次の日,さとりたちは塾に向かう前に長田家の家の扉をノックした。

 田舎の朝は早い。長田夫妻はもう出かけてしまったのだろう。

 黄色い軽自動車はもうない。

「小野寺くん,もう出ちゃったかも」

「それはないと思う。自転車があるもん」

 さとりは玄関わきに置かれた銀色のママチャリを指さした。

「歩いて十五分,普通の中学生なら自転車を使うわ」

「昨日は徒歩で帰っていましたけど」

「昨日はマミゾウが車で送っていったんでしょ。だから歩いて帰るほかなかった」

「なるほど」

 さとりはドアに向けて叫んだ。

「おい,小野寺! 迎えに来てやったぞ。聞こえてんだろ。出てこい。抵抗しても無駄だぞ。田舎の玄関にはなあ,カギなんてもん,取り付けられてねえの知ってんだからなあ」

 扉の向こうで物音がした。

「うるせえよ。今,出るところだ」

 引き戸が開いた。

 相変わらず顔色の悪い小野寺が,玄関のたたきに立っていた。

「おはよう」さとりは挨拶する。

「……ん」

 小野寺はなにかつぶやくと,急にしゃがみこんだ。

「具合が悪いの?」さとりが聞く。

「ちがう。靴ひも,まだ結んでない」

 小野寺はスニーカーの靴ひもを結びながらいった。

「あんたたち,おれが今日休むと思ったんだろ」小野寺はいう。

「ええ,そうよ」悪びれもせず,さとりがこたえる。

「んなわけねえだろ」靴ひもを結び終わった小野寺が立ち上がる。

「準備はいい?」

「ああ……ああ,いいよ」

 小野寺の語尾は自信なさげに震えている。

 リュックを細い方に担ぐと小野寺は玄関を一歩踏み出した。

 ――と,突如(とつじょ)みぞおちを押さえ、身体を『く』の字に折った。

 呼吸は荒い。

 こめかみに暑さ(ゆえ)とは思えない多量の脂汗がにじんでいる。

「……は,腹が……」

「お腹がどうしたの?」

「ちょっとトイレ。いつもこうだ。さっき行ったばかりなのに。玄関を出るときまって腹がいたくなる」

 小野寺は家の中へと戻りかけた。

 さとりは小野寺の手首をつかんだ。

「行きましょ。トイレに行ってる時間はないわ。クソなら外ですればいいわ。大丈夫,見てるのなんて私らだけよ」

「ええ……」小野寺は心底あきれたという声を出した。

「ここらは野生動物が多いわ。たとえクソが落ちていてもタヌキかイノシシの仕業 (しわざ)にすればいいのよ。それともなに?」

 さとりは小野寺の顔をのぞき込んだ

「男のくせに,野グソが怖いの?」

 小野寺はためいきをつき,首を横に振る。

「わかった……わかった。行くよ」

 

 外に出ると,わりかし気楽そうに小野寺は歩いている。

「お腹,大丈夫ですか?」

 空が聞く。

「ちょっと冷えただけだったのかな? 外に出たらだいぶ楽になった」

 

 塾についたのは,八時二十五分だった。

 二階の教室ではマミゾウがホワイトボードの前で待っていた。

「今日は少し遅かったの。迎えに行こうかどうか迷っていたところじゃ。じゃ,講義を始めるぞ」

 講義は本日から中学数学に入った。

 さとりは目をしぱぱたかせながらも,素数と平方根について学んだ。

 

 マミゾウの講義が終わる十六時,さとりたちは小野寺と一緒に塾を出た。

 小野寺はコンビニとは逆の方に足を向けた。

「あれ? 家はこっちのほうが近いですよ」

 空がコンビニの方を指さす。

「いや,こっちから行きたい」

「え? なんでですか?」

 空は首をひねる。

 その顔は小野寺の帰り道を心配しているというより,コンビニのアイスを買い損ねることを心配しているようだった。

「お空」さとりがいった。「アイスぐらい我慢しなさい」

「え?」空がさとりのほうを向いた。「なんでわかったんですか? 私がアイス食べたいって。もしかして,第三の目 (サードアイ)が……」

「しー」さとりは口の前に人差し指を一本立て,ナイショのポーズをした。

「私の能力は秘密。なんで貴方がアイス食べたいってわかった? 当たり前じゃない。さっきからお空,貴方の口,物欲しそうに動いているわ」

「にゅ!?」空が手を口に当てる。「そ,そうでしたか? 全然,気づきませんでした」

「お前,アイス食いたいの?」小野寺がいった。「うちにあるよ。食べてけよ」

「え,タダで食べさせてくれるの。らっきー」空の顔に花が咲いた。

 さとりが首をふる。

「お空,簡単に餌付けされちゃダメ。貴方,そんなんだから都合のいいように利用されるの」

「タダより安いものはないっていうじゃないですか」空は口を尖らせた。

「タダより高いものはないともいうの」さとりはいう。

「おれはあんたらのことを利用しようなんて思ってない」冷たい目をした少年はいう。

「冷凍庫がアイスで一杯なんだ。ばあちゃんが毎日買って来るんだ。自分では食いもしないくせに。捨てるよりはマシだよ」

「ふーん。食べきれないほどって……それって金持ちの特有の嫌味?」さとりは皮肉っぽくいった。

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