さとりとお空の華麗なる夏休み   作:おボロのやかん

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第玖話:古明地さとりは引きこもりを宣言する

 借家の門のところで小野寺と別れた。

 さとりは借家の畑を見た。防草シートの裾からぽつぽつと雑草がはみ出している。

 いつか雑草取りをしなければならない。

 家に入り,エアコンとテレビをつけ,畳の床に足を伸ばし休憩していると,玄関を叩く音がした。

 腰を浮かせた空を制し,さとりが玄関へと向かう。

 引き戸を開けると,一足先に金色の夕焼けが家の中に侵入した。

 正面には小野寺がいた。

 手にはカップアイスがふたつ握られている。

「やるよ。約束通りのアイスだ。お前ん(),冷蔵庫あんの?」

「社外秘よ」さとりはこたえた。

 小野寺は鼻を鳴らした。

「秘密にするほどのことでも……まあ,いいや。とけないうちに喰えよ」

 そういうと小野寺は背中を向け,玄関を去った。

 

 うだるような夏は過ぎていく。

 さとりは日々賢くなった。

 来る日も来る日も小野寺少年はアイスの上納を続け,次第に厚かましくなり,さとりの借家にあがりこむようになった。

 少年は今,居間で空相手にゲームをしている。

 空が操る画面の中の古明地さとりは,必死に短い手足を振り回し,小野寺少年の操る十六夜咲夜に立ち向かっている。

 咲夜は華麗に宙を舞い,古明地さとりのリーチの無さをあざわらうかのように投げナイフで攻撃する。

 さとりは文字通り手も足も出ない。されるがままに咲夜のナイフに貫かれるだけ。

 咲夜の体力を一ミリも削ることなく、ゲームのさとりは負けた。

 その敗北のようすを,さとりは腕を組んで見守っている。

 画面の中のさとりは,自分ではないとわかっている。それでも,気分は悪い。

「あーん,もう。なんでさとりさま,こんなに弱いんですか?」

 空がコントローラーを投げた。

 畳の上に身を投げ出し,死にかけのセミのようにじたばたする。

「しかも肝心のかなめの私は出てないし」空は口をとんがらかす。

「自分でいうのも変だけど私,結構人気あると思います」

 ――それはどうかしら。

 東方キャラ人気ランキングで霊烏路(れいうじ)(うつほ)のはるか上位にランクインするも,妹に勝てた試しはないさとりは思った。

 もちろん,さとりは言葉ではおろか,態度にすら現わさない。

「知らないわよ。バランス,キャラ選定の文句(クレーム)は東方XXXの開発者にいって」

「前々から気になってたんだけど,なんであんたらゲームのコスプレしてるの?」

 小野寺はさとりたちにたずねる。

「コスプレなんてしてないわ。他人の空似よ」

 さとりは用意していた答えをすまし顔でいった。

「さ,これ以上,お空をいじめないで。ゲームはこれでおしまい。小野寺くん,あんたは帰って復習と予習をしなさい」

 うながされ,小野寺は渋々席を立った。

 じたばたあばれる空を和室に置いて,さとりは小野寺を玄関まで送っていった。

 小野寺は上がり(かまち)で立ち止まり,たたきに置かれた外履きををまじまじと見ている。

「古明地さあ,ふと思ったけどなんで外履きもスリッパなの? 歩きにくくない?」

 一瞬、我を忘れかけたさとりのこめかみの動脈が隆起した。

 怒鳴りたくなるのを我慢し,さとりは努めて平然という。

「うっさいわね。私はスリッパが好きなの。あんたこそ人の好みにケチ付けない」

 

 ゲームの敗北から立ち直った空は,ぼんやりと窓の外を見ていた。

 夏の黄昏は宵闇(よいやみ)と夕日が混じりあった神秘的な紫色に染まっていた。

「人里に来たときより,ずいぶん夕方が短くなりましたね。夏ももうじき終わりです,さとりさま」

「そう」

 小野寺を帰した後,ちゃぶ台で数学の参考書をにらんでいたさとりは気のない返事をした。

「一年で一番切ない季節ですよ。夏休みも半分以上終わって,学校は楽しみだけど,自堕落(じだらく)な時間は無くなってしまう。そんな切ない夏の日々」

 空は両手を胸元に当てながら,まぶたを閉じた。

「小野寺なら大丈夫よ。安心して,お空。夏休みが終わったら秋休みが始まるから。自堕落な日々はまだまだ続くわ。永遠かもね」

「まあ,さとりさま。そんなこといわないで。小野寺くんは夏期講習でしっかり力をつけて,九月から学校に通うんです~」

「無理よ」

 さとりは顔を上げた。

「もう彼は二年間も引きこもっているわ。引きこもりっての習慣なの。引きこもりを救えるのは最初の一週間まで。いまさら学校に通うのは無理無理」

「そんな冷たいこといわないでください。彼は一生懸命努力しています」

「だれだって努力はしてる。私ですらね」

 さとりは数式がびっしりと書かれたノートを持ち上げ空に見せた。

「ようやく二次方程式が解けるようになったわ。私が数学アレルギーから解放されるのももうすぐよ」

 口元がほころんだのが自分でもわかる。

「でも……」空がいう。

「数学アレルギーから解放されて第三の目(サードアイ)の力が復活したら,さとりさま,また引きこもるんですか?」

「ええ,そうでしょうね。見え過ぎる世界は心の毒よ」

 空はちゃぶ台に近づくと,さとりのノートを奪い取った。

「何をするの」さとりが空を見た。

 空はさとりのノートを持ったまま,ちゃぶ台の向かい側に腰を下ろす。

「さとりさま,努力して引きこもりになるんですか。そんなのダメです。私,さとりさまと一緒に……お(りん)と一緒に……お外を……幻想郷……世界を見て回りたいです」

 空はそういい,視線を下に落とした。

「ペットが自我を持っちゃダメじゃない。主のいうことをきちんと聞くの」

 さとりは空の手に握られたノートを奪い返した。

 空はちゃぶ台に肘をつき,手の上に顎をのせると,ほっぺたを(ふく)らませる。

「だってだって……」

「だってじゃないの」さとりはいう。

「それに……」

「それに?」

「それにさとりさま,第三の目(サードアイ)なんて持っていなくても他人の心がわかるじゃないですか」

「わからないわよ」

「わかります。だってさとりさま,今私が考えていることわかるでしょ」

「そりゃわかるわよ。さっき自分で口に出していったじゃない」

「むう」空はむくれた。「確かにそうですけど……でも,さとりさまは小野寺くんの今の気持ちもわかりますよね」

「わかるわ。感情の三割は,未知なる同級生の()り固まった人間関係に対するという恐怖で,三割は『学校に行かなくちゃ』っていう焦りで,二割は『ひきこもっている』という世間への罪悪感で,残り二割が……いや一割かもしれない……『もしかしたら新学期から学校にいけるかも』っていう希望ってとこかしら。考えるだけで鳥肌が立つわね」

「わかるなら何かしてくださいよ」

「なんで私たち妖怪がそこまでして人に尽くさなきゃいけないの」

「一宿一飯の恩義,渡世の義理人情ってやつですよ」空が人差し指を立てた。

「人情って……マミゾウみたいなことをいうじゃない。それは人が持つ感情よ。私たち妖怪にそんな気持ちはありません」

「あります。情けは生きとし生けるものすべてにあるんです」空は堂々と宣言する。

「ところで恩義とか人情とか…どこでそんな時代錯誤(さくご)な言葉憶えてきたの?」

「はい、早朝テレビでやってる時代劇からです」空は堂々といった。

「なるほど……」さとりはため息をついた。「朝っぱらから私の知らぬところでそんなことしていたのね。どうりで塾で眠れるわけだ」

 ちょうどその時玄関のドアを叩く音がした。

「恐れ入ります。どなたかいらっしゃいますか」玄関から女性の声がした。

「はいはい,しばらくお待ちください」

 さとりは立ち上がり,長い間の正座のせいか思った以上に足がしびれていて,くらりとバランスを崩して頭を柱にぶつけた。

 

「今日はお盆さまなので,久しぶりにお寿司を――と,思ったんですが取りすぎてしまいまして。ほら,私たちふたりは老人で食が細いものですから。良かったらうちで召し上がりませんか?」

 訪問者はおとなりの長田のご婦人だった

「お寿司!」さとりとともに玄関に来た空が,目を輝かせた。

 さとりが肘で空の脇腹をつつく。

「ダメよ。お空,そんな大声出しちゃ。あさましいじゃない」

 はたでふたりのやり取りを聞いていた婦人がにっこり笑う。

「いいんですよ。明日までもつわけじゃないですし。是非,食べにいらっしゃってください」

「お寿司……お寿司……」

 空の口からよだれが滝のように流れ,さとりの肩を濡らしている。

「ダメだこりゃ」

 結局,さとりたちはご馳走になることにした。

 寿司の出前なんて取りすぎるはずがない。何かの裏があると思いながら……。

 

「お邪魔します」

 さとりははじめて長田家の敷居をまたいだ。

 初日に出会ったっきりの長田老人が,上がり(かまち)のところまで来て挨拶する。

「いつも孫がお世話になっております」深々と頭を下げた。

「いえいえ,こちらこそ」さとりたちは履物を脱いで,家に上がる。

 食卓は線香のにおいが漂う仏間にあった。

 仏壇には卒塔婆(そとば)が立てかけられ,梨やブドウなどの旬の果物などがお供えされている。

「おお!」さとりに続いて仏間に入った空が目を見開いた。

 布団を取り払った掘りごたつの天板には,ぎっしりと寿司の皿が置かれていた。

 正面奥には居心地悪そうな小野寺が座っている。

「さあ,どうぞお座りになって」

 長田婦人にうながされ,さとりたちは小野寺の向かい側にすわった。

 小野寺はすでに寿司にぱくついていた。

「どうぞ召し上がってください。日ごろから孫がお世話になっておりますので」

「いいんですか。じゃ,遠慮なく。いっただきまーす」

 空はさっそく,玉子を手に取り,大きく開けた口の中に放り込んだ。

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