悪の組織で幹部をやってる。時給3000円で。   作:かませ犬S

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第一章 悪の組織
プロローグ


 ───春の訪れを感じる今日この頃。

 

 過ごしやすくなった季節とは裏腹に世界は今日も騒然としていた。テレビを点ければ連日のように同じようなニュースが流れている。朝方テレビで見た内容を思い浮かべてみたがどうだろうか。

 

『○○市に怪人が出現。ヒーローが出撃し無事に撃退!』

 

 何とも馬鹿らしいニュースだろう。一年前の俺ならそう笑い飛ばす事が出来た。誰だってそうだ。

 怪人なんてものはこの世に存在しない。ヒーローなんてものも人が作り上げた偶像だ。テレビの向こう側に映る人を楽しませる娯楽、それが俺の知る()()()()()()()

 

 そんな常識が覆ったのは今から半年ほど前。奴らは突如として現れた。

 

 ───悪の組織『ベーゼ』。

 

 怪人と呼ばれる未知の化け物を操り世界征服を企む秘密結社、言ってしまえば特撮の世界から飛び出してきたような悪の組織だ。

 世界全土に向けて、まるで宣言するように『世界を侵略する』と言った時は誰も真剣に捉えなかった。

 

 怪人と呼ばれる化け物をその目で見るまでは。

 

 姿形は特撮で出てくるような敵をイメージすれば分かりやすいだろう。人に近いが、昆虫や動物と人を混ぜ合わせたような異形な見た目をしているのが特徴だ。

 一目で化け物と分かる見た目は決して飾りではない。怪人の肉体はとても強靭で既存の武器や兵器では傷を付ける事も困難だと言われている。

 

 某国では怪人を倒す為に核兵器を使ったなんて噂も上がったが、怪人による被害と核による被害⋯⋯どちらの方が多かっただろうな。

 某国が公表していないので定かではないが、一つ言えるのは強力な兵器である核兵器ですら怪人を倒しきれなかったという事である。

 

 既存の兵器をものともしない化け物───怪人を前に世界は悪の組織ベーゼに屈するしかなかった。

 こうして世界は悪の組織ベーゼに支配されたのであった。ちゃんちゃん。

 

 とはならなかったから今がある。

 

 ───そう、言わずと知れたヒーローたちだ。

 

 悪の組織ベーゼが突如として現れたように、彼らもまた突如として現れた。悪の組織ベーゼの存在をいち早く察知し、悪の魔の手から世界を救う為に結成された。

 

 組織の名は『ヴレイヴ』。

 

 ヴレイヴに所属するヒーローの姿は国によって異なるが、我が国では特撮から飛び出たようなヒーローの見た目をしていた。

 日曜日の朝、幼い頃の俺が胸を踊らせた特撮ヒーロー。

 

 彼らは国が総力を挙げても倒せなかった怪人たちをその手で倒して見せた。立て続けに起こる展開に混乱する世界に向けて、彼らはベーゼがしたように宣言した。『私たちは悪の魔の手から世界を救う』と。

 

 ───こうして世界征服を企む悪の組織ベーゼと世界を救う為に戦うヴレイヴとの、長きに渡る戦いの火蓋が切られた訳だ。

 

 半年が経過した現在において悪の組織ベーゼによる被害はヴレイヴの活躍もあり大きく減少した。テレビなんかでは国民を安心させる為か沈静化したなんて表現もしていたか。

 

 あながち間違ってはいない。俺たちの想像よりもヒーローは強かったわけだ。現状の評価だけで言えば正義(ヴレイヴ)(ベーゼ)を圧倒していた。

 

 ───正義は勝つ、なんてクソみたいな言葉通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───桜色の花びらが風に撫でられ宙を舞っていた。美しい光景に目を奪われるのは日本人として仕方ないと言えるだろう。

 雑居ビルの屋上で舞い散る花びらに導かれるように視線を移せば綺麗に咲き誇った桜の木が見えた。花見をしたい気分になるが、残念な事に今から仕事である。

 

「さて、そろそろ時間か」

 

 気が乗らないとはいえ仕事は仕事と、気持ちを切り替えるように一言呟く。視線をそのまま落とせばちらほらと歩道を歩く人の姿が見えた。数は五人か。

 

「少ないな」

 

 腕時計に目を移せば時計の針は16時20分を指していた。時間が原因ではない。

 

 予想していた事ではあるが、視界に映る人の数はあまりにも少ない。俺の記憶が確かなら一年前はもっと人の通りは多かった。

 どうしてこうなったか、その原因は嫌というほど分かっているので今更追究する必要もないか。少しばかり少ないギャラリーではあるが、予定通り進めるとしよう。

 

「出番だ、マンティス」

 

 こめかみに人差し指と中指を添えて命令を下せば路地裏から中肉中背の男が姿を現す。これといった特徴のない中年男性、あえて一つ上げるとすれば目に生気がないと言ったところか。スーツに身を包んだその姿は遠目に見ると草臥れたサラリーマンのように映る。

 

 ふらふらとした足取りで歩み出た男は五歩……十歩と歩いたところで立ち止まり、空を見上げて狂ったように笑い出した。

 その様子に近くを歩いていた数少ないギャラリーも足を止める。さ、今からお待ちかねのショータイムだ。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 人の口から出たとは思えない絶叫を上げた男の姿が変化する。その姿を一言で表すならカマキリ人間と言ったところか。人とカマキリが混ざり合った異形の姿。

 顔は元となった男を少し変化させた程度ではあるが、体は大きく変化している。カマキリを連想させる鎌のように鋭い腕、カマキリのように細い足、アンバランスのように見える筋肉質な緑色の肉体。誰が見てもこう答える。怪人(ばけもの)と。

 

 ───怪人No.28 マンティス。

 

 それが今、変化した怪人の名前である。

 

「怪人化は無事に成功。予定通りこれより襲撃を開始する」

 

 先程と同じようにこめかみに手を添えて報告を上げる。報連相は社会人にとって必須スキルだ。決して疎かにしてはいけない。

 

「さて、どうなる事やら」

 

 突如として現れた怪人を前にギャラリーが悲鳴を上げて逃げ出す姿が目に映る。よく見れば一人逃げ遅れた者がいるな。不幸な事に腰が抜けて動けないらしい。

 このままでは怪人に襲われてこの世を去る事になるだろう。

 

「い、いや⋯⋯たすけて」

 

 腰を抜かした妙齢の女性を見て標的と定めたのか、ゆっくり怪人が近寄っていく。肉体のスペックを知っている俺からすればあまりに遅い歩みだ。恐怖を与える為にわざとゆっくり歩いているな。

 その甲斐もあってか妙齢の女性は恐怖により失禁した。嬉しくない光景だ。

 

 俺の心情とは異なり怪人はその姿を見て愉快そうに声を上げている。人に近い姿をしているが、発する声は言葉となっていないのもまた恐怖を誘うか。妙齢の女性は今にも気絶してしまいそうだ。

 俺から言わせれば本来の標的ではないので、さっさと始末してほしいところではあるが⋯⋯元となった人間が影響しているのかすぐには殺そうとしない。

 

「報告に上げる必要があるな」

 

 改善点が多すぎると思わずため息を吐いた。その時だった。

 

「そこまでだ!!」

 

 耳に入ったのは聞き取りやすいはっきりとした声。男か女か判断に困る中性的な声だな。耳にすると不思議と安心感を覚えた。その声の持ち主を俺は知っている。声のした方へ視線を向けると予想通りの人物だった。

 

「来たのはやはり、レッドか」

 

 太陽をモチーフとした赤い戦隊スーツ。怪人を前に決めポーズを決める者の名前は太陽戦隊サンシャインのリーダー、シャインレッド。

 

 それが我が国に存在するヒーローであり、そして()()()ベーゼにとって宿敵と言える存在である。

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

 眼下に映る怪人とヒーローの戦いを見ながら独りごちる。思わず口にはしたが理由なんて分かっている。色々な事が重なったとはいえ、最終的な決定打となったのは───お金だ。求人に書かれていた時給が良かった、それだけだ。

 

 そう、俺はお金欲しさに悪の組織ベーゼの一員となった。そんな人間は意外と多かった。生活に困った者を釣るのはお金だ。

 悪の組織はそれがよく分かっていたのだろう。結果、多くの人間がベーゼの一員となり、そしてその多くが物言わぬ肉塊へと成り果てた。

 

 ───うまい話には裏があるとは、よく言ったものだな。金に釣られた愚かな者たちは悪の組織の計画の為の実験体となった訳だ。

 

 ベーゼが抱えるマッドサイエンティストによって最低最悪の実験が行われた。怪人細胞と呼ばれる未知の細胞を人体に注入し、怪人へと変貌させるというもの。実験の目的はより強くより完璧な怪人を作り上げることだ。

 

 実験体となった人間の多くは怪人細胞への拒絶反応で亡くなった。運が良いのか悪いのか奇跡的に生き残った者は、怪人へと成り果てた。言葉すらろくに話せない悪の組織の兵隊に。

 

「なんで俺だけなんだろうな」

 

 俺がどうなったか、なんて言わなくても分かるだろう。肉塊にもならず言葉をろくに話せない怪人でもない。俺は俺として生きていた。

 実験を施したマッドサイエンティストいわく、細胞に適合した結果だそうだ。つまるところ俺は希少個体(レアケース)だったわけだ。

 

 そんなこんなで実験で生き残った俺はそのまま悪の組織に入る事になった。正直に言ってブラックを極めに極めた組織に加入などしたくはないが、実験の時に色々と改造されたせいで逃げる事は出来ないので諦めた。ベーゼの一員として働くことになり、命令されるがままに仕事をしていると、

 

「幹部にまで上り詰めてしまったと⋯⋯」

 

 意外な事に求人に書かれていた通りにお金は支払われたので、それなりにモチベーションがあった為成果は出ていたらしい。

 

 

 

 

「⋯⋯負けそうだな」

 

 昔の事を思い返している間に怪人とヒーローとの戦いに決着がつきそうだ。マンティスも決して弱い個体ではないと思うが、相手が悪かったか⋯⋯。

 リーダーであるシャインレッドでなければ善戦は出来た筈だ。

 

「ん?」

 

 不意に頭の中でノイズが走る。これが何かというと通話の前兆である。スマホで言うところの着信音だ。

 実験の際に俺は体の中にマイクロチップを埋め込まれたそうだ。詳しい原理は不明だが、マイクロチップを使って電話や無線のように遠く離れた者と会話をする事が可能だったりする。

 

 こめかみに指を添えれば頭の中に声が響く。

 

『我の声は聞こえているな、クロ。我が愛しき兵士よ』

「聞こえております」

 

 威厳がある口調ではあるが、声はどこか可愛らしい。この声の持ち主こそが悪の組織ベーゼのボス───ユーベル様。

 言い方を変えると俺の雇用主である。

 

 ちなみに俺の名前は黒月(くろつき)颯人(はやと)。クロというのは組織での俺の呼び名だ。

 

 さりとて、ボス直々の連絡は久しぶりだな。面倒事でなければいいが⋯⋯。ため息をつきたい気持ちを抑えて応対する。

 

『クロの視界を介して状況は把握している。忌々しいヒーローに何度も負ける訳にはいかぬのは分かるな』

「はっ」

『我が愛しき兵士───クロよ。幹部であるお前の力を今こそ見せる時だ!』

 

 威厳溢れる口調。なのに愛しく感じる可愛らしい声。ボスであるユーベル様の命令を聞きながら腕時計へと視線を通す。

 時計の針は17時5分を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「定時なので帰ります」

 

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