悪の組織で幹部をやってる。時給3000円で。 作:かませ犬S
───それがどうした?
俺からすれば耳元で囁くマッドサイエンティストの声の方が不快でしかない。
ボスに捨て駒にされた?裏切られた? 重要そうに口にするが、そんな事は意外でもなんでもない。
そもそもの話、裏切られてショックを受けるのはそこに信頼関係があるからだ。
心からの信頼を寄せるからこそ、捨て駒にされた時や裏切られた時にショックを受ける。
俺の場合はそもそもボスを信頼していない。信頼できる立ち回りをボス自身が一切していない。ボスならそれくらいやるだろうなとしか感想は浮かばない。
横目で見ると俺の反応を楽しみにしているのか、口角を上げて笑うマッドサイエンティストがいる。
鬱陶しかったので頬を掴んで俺から引き離す。
「俺にそれを告げてどうしたい?」
ジタバタともがいていたので、そのまま放り投げると床に数回バウンドして転がった。声をかけても反応はなかったが、あの程度死んだりはしない。俺からの反応を待っているだけだ。
しばらく放置していると、『酷いじゃないかと』ブツブツ言いながら立ち上がった。
「もう一度言う。俺にそれを告げてどうしたい?」
「むしろそれはフォリ様のセリフだぜ。助手君は何も思わないのかい?ボスに裏切られたんだぜぃ」
「だからどうした?ボスならそれくらいやるだろ」
ある意味の信頼だ。もちろん悪い方のな。
これまで何百という怪人を粗悪に扱ってきた実績もある。加えて、ボス本人が小物だ。作り物の作品のボスよりも大物感はない。追い詰められれば手段を選ばずにそれくらいはやるだろうって認識だった。
それが早いか遅いか。流石に俺の想定よりは早かったな。
「ボスに対して思うところはないのか?」
「ないな。そこまでの情を持ち合わせていない」
「薄情な男だな、助手君はー」
「お前にだけは言われたくないな」
あまりに小物すぎるボスに呆れはしているがな。今も目的を果たして燃え尽きて、引きこもってるときた。組織のボスのあり方ではないな。
「それよりも聞きたいのはお前の目的だ、フォリ」
「ユーベルよりも、フォリ様の方が気になるのか?」
「茶化すな。素直に答えろ」
組織の頭はボスではあるが、実質的に
怪人を創れるのも、組織を円滑に回しているのも、資金を用意しているのも全てこの女だ。ボスに力を貸しているように見えるが、自分の為に動いているように見えて仕方ない。
こいつはこいつで、ボスに対して情を持ち合わせていないように思える。そうでなければ、今のように俺を焚きつけるような真似はしない。
俺が今のやり取りで、ボスに不快感を覚え敵対したらどうする? 殺そうとしたらどうする?その場合でもマッドサイエンティストは俺を煽るだけで、止めるような真似はしないだろうな。
それこそ、燃え尽きて使い物にならなくなったボスを俺に殺させて組織の頭をすげ替える⋯⋯それくらいはやりそうだ。
「ボスの目的は分かりやすいが、お前は何のためにボスに手を貸していた? 世界征服か?」
マッドサイエンティストの顔を見れば全て違うと分かる。目を細め、口元に手を当ててまるでボスの宿願をバカにするように笑う。
「助手君は、本当にそんな事がフォリ様の目的だって思うのかい?」
「思わないな。そんな事に興味はないだろ」
「そう思うならまだまだフォリ様の事を理解してないな、助手君。残念、ハズレ⋯⋯」
笑うのを止めたマッドサイエンティストが、ジッと俺の事を見た。
親が子供に接するように。間違い正すように。ただただ、優しい声で俺に語りかける。
「世界征服は正直どうでもいい。けど、黒月総一郎を殺すってのはフォリ様にとっての目的の一つだった」
「ボスのように復讐のため、ではないか」
「そんな感情的な話ではないのさ。言ったろ、目的の一つだって。黒月総一郎を殺すことで、近付くものがあるってことだぜ」
俺に対して優しく笑ったマッドサイエンティストが、軽い足取りで元いた場所へと戻る。椅子をよじ登り、深く腰掛けたマッドサイエンティストは足を組んで不敵な笑みを浮かべ再び語りかけてきた。
「フォリ様の目的は───
「なに?」
マッドサイエンティストが目的を話すとさ思っていなかったのもあって、その発言に素直に驚いた。
「なぁ、助手君。神って聞いて最初に何を思い浮かべた」
その問いかけの答えを考えた。
───神。
キリスト教やイスラム教、ユダヤ教といった唯一神を信仰する宗教に入信していればその問への答えは簡単に出ただろう。国によっては同じ言葉を口にする筈だ。
だが、俺が住む国は日本で、他国に比べれば宗教というものが根強く広がっていない。俺もまた、同じだ。
「宗教の信仰の対象、あるいは人智を超えた存在。日本における一般的な認知はそんな程度だろう」
なんだったら他国と比べれば神への認識はもっと軽いかも知れない。昨今ではアニメや漫画、小説やゲームといった創作物で神が登場することが多い。
異世界転生、神様転生なんて言葉が流行っているくらいだ。神の扱いはめちゃくちゃ軽い。
「ひひひ、まぁこの世界では神なんてものは遠い存在だからな。そうなっても仕方ないぜ」
「お前の世界は違うらしいな」
「前にも話したように、竜と神の二つの信仰対象のために代理戦争が起きたくらいだ。フォリ様の世界では神って存在はそれだけ絶対的なものなのさ」
俺たちの世界において神がいたなんて、言われているのは数千年も前だ。聖書だったり、壁画だったり過去の人間が遺したものを見て神はいたと信じている。実際にこの目で見た者など、まずいないだろうな。
だが、マッドサイエンティストの世界は違う。ほんの数十年前まで絶対的存在として竜と神の二つの存在が啀み合い、そして世界の支配者を決めるように争い合った。
その結果、竜は敗れ⋯⋯その勢力に加担していたマッドサイエンティストとボスはこの世界に逃げ延びた。今頃世界は神が支配しているだろうぜ、なんて口にしていたな。
「フォリ様はな、その絶対的存在ってやつの顔を拝んでやりたいのさ」
「お前は、竜と神と近しい仲だと聞いていたが?」
ボスの母親と、その父親とマッドサイエンティストは親友だと語っていた。どちらも世界の支配者たる竜と神だ。顔が拝むという意味なら既に達成している筈だが⋯⋯。
「違うぜ。フォリ様は見たいのは、天界の最奥でふんぞり返ってる
「それこそ、何の目的で?」
「それは内緒だ、助手君。全て知るにはまだ早い⋯⋯」
「⋯⋯チッ⋯⋯」
それ以上話す気のなさそうなマッドサイエンティストに思わず舌打ちが出る。何も答えになっちゃいない。
「なら、一つだけ答えろ。親父を殺すことが目的の一つだと言っていたな。何の為だ?」
「ひひ、単純な答えだよ助手君。フォリ様は欲しているだけさ⋯⋯神をも殺せる存在を」
「その為の仮想敵が親父か」
「そうさ。総一郎ほどピッタリの人材はいない。この世界に還って総一郎は弱体化はしていたが、あっちの世界に戻れば総一郎と同様に強化されるから問題ないぜ。この世界で総一郎を倒せる存在なら、あっちでも無類の強さを誇れる」
───親父はマッドサイエンティストの世界において、ユーベルの母親と父親を殺している。つまり、その世界の絶対的存在である竜と神を殺している。
親父を殺せる者なら、神であっても殺せる。マッドサイエンティストが語っているのはそういう持論だ。
道理で俺が親父を殺した時に、この女が喜んでいた訳だ。自分が欲していた存在が見つかったわけだからな。
「⋯⋯お眼鏡には、適ったか?」
俺の問いかけに、マッドサイエンティストは不敵に笑う。
それがこの女の返答だ。
「そうか⋯⋯」
求めている答えではないが、聞きたい事は聞けた。組織が向かおうとしている先も、凡そ想像がついた。
「ひひひ、仲良くしようぜ助手君。フォリ様には助手君の力が必要だ」
「いいように使いたいだけだろう?」
「包み隠さずに言えばそうなる。けど、それじゃあ助手君に旨みがないだろ?だからこうしてフォリ様の身体を差し出している訳さ」
視線の先でマッドサイエンティストが白衣を脱ごうとしていた。その白衣の下にある幼い身体には一切興味がないので、席を立ってそのまま出口に向かう。
「釣れないなー」
「お前の身体に欲情するのは
「ひひ、酷い言いようだぜ。こう見えてフォリ様が経産婦だって事を忘れるなよ⋯⋯」
「そうだったな⋯⋯」
少なくとも一人、マッドサイエンティストを愛した男がいた訳だ。良かったな。だが、件の相手を見たこともなければマッドサイエンティストから話として聞いた事もない。謎が多いな、こいつは。
まぁいい。
「明日と明後日は休む、構わないな?」
「ひひひ、いいぜ。ユーベルも部屋に引きこもってるいるし、助手君の好きにするといい」
今は『ヴレイヴ』も社会の声に押され大混乱中だ。俺たちが必要以上に動く必要はないだろう。
「また何かあったら連絡しろ」
「了解ー」
そんなやり取りの後、部屋を出て扉を閉めた。扉が閉まる前にマッドサイエンティストが何か言っていたような気もするが、その声は俺の耳に届く事はなかった。わざわざ聞きに行く気にもならない。
「ひとまず、帰るか」
アジトに戻ってきたのは消費した瞬間移動装置を補充する為だ。隣人についての文句や、マッドサイエンティストの目的なんか、ついででしかない。
薄暗い廊下をしばらく歩いていると聞き覚えのある鳴き声と共に何かが駆け寄って来る音がした。タッタッタッと硬い床を爪の生えた足で踏みしめて独特の音がしている。
小さな影はやがてその姿を顕にする。
ポチだ。
「ワンワン!!!」
俺の姿を見たポチはそれはもう嬉しそうに走り寄ってきた。
───頭から生えた一角獣のような角に、見覚えのあるヒーローを突き刺したまま。
コミカライズ決定しました!
鋭意制作中です。
詳細決まりましたら、また報告します。
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