悪の組織で幹部をやってる。時給3000円で。【コミカライズ進行中】 作:かませ犬S
同じだ。
俺の事を見つめるその目は、昔の俺を見ているようだった。
───心の弱った人間特有の、虚ろな目。
「⋯⋯たすけて⋯⋯くれるの?」
世界の為に、人々の為に悪と戦うヒーローとは思えないほど弱々しい発言。ここにいるのは正義の味方なんかじゃない。
ただのか弱い女だ。
「助けるやる。お前の苦しみ⋯⋯その全てから。だから、今は安心して眠れ」
安心させるように頭を撫でてやれば、気が緩んだのかスっと意識が落ちた。
ポチに負けた、瀕死の重症、その二つを加味しても今のこの女の精神状態はあまりに酷い。元々、ヒーローとして戦えるような状態ではなかった筈だ。
この女にはいなかったんだな。心が折れかけた時に、支えてくれる人間が⋯⋯。サンシャインというヒーローの仲間がいるのに、この女は仲間に救いを求めることをしなかった。
「トラウマか⋯⋯」
思い返してみても半年前この女に対する世間の声はあまりに異常だった。所詮、他人事でしかない不倫騒動。それをまるで国の大事かのように連日テレビで取り上げ、女を非難した。
不思議なことに、同じ過ちを犯した不倫相手のアイドルはさほど叩かれなかったな。悪いのは全てこの女だと、誰かが誘導しているようだった。
その思惑通りにテレビで、週刊誌で、そしてSNSで、この女は執拗なまでに非難された。同じ業界の人間から、友達から、そして家族から⋯⋯。
人を信じられなくなるには十分過ぎる出来事。
「似ているな、今の状況」
マッドサイエンティストの策謀で、ヒーローに対する
こういう時に厄介なのはマスメディアで、視聴率が稼げる、世間の関心を得れるからと掌を返したようにヒーローの行動を非難し民衆を煽る。その結果、内々に秘めていた不満は表へと流出する。
テレビのニュースだけじゃない。文明の発達した今の世の中では、ネットを通じて自分の声が世界中へと届く。SNSで少し検索をかけてやれば、ヒーローに対する誹謗中傷を簡単に目にする事が出来るだろう。
今のこの状況が、似ているんじゃないか?不祥事を起こして、テレビの業界から去った半年前のあの時と⋯⋯。過去の不祥事と重なって、トラウマをぶり返してもおかしくはない。
過去を思い出して、トラウマに心が押し潰されて、人を信じることが出来ないこの女は仲間に助けを求めることをしなかった。
あくまでも俺の推測でしかないが、凡そ当たってはいるだろう⋯⋯。
結果的に、
「まぁ、所詮他人事だ」
この女に起きた不幸なんて、俺には関係ない。トラウマも、過去の不祥事も、何一つ興味はない。この女が使えるかどうか、俺にとって重要なのはそれだけだ。
「⋯⋯ポチか」
タッタッタッと、軽快な足音が静かな廊下に響き渡る。
視線を向ければマッドサイエンティストを口に咥えたポチが、マッドサイエンティストを床に引き摺りながらこちらに駆け寄ってきていた。
「早かったな。よくやった」
「ワン!」
仕事の出来る犬、ポチを褒めてやれば嬉しそうに鳴く。その拍子にポトンっと床に落ちたマッドサイエンティストが鬱陶しい声で痛いと鳴いた。
「仕事だ、フォリ」
「少しはフォリ様のことを気遣ったりはしないかな?結構痛かったんだぜ!」
文句を垂れるマッドサイエンティストを一瞥だけして、女を抱えて立ち上がる。傷口に負荷をかけるわけにはいかないので、所謂お姫様抱っこと呼ばれる抱き方だ。
マッドサイエンティストは俺の腕の中で眠る女を見て不思議そうに首を傾げている。
「んんん?見たところヒーローみたいだが⋯⋯まだ息はある。どうするつもりだい助手君?」
「この女を治せ。生かして使う⋯⋯」
「あー、なるほど⋯⋯このヒーローを堕とすわけか。ひひひ、悪だねー」
女と俺を交互に見た後、マッドサイエンティストが楽しそうな笑う。
短いやり取りではあるが、俺の意図を汲み取ったらしい。直ぐにその答えに行き着くあたり、この女も大概だろ。同類だ。
「どうする?傷を治すついでに怪人へと改造するか?」
「いや、それは後でいい。治療したら、俺がこの女を
「ひひひ、無理矢理ではなく本人の意思で怪人に変異させるつもりか。そんでもって、わざわざ面倒な手段を取るってことは、助手君は確信している訳だ。このヒーローが使える人材だってな」
「まぁ、ウルフくらいの力はあるだろ」
今の俺たちに必要なのは雑兵じゃない。自分の意思で行動し
「ワンワン!」
俺が抱き抱える女を見ながらポチが吠える。それはまるで悠長にするなと、訴えているようだった。
そうだな、止血は済んでいるとはいえ女の治療が最優先。この話は一旦後回しだ。
「ひひ、さて治療といくか。場所を移すぜ助手君」
「了解」
◇
「知らない天井だわ」
眠りから目覚めて、瞼を開いた先に映ったものは見覚えのない白い天井。
それだけならありふれたものなのだけど、天井に釣られた照明器具がわたしの知っている場所ではないと告げている。
ドラゴン、かしら?
トカゲのようにも見える緑色の爬虫類が天井に埋め込まれていて、光を放っているわ。どこでこんな物が売っているのかしら? 行きつけのお店でも見たことがない。
欲しいわけではないわ。ただの好奇心。
「いいわね、アレ⋯⋯」
「目が覚めたか⋯⋯」
近くから、男の人の声がした。
視線を声の方へと向けると、わたしのすぐ側で椅子に腰掛けて本を読んでいる男性がいたわ。ヒーローの関係者でも、友達でもない。知らない人。
「約束通り、傷は治した。痛みはあるか?」
本を閉じて、椅子の上に置いた男性がわたしの元へと歩み寄ってきた。
顔が良いわ⋯⋯。
テレビの業界で数年働いてきたからアイドルや俳優の人とも共演してきたけど、彼は負けず劣らずの美形。髪型だけ直したら一躍、時の人になれるんじゃないかしら?
って、今はそんな事を考えている場合じゃないわね。彼はなんて言ったかしら? 傷を治した?痛みはあるかってわたしに確認したわよね。
それが今、わたしこうしてベッドの上で寝ている事に関係しているのね。体の調子を確認するように、手、足、腕と順番に力を入れて動かしてみる。筋肉が張っているような感覚はあるけど、痛みはないわね。
そのままゆっくりと右手を上げる。視線は自然とわたしの腕へと向けられた。
───青い、ヒーロースーツ。
「あっ───」
そこでようやく、わたしが怪人と戦っていたことを思い出した。
「そう、だったわ⋯⋯わたし、負けたのね」
「⋯⋯わたしの、せいで」
フラッシュバックするように脳裏にあの時の光景が蘇ってくる。
───戦いは一方的なものだった。
わたしの光景は全て躱されて、逆に魔犬の攻撃をわたしは躱す事が出来なかった。いえ、躱すという選択を魔犬が取らせなかった。
魔犬が放つ炎の射線上には、必ず人がいた。戦う力を持たない⋯⋯か弱い一般人が。
魔犬はまるで、護ってみろよと嘲笑うかのように炎を吐いて⋯⋯わたしも能力を駆使して防ごうとした。けど。
「護れなかった⋯⋯」
魔犬が吐く炎はわたしの能力では止められなかった。身を挺して何度か防ぐことは出来たけど、護りきるまではいかなかった。
「ごめんなさい」
生身で魔犬の炎に焼かれ、絶叫を上げる人たちの声が頭の中で反響する。
「ごめんなさい」
肉の焦げる匂いと、鉄の匂い。
記憶に刻まれた匂いが、脳裏にあの時の光景を思い返させる。
「ごめんなさい」
炎に包まれた人たちと、黒焦げになって息絶えた死体。
そして、魔犬の角によって身体を貫かれたあの時⋯⋯わたしを見ていた民衆の目。
───侮蔑。
応援の声はなかった。魔犬と戦うわたしに誰も期待なんてしてなかった。
なのに、わたしが敗北した瞬間に向けられた視線は⋯⋯
───わたしは、ヒーローとしてみんなを護ろうとしたのに⋯⋯。
「どうして、わたしを見下すの⋯⋯」
スマホ越しに見た人々の声が、頭の中を過ぎ去っていく。
『サンシャインの中で強いのって誰?』
『怪人を倒してるのをよく見かけるのはレッドとか、イエローだよ。やっぱりリーダーポジのレッドじゃない?』
『ピンクも強いぞ。戦い方はステゴロだけど』
『最近は見てないけど、ブラックも活躍してたよな』
『グリーンとか、ホワイトも凄くないか? 直接的な戦闘ではないけど、二人のサポートがなかったら勝てない戦いもあったぞ!』
『そう考えたら、サンシャインは一人も欠けたらいけないヒーローだよ。誰が強いとかじゃなくてさ』
『シャインブルーは?』
『あー、いたなそういや』
『怪人と戦ってるところは何度か見かけたけど、結局味方に助けて貰ってばっかりじゃない?』
『サポート能力もそこまでだし、ぶっちゃけ一番弱いのはシャインブルーだと思う』
『正直、いなくてもいいヒーローではあるなwww』
『怪人に襲われた時に、駆けつけてきたのがシャインブルーだったら絶望するわ、俺』
『言えてるwww』
───わたしは、必要ないの?
「⋯⋯あの時と同じ⋯⋯」
職場の同僚にも、友達にも、家族からも、あの日の出来事を非難された。
わたしの人格すら否定された。
わたしがどれだけ違うって伝えても、叫んでも誰もわたしの声に耳を傾けてはくれなかった。
知っている人がわたしに向ける、あの目が嫌いだった。
「⋯⋯いゃ⋯⋯」
───味方は、誰もいなかった。
「もう、一人はいや⋯⋯」
ヒーローになったのは、誰かに必要とされたかったから。
わたしが、生きていてもいいんだって⋯⋯思いたかった。
「⋯⋯みんな⋯⋯」
───サンシャインの仲間は優しくて、わたしを必要としてくれて⋯⋯。
『シャインブルーは?』
『あー、いたなそういや』
『怪人と戦ってるところは何度か見かけたけど、結局味方に助けて貰ってばっかりじゃない?』
『サポート能力もそこまでだし、ぶっちゃけ一番弱いのはシャインブルーだと思う』
『正直、いなくてもいいヒーローではあるなwww』
『怪人に襲われた時に、駆けつけてきたのがシャインブルーだったら絶望するわ、俺』
『言えてるwww』
───わたしは、必要ないんだって気付いてしまった。
何のために生きているのか分からない。
生きる価値があるのかすら分からない。
ただ、一つ分かっていることは⋯⋯誰もわたしを必要としていないということ。
なら、この世界にわたしの居場所はあるの?
考えるだけで心が苦しくなる。
「⋯⋯いや⋯⋯」
もう、辛い思いをしたくない。
死ねば、この苦しみから解放される?
「死ねば⋯⋯」
頭ではダメだって分かってるのに、体は自然と動いていたわ。上体を起こして、心臓の位置に人差し指を当てる。
「⋯⋯生まれてきて、ごめんなさい」
後は能力を発動するだけ。
それで、わたしは死ぬ筈だった。
「え?」
───横から伸びてきた手が、邪魔しなければ。
無理矢理動かされた手の先から、細いレーザーのような水が噴出され天井に穴を空けた。あの天井のように、わたしの心臓も貫く筈だったのに⋯⋯。
文句を言おうと視線を向けると険しい顔の男の人がいた。⋯⋯そうだったわね、この場にもう一人いたのを忘れていた。
「おい、何勝手に死のうとしてるんだ」
怒気の籠った声。責めるような言葉に、胸がギュとなる。
「死なせて⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「わたしは、必要のない人間だから」
お願いするようにジッと見つめていると男の人は納得したのか、わたしの手を離してくれた。ありがとう、とお礼を言えば男の人は面倒くさそうにため息を吐いた。どうして?
「せっかく助けた命がこれか」
呆れたような口調。知らない男の人なのは分かってるけど、失望されたような気がして心が苦しくなる。
「ごめんなさい」
思わず謝ると、またため息を吐かれた。心が苦しい。
「思い出せ、お前は俺に助けを求めた筈だ。生きたかったんだろ? なら、何故死のうとする」
助けを、求めた?
男の人の顔を真っ直ぐに見つめる。
黒い瞳。
見ているだけで、飲み込まれてしまいそうな闇を連想させる暗い瞳───。
「あっ───」
思い出した。わたしは、この人に助けを求めた。
どうして?
生きていても仕方ない筈なのに⋯⋯。
「安心しろ。俺は
「⋯⋯その言葉」
記憶と同じ言葉に胸が暖かくなる。
「だから死ぬな」
わたしは、死にたくなかった。
「必要がない人間だと卑下するな」
だって、この人はわたしを───。
「生きる意味が欲しいのなら、俺と共にこい女。俺がお前を使ってやる」
───わたしを必要としてくれている。
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