JUNO -ジュノー-   作:祐。

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第1話:破壊の化身、紅の暴風

 高層のバスルームから展望する、壁一面の窓に広がる大都市の夜景。最上級の洗面所と透明なパーテーションで区切られた白い大理石の浴室には、反響する水飛沫の音と充満した湯気を幻想的に身に纏う裸体の女性がシャワーを浴びていた。

 

 179cmの長身である彼女は、柔肌と筋肉質を両立した黄金比のボディを無防備に曝け出している。健康的な色白の肌はハリとツヤの潤いに恵まれ、戦闘用に洗練された体格は全身のシルエットを一層と引き締める。腰辺りまで伸ばした乳白色(にゅうはくしょく)の長髪を両手で掻き上げる仕草は艶やかであり、美しく、そして一切の躊躇いや恥じらいを感じさせない一種の堂々たる振る舞い、(ある)いは佇まいが彼女の在り方を体現しているようにも見えた。

 

 彼女の尊顔は依然として伺えない。まるで第四の壁を認識するように顔を逸らし、未だ全容を明かさずにいる。ただ彼女という存在そのものが神聖に感じられて、例えるならば『神話の絵画に登場する女神』が如く、絶世の美貌を有する人物であることは想像するに容易いだろう。

 

 彼女は直にも水を止め、洗面所へと移った。その足で洗面台に置いてあったバスタオルを手に取ると、全身の水滴を軽く拭った後に全裸のままリビングへと赴いた。

 

 ひたひたとした足取りで高級感の溢れるスイートルームに踏み入れる。彼女は柔らかな照明と夜景の電灯に委ねた大人の薄明りを歩き進め、テーブルの上に無造作に置かれていたスマートフォンを確認した。それから画面を数回タップして右耳にあてがうと、左手に持ったバスタオルで湿った頭部を拭きながら、ガラス張りの窓へと近付いて大都市の壮観な夜景へと視線を投げ掛ける。

 

 薄らと窓に反射する、全裸の自身と向かい合う。その僅かな沈黙を挟んだ後にも、スマートフォンからは陽気な男性の声が響き始めた。

 

『よーぅ! “ユノ”ちゃん、夜分遅くにすまねェな! お取込み中だったかい?』

 

「いいえ、今はフリータイムだから気にしないでちょうだい」

 

 女性は落ち着きのある凛々しい声音で言葉を続ける。

 

「スイートルームに宿泊しているの。入浴を済ませた足でリビングに戻ってきたら、貴方からの着信に気が付いた。それで折り返しの電話をかけた次第よ」

 

『スイートルーム、とな? ……ハハァ~? さてはユノちゃん、お楽しみ中だったかい?? それとも、これからかなァァア!!? だとしたらオレちゃん、水を差しちまったかもなァ!? いやはや大事な時間の時に邪魔しちまってすまねェすまねェ!! ヘッヘヘヘ』

 

 愉快な調子で揶揄(からか)うように上ずった喋りをする男性に対し、女性は気だるそうに首を傾げながら鬱陶しそうに返答する。

 

「貴方の下卑た幻想を裏切るようで申し訳ないけれど、単身で宿泊しているものですから配慮は要らないわ」

 

『単身んん?? ユノちゃん、お前さん1人でスイートルームに泊まってるってのか?』

 

「悪いかしら」

 

『いや別に悪かねェし、大人向けのホテルは複数人で泊まるっつーオレちゃんの先入観が強かっただけではあるんだがよ。ん~、なんつーか……ユノちゃんはいつも、オレちゃんの想像を上回ってきやがる。まァ、そのおかげで新しい気付きや発見があるワケだがよ』

 

「貴方の見解を聞くために電話をしたわけじゃない。用が無いなら切らせてもらうわよ」

 

『あー!! 待て待て!! イジワルして悪かった!! 前置きが長くなっちまったが、そろそろ本題を喋らせてくれねェか!!』

 

 本気で止めにかかる相手の様子から、女性は彼の話へと耳を傾けた。一息を置いて、陽気な男性は神妙な声音で次の言葉を喋り始める。

 

『本題ってのは他でもねェ、“仕事”の相談だ。市街地で大規模のテロ事件が発生した。いま現在も警察が対応にあたっているが、人員不足による戦力の低下からか未だ鎮静化できず、現地では混乱や被害が進行形で拡大している』

 

「詳しく教えてちょうだい」

 

『事件現場の座標は既に送ってある通りだ。オレちゃんからユノちゃんに掛け合う依頼の内容は、“武力行使による事件の鎮圧”。一端の探偵稼業を営むしがないオレちゃんの下にも緊急の要請が届いたくらいだ。事態は相当、切羽詰まっていると見える』

 

 女性はスマートフォンの画面を確認し、送られていた情報へと目を通していく。その間にも男性は言葉を続けた。

 

『行政機関自らのお達しだ。国から正式に発注された依頼というだけあって、普段の民間的な仕事じゃァお目に掛かれない高額の報酬が見込めるだろうよ。オレちゃんの仲介を含めた分け前については、ユノちゃんの働きを見てから決めさせてもらうとするさ。ただ報酬を抜きに考えた今後の展望として、ユノちゃんの活動、その“復帰の取っ掛かり”として肩慣らしにちょうどいい案件なのは確かだと思うぜ? どうだ、受けるか?』

 

「引き受けましょう。(ただ)ちに現場へ向かうわ」

 

『さすがはユノちゃんだぜ! こいつァ、歴史に残る一夜となりそうだ』

 

「大袈裟な表現ね。受託の手続きや報酬の配分は貴方に一任するわ」

 

 そう言って、耳元からスマートフォンを離す女性。だが端末から響いてきた『ユノちゃん』という呼び掛けを聞いて、彼女は再度とスマートフォンを耳にあてがう。

 

「何かしら」

 

『……無理だけはすんじゃねェぞ』

 

「ありがとう。もう大丈夫。私は、私の未来のためにこの力を振るう。そう決心したの」

 

 暗転と共に場面は切り替わる。場所は、闇が落ちた真夜中の大都会。煌びやかな照明と休まらぬ喧騒に包まれた街並みを隅々まで見渡すカメラアングルは、(じき)にもバリケードのように立ち並ぶビルなどの建物を通り過ぎて背の高い時計塔の天辺(てっぺん)を映し出す。

 

 今宵は満月。神の加護を想起させる力強い月光を背に、1つの堂々たる人影が深紅のコートを(なび)かせながら佇んでいた。

 

 乳白色の長髪を分厚く束ねた、キメラの尾が如く揺らめく大きなポニーテール。ジャックオーランタンを彷彿とさせる漆黒の仮面には、くり抜かれたような紅の目と口が不気味に浮かび上がっている。前述した厚手のロングコートに加えて、胸部の起伏を押さえた黒色のシャツに、黒色でゴシック調のボトムス、膝丈まである黒色のロングブーツという格好で存在する“それ”は、両腕に装着した黒色のガントレットを僅かに持ち上げるよう傾斜に広げながら、運命の時を待つように不穏な静寂を貫いていた。

 

 滾る力が両手に有り余り、細い足場に両足を密着させて頃合いを見計らう。(さなが)ら、獲物を品定めする死神が如く“それ”は地上を吟味するように監視し、そして間もなく己が使命を執行せんと超人的な跳躍を以てして時計塔から飛び立った。

 

 

 

 

 

 鉄やコンクリート、ガラスといった資材で構成された大都市。俗に言う現代文明が栄えた空間だが、同様にして丸みを帯びた角の建物をはじめとした、地面や壁に迸るサイバーチックな線、そして立体的に浮かび上がる大々的なホログラムといったSF映画を想起させるハイテクノロジーも共存している。

 

 今、その景観が爆発と共にまたひとつ壊された。

 街中で行進する、パワードスーツを着用した武装集団。ロケットランチャーやアサルトライフル、レールガンといった武器を携えた一同は周辺に無差別攻撃を行いながら、ヘルメットに内蔵された拡声器で声明を主張する。

 

『この活動は、神に選ばれし生物にのみ発現する異能“ヴィジョン”。及び、ヴィジョンを有する生物の総称“ヴィジョンズ”に対する、抗議の表明である! 異能の存在により他者を貶める実力主義が浸透した現代において、ヴィジョンの有無による格差社会が問題視されていることは周知の事実だろう! 我々もまた、不規則に発現するヴィジョンという才能を持たない劣等人間、所謂“サブヒューマン”の呼称で社会に虐げられてきた哀れな被害者に過ぎないのだ!』

 

 集団の1人がロケットランチャーを放ち、5階建てのビルを根本から崩落させる。その都度と響き渡る人々の悲鳴を横目にして、集団は何事もなかったかのように声明を続行する。

 

『これはヴィジョンを基準とした社会に対する報復であり、革命でもある! 既にその代償として、道行くヴィジョンズを3名、私刑の名の下に断罪した! これは、ヴィジョンによる実力主義が生み出した犠牲である! 我々が求める政策はただひとつ! ヴィジョンズとサブヒューマンが平等に扱われる社会の実現! 先天的、後天的に発現する、再現性の無い不規則な力が権利を掌握する社会ではなく、学力、身体能力、教養こそが評価される真っ当な世界を、我々は心から所望する! サブヒューマンに栄光あれ! サブヒューマンに栄光あれ! サブヒューマンに栄光あ』

 

 直後の現象に予兆は無かった。次の瞬間にも、武装集団の下に突如と破壊的な衝撃が迸ったのだ。

 

 例えるならば、隕石が落下してきたかのような直撃だった。固まって行進していた集団は衝撃で押し出されて八方に分散し、当事者たちも自身らが吹き飛ばされた状況を理解できぬまま、次の局面を迎えていく。

 

 大気を(つんざ)く耳鳴りと、立ち込める砂埃。ひび割れた道路にはクレーターが出現し、その中心地で蠢く人影が不敵に揺らめく。直にも晴れた視界に映し出されたのは、衝撃の主であろう深紅のコートを身に着けた得体の知れない仮面の人物だった。

 

 乳白色の分厚いポニーテールを、陽炎のように靡かせる。この存在を認識した武装集団がようやくと状況を理解したその瞬間にも、月夜から降臨した“それ”は大地を蹴り出して襲い掛かった。

 

 常人の目では追う事のできない速度。目についた1人の兵士が右腕のガントレットによる拳で殴り飛ばされ、後方の建物へと打ち付けられる。続けざまに“それ”は大地を蹴って水平に移動すると、ひとり、またひとりと地上の兵士を刈り取るようにその場から力任せに殴り飛ばしていく。

 

 携えた銃器を構える隙が無い。構える猶予が生まれたとしても、その弾丸を“それ”に浴びせることは不可能に近かった。半ば狂乱状態で放たれた横殴りの銃弾を“それ”は視認し、地面を滑るような、それでいてしなやかな体術とアクロバティックな身のこなしで軽々と回避すると、正面から、すれ違いざま、背後から、あらゆる方向、角度から襲撃し、意思を以てして吹きすさぶ鎌鼬(かまいたち)が如く敵兵を叩き伏せていく。

 

 直にも武装集団の増援として、肉食恐竜の後足を想起させる脚部を持った人型兵器が現れた。兵器は機敏な動作で現場に到着すると、両肩に装備したガトリング砲を躊躇いなく対象に発射し始めた。道路を抉り取る高火力の連打を前に“それ”は臆することなく正面から突撃すると、両腕のガントレットを傾斜に広げた有り余る力の姿勢で降り注ぐ銃弾の隙間を駆け抜け、瞬く間に接近した後に兵器の片脚を掴んで持ち上げる。

 

 兵器が接触を認識するよりも前に、“それ”は豪快にも頭上で兵器を振り回した。大気ごと殴り付ける、薙ぎ払う横殴りの風圧が発生すると周辺のありとあらゆる物体を(ことごと)く吹き飛ばしたが、回転の速度は振り回せば振り回すほど上限無く加速し続け、火花を散らす兵器のボディには抉るような大量の切り傷が刻まれる。

 

 その勢いを以てして、“それ”は兵器を地面に叩き付けた。コンクリートに地割れを誘発するほどの威力である叩き付けだが、“それ”の猛攻は止まらない。掴んだ片脚をそのまま持ち上げ、弧を描くように頭上から後方へ振り下ろし、地面に力強く打ち付けては再び持ち上げて前方へ振り下ろし、の動作を繰り返す。半円を描く度にコンクリートへ叩き付けられ続ける兵器は堪らず声にならない悲鳴の音を出し、それでも攻撃の手は止まるどころか速度はどんどん加速した。

 

 ついには、叩き付けられた衝撃で兵器の片脚が根本から外れた。すっぽ抜けるような形で地面の上を跳ねながら飛んでいく兵器に向けて、“それ”は右手に残った片脚を投擲する。直線を描いて真っ直ぐ投げられた片脚は槍となって兵器の胴体を貫くと、間もなく付近のビルに突き刺さって無残な(はりつけ)となった。

 

 恐れ戦く周囲の武装集団。皆が戦意を無くして狼狽(うろた)えていく最中にも、ビルが薙ぎ倒される轟音と共にその奥からは巨大な兵器が現れた。

 

 パワードスーツを装備したゴリラのように、厳つく機械的な人型兵器だ。全身に取り付けられた装甲が角張ったシルエットを映し出していく中で、ビルを薙ぎ倒しながら進行する巨体からはスピーカー越しの声が響き渡ってくる。

 

『忌々しきヴィジョンズめ! 実力社会である風潮を後ろ盾に、暴虐の限りを尽くすその姿は実に醜いぞ! これだからヴィジョンという異能が憎たらしいのだ!』

 

 声明を主張していた、主犯格と思われる男。彼は巨体を操作して両腕のガトリング砲を向けながら、言葉を続けてくる。

 

『真に尊重されるべきは、一人一人の人権だ! 強き者、弱き者、皆が平等に幸せになれる平和な世界。そんな世の中が世間の人々に求められていることを、貴様らはなぜ気付けない!? 結局は力か!? 才能か!? ヴィジョンという不平等を優遇し、才ある人間のみを評価する今の社会を、我々は正さないといけないのだ! 平等こそが正義! 不平等な社会に革命を! サブヒューマンに栄光あれ! サブヒューマンに栄光あれ!』

 

 掃射による火花が閃光となって迸る地獄の空間。闇が落ちた混沌の大都市を今、“それ”は駆け抜ける。

 

 前方から降り掛かる無尽蔵の弾丸をくぐり抜け、迷い、躊躇いのない足取りで突進する。狙いが定まらない無差別的な弾丸が今も道路に風穴を空けていく光景の中、助走をつけた“それ”は踏み止まると同時にして渾身の右腕を振り抜いてみせた。

 

 直接的な拳ではない。間接的な風圧だった。殴り付けられた空間は大気の塊となり、砲丸が如き質量を伴って前方の巨大兵器に打ち付けられる。その拳が直撃したわけではないにも関わらず大気の塊が胸部に着弾すると、火薬を含まない空気の砲丸による破裂は鉄塊とも言える巨大兵器の上半身を仰け反らせ、体勢を崩させることで強引に掃射の手を止めた。

 

 思いもしない遠距離攻撃で驚きの声を出した男。次にも彼が目撃した光景は、前方から飛び掛かった“それ”による、圧倒的な拳の数で繰り出す自前のガトリング砲だった。

 

 目にも留まらない、怒涛のラッシュ攻撃。両腕のガントレットが空を切る音は機関銃のそれと同等であり、大気を、空間を、其処に存在する概念すらも磨り潰すよう爆裂させながら対象を殴り続ける。豪雨と見間違う漆黒の大粒が横殴りで打ち付けられ、攻撃対象の殴られた感覚をも置き去りにして“それ”は間髪入れず破壊的な威力を注ぎ込む。

 

 サンドバッグが最期に気付くのは、自身の魂が肉体と切り離された一種の離脱感だろう。渾身の力を込めた右拳によるアッパーが、上昇した“それ”の身体ごと対象を穿(うが)ち、損壊した兵器の大爆発を背景にその奇跡的な一場面をこれ見よがしに大衆へとひけらかす。

 

 まさに、復活の瞬間である。爆破と共に飛散した鉄塊の部品を横目に、上昇の勢いを緩めてそのまま建物の屋上へと降り立った“それ”。神々しい黄金の月光を浴びたシルエットはポニーテールとロングコートを靡かせて、その偉大なる背中を、存在を、権威を世界に知らしめた。

 

 ぞろぞろと現れる野次馬の集団。内の1人が月光に照らされる“それ”を見て、ぽつりと呟く。

 

「破壊の化身……。紅の暴風……。何年か前に囁かれていた、とある超人の噂。“それ”はどこからともなく現れると、辺り一帯の全てを破壊し尽くしてから消え去る。言葉通り、謎に満ちた存在。結局、そいつは味方なのか、敵なのか、その正体は未だ解明されていないと言われていたが……」

 

 その日、世界には不安と期待の対極的な2つの感情がもたらされた。

 果たして、人類に対する挑戦状か、はたまた見かねた神による救済か。現世に降臨した“それ”が導く未来とは、一体何なのか。

 

 後にも“JUNO(ジュノー)”の名で知れ渡る、破壊的超人が織り成すひとつの冒険譚。本日の出来事は、その序章にも満たない些細な一幕に過ぎなかった。

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