仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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残りの日数

大天空寺の門をくぐった瞬間、空気の重さが肌に貼りついた。

夕方の光はまだ残っているのに、境内の静けさは夜より深い。人がいないわけじゃない。ただ、誰も大きな声を出さないだけで、こうも場所の色は変わるのかと妙に感心してしまう。

 

「……何かあったな」

 

独り言みたいに漏らすと、内側からサクナヒメが低く応じた。

「うむ。これは、腹の減る静けさではない。生きた者が息を潜めておる時の匂いじゃ」

 

その言葉がやけにしっくりきて、俺は無意識に歩幅を速めた。

横を抜ける風も、石畳の冷えも、どこかよそよそしい。戦いの跡は薄く残っているが、それよりも強いのは、人の気配が沈み込んでいる感じだった。

 

「葉様」

ココロワヒメの声はいつも通り静かだ。

「この場に満ちているのは、戦闘の残滓だけではありません。焦燥と、寝不足と、諦めかけた思考が混ざっています」

 

「……それ、聞きたくなかったな」

 

軽口のつもりだったが、声は思ったより乾いていた。

笑えない冗談を抱えたまま、俺は本堂の脇へ回る。そこにいたのはアカリだった。机代わりに使っている台の上には、資料も計測器も、開きっぱなしのノートも山のように積まれている。彼女自身は立っているのに、立っているだけで倒れそうな危うさがあった。

 

「葉……来たのね」

 

振り返った顔に化粧気はなく、目の下の影だけがやけに濃い。

それでも声を崩さないのは、たぶん崩れたら戻れないと分かっているからだ。

 

「何があった」

遠回しに聞く余裕はなかった。

アカリは少しだけ目を伏せ、呼吸を整えるみたいに短く息を吐いた。

 

「タケルに残された時間、あと十九日なの」

 

言葉はそれだけだった。

余計な説明がないぶん、胸の奥にまっすぐ落ちてくる。十九日。長いようで短い、なんて曖昧な感想でごまかせる数字じゃない。はっきり短い。

 

「……そうか」

 

自分でも驚くくらい、普通の声が出た。

けれど、その一言のあとに続く言葉が見つからない。何かを言えば、薄くなる気がした。

 

「私は、まだ諦めてない」

アカリは机に置いた手を強く握る。

「諦める理由なんてないし、諦めていい時間でもない。だけど、答えが見えないのよ。調べても、組んでも、壊しても、届かない」

 

その震えを見ていると、慰めの言葉は余計に軽く思えた。

だから、ただ頷いた。

 

少し離れた場所では、御成が本堂の柱に手をついていた。

祈っているのか、支えが欲しいだけなのか分からない姿勢だった。シブヤとナリタも近くにいるが、いつもの調子は影もない。声を出せば何かが壊れるとでも思っているみたいに、揃って黙り込んでいる。

 

「……ひどい顔してるな、みんな」

 

俺がそう言うと、御成がゆっくり顔を上げた。

目元は赤いのに、無理やり笑おうとして失敗している。

 

「葉殿、タケル殿は必ず戻られます。戻られますとも……そのはずなのです」

 

その“はず”が、何よりつらい。

信じているのに、確信までは届いていない。シブヤもナリタも、その隙間に押し潰されそうな顔で立っていた。

 

「待つだけってのは、一番きついよな」

思わずそう漏らすと、サクナヒメが鼻を鳴らした。

「じゃから、待つだけでは駄目なのじゃ。生きるとは、足掻くことじゃろう」

 

その通りだと思った。

きれいごとじゃなく、本当にそういう話なのだ。

 

本堂の奥にいるタケルのところへ向かう。

戸を開けると、夕日の残りが床に細く伸びていた。タケルは一人で座っていたが、振り返った顔には妙な静けさがある。落ち着いているのではなく、騒がないようにしている顔だ。

 

「来たか」

 

「ああ」

 

少しだけ沈黙が落ちる。

俺は、何から聞けばいいのか分からなかった。十九日という数字を聞いたあとだと、どんな言葉も急に安っぽくなる。

 

タケルのほうが先に口を開いた。

「俺さ、死ぬのが怖いっていうより……このまま人間じゃなくなっていくのが、ちょっと怖い」

 

その言い方が、妙に正直だった。

強がりでもなく、悲劇ぶってもいない。ただ、本当にそこで立ち止まっているやつの声だった。

 

「怖いなら、怖いままでいいだろ」

俺は畳の目を見ながら答える。

「それで止まるなら別だけど、お前は止まってない」

 

タケルが少しだけ目を細める。

笑ったのか、困ったのか、どちらともつかない顔だった。

 

「葉様」

ココロワヒメが静かに呼ぶ。

「反応があります。遠くではありません」

 

同時に、外からアカリの声が飛んだ。

計測器の警告音が重なる。場が変わる。空気が一気に張りつめる。

 

「……来たか」

 

俺は立ち上がった。

タケルも立とうとする気配を見せたが、その肩の揺れを見て先に一歩出る。

 

「今は俺が行く」

 

言ってから、自分でも少し驚いた。

気負ったつもりはない。ただ、誰かが先に足を出さないと、この空気はずっと沈んだままだと思った。

 

「待て」

タケルの声が背中に届く。

けれど、振り返らない。

 

「繋ぐだけだよ。お前が戻るまでの間くらい、俺にやらせろ」

 

本堂を出ると、境内の空気はもうさっきとは別物だった。

静けさは消え、代わりに次の戦いの気配が満ちていく。アカリも御成も、シブヤもナリタも、それぞれの顔で俺を見た。

 

待つだけでは、終われない。

だから俺は、前へ出る。

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