採掘場に吹く風は、熱を孕んでいるくせに妙に乾いていた。
足元の砂利が鳴るたび、その音だけがやけに遠くへ響いていく。開けた場所だ。隠れる場所も、息をつく間もない。だからこそ、そこに立つものの異様さが、嫌でも目に入る。
「あれが……」
言葉の続きを、喉の奥で飲み込んだ。
前に見た不完全な蕾とは、もう別物だった。
花が開ききったみたいに、全身の構造が外へ向いている。胸の奥で脈打つ核を中心にして、触手も、刃のような器官も、全部がひとつの意志に従っていた。散っていない。暴れていない。ただ、まとまっている。まとまり切っているからこそ、崩しようがない――そんな圧だった。
「……前とは違うのう」
サクナヒメの声にも、さすがに軽さはなかった。
その一方で、ココロワヒメはいつも以上に静かだった。
「えぇ。出力の総量も違いますが、それ以上に、統合の精度が違います。以前の不完全体は無理に押し込めていた。ですが、今回は……」
「噛み合ってる、ってことか」
「はい。非常に、厄介です」
厄介。
それだけじゃ済まない。そう思った時には、もう目の前の存在がこちらを見ていた。
アデルの顔は、まだ人の形を残している。
けれど、その表情からは、人間らしい迷いが綺麗に抜け落ちていた。怒りも喜びもない。ただ、自分の行く先を疑わない奴の目だ。だから余計に寒気がする。
「来たか、天空寺タケル」
先に名を呼ばれたのはタケルだった。
その声を聞いた瞬間、隣に立つ空気が変わる。タケルは一歩、前へ出た。躊躇はない。だが、無謀とも違う。正面から受け止める覚悟を決めた者の歩幅だった。
「アデル……」
短い呼びかけ。
それだけで十分だった。
俺は、その背中を見た。
止める気にはなれなかった。止まる気も、最初からなかった。
気づけば、同じだけ前へ出ていた。
「葉様」
ココロワヒメが小さく呼ぶ。
止める声じゃない。確認の声だった。
「あぁ」
答えは短い。
何を言うより先に、立つ場所で示すしかない気がした。タケルが前へ出るなら、その横だ。後ろじゃない。そう思った理由を、うまく言葉にはできない。ただ、そうしなければ駄目だと身体が知っていた。
その瞬間だった。
背後で、息を呑む気配がした。
振り向かなくても分かる。
イーディスだ。
けれど、今のそれは、ただ驚いただけの気配じゃなかった。もっと古くて、もっと痛みに近いものが混じっている。思わず視線だけを横へ流すと、イーディスは俺たちを見ていた。いや、“今の俺たち”を見ているんじゃない。何か別のものを、その向こうに重ねて見ている顔だった。
「……また」
掠れた声が、風に紛れる。
「また、あの時と同じ……」
イーディスの目は、俺を見ているようでいて、見ていない。
その視線の先にいるのが誰なのか、俺には分からない。けれど、その言葉に含まれた震えだけは、嫌にはっきり伝わってきた。
「龍……」
一拍遅れて、もうひとつの名が零れる。
「武蔵……」
何のことだ。
そう思ったのに、問い返す余裕はなかった。言葉の意味は分からない。だが、その二つの名が、今の俺たちの姿と重なっていることだけは分かる。タケルと、その横に立つ俺。イーディスにとって、それはただの現在じゃない。過去ごと蘇らせる光景なのだ。
「何を呆けている」
アデルの声が、空気を断ち切った。
「同じように並び立てば、同じように何かを変えられるとでも思っているのか」
その言葉に、タケルがさらに半歩踏み込む。
もう迷っていない。目の前の敵が何を言おうと、やることは決まっている顔だ。
「変えられるかどうかじゃない」
タケルの声は真っ直ぐだった。
「ここで止めるんだ」
アデルの口元が、わずかに歪む。
笑った、というより、切り捨てた顔だった。
「やってみろ」
途端に、採掘場の空気が圧を増す。
パーフェクト・ガンマイザーの全身が脈打ち、開ききった花弁のような外殻が低く唸った。来る。そう理解するより先に、全身の感覚が研ぎ澄まされる。
サクナヒメが、低く笑った。
「ふん、ようやくその気になったか」
ココロワヒメの声も続く。
「葉様、わたくしたちは補助します。ですが、決めるのは貴方です」
「分かってる」
短く返す。
本当は、分かっていないことの方が多い。イーディスの言葉の意味も、この場に重なった過去も、何ひとつ見えていない。けれど、それでも立つべき場所だけは分かる。
タケルが、ちらりとこっちを見る。
ほんの一瞬だけ視線が合う。相談でも確認でもない。ただ、それだけで十分だった。
俺は笑ってみせる。
「行くぞ」
「ああ」
その返事は、妙に軽かった。
軽いのに、背中を押すにはそれで足りた。
イーディスが、そこでようやく声を上げる。
「待て……!」
止めたいのだ。
止めたくて、でも止められない。その声だった。過去を知っているからこそ、今の二人を見ていられない。そういう響きが混ざっている。けれど、止まらない。
俺たちは、同時にドライバーへ手を伸ばした。
風が吹く。
砂埃が舞い上がり、昼の採掘場が一瞬だけ白く霞む。その向こうで、パーフェクト・ガンマイザーが静かにこちらを見下ろしていた。
「変身」
二つの声が、ぴたりと重なった。