仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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その手は

 崩れた光が、まだ採掘場の上を漂っていた。

 

 パーフェクト・ガンマイザーの外殻が砕け、触手も、花弁めいた装甲も、音を失いながら地へほどけていく。その中心で、膝をついたアデルだけが、かろうじて形を保っていた。

 

 息が荒い。隣ではタケルも肩で呼吸をしている。それでも、先に動いたのはやっぱりあいつだった。

 

「……アデル」

 

 呼びかける声に、勝った側の驕りはなかった。責め立てる響きでもない。ただ、まだ届くと信じてしまっている声だった。

 

 タケルはゆっくりと歩み寄る。土煙の中を、迷わずに。俺はその背中を見ながら、止める言葉を喉の奥で噛み潰した。危ない。そう思うのに、止めた瞬間、何か大事なものまで折れる気がした。

 

「もう終わりにしよう」

 

 差し出された手が、昼の光を受けて白く見えた。

 

 その光景に、仙人の息が止まるのが分かった。すぐ後ろで、かすかな声が漏れる。

 

「……龍」

 

 震えた声だった。さらに、もう一つ。

 

「また……手を」

 

 言い切れずに沈む。あの男の目には、今のタケルじゃなく、きっと別の背中が重なっている。

 

 アランも目を見開いていた。兄へ向けられた手を見て、ほんの一瞬だけ、信じたい顔になる。カノンは胸元で手を握り、マコトは警戒を解かないまま、それでも視線だけはアデルから逸らせずにいる。

 

「……届くのか」

 

 俺は知らず、そう呟いていた。

 

 サクナヒメが低く言う。

 

「届いてほしいと思うておる顔じゃな」

 

「えぇ」

 

 ココロワヒメの声は静かだった。

 

「ですが、あの方の気配は……もう“世界を正す者”ではありません」

 

 次の瞬間だった。

 

 ぱしり、と乾いた音がした。

 

 大きな動きじゃない。払うというより、鬱陶しいものを退けるみたいな、短く冷たい動きだった。タケルの手が横へ弾かれる。

 

「……っ」

 

 タケルの目が見開く。怒るより先に、驚いていた。届くかもしれない、その最後の細い糸が、目の前で切れた顔だった。

 

「兄上……!」

 

 アランの声にも、はっきりと動揺が混じる。

 

 だが、アデルは誰の顔も見ていなかった。ゆっくりと立ち上がる。変身を解かれ、敗北を晒したはずなのに、その目だけが妙に澄んでいた。だからこそ、怖い。

 

「分からぬのか、天空寺タケル」

 

 声は静かだった。怒鳴りも、喚きもない。ただ、壊れた理屈だけが、妙に澄んだ水みたいに流れ出る。

 

「世界を正す? 違う。正すだけでは足りぬ」

 

 背筋が冷えた。

 

 アデルは自分の胸へ手を当てる。その仕草に、誇りも恍惚もない。ただ、当然の結論に辿り着いた者の静けさだけがある。

 

「不完全なものを外から整えるから歪むのだ。ならば、私自身が世界そのものになればいい」

 

 風が止まった気がした。

 

 タケルは弾かれた手を、そのまま見ている。握り直すこともできずに。仙人は声を失っていた。龍と繋がれた、その記憶の先に、今度は救えないかもしれない現実を見せつけられている。

 

「そんなの……!」

 

 ようやく絞り出したタケルの声は、震えていた。

 

「そんなの、世界じゃない!」

 

「貴様ら人間が住むに値する世界など、もはや不要だ」

 

 冷たい。あまりに冷たくて、怒りより先に、空洞みたいなものを感じた。完璧な世界を作るんじゃない。自分が世界そのものになる。そこには、誰かと分かり合う余地すら残っていない。

 

「……そこまで壊れたのかよ」

 

 口からこぼれた声は、自分でも思っていたより低かった。

 

 アデルの視線が、初めてこちらへ向く。

 

「壊れたのではない。至ったのだ」

 

 その言葉に、ココロワヒメが短く息を呑む。

 

「思想が、さらに内側へ閉じました……」

 

 サクナヒメは露骨に顔をしかめた。

 

「差し出された手を払うとは、つくづく気に食わぬ男じゃ」

 

 俺も同じだった。敵だからじゃない。タケルが伸ばした手を、あんなふうに切り捨てたことが、どうしようもなく胸に引っかかった。

 

 それでも、胸の奥ではもう別のものが動き出している。終わっていない。むしろ、ここから先の方が深い。

 

 アデルの足元に、砕けたはずの光がまた集まり始める。遠く、地の底で何か巨大なものが身じろぎするような気配が走った。

 

 仙人が、ようやく声を取り戻す。

 

「……まずい」

 

 短いその一言で十分だった。

 

 勝ったはずなのに、戦いの匂いは消えない。むしろ、濃くなっていく。タケルはゆっくりと拳を握り直した。その横で、俺も息を吸う。

 

 差し出した手は払われた。

 なのに、終わりにはならない。

 

 なら、次はもう、迷わない。

 

 採掘場を吹き抜ける風が、さっきまでより冷たくなっていた。

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